第3話『舞台に集う者たち』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城】
<PM19:13>
帝国軍大将。それほどの地位に就けば大きな椅子に座り、日がな一日デスクワークに勤しむものだと思っていた。しかし、その地位に就いたジャネット・アクチアブリに待っていたのは星々を駆け回る日々だった。思い描いていたものとかけ離れていたおかげで彼女は疲弊せずにはいられなかった。しかし今日の彼女はどことなく楽しげだった。
「……随分と楽しそうだな」
隣を歩くカンム・ユリウス・シーベルの言葉にジャネットはようやく自分の顔が綻んでいる事に気付いた。
「あれ? ホントっスね。いやぁ、皆さんに会うのは久し振りだから楽しみで」
ジャネットの言葉にカンムは小さく鼻を鳴らす。
「お前は昔と変わらないな」
「成長してないだけっスよ。でもカンムさんだって思いませんか? 不謹慎かもしんないっスけど、私はあの皇宰戦争中にみんなでバカやってるのが一番楽しかったっスよ」
ジャネットは自分で言ってようやく気が付いた。皇帝に呼ばれた緊急会議だというのにこうも気分が晴れやかなのは、ちょっとした同窓会をするような気持ちだからなのだ。
どこか心のつっかえが取れたような気分になったジャネットだったが、隣のカンムはピタリと足を止めると振り返りだした。
「どうしたんスか? おぉ」
「お久しぶりですアクチアブリ大将。ユリウス将軍も」
振り返った先に立っていたアーリア=セイナ・ガウネリン皇女はニッコリと微笑むと、ジャネットは「うす」と小さく会釈するが、隣のカンムは挨拶する素振りも見せずに口を開いた。
「将軍はやめていただきたい。そして今日は我らのみと聞いていたが?」
「皇帝陛下からのお達しです。私も参加するようにと」
二人の間に見えない火花のようなものをジャネットはどこか感じとる。それと同時に先程はバカにしてきたカンム自身も今日の会議をどこか楽しみにしていたのではないかと推測した。
ジャネットは二人の間に割って入った。
「まぁまぁ。仲良くしろとは言わないっスけど、ダンジョウさんの前でみっともないことしないでくださいよ?」
「陛下の御前で? 相変わらず冗談が好きだな。お前は」
そう言ってカンムはスタスタと先を歩きだす。
「(結局カンムさんも子供なところがあるんスよね~)……あ、皇女さんも行きましょ」
「ええ」
ニコリと微笑むアーリアと並びジャネットは再び歩き出す。それと同時にジャネットも心のどこかでアーリアの存在が邪魔と感じずにはいられなかった。
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<PM19:30>
海陽系の六割以上を統治する星間連合皇帝の皇居と聞けば豪華なものを想像するのが当たり前である。しかし、場内にある帝国皇帝の居住スペースは質素なものだった。無数の野菜や果物がなる畑とアスレチックのようなトレーニング設備、そんなものが並ぶ中庭の奥にある複数の小さな部屋……そこが帝国皇帝のプライベートスペースだった。
その中の一つの部屋の中には円卓だけが鎮座していた。帝国皇帝ダンジョウ=クロウ・ガウネリンはそこに座る古くからの仲間たちの顔を見回してから微笑んだ。
「急に呼び出して悪かったなみんな」
ダンジョウがそう告げると、右隣に座る帝国軍元帥ビスマルク・ナヤブリが普段の無口さからは想像できない速さで返答してきた。
「陛下の……お呼びであれば……何時であろうと……どこであろうと……」
「ビッさん相変わらず忠誠心の塊っスね。でもちょっぴり寂しいっスよ。こんだけ人が減っちゃって、レオナルドさんも居ないんですから」
手を組んで後頭部を支えるジャネットが少し不満気にそう告げる。すると彼女の隣に座るカンムは腕を組んだまま口を開いた。
「あまりマイナス思考な事は口にするな。そんな事より陛下、此度の招集は神栄教の件ですか?」
「あの、話はこの状態で進められるのですか?」
カンムの言葉を差し止めるように円卓ではなく別席に座るアーリアが口を開く。円卓には十分なスペースがありながらも、円卓はダンジョウを最奥の上座にして、半時計回りにビスマルク、空席が二つ、カンム、また空席、ジャネット、そしてまたしても空席が二つあったのだ。四つの空席があるにも関わらず着席を許されないアーリアが不満を告げるのも当然だろう。そんな彼女にダンジョウは笑顔のまま告げた。
「すまねぇけどこのテーブルは大事なもんなんだ。置いてねぇけどそれぞれの席に名前が振られてるようなもんなんだよ」
不満気なアーリアだったが、ダンジョウの言葉に少し恐縮した様子で納得の素振りを見せる。
着席の場所が決まったところでダンジョウはようやく今回この面々を呼び出した理由を語り始めた。
「さて、と。今日はみんなに集まってもらった理由なんだけどな。久し振りにゲストが居んだよ。カモーン!」
ダンジョウは得意気に指を鳴らす。すると円卓の中の一席にホログラムが浮かび上がる。そこに現れた人物を見てビスマルクは無表情、ジャネットは笑顔、カンムは険しい表情を浮かべ、アーリアは驚きのあまり声をあげた。
「レオナルド……ジャック・アゴスト……」
座席に座るのは小柄ながらも異様な雰囲気を醸し出す眼帯の男……そしてここに居る面々同様に皇宰戦争において皇族派を勝利に導いた八賢者の一角と呼ばれる男だった。
『皆さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです』
「レオさーん! 元気だったっスか!」
「……貴殿も……息災そうで……何よりだ……」
そう告げるジャネットとビスマルクを他所にカンムは神妙な面持ちでレオナルドの方に振り返った。
「レオナルド……ハンナの件、今ここで詫びたい」
『カンムさん。あの子の事は戦場での話です』
「しかし私が近くにいながら二度までも……」
『自分が納得しているのはその場にいたのが貴方だったからです。カンムさんで無理だったのであれば、他の誰がいても助けることは出来なかったでしょう』
二人の会話を聞いていたダンジョウはゆっくり立ち上がると力強く「パンッ」と両手を鳴らした。
「カンム。オメェが責任を感じるのは間違ってねぇ。でもレオがこう言ってくれてる気概を甘んじて受け取っとけ。……分かったな?」
「……はっ」
『ありがとうございます。ダンジョウさん』
レオナルドの感謝の言葉にダンジョウはニッコリと笑って頷くと再び腰を下ろした。
「さて、勘の良いオメェらの事だ。レオがここに来たってことはどういう事か分かってんだろうけど一応レオ、話してくれ」
ダンジョウがそう告げるとレオナルドは「はい」と一言返事をしてから口を開いた。
『皆さんご存じの通り、自分は元宇宙海賊と言う立場からダンジョウさんの帝国軍に相応しくありません。ですが裏から支えるためにかつてのメンバーとヴェーエス星の人工衛星要塞インドラにて監視を行っておりました。あの事故によりヴェーエス星の核にも支障が出たようで災害や重力の不安定化で入星も不可能な状態でしたが……災害が収まりを見せる地区が多々見えるように、現在であれば降りることは可能です』
「ヴェーエス星ッスか」
「……ようやく……だな……」
ジャネットとビスマルクは全てを納得したように頷く。そして同じく納得した表情のカンムは何も言わずにダンジョウの方を見ている。それは指示を飛ばすのを待つ目に他ならなかった。
「つー訳だ。ヴェーエス星のデセンブル研究所がまだ残っていたら色々あるだろうからな。そこでアーリア。デセンブル研究所内のデータ削除、それとババァが作ったオリジナルフレームのBEの確保、コイツをオメェに任せてぇ」
「私がですか?」
「ああ、皇女直轄護衛騎士団を持ってんだ。ここらへんで明確な手柄ってのを立てといたほうがいい」
「承知いたしました」
アーリアはそう言って頭を下げる。そんな彼女にダンジョウは微笑むと再び彼女に話しかけた。
「んじゃ、もういいぞ。後はこのメンツで話してぇからな」
「は?」
アーリアは戸惑った表情を見せる。恐らくこの後続く会議に何故参加できないのかと言う不満があるのだろう。
そんな的外れな今後を想定している彼女に呆れながらもダンジョウはニヤリと笑った。
「じゃあな。ご苦労さん」
「へ、陛下。もしもまだ会議が続くなら……」
「アーリア。おれはもういいぞって言ったんだがな?」
ダンジョウは少しだけ気迫を見せたつもりでそう告げる。しかし効果は絶大だったようで、アーリアは「し、失礼しました」と言って部屋から出ていった。
五人だけになった部屋の中でダンジョウはようやく肩の力が抜けたようにため息をついた。
「ふぅ~っようやく終わったわ」
「ダンジョウさん、まだ何かあるんスか?」
ジャネットの質問にダンジョウはニヤリと微笑みながら机の下に隠してあった瓶を取り出すと、カンムが目を見開いた。
「そ、それは!」
「……銘酒……雪那」
「お、ビスもカンムもやっぱ知ってたか!」
ダンジョウはそう告げるとグラスを九個取り出すと、それぞれの座席にスライドさせた。
「いやぁー久し振りにこのメンツで吞みたかったんだよな! みんなで楽しく!」
ダンジョウは意気揚々と立ち上がるとそれぞれに「おつかれさん!」「最近どうだったよ?」「体大丈夫か?」などと労いの言葉を掛けながらグラスに酒を注いでいく。するとレオナルドが戸惑ったように声をあげた。
『あの、ダンジョウさん、僕は?』
「え? ……あ」
ホログラムでバツが悪そうなレオナルド、相変わらず無表情のビスマルク、ケラケラ笑いだすジャネット、苦笑するカンム……そして変わらずバカな自分。
足りない人間は沢山いる。それでもダンジョウは少し昔のような楽しさを感じずにはいられなかった。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 宰相執政室】
<PM20:38>
自らの出世のために母国を捨て隣国へと寝返り、その隣国で瞬く間に宰相の座に就く。その後完璧主義にして合理主義の政策を用い、帝国に豊かさを齎した女。これだけならば有能な人物にしか見えないだろうが、帝国宰相エリーゼ・ラフォーレに付けられた渾名は“鉄の処女”というものだった。
「“鉄の処女”……言い得て妙だと思わない?」
パルテシャーナ星人特有のエメラルドのように輝く瞳とスラッとした細身。そして彼女の個性ともいえる氷のように冷たい表情のエリーゼは小さく微笑む。すると、彼女と同じくローズマリー共和国から帰化したモニカ・ジエーゴは戸惑う笑みで頷いた。
「そう、ですかね? なんか卑猥なような」
「処女と言うのはローズマリーでは真なる意味での高潔さを表すものよ」
「でも宰相はお子さんもいるのに処女と言うのが矛盾していますね」
モニカは再び苦笑にも近い笑顔で首を傾げる。
モニカはパルテシャーナ星人ではあるが、生まれも育ちもこの星間連合帝国である。名門パネロ大学を主席卒業後、官僚として働きながら類まれな才覚を発揮した彼女は、エリーゼの推薦で若干二十五歳で帝国議員に当選した。それから間もなくして彼女はエリーゼの側近として活動を始めたのである。
エリーゼが彼女を推薦したのには明確な理由がある。一つが女性であること、そしてもう一つは彼女が純粋なパルテシャーナ星人だったことだった。
「ジエーゴ議員。貴女はもう少し見地を広める必要があるようね。まぁいいわ。それよりも各惑星ごとの状況データを見せてもらえるかしら」
エリーゼがそう告げると、モニカは「はい」と返事をしてから彼女の正面に二次元ディスプレイを浮かび上がらせた。
「各地での神栄教徒による暴動はそれほど大規模なものではなく、すぐに鎮圧されています。ですが規模は小さくともその数は増えています。先日には暴力行為こそありませんがクリオス星の知事官邸前で千三百名以上のデモが起きました。私としては各地の神栄教教会の監視体制を強めるべきかと思いますが」
「その件は帝国議会でも話したわね。皇帝陛下が認可なさらない限り無理なのよ」
エリーゼは頬杖を突きながら不愉快そうにそう告げる。そんな彼女にモニカはまたしても首を傾げた。
「私はどうも今の帝国議会のシステムが気になるんですよね。皇帝陛下の判断が間違っているという気はないんですけど、全員で決めたことを結局一人の人間の判断であるなしにするって……トップダウン型の良い面よりも悪い面が出ていると思うんですよ」
スラスラと告げるモニカの言葉にエリーゼは一転してまた小さく微笑する。
彼女の考えに間違いはない。今でこそダンジョウ=クロウ・ガウネリンという強大なカリスマ性を持つ人間のおかげでこの帝国は成り立っているが、次代、さらに次なる世代でも同様の人物が生まれるとは限らないのだ。
「そうね。だからこそ遠い未来を見据えて私たちはやらなければならない事がある。その為には一度帝国を壊す必要がある」
「言語表現が物騒ですよ」
モニカは再び首を傾げながら苦笑する。エリーゼの言葉に嘘偽りなどないのだが、どうも彼女は楽天的と言うか真剣味が感じられない子でもあった。
『宰相、よろしいでしょうか?』
女性しかいない部屋の中に響く野太い声と同時に扉の向こうにいる男の顔が二次元ディスプレイに浮かび上がる。
エリーゼは男の言葉に返答することなく肘掛にある機器を操作して扉を開くと、青い肌の帝国大臣ギルバート・ナハシュが足を踏み入れてきた。
「ご報告です。帝国軍の惑星間監視官からの報告ですが、フマーオス星とジュラヴァナ星が軍事整備体制に入っております」
その言葉にエリーゼではなくモニカが立ち上がった。
「えっ……ついに攻めて来るんですか?」
「いや、惑星周期上それは考えにくい。今はこのラヴァナロスとフマーオスは海陽を挟んでいるからな。しかし、数日後にレオンドラ星がジュラヴァナ星に接近することを考えると、警戒態勢に入った方が良いかと」
「待ちなさい」
エリーゼはそう言って話を進めようとするギルバートの言葉を遮ると、ようやく嫌悪する男に向けて視線を投げた。
「攻め入る気がないというならその軍事整備体制というのは何故?」
「はっ。監視官からの報告では、軍事演習を行う予定と聞いております。ですがこれは明らかな挑発行動です。如何に皇帝陛下の兄君とはいえ」
「……」
ギルバートはその後も何かを告げるがエリーゼの耳には入っていない。寧ろ彼女は、なぜここにきて軍事演習……すなわち挑発行動をとったかという事だった。子供の喧嘩とは違い、国家間の挑発には明確な理由があるものなのだ。
「(……ランジョウ=サブロ・ガウネリン、コウサ=タレーケンシ・ルネモルン……奴らは侮れない。この軍事演習の裏で何か別に動いている事しか考えられない……)」
未だ演説を続けるギルバートを尻目にエリーゼは二次元ディスプレイを操作して現在の宇宙図を広げる。現在の各惑星の位置は海陽を中心に二分している。片方にラヴァナロス星、クリオス星、アイゴティヤ星、カルキノス星、レオンドラ星、スコルヴィー星。そしてもう半分にはパルテシャーナ星、トソヤマ星、ジュラヴァナ星、チャンモイ星、フマーオス星……そして
「(……ヴェーエス星)」
海陽系惑星でもっとも外側に位置する極寒の惑星……そしてかつての大事故により入星も儘ならないという。しかし、かつて無数の研究施設があったその星には、非常に強力な兵器が存在するという嘘のような話も囁かれていた。
エリーゼは思い立ったように立ち上がると、それまで雄弁を続けていたギルバートが口を噤み、モニカも思わずエリーゼの方に視線を向けてきた。
「……一先ず、フマーオスとジュラヴァナへの監視体制を強化ね。クリオス星にもいざという時の為に連絡を。それから……外してくれるかしら?」
そう言って微笑むエリーゼにギルバートは小さく頭を下げてから踵を返して行く。それを見送るエリーゼは同じく見送っているモニカにも微笑みかけた
「え? わ、私もですか?」
「ナハシュ大臣を手伝ってあげなさい」
「あ、は、はい」
少し戸惑う表情を見送りながらエリーゼはモニカが退室すると扉を閉じた。
誰もいなくなった部屋の中でエリーゼは再び腰を下ろすと、浮かび上がったままの二次元ディスプレイを見つめ、とあるコードを入力した。すると暫くの沈黙の後に男性とも女性ともとれる声が彼女の部屋に響き渡った。
『お久しぶりです』
「ええ。元気だった?」
『腕は錆びてはおりません』
音声のみの通信先の声にエリーゼは無表情のまま小さく頷くと、前置きはいらないとばかりに本題を告げた。
「ヴェーエス星に不穏な動きが見える。すぐに監視と調査に当たって頂戴」
『承知しました』
「急な依頼悪いわね」
『……久しく長官のお声を聴けたこと、そして旧EEA時代の通信コード、寧ろ嬉しく思います』
その言葉にエリーゼは少し苦笑する。そして通信相手が未だ戦場に赴けなかったことを後悔しているのを感じ取った。
「残念だけど、ビスマルク・オコナー……いえ、ビスマルク・ナヤブリは居ないけど、励んで頂戴」
『はっ』
その言葉を最後に通信は切られる。
エリーゼは背もたれに体を預けると、小さく息をついてから再び二次元ディスプレイに浮かぶヴェーエス星を見つめた。
「(……さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……)」