第31話『次なる一手』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 宰相室】
<14:00>
セドリック・ガンフォール……アイゴティヤ星知事にして裏社会のフィクサーであるアルバトロス・ガンフォールを父に持つ男は、その恵まれた環境に満足することは無かった。彼は常に自身の地位をさらに上げるための根回しを怠らない。それが例え自身の兄や姪を殺すことになったとしてもである。そんな彼は片足を組みながら少し怪訝に口を開いた。
「まさか直に帝星まで来るように命じるとは」
星間連合帝国は帝星ラヴァナロスを主として、全域で統一された帝国法がある。しかし、各惑星ごとには星独自の法案や規律を設けることが許されているのだ。アイゴティヤ星はエネルギー資源であるヤシマタイト最大の輸出惑星として、帝国内でもその地位は高い。そんな惑星の知事である彼を呼び出すことが出来る人間は限られていた。その一人が彼の正面に座るエリーゼ・ラフォーレ宰相だった。
「不服だったかしら?」
「とんでもございません。私を知事まで押し上げてくださったのは宰相ですからね。ただ、通信ではなく直に会ってお話しするというのは余程の案件という事でしょう?」
セドリックは見え見えのお世辞も込めてそう告げるが、エリーゼの表情は変わらない。まるで氷のように冷たい表情で彼を一点に見つめていた。それは正に“鉄の処女”という通り名にふさわしい表情だった。
エリーゼは冷たい表情のまま足を組みなおすと、両手を膝の上に乗せながら秘書官であるモニカ・ジエーゴに視線を投げる。するとモニカは本題に入った。
「既に貴方にはお話ししたでしょう。皇帝陛下がヴェーエス星のデセンブル研究所に調査団を派遣しました。名目上は研究所内にあるデータの収集、そしてシャイン=エレナ・ホーゲンが開発したBEのオリジナルフレームの確保とのことでした」
「あ、あの、そのお話は聞いています。既に確保にも成功したと」
セドリックは目を吊り上げる。セドリックの視線に気付いたクリオス星知事であるスーザン・ハルフはビクッと震わせてから身体を縮こませる。しかしエリーゼはそれを覆すような優しい微笑みで彼女に告げた。
「それはそれ。しかし、皇帝陛下は……いえ、旧戦皇団の面々はそれ以外の目的で動いたと考えています」
「旧? あのそれは」
「皇宰戦争時のメンバーという事……ですか?」
理解が追い付いていないスーザンを無視するようにセドリックがそう告げると、エリーゼは再び冷たい表情に切り替えて口を開いた。
「この動きは恐らく、宰相の私にも言えない何かのために動いています。果たしてそれは何なのか……恐らく私はそれが粒子分解弾だったのではないかと思っています」
「り、粒子分解弾!? あのような非人道兵器を!?」
思わず両手で口を塞ぐという知事にあるまじき情けない行動にセドリックは少しイラつくが、その感情を僅かに残っている人間性で押し隠した。それは彼なりに見せる他人への道場に近かったかもしれない。
エリーゼは背後の秘書官であるモニカに視線を投げると、彼女は戸棚にあるブランケットを手にして、スーザンの肩にそっと掛けた。その様子を見届けたエリーゼは再び口を開いた。
「ここからは私の推測を話します。粒子分解弾と言いましたが、それすらも恐らくブラフ……それが何なのかは私には理解が及びません」
「確かに。デセンブル研究所はその存在自体がブラックボックス……中にあるデータの殆どが帝国の宝と言えるでしょうな」
セドリックの相打ちにエリーゼは頷くとさらに言葉を続けた。
「粒子分解弾ならば現在ラヴァナロスにいる科学者たちでも時間を掛ければ開発は可能なはず。戦力的に優位な位置にあるというのに粒子分解弾の開発を急ぐのもおかしいでしょう。恐らく、別の何かを探していたと考えられます」
「あ、あの……こ、皇帝陛下に直接お聞きしてみるのはいかがですか?」
まるで子供のようなセリフにセドリックは呆れかえるが、エリーゼは再び柔和な表情で口を開いた。
「旧戦皇団の面々を動かしたというのは恐らくかなりの機密であると考えられます。そのような情報を私に言うことは無いでしょう。私は国家の運営という意味では陛下より信用を賜っていますが、それ以外の信用はありませんからね」
エリーゼはそう告げて三度冷たい表情に切り替えると、足を組み替えながら話を続けた。
「その為にスパイを潜り込ませています。彼らの動きを知るほかないでしょう。分かりますね? スーザン・ハルフ知事」
「は、はい!」
エリーゼの言葉にセドリックは顔を顰める。
世間に知られることは無いが、皇帝と宰相との間には常に緊張感が漂っている。この情報戦を制さない限りは彼の今後の地位はまだ盤石とは言えなかった。
「(……さて、皇帝はどう動くかな? いや、その前に処理しなければならん奴がいるがな……)」
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【星間連合帝国 衛星ジオルフ エルフィント航宙社 ジオルフ支部】
<14:30>
エルディンと別れてから十数分……彼はどうやら繁華街の方に向かったらしい。その後ろ姿を見送りながらメアリーは自分で自分にツッコミを入れずにはいられなかった。
「(身内が面倒じゃと大変じゃネ……マ、それはウチも一緒カ)」
彼女はそんな事を思いながら巨大なビルの前に立つと、ビルの中に足を踏み入れた。ビル内は清潔を保たれており、行き交う人々は皆一流企業に相応しい装いで行き交っている。そんな彼らの中で明らかに身分の低そうな装い、頭頂部にレオンドラ星の猫耳、こめかみにアイゴティヤ星の角を持つハーフのメアリーは異色だった。
メアリーは周囲の好機の目など気にせずにそのままスタスタと受付の前に行くと、その席に腰を下ろす受付嬢に微笑みかけた。
「どうモ、お姉ちゃんキレイじゃネ。アッちょんが居ったらほうっとかんばイ」
「は、はぁ」
クリオス星人の受付嬢は褐色の肌の中に戸惑いを見せながら微笑む。しかしすぐに仕事の表情に切り替えるとメアリーに尋ねた。
「何か御用でしたか?」
「うン。今日会長がおるじゃロ? 可愛い孫が会いに来たって言ってくれン?」
メアリーの言葉に受付嬢は戸惑いの表情を浮かべる。ここでメアリーは二つの可能性を考えた。彼女が何も言わずにメアリーを通せば機密を伝えられている優秀な人材だろう。そうでなければ恐らく彼女はまだこのエルフィント港宙社の中でそこまでの信用を得ていないという事である。
どうやらメアリーの考えの中で前者だったのか、受付嬢は少し驚いた表情を見せながらもすぐにキリっとした表情に切り替えると向かって左側の扉に手を差し出した。
「あちらの扉からお進みください」
「ありがとさン。お姉さン、男に趣味が無いんじゃったラ、いつでも呼んでネ」
メアリーはそう言い残すと驚きの表情を浮かべる周囲を尻目に案内された扉に足を踏み入れて行った。
扉の先は無数に分かれるエレベーターだった。その証拠にその小さな箱は左右の斜め方向に上昇していくと同時に、ある程度の階層に入ると外の景色がメアリーの眼前に浮かび上がった。普段暮らす街並みを見下ろしながら、メアリーは壁にもたれていると、最上階に到達したエレベーターはゆっくりと扉を開いた。
「お、メアリーちゃんじゃんッ! お久だねッ!」
扉の先の陽気な声にメアリーは少し溜息交じりに振り返った。
「皇后様がこぎゃん所に何の用ネ?」
「ご挨拶だねッ! 私はメアリーちゃんのひいおじいちゃんとは仲良しなんだよッ!」
そう告げる奇抜な装いの貴婦人にメアリーは再び溜息をつきながらエレベータから降りる。すると星間連合帝国の皇后であるソフィア=マリリン・ガウネリンはニコニコ微笑みながら話を続けた。
「今日はおじ様とビジネスのお話ししに来たんだよっ! 旅客機に私のデザインを使ってもらうからねっ!」
「ふーン。マ、ウチには関係ない話じャ。ほんならネ」
メアリーがそう告げると入れ替わるようにソフィアがエレベーターの中に入っていく。
彼女は微笑みながら振り返ると片手を上げて首を傾げた。
「んふふ~。メアリーちゃんッ。デザインに興味があったらいつでもウチに来てねッ!」
そう告げると同時に扉は閉ざされ、辿り着いた廊下はエレベーターから差し込んでいた外の光が遮られたせいで、若干薄暗くなった。
メアリーは廊下を歩いて行くと、小さな扉の前に辿り着く。その扉を開くと広大な部屋の奥に僅かな光があり、大きなスペースの角に小さな家具が並んでいた。
「……じいジーーーーーーーーッ!!!!」
メアリーは急に叫ぶと小さなスペースに居た老人が驚いた様に立ち上がった!
「んほッ!? ほぉぉぉォ!? メアリーちゅあんッ!!!!」
老人はそう言って飛び上がると同時に広大なスペースを超人的なスピードで走り、メアリーに抱き着いてきた!
「マイベリーキューティードーターズドーターズドーター! 相変わらず可愛いのォ! 若い頃のひいばあちゃんにそっくりじャ!!」
頬擦りしてくる老人にメアリーは無抵抗のまま微笑むと、ようやく落ち着いてきた曽祖父に微笑んだ。
アルバトロス・ガンフォール……星間連合帝国の裏社会を牛耳るフィクサーであり、海陽系を巡る超速移動宙路を運営するエルフィント港宙社の会長である。そうは見えない頭頂部の耳をパタパタと動かす好々爺にメアリーは少し呆れながら告げた。
「相変わらず元気そうで良かったばイ。お爺ちゃン」
「ア……そぎゃんこつもないんじャ……この通りもう歳とってォ……コホンコホン……もう指揮も近いじゃロ……はよぉ可愛い曾孫が継いでくれたら安心なんじゃがのォ……コホンコホン……」
「そうなんケ? おいちゃン?」
メアリーはそう言ってアルバトロスの後に近付いてくる巨大な人型機械にそう告げる。
全身が機械化しているその人物は顔面だけが人の形を保っており、こめかみから伸びる角を弄りながら機械音に近い言葉を発した。
「医者の見立てではあと五十年は大丈夫だそうじゃ」
「ふン! あんなヤブ医者の言う事なんか信じないもんのォ!」
「お爺ちゃん百一歳じゃロ? スゲェ……」
「失敬じゃナ! まだ百歳じゃイ!」
憤慨する曽祖父を尻目に呆れ顔を浮かべながらメアリーは機械の身体となったスティーヴン・ブランドに視線を投げた。
「おいちゃんがお爺ちゃんが危篤じゃ言うけン、顔見せに来たけど結局嘘じゃったン?」
「危篤? そぎゃん連絡ばしちょらんガ?」
伯父の返答にメアリーはジロリと視線を投げかける。しかしアルバトロスはどこ吹く風と言った様子で胡坐をかきながらケラケラと笑った。
「こうでもせんと顔を見せんじゃロ? そぎゃんこつよリ、メアリーちゃン。どこに仕事に行っとったんじャ?」
曽祖父の目を見ながらメアリーはその場に腰を据えて見つめ返す。
先にも言ったようにアルバトロス・ガンフォールはこの海陽系のフィクサーである。それはこの海陽系で起きる事象の全てを彼は認知しているという事でもある。今のメアリーがこの曽祖父に情報戦においてイニシアチブをとることはあり得ないのだ。
「……聞かんでも知っちょるんじゃロ?」
「まぁノ。ヴェーエス星はどうじゃっタ? メアリーちゃんが生まれた星じゃゾ?」
「お爺ちゃんも複雑じゃネ。可愛い曾孫が生まれた星ガ、可愛い孫夫婦が死んだ星じゃけェ」
「そうじゃのォ。んデ? 仕事ば上手くいったんカ?」
全てを知っているであろう曽祖父にメアリーは一応答える形で話を続けた。
「作戦ば一応成功じャ。オリジナルフレーム、研究所内のデータの収集、一応上手くいったばイ」
「ばってン、研究所内のデータば全部取れたわけじゃ無かっちゃじゃロ?」
「……やっぱり知っちょるんじャ」
メアリーはジト目を向けると、アルバトロスはニヤリと笑った。
アルバトロスは「よっこいセ」と言って立ち上がると、メアリーに背を向けて歩き出した。
「よぉ分かっタ。メアリーちゃン。全部取れんでよかったのォ」
「何ネ? 取り切れんやった情報が何かあるン?」
メアリーは怪訝な表情を浮かべると、アルバトロスは先程の好々爺とは似ても似つかない邪悪な笑みで振り返った。
「そこにこん帝国の秘密があるばイ。ばってン、いくら可愛い曾孫でモ、そいを軽く教えちゃる程オイは優しくないけェ」
「知りたかったら自分で調べェ……そういう事じゃナ?」
メアリーの返答にアルバトロスは再び好々爺の笑みを浮かべるとメアリーに背を向けて歩いて行った。
「そいガ……メアリーちゃんば向いちょる事なんじゃろぉなァ」
それだけを告げてアルバトロスは去っていく。
メアリーは分かっている。アルバトロス・ガンフォールという男は決して甘くはない。それは身内に対してもである。彼が発する言葉は全て自分への利益か、その者の成長を促すものなのだ。




