第7話『憶』
【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 人工監視衛星インドラ】
<AM02:30>
アークたちが乗り込んでいった宇宙船を介して送られてくるヴェーエス星の映像を見つめながらカンムは腕を組んでいた。白銀に包まれたまっさらな世界……そこに映る光景は彼の頭の中の過去を思い出させるのだ。
幼い少女とその手を引く若き日の自分
周囲を消滅させる巨大な球体
暗闇を切り裂いていく一筋の光
そして尊敬すべき人との別れ……
脳裏を過る情景にカンムは懐かしさとほろ苦さを噛みしめると思わず小さな息をついた。
「懐かしいですか?」
急にかけられた声にカンムは珍しくギョッとしながら振り返る。気付かぬ内に背後を取られるなど数十年ぶりの事だったからだ。
「カンムさんともあろう人が随分と思い耽っていましたね」
彼の背後を取ったレオナルドは、その子供のような体系に見合った悪戯っぽい笑みで彼の正面に腰を下ろす。そんな彼とは対照的に少しバツが悪そうな表情を浮かべるカンムは気恥ずかしさを誤魔化すかのように頬杖を突いた。
「こんな時間にどうした。指揮を執る人間が我々二人である以上、どちらかが休んでおくべきだと思うが?」
そんなカンムの言葉にレオナルドは小さく鼻を鳴らした。
「貴方と同じですよ。あの星は……僕らの戦友たちが眠った場所ですからね」
「……そうだな……表立って陛下に忠誠を尽くすべき人間が亡くなり、裏で動くしかない我々のような悪人が生き残る……嫌な世の中だ」
カンムの自嘲にレオナルドは彼の生真面目さが相変わらずと言わんばかりにまたしても小さく笑う。
彼は徐ろに眼帯を外すと、見えない左目も見開きながらカンムと一緒に映像に視線を投げた。
「今でも思い出すんですよ。稽古と言いながら、しょっちゅうビスマルクさんやベンジャミンさんに挑んだ時のことをね」
「無様な思い出だな。お二人は無傷だったが、お前も私も三分と立っていられなかった記憶しかない。我々は半端者だったからな。戦闘力ではお二人に敵わず、知力ではイレイナ殿やヴァインに及ばなかった」
懐かしい記憶を巡らせてカンムはまたしても苦笑する。するとレオナルドは立ち上がって窓際に立つと、分厚い窓からヴェーエス星を見下ろした。
「全くです。だから僕はこの星が嫌いなんですよ。僕の数少ない友人……ビスマルクさん、イレイナさん、ヴァイン君、シャルロットお嬢様……その殆どがこの星で命を散らしているんですからね……」
彼の言わんとしている事を理解しながらカンムは小さく頷いた。
「ああ。そしてあの事故は……あれは明らかに人為的なものだった」
「そうです。そしてその事象の起因であり、ビスマルクさんの命を奪ったあの情報だけは消し去らねばなりません。それが皆さんへのせめてもの手向けにもなるはずです」
「……理解している。何より、そう思って動いているのは我々だけではないのもな」
カンムが小さく微笑むとレオナルドもまた微笑みながら頷き、眼帯を元に戻した。
二人の中で会話の結末が訪れた瞬間扉が開いた。すると堅苦しそうな表情とは対照的に頭頂部にカワイイ獣耳を携えた壮年男性が入室し、二人の顔を見回した。
「お頭、ここだったか」
眼鏡変わりとなるゴーグル付けた男……元宇宙海賊ホーンズの副頭領ザズール・ワインスタインはカンムの姿を捕えると、小さく会釈してから言葉を連ねてきた。
「アンタ方はここの長だ。作戦行動中とはいえ、休める内にどっちかが休んどいてもらわなきゃ困る」
「カンムさんにも同じこと言われましたよ。それを言うために僕を探しに?」
レオナルドが微笑みながら尋ねると、ザズールは首を横に振った。
「いや、部下連中から進言されてな。ウチの連中もあの事件で苦汁を飲まされた奴らばっかりだ。となるといざという時に備えて“矢”を使う必要があるってよ」
ザズールの言葉にカンムは思わず眉を顰めた。
「インドラの矢……この衛星から放つレーザーキャノンか。久し振りに聞く名だな」
「ダンジョウの旦那には世話になったから協力してやりてぇがな。あんなもんの情報が出回るくらいなら吹き飛ばしちまった方がいいと思ってんだ。コイツは俺の意見だがな」
ザズールの決意を秘めた瞳を見てカンムは彼が本気であると理解した。だからこそ彼の前で「いざとなればアンタの部下たちを殺す」と宣言しているのだ。
そんな彼からレオナルドに視線を移したカンムは彼の言葉を待つ。すると彼は予想通りの言葉を口にした。
「そうですね。君の意見は正しいと思います。いつでも撃てるようにエネルギー充填などの準備をお願いします」
ザズールにとっては想定外の返答だったのだろう。その証拠に彼は少し驚いた表情を浮かべるが、カンムはレオナルドの行動を咎めるどころか言葉を発しもしなかった。
遠い過去の清算……その感情があるからこそ彼らは今回の一件に関して少し感傷的であり、思い入れがあるのは事実だ。そしてそれは当然、生き残っている人間すべてに言えることだった。
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【ローズマリー共和国 トソヤマ星 バラライカ医療救護センター】
<AM03:09>
トソヤマ星……それは女性主導国家であるローズマリー共和国の医療技術が結集した星である。帝国を凌ぐ医療技術を持つこの国では帝国では治療不可能の病さえ治すことが出来た。
しかし、政治を司り国民が暮らす主星はパルテシャーナほしいに他ならない。だからこそこの国の国家元首とも言える元老院議長がこの星で過ごすというのは異例……というよりも異常なことだった。
「ようやく休めるわ……でもその前にこうして貴女と話さないと眠れないのよ」
元老院議長であるミリアリア・ストーンはそう告げる。
彼女の目の前には特殊な液体が溢れる延命用の救護ポットがあり、その中には栗色の髪をした童女が浮かんでいた。
≪随分と忙しそうですね。ホントは政治家なんて暇な方がいいんだけど≫
眠ったように液体の中を浮かぶ童女の言葉が二次元ディスプレイに浮かび上がる。その文字を見つめながらミリアリアは会話を続けた。
「私はヘトヘトだけど貴方の弟分……ダンジョウ君は元気よ。この前、秘匿回線で連絡をくれてね……でも現状を変える気はないみたい」
≪でしょうね。あのバカ昔っから一回決めたこと曲げないヤツですから≫
文体からミリアリアは童女が如何にダンジョウを理解しているかを察する。だからこそ彼女は聞かずにはいられなかった。
「貴女の言われた通り。彼は貴女がここにいる事を知らないわ。……でも……いい加減教えてあげてもいいんじゃないかしら? 彼には貴女が必要なのよ? 何より貴女がいれば……」
≪駄目なんですよ。アタシがこんな事になっちゃった以上、もうアイツはアタシに頼っちゃいけないんです。アタシじゃなくて自分で進んでいけるようになって欲しいんですよ≫
「ダンジョウ君が大切なのね」
≪そりゃそーですよ。残念なことにあのバカは数少ない家族ですから≫
眠ったような童女の表情は変わらない。しかしその文体から童女の笑顔がミリアリアの頭の中に浮かんだ。
ミリアリアは小さな笑みを浮かべてから再び童女に話しかけた。
「さて、それじゃ今日あったことを話させてもらうわね。実はEEAの一部部隊が近隣宙域の調査を目的に今宇宙に出ているの」
≪この前話していたランジョウとコウサたちの軍事演習ですか?≫
童女の言葉にミリアリアは首を振った。
「違うわね。向かった先にあるのはヴェーエス星……今や入星もままならないあの星に何故か向かったのよ」
ミリアリアがそう告げると同時に二次元ディスプレイの動きがピタリと止まった。
数分ほどだが二人の間に沈黙が訪れる。聞こえるのは生命維持装置の機械音や心拍数を図る電子音だけだった。液体の中で動かない童女を見て、ミリアリアは彼女が思考を巡らせているのだろうと察していた。すると彼女の予想通り二次元ディスプレイにゆっくりと文字が浮かび上がった。
≪……ヴェーエス星の人工衛星……インドラの情報を調べてみてください。入星が出来るようになってると思います≫
「ヴェーエス星が? あの事故から復活したというの?」
ミリアリアは思わず立ち上がるが、二次元ディスプレイには変わらずに文字を打ち続けられた
≪でしょうね。ランジョウとコウサもその事に気付いてるんでしょう。だから軍事演習なんて真似をしてそっちに視線を向けさせてるんですよ。あの二人も何かしら動いてるでしょうね。セコい考えだわ≫
文面から童女が嘲笑する様子が伺える。
そんな彼女の話を聞くミリアリアは驚愕しながら言葉を連ねた。
「なるほどね。かつて帝国の技術の粋が全て集約されていたあの星なら、何か重要な物があるという事かしら?」
≪ええ。あそこにはあの事故で使用された兵器の情報がある。そしてもう一つ。アタシが作ったBEのオリジナルフレームもね≫
童女の言葉にミリアリアは益々驚嘆する。そしてそれ以上の疑問が彼女の脳裏を過ぎった。
「EEAの人間がそれに気付いたというの? ……いや……まさか……」
≪バカの近くにいるエリーゼの指示でしょうね。でもま、この件にこれ以上首を突っ込まなくていいんじゃないですか?≫
そう告げる童女にミリアリアは眉を顰めながら尋ねた。
「何故? 帝国にしろフマーオスと神英教にしろ、これ以上戦闘の火種になる物を与えるのは得策ではないのよ?」
≪オリジナルフレームがあるデセンブル研究所ですけどね。防衛用の大型機動兵器があるんですよ。アタシもノヴァ・ホワイトからデータを見せてもらっただけですけど、並の人間じゃ殺されるのがオチでしょうね≫
童女の言葉にミリアリアは息を呑む。
状況証拠だけでここまでの筋書きを読み取る……無論、それが正解とは言い切れないが、童女の言葉を否定する材料が無さすぎるのだ。このような状態にあり、尚且つ自分よりも数十年若いながら、ここまで読み解く童女にミリアリアは感心を通り越して恐怖すら感じていた。