第4話『問題の多い料理店』
【星間連合帝国 衛星ジオルフ バー兼定食屋シーウルフ】
<AM14:54>
昼時になれば飲食店というのは混雑するのが世の常である。それは衛星の一角に出来たシーウルフという店も例外ではない。しかし、この店は他店と比較して今一つ盛り上がりに欠けていた。イケメンの店員とたまに顔を出すグラマーな美女は評判なのだが、如何せん料理の味が日によってバラつきがあり過ぎたのだ。
「かき入れ時のランチタイムが今日も終わる……ほとんど稼ぎを見せずに」
本日の売上表が記載された二次元ディスプレイを見たリオはガクッと項垂れる。すると数値を打ち込んでいたメアリー・ブランド・ガンフォールも難しい表情でタバコに火を点けた。
メアリーには両腕と両足がない。両腕は肘から先が、両足は下腹部から抉られる様に失われている。彼女は義足を外した状態で僅かに残る裏腿部分の足をブラつかせながら溜息をついた。
「しょーがないばイ。神栄教とフマーオスの軍事演習で色んな所バタついとるみたいじゃシ、何より今日はエっちょんおらんけン。アイツ目当ての女性客がおらんのがなァ」
メアリーの分析に対して大きな胸と程よいお尻を持つグラマーな美女ミヤビ・ホワイトは口先を尖らせた。
「え~? エッ君頼りって……ウチはホストクラブじゃないんだよ~?」
「いや、ミヤ姉さんが言っても説得力無いけど」
この昼間からまるで夜の蝶のようなドレスを身に纏うミヤビに対してリオは思わずツッコミを入れる。当のミヤビはというと知れたことと言わんばかりに「どういうこと?」と言いながらセクシーポーズを決めていた。
自称母親ポジションにありながらまるで危機感のないミヤビに辟易しながらリオは再び二次元ディスプレイに視線を戻した。
「でもちょっとづつ常連さんは増えてきてるよ。ほら、今通りの工事してる現場の人とか」
「そん工事ば終わったらもう来んくなるじゃロ? 根本的な地元民の常連が必要なんじャ。……やっぱり店ば出すん早すぎたんかもしれんネ」
「それは一理あるかもね~。せめて看板メニューとか決めるべきだったかも」
「あの厨房担当にそんな器用なこと出来ると思う?」
ミヤビの言葉にリオが再びツッコミを入れる。
三人は困ったように厨房の方に振り返ると、カウンター式の厨房から勢いよくアークが飛び出して来た。
「見て見て! 面白い料理考えたよ! ポルクの臓物をパルセーヌソースで煮込んでみた! ほれ! 試食試食! いっぱい作ったからおかわりもあんよ~」
ズカズカと会話に入ってきたアークはジト目の三人を他所にテーブルの上に置かれたものを足で蹴り落とすと、グツグツに煮込まれた小さな鍋を乱雑に置いた。
茶色く濁った汁の中にレオンドラ星に生息する獣の内臓が蠢くその料理を見たリオは顔を顰める。それと同時にミヤビも引き攣った表情を浮かべながら何か思い出したように谷間から通信端末を取り出した。
「あ、あ~残念~。ダーリンから連絡が来たみたい~ちょっと待っててね~」
明らかに試食から逃げていくミヤビを尻目にリオは小さく咳払いしてからアークの方に視線を投げた。
「アーク。ちょっと座って」
「え? 太腿舐めさせてくれんの?」
「座れメガボケ」
リオが目を吊り上げると、アークは大人しく「はい」と言って適当な椅子に腰を下ろす。そしてリオも彼の正面に腰を下ろした。
「何? 何かあったの?」
「あのねアーク。ハッキリ言ってお店の財布事情がキツイの。その理由分かる?」
「そーなの? あれか! 誰かが売り上げガメてんでしょ? 本命はメー子。大穴はエル吉だね?」
「そーじゃない。アンタが作る料理が毎回味違うせーよ」
「え? 俺のせいなの?」
シーウルフの担当は明白である。オーナーのカンムを筆頭に店内の環境やシステム管理をミヤビが、経理や財務関連はメアリーが、接客はエルディンが、厨房はアークがそれぞれ担当し、リオは全員を手伝うという形式をとっている。しかしアークは厨房に立つ身でありながら、その日その日で気まぐれに味付けを変えるという愚行を犯してばかりだったのだ。
説教を察したのかアークは少し不貞腐れ気味に体をのけ反らせた。
「いや別に俺も変なモン作る気はねーのよ? 寧ろお前の方が料理上手いんだし担当してよ」
「一応、私帝国軍人なんだよ? お店に顔出せない時もあるし。それにアンタを厨房担当したのだってB.I.Sの結果から一番適正ある仕事が調理師だったからなの! ……そのやり方は不本意だけど」
リオは一瞬本音を言い出しそうになって小声になる。しかしアークは気にも留めずにまだ面倒くさそうに話を続けた。
「それホントなの? 俺別に料理とか好きじゃねーしさ。向いてることとやりたいことが違うってどーなのよ? もしかしたら間違いかもね。きっと俺ちゃんに向いてんのはAV男優とかですよ」
そう言うとアークは立ち上がって下品に腰を振りだす。そんな子供には見せられないような姿を見てリオは呆れたように溜息をついた。
「短小包茎早漏のくせに」
「なな何を! 心外だね! 見せてあげようか!? ……おっふ、そのシチュエーション考えたら前屈みに……」
勝手に怒り、勝手に妄想し、勝手に股間を膨らませるアークは股間を抑えながらお辞儀体勢になる。リオはそんな彼に再び呆れながらメアリーの方に振り返った。
「ねぇ。メーちゃんも何とか言って……」
そう言いかけたところでリオはまたしても顔を引き攣らせた。そこには先程アークが持ってきた獣の臓物を平らげるメアリーの姿があったのだ。
「んー……アリよりのアリかもしれんばイ……」
「お、流石メー子! おかわりあるよ?」
意気揚々と歩み寄ろうとするアークの首根っこをリオは掴むと三度の溜息をついた。
「本気にすんじゃねーの。メッちゃんが雑食で大食いなのはアンタだって分かってんでしょ」
現状を受け入れない面々にリオは頭を抱える。
それと同時に先程までカンムと話していたであろうミヤビが通信を切りながら再び会話に参戦してきた。
「みんな今日の夜営業は無しね。仕事よ」
そう告げるミヤビの方に振り返ったリオは妙な違和感を感じた。普段はそのグラマーな体系から想像できないような子供っぽさで溢れるミヤビが、その時はどこか愁いを帯びたような瞳をしていたように見えたのだ。
「仕事って前にボスが言ってたヤツ?」
「ヴェーエス星に降りるルート見つかったン?」
矢継ぎ早な二人の問いにミヤビは小さく頷いた。
「今日の夜にここを出てヴェーエス星に向かうから。みんな仕事は分かってるわね?」
「確か研究所のデータとBEのオリジナルフレームの確保じゃロ?」
「気が乗らねーよね。BEはともかく情報取ってくるのって何かスキャンダル潰しっぽくね?」
「そん情報ばネタにして帝国から金むしり取るばイ」
「お、いいね。あとオリジナルフレームってやつ売っぱらえば金になるかも」
「物騒な話やめなさい。情報もオリジナルフレームも管轄は帝国だから」
相変わらず一筋縄ではいかない二人に呆れるリオを他所にアークが思い出したように口を開いた。
「あれ? そういえばエル吉は?」
「エっちょんば有給取ってアイゴティヤばイ」
「有給日に本職が入るとはアイツもツイてねーのね」
二人はそう言ってケラケラ笑う。そんなアークとメアリーを尻目にリオは愁いを帯びた瞳のミヤビを気にせずにいられなかった。
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【星間連合帝国 アイゴティヤ星 ノヴァンス北地区】
<AM15:28>
アイゴティヤ星の地軸は他惑星より傾きが大きい。そのおかげで星の北部は大半が夜に包まれていることが多かった。エルディン=ネメシス・ミュリエルは暗闇の中に雪が舞い落ちる街並みを歩きながら隣を歩く派手なギャルメイクの少女に尋ねた。
「その話は本当かい?」
「うん。ローズマリー共和国がヴェーエス星にあるっていうBEのオリジナルフレームを狙ってんだって。大昔にあったEEAって知ってる? その通信コードを拾ったって」
「そうか……ありがとう。助かったよ。しかしこんな情報をタダでくれるとは……どういう風の吹き回しだい?」
「……別に、じゃ」
そう言って全員に背を向けて去ろうとするにギャルの少女に対して、エルディンは挑発するように言葉を投げかけた。
「ケビン・スペイサー」
「……」
ギャルの少女の足が止まる。それと同時にそのギャルメイクには似つかわしくない表情で振り返った。
「……何で」
「今回の提供料代わりさ。……彼の死因には僕も関わっているからね」
エルディンはそう告げると懐からタバコを取り出して火を点ける。するとギャルの少女はエルディンに詰め寄ってきた。
「どういうこと? あの件にアナタも絡んでいたの?」
「そこまで話す気はない。だが、多少の情報は掴んでいた。だからこそ僕は彼に関わるなと忠告したのさ。彼が僕に勝てるわけがないだろう?」
「あんたは!」
エルディンに掴みかかろうとするギャルの少女に向けてエルディンはコートのボタンを外して腹部を見せつける。その瞬間にギャルの少女は目を見張って踏みとどまった。彼の腹には無数の爆薬が巻かれていたのだ。
「何よ……それ」
「これから人と会う予定があってね。それに僕の事を責めるのはお門違いだ。何より君も罪な女性じゃないか。彼の気持ちに気付きながら手助けはしなかったんだろう?」
エルディンの言葉にギャルの少女は自らの目を覚ますかのように大きく深呼吸をする。
そんな彼女にエルディンは小さく微笑んで見せた。
「すまない。僕にキミを責める資格は無いね。君がケビン・スペイサーの気持ちを知りながら彼を利用したように、僕も今君を利用しているんだからね」
エルディンはそう言って彼女に背を向ける。ここで背中を撃たれるならそれもいいだろう。エルディンはそんなことを思いながら背後の気配を感じとる。
ギャルの少女の姿が遠のいていくにも関わらず、街中にはピリついた雰囲気が漂っていた。しかし、その理由についても彼はある程度見当がついていた。
「(つくづく……権力を持つ者は何事も大げさなものだ)」
やがてエルディンが一件のバーに入った。エルディンは店内に客が一人しかいない事に気付きながら、その客が座るカウンターテーブルに腰を下ろす。
「ベーラを」
彼の注文と同時にバーテンダーはグラスに泡立つ琥珀の酒を注いで差し出してくる。エルディンはグラスを傾けてからタバコに火を点けると、隣に座る女性が口を開いた。
「未成年の内から酒にタバコ……まともな育ち方をしてへん証拠やな」
「……まるで自分はまともな育ち方をしてきたような口ぶりだね」
女性の方には見向きもせずエルディンはタバコの煙を吐きながらグラスを傾ける。そんな彼に隣の女性は会話を続けた。
「少なくとも、オタクよりかはまともに育ったつもりどす」
女性はそう言って帽子を取る。
その女性は剃髪しており、後頭部には蓮の刺青が彫られていた。
「久し振りやな」
「……不愉快ですがお元気そうですね。まさか神栄教の枢機卿がこのような場所に呼び出すとは」
エルディンはここで初めて彼女に視線を向ける。隣に座っていたのは神栄教の枢機卿……メルティ・ルネモルンだった。
メルティは彼と違い、白湯を飲みながら話を続けた。
「十数年ぶりやな。そういえば、去年の夏頃にウチの宙域に潜入者がおったんやけど……それもアンタやろ?」
「揺さぶりをかけているつもりですか? 貴女の質問に僕が素直に答えると思ったら大間違いだ」
「えらい嫌われようやな……まぁええわ。こんな所に呼び出したんは昔話をしに来たわけちゃう。アンタに話があるんや」
「……聞くだけ聞きましょう」
「簡単や。神栄教に帰ってくる気はあらへんか?」
メルティの言葉にグラスを傾けていたエルディンの手が止まった。
長い……長い時が流れた様だった。それほどまでにメルティの台詞はエルディンにとってあり得ない言葉だったのだ。
「……どういうつもりです」
「アンタも知っとるかもしれへんけど……今、神栄教とフマーオス公国とでやっとる軍事演習は囮や。帝国の目を軍事演習に向けてヴェーエス星にあるBEのオリジナルフレームを狙っとる。ウチはあない異端者の鎧なんぞいらへんけど……」
メルティはそう言って白湯を飲み干すと、ゆっくり立ち上がった。
「神栄教はこれから変わる必要がある。その為にも優秀な人間が必要や。いずれ教皇になるようなな」
「……それが貴女の本音ですか」
「どうとでも取ったらええ。ただウチは、コウサ様の信念を受け継ぐだけや」
メルティはそう言い残すと店を後にしていった。
静寂に包まれた店内でエルディンの懐が振動する。彼は振動源である端末を取り出すと、見慣れた仲間たちのメッセージが浮かび上がった。
《今日の夜の便でヴェーエス星の人工衛星集合ね。有給パーでざまーみろ》
憎まれ口に包まれたメッセージを見てエルディンはホッと胸をなでおろす。
彼の居場所は当分そこにあるのだと彼は実感せざる得なかった。