第2話『化かしあい』
【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星 マリンフォール大聖堂 教皇私室】
<PM18:00>
海陽系最大の宗教にして、今や星間連合帝国から独立宣言・宣戦布告をした神栄教民主共和国。海陽系において二番目に大きな質量を誇るジュラヴァナ星と、彼らの主神である女神メーアの生まれたチャンモイ星を管理する神栄教内はその国名とは見合わないシステムで動いている。
民主主義を謳いながら教皇は上層部によって決められ、その上層部も神栄教内における枢機卿たちが担っている。腐敗に近い政治システムを持ちながらも、この国が何とか維持できているのは教皇であるコウサ=タレーケンシ・ルネモルンの存在があるに他ならなかった。
皇宰戦争において現皇帝であるダンジョウ=クロウ・ガウネリンと手を結び、アイゴティヤ星の裏切りを誘発させたとされるコウサは、帝国内においても戦争の影の功労者として知られている。何より、次席ではあるものの海陽系史上最高のB.I.S値を誇る彼はダンジョウとはまた違う合理的なカリスマ性があったのだ。しかし、だからこそ彼は修練を怠らなかった。天性のカリスマではなく理由のあるカリスマを持つ彼は、民衆を引き付ける明確な事象が必要だったからだ。
「ふぅ~」
昨日、神栄教に伝わる“七十二時間修行”を終えたコウサは薬湯を飲み大きく息をついた。断食を続けていたため、まだ固形の食事が口にできない彼にとって、この薬湯は何よりのご馳走なのだが、彼の前に立つ護衛の神聖ザイアン隊の隊士であるジョルジュ・ゼントラーはオロオロしながら口を開いた。
「猊下! お、お、お体に、問題ありまへんか?」
心配そうにコウサを見つめるジョルジュ・ゼントラーに対して、彼の隣に立つユーリ・ゲデバニシビリは呆れたようにジョルジュの後頭部をひっぱたいた。
「どあほ。七十二時間修行を終えられたばかりなんやで。キツイに決まっとるやろ」
「せ、せやから心配しとるんやないですか!」
「もうええ。大丈夫や」
目を吊り上げるユーリと後頭部を抑えるジョルジュのやり取りを見ていたコウサはニヤリと微笑む。それと同時にジョルジュの方に彼は尋ねた。
「ジョルジュ君。星王はんは?」
「へぇ! お待ちしとります! スンマヘン! 御身体が大変な時に!」
オロオロした態度からジョルジュはピシッと背を伸ばす。フマーオス星人の彼からすれば、母星を治めて発展させたランジョウ=サブロ・ガウネリン星王の存在は少し感慨深いものがあるのだろう。
コウサはゆっくりと立ち上がって着流しの襟を正すと、何も言わずにユーリは彼の背中に羽織を掛けてくれた。
「ありがとさん」
「猊下。そろそろ七十二時間修行も終わりになさってください。メルティ先輩も心配しとりますさかい」
「これをやることが僕が僕であり続ける理由なんや。ほな、行こか」
二日間の断食と行脚を終えて、最後の一日に聖堂の最奥にある女神メーア像の前で祈り続ける七十二時間修行……それは神栄教に代々伝わる枢機卿になる資格を得るための修行である。当然、過去にこの修行を終えているコウサがこの修行を行う必要などない。しかし、未だこの厳しい修行を成し遂げることがラヴァナロス星人である自身が神栄教徒の心を掴む理由であるとコウサは思っていた。
コウサはゆったりとした足取りで自室を出ると、ユーリとジョルジュも彼に付き従う。そんな彼らを尻目にコウサは足を進めながら口を開いた。
「メルティは?」
「国外におる教徒への慈善活動のため現在はアイゴティヤ星の衛星に。四日後にはレオンドラ星に向かわれる予定どす」
「アンディはどないしとる?」
「ジュラヴァナ星の警護にあたっとります。今のところ入星に妙な人間は見当たりまへん」
「リョクレイとシャオロンは?」
「シャオロンちゃんは先輩に同行なさっとります。リョクレイ君は……」
「どっかほっつき歩いとるんやろ。まぁええわ」
義理とはいえ反抗期の息子を持つことにコウサは少し喜びを感じながら苦笑した。
中庭を抜けて三人は執務室に入る。コウサは改めて襟を正すと、質素ながらも長年教皇、法王の名を冠する者たちが使用してきた椅子に腰を下ろす。するとジョルジュが機器を操作して正面にホログラム映像を映し上げた。
「久し振りやな。ランジョウ君。いや、星王陛下っちゅうた方がええんかな」
浮かび上がった黒髪と真紅の瞳を持つ男……ランジョウ=サブロ・ガウネリンにコウサは微笑みかける。かつて帝国皇帝の座に就きながら、愚弟と呼ばれるダンジョウ=クロウ・ガウネリンにその席を奪われた男……ランジョウは昔と変わらない無表情さと尊大な空気を漂わせながら口を開いた。
『好きに呼ぶがよい。しかし、そちとこうして話すのはいつぶりだったか』
「ボクらの同盟は下の人間同士で全部決めてもろうたからな。こうして直に話すんは……キミが皇帝の座から離れた時やなかろか?」
『なるほどな……互いに年をとる訳だ。久しくそちの顔を見たが幾分皺が増えたようだ』
「カカカ! 失礼な物言いやな~そいうところは昔と変わらへんわ。……懐かしいなぁ。覚えるかいな? キミと初めてまともに喋ったんは……」
『二十三年前……この季節だったな』
「そうやったな。ボクも若かったわ。あない寒い場所で薄着で居れたんやからなぁ~……キミはボクのこと誘いながら懐にブラスター隠しとってなぁ」
『そちの事を信用に足るか見極めていただけだ。結果として此度の同盟を結ぶことにも繋がった。それでよかろう?』
「やっぱり食えん男やで……キミは」
『お互い様と言っておこう……これは余なりの誉め言葉ぞ?』
コウサとランジョウは互いに小さく口角を上げる。コウサはシャイン=エレナ・ホーゲンに、ランジョウはダンジョウに……二人は互いに相容れない羨望を持つ者がいる。コウサは彼と自分が似た者同士なのだと心の中で感じ、それと同時にランジョウもそう思っているに違いないと思っていた。
前置きの世間話は終わりを告げ、ランジョウは彼の隣にいるであろうトーマス・ティリオン丞相に何かを告げる。すると、ランジョウの隣に二次元ディスプレイが浮かび上がった。
『さて、議題に入ろう。神栄教にも話は入っておろう。アイゴティヤ星からのヤシマタイトの密輸ルートが一つ消えた』
「あぁ。昼間にドンパチあったみたいやな」
コウサの言葉にランジョウは小さく頷いた。
『諜報部からの話では裏社会における妙な人物が帝国側の為に動いていると聞く』
「ククリ刀と銃を使っとるんやろ? 確かあだ名はヒート・ヘイズ……」
『耳が早いな。だが余が話したい議題はそんな小物の話ではない。アイゴティヤ程ではないにしろ我がフマーオス星にもヤシマタイトの採掘場はある。だが、今後の技術開発にはヤシマタイトは多いに越したことは無い。これから帝国と戦う以上、戦力の増強は必須だ』
「その通りやが、帝国と喧嘩するにはボクらと帝国の実力差は赤ん坊と格闘家くらいに差があるやろうな。言っとくけどウチのザイアン隊の規模はこれ以上デカくはならへんで。何より、ウチは帝国から独立宣言はしとるけど、防衛以外の戦闘は避けとかんと信者の求心がなくなる」
『理解している。ならば戦力の規模ではなく単一の強力な兵器が必要となろう。戦況を一変する程のな……そちはそのような兵器の存在を知っているのではないか?』
ランジョウはそう告げると彼の隣に浮かぶ二次元ディスプレイの画面が切り替わる。そこに浮かび上がる情報を見てコウサの目つきは変わった。
「……ホンマに食えん男やなキミは」
『そちに対してこのような真似をするのは心苦しく思ってはいる。しかし知っている限りの事は話して欲しい。……あの時、皇宰戦争とバルトルク研究所爆発事故のことをな』
ランジョウの言葉にコウサは小さくため息をついた。
「皇宰戦争の中期……ダンジョウ君が追い詰められて、今の帝国元帥が足を失った場所、そしてシャインちゃんとキミの嫁はんに大きな影響をもたらした事件……この二つが関連しとる事によう気付いたな」
『そのような大きい事件が同じ星で起きる事の方が不自然であろう。そして双方の現場に居合わせた男……それがそちだ』
ランジョウの言葉にコウサは再び溜息をつく。そして天井を見上げながら心の中で小さく呟いた。
「(メーア様……お許しください)」
心の中で祈りを捧げてからコウサは顔を下ろして再びランジョウを見据える。そしてニヤリと微笑みながらゆっくり口を開いた。
「……ライオット・インダストリー社から届いたBE……エネルゲイアっちゅうたな。そっちはどうや?」
質問返しと急な話題の転換。まともな人間ならば戸惑うだろう。しかしランジョウは咎めるような真似はしない。自身の質問に対する遠回しな返答であると彼なりに察したからだろう。
『順調だ。今や帝国のデュナメスにも引けを取るまい。しかし問題は着用者だ。BEを動かす特殊な脳波を放つ神通力持ち……そち達が言う異端者の数は我が星にそれほど多くもない。何より、仮に我が星の異端者が着用したところで着用者自身の実力差から厳しいものがある』
「それが特化したモンがヴェーエス星にはあるっちゅうことや」
コウサの言葉にランジョウの目の色が変わる。
食いついてくるランジョウを見つめながらコウサは話を続けた。
「今使われとるBEっちゅうのはみんなコピー品。再現でけへんオリジナルフレームのBEがヴェーエス星にある。……ランジョウ君も言うたな。“戦力の規模ではなく単一の強力な兵器が必要”……その通りや。あの皇宰戦争は単純な戦力の規模でいうたら宰相派の方がデカかった。せやけどダンジョウ君たちが勝てたんわ、今でいう七賢者の力とそのオリジナルフレームの力っちゅう訳や」
『そのオリジナルフレームとやらはすべて帝国にあるのか?』
「ボクも聞いた話やけど、オリジナルフレームは全部で七着ある。内四着は帝国側が持っとって、それを着とったんがシャインちゃん、カンム君、レオナルド君、そしてダンジョウ君や」
BEを着用していたメンバーの名前を出されてランジョウの目の色が変わった。
『何……バカな。あの愚弟はB.I.S検査でも神通力持ちではなかったはず』
「その辺はボクにも分からへん。もしかしたらオリジナルフレームは異端者やのうても動かせるんかもしれへん。……ま、そうなると七賢者最強やった赤鬼と青鬼に着せへんかった理由が分からへんけどな」
『余談はいい……先程そのオリジナルフレームは七着あると言ったな。では残りの三着は』
ランジョウの言葉にコウサは小さく頷いてから答えた。
「あぁ。ヴェーエス星にあるはずや。現に帝国はヴェーエス星はバルトルク研究所の爆発事故で入星もでけへん状態にあるっちゅうのに監視を怠っとらん」
『なるほど……帝国がヴェーエスを注視している理由はそこにあったのか』
ランジョウは納得したように思案する。そしてコウサに対して提案するような口調で言葉を連ねた。
『教皇。すぐにでも我が軍とザイアン隊で軍事演習を行いたい』
「……なるほど。囮か」
『ああ。帝国の目を演習に向けさせる内にヴェーエス星内にあるそのオリジナルフレームを奪取したい』
「待ちぃや。さっき言うたやろ? ヴェーエス星は今入ることも」
『その点は抜かりない。諜報部からの話でな……そろそろその影響も消えるとのことだ』
ランジョウの言葉にコウサは心の中で舌打ちをする。
彼と自分は似ている。それは互いに油断できない相手でもあるという事なのだとコウサは改めて心の中で感じ取っていた。
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【フマーオス公国 フマーオス星 首都ゲリオン 星王官邸】
<PM21:07>
同盟を結んでいるとはいえ、他国との会談はある種の戦いに他ならない。そういった意味では今日のコウサとの会談は七対三程度でランジョウに軍配が上がったと言えるかもしれない。そう自己分析しながらランジョウは一息をつきながら背もたれに凭れ掛かった。
「星王様。ご苦労様でした」
侍女であるナディア・フローネンスが胸元も足元も際どい装いで差し出してくるグラスをランジョウは受け取った。
「会談と言うのはそれほど苦ではないが……あの男とのは疲れるものだ」
「星王、私目はすぐにヴェーエス星に向かう軍の編成を」
そう告げるベアトリス・ファインズ国防大臣にランジョウは小さく微笑んだ。
「急くな。何よりヴェーエス星に行くのは少数で構わん。そなたは軍に演習がある事、そしてなるべく派手に行うことを徹底させよ」
「はっ……それでは、ヴェーエス星には誰を向かわせましょう?」
「決まっておる。ヴェーエス星に詳しい男がこの官邸の地下にいるではないか」
「……またクジャ・ホワイトを使うのですか」
不服そうなベアトリスにランジョウは苦笑する。すると彼女の隣に立っていたトーマス・ティリオン丞相は小さく咳払いをしてから一歩前に躍り出てきた。
「星王、ヴェーエス星のオリジナルフレームとやらですが……」
「眉唾物なのは分かっている。しかし帝国と対する以上、強力な兵器は必要だ。帝国側も使用できるのがカンム・ユリウス・シーベルとレオナルド=ジャック・アゴストだけならば、まだこちらにも戦いようがあろう」
「ですが此度の会談、私目には解せぬ箇所がございます」
「あぁ分かっている……コウサ=タレーケンシ・ルネモルンとの此度の会談、余に利が多かったと思っているが、奴はまだ何かを隠しておる」
「はっ。オリジナルフレームの件はまだしも……バルトルク研究所の爆発事故に関しては此度の件と関係は希薄に思われます」
トーマスの言葉にランジョウは頷く。ヴェーエス星にはオリジナルフレーム以外に何か大きな秘密がある。そしてそれは一つや二つではない。
コウサと言う男は自分に似ているとランジョウは思っている。だからこそ、あの男は真の意味で食えない男なのだとランジョウは改めて心の中で感じていた。