第29話『INFORMATION HIGH』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 資料作成室】
<13:00>
「……終わった」
そう言ってアークはホバリングする椅子の上で背伸びしながら状態を仰け反らせた。
ヴェーエス星から帰還したアークたちは報告書提出のために帝都を訪れていた。と、軽く言ってはいるが、ここまで来るのも一苦労だったことを思い出してアークは辟易する。そんな彼に対してリオは上に向いている額にデコピンを打ち込んできた。
「痛っ……ちょっと~おでこってのは熱を測るかチューするところでしょ?」
「ココとココとココ! 記載忘れんなって言ったでしょ? 何回言えば分かんの!!」
口やかましく二次元ディスプレイを指差しながらリオは憤慨する。そんな彼女にアークは身体を悶えさせながら頭を掻きむしった。
「もういいじゃん! 書いといてよ! お腹空いたし! 眠いし! 何より俺もう二日もヌいてないのよ!? 死んじゃう!!」
「何で帰る船の中で進めとかなかったのよ? エル君もメーちゃんも殆ど終わってんだよ?」
「いや、もう完全に終わったよ」
隣の座席でアークのように背もたれに体を預けていたエルディンはそう告げる。彼はというと足を組み二次元ディスプレイを掴みながら優雅な読書タイムに耽っていた。
「何で? エル吉は爆破し損なってるし、メー子もデータ取り切れなかったんでしょ? 二人とも失敗してて俺はちゃんと何ちゃらフレーム持って帰ってきたじゃん! 何で失敗した二人の方が資料少ないの? メー子に至っては寝てるし!!」
アークはそう憤慨しながらホバリングする椅子を並べて眠りこけるメアリーを指差す。
ガーガーと寝息を立てるメアリーを尻目にリオはくびれのある両腰に手を当てながら続けた。
「二人はその分もちゃんと報告書に纏めてくれてんの! アンタは単純に文章作成能力や事務能力がなさすぎ!」
「ぐぬぬ……だって帰りの船の中で何でかボスに絞られたのよ? しかも到着直前まで! 無意味に!」
アークは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、彼とは対照的に優雅に読書を楽しんでいるエルディンが視線は動かさずに横槍のように口だけをはさんできた。
「君が指導を受けた理由を聞いているが……ここで言うべきかな?」
その言葉にリオは怪訝な表情を浮かべて再びアークをジロリと睨みつける。
「何? また何かしたの?」
「いいい、いや何でもないっス! やるッス!」
話を逸らすようにアークはエルディンに恨み節のような一瞥をくれてから背筋を正してキーボードを叩き始める。
項垂れるアーク、疑惑の目を向けるリオ、優雅に読書を続けるエルディンの隣で寝息を立てていたメアリーがパッと目を開く。
それと同時に扉が開いてカンムとミヤビが中に入って来た。
「諸々済んだのかい?」
二次元ディスプレイを閉じてエルディンがそう尋ねると、メアリーもまた義足と義手を装着して、接触部に人工皮膚のスプレーを掛けながら口を開いた。
「お城暮らしはもう飽きたけン。そろそろ約束もあるシ、帰りたいんじゃけド?」
二人の言葉にカンムはいつもと変わらない無表情のまま小さく頷いた。
「これより皇女に謁見報告に向かう。報告書整理が終わったなら帰還して構わん」
「みんなお疲れ様~ジオルフに戻る手配はしてあるからね~」
間抜けていながらもセクシーな声に四人はそれぞれ溜息に近いと息を吐きながらぞろぞろと立ち上がる。そして六人は皇女執政室へと向かい始めた。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇女執政室】
<13:20>
執政というよりは謁見の場と呼ぶに相応しい玉座の前で六人は並んで立っていた。その面々にそれぞれ視線を投げてきたアーリア=セイナ・ガウネリンはニコリと微笑みながらゆっくりと口を開いた。
「皆さん、此度は大変厳しい任務の完遂、ご苦労様でした。報告書の方を拝見させていただきましたが、ミュリエルさんの見事な状況判断による研究所爆破、ガンフォールさんの的確であり最大限まで収集したデータ、とても見事です」
「(あれ? 何で俺らは何もないの?)」
「(オリジナルフレームが無傷じゃなかったからよ。アンタの無茶な動かし方でね)」
リオはそう言ってアークの尻を密かに蹴り上げる。アークは「痛い!」という言葉をかみ殺して「ひぇむ!」と妙な声を出すと、皇女の下座で背筋を正すジュリアン・フェネスがギロリとにらみを利かせてきた。因みに、本日の彼女の装いは紫を基調とした膝上丈のメイド服である。
何故か見慣れてきてしまっている老婆のメイド姿にアークは引き攣った愛想笑いで誤魔化すと、彼女は小さく咳払いをしてからカンムに視線を投げた。
「オリジナルフレームは無傷で回収するとの任務だったはずです。それを装着し、あまつさえ左腕部を損傷させた状態で回収するとは……カンムさん、貴方の任務遂行力に陰りが見られるのではないかしら?」
「部下の無様な醜態は上官である自分の責でもあります。面目次第もございません」
カンムが小さく頭を下げると、ジュリアンは小さく鼻を鳴らしてから再びアークを睨みつけてから口を開いた。
「一流の上官とは一流の部下に支えられて初めて真価を発揮するのです。今一度、陛下の下にお戻りになることをお勧めします」
「謹んで善処させていただきます」
普段は滅多に見ることのできないカンムの低姿勢な姿にアークだけでなくエルディンやメアリーも鳥肌が立つような感覚に捕らわれる。
再びジュリアンが鼻息を鳴らしたところで、アーリアが場を諫めるように笑顔で口を開いた。
「その辺でよろしいでしょう。さて、一先ず任務は以上で終了となります。オリジナルフレームの損傷によって減額されますが、クジャ・ホワイトという脅威の撃墜という追加報酬があるので、総合的には満額でお渡しいたしますのでご安心ください」
皇女の言葉にアークはエルディンやメアリーと顔を見合わせて思わずニカリと笑う。するとアーリアはさらに言葉を連ねてきた。
「そしてもう一つ。デセンブル研究所で保護した少女ですが、彼女の生態系や研究所内での情報も加味してこのシルセプター城内の研究施設にて保護させていただきます」
「待ってください」
まるで話を遮るようにリオが声を上げる。その行動はアークであれば恐らく、というか間違いなくジュリアンによってドロップキックという暴力によって諫められていた事だろう。しかしジュリアンは口すら開くことなく黙ってリオの方を凝視していた。
リオは一度瞬きをしてから言葉に続けた。
「彼女はあの閉鎖された研究所で孤独に生きてきた筈です。今必要なのは身体ではなく心のケアと考えます」
「リオ・フェスタ中尉。ケアについては医療機関の人間が考えることで我々が口を挟む事ではありません」
「あの子はまだ八歳です。社会性を身に着けさせるのに時間は充分にある。この城の研究所ではなく一般社会の中で生活させることの方が有意義です」
「そういう問題ではないのです。中尉もご覧になったのでしょう? あの少女はこの海陽系には存在しない遺伝子データを持っています。事実、海陽系の種族であれば見定められるB.I.S検査でもエラーが上がり、その素質も管理できません。そうなれば我が国の軌跡先導法にも適さず、下手をすれば帝国法案から外れた存在になる危険性もあるんです」
「あの子がどう生きるかはあの子自身が決めればよい。私はそう考えています」
「なっ!」
「ほう」
「マジかイ」
「あらま~」
リオの言葉にアーリアだけでなくエルディン、メアリー、ミヤビは驚きの表情を浮かべる。さらにカンムですら表情筋を僅かに歪ませていた。
「リオ・フェスタ中尉。それは帝国法にある軌跡先導法に反する考えです。直ちに取り下げなさい」
アーリアではなくジュリアンがそう告げるが、リオは譲らないと言わんばかりに真っすぐな視線をアーリアに投げかける。
静寂に包まれた執政室内でアークだけが状況を掴めずに周囲を見回していた。その沈黙に耐えられなくなった彼は恐る恐るゆっくりと手を挙げた。
「あのーちょっといいっスか?」
彼の言葉にアーリアやリオ達の視線が向くと、アークは頭をボリボリと搔きながら話し始めた。
「えぇっと、帝国さんから俺たちに依頼したのって確かオリジナル何ちゃらの回収と、研究所内のデータ収集と、研究所の爆破っスよね?」
「はい、その通りです」
アーリアの返事を聞いてアークはニヤリと笑った。
「んじゃ、あのお嬢ちゃんって別に依頼されてないんだから拾ってきた俺らのでいいんじゃねぇの? ほら、契約書にあったじゃん。任務中に採集した物品に関してはそのまま使用して構わないって。メー子! 書いてあったよね?」
「確かに書いちょるばイ」
メアリーがそう告げると、エルディンは小さく肩を揺らし始めた。
「フフフ……帝国に所有権のあったものは後に返還する必要があるが、それに該当しなければ僕らがその後も利用して構わない。だったね。なるほど、確かにあの子は帝国の所有物ではないのは明らかだ。となれば僕らに第一所有権があると言ってもいいだろう」
「アンタ達ね! クレアをものみたいに言うんじゃ! モガガ!」
リオがそう言いかけたところでメアリーは慌てて口を塞ぐ。そしてその体勢のままメアリーは皇女に向かって話し続けた。
「ばってン、もしも帝国があん子に関する何か握っちょるっちゅうんやったら考えんこともないばイ」
メアリーの言葉にアーリアは眉間に皺を寄せながらも答えた。
「それは……我が国内でも彼女の存在はイレギュラーであり、分かってはいません」
「したらバ、あんお嬢ちゃんばウチ等で預かるんは筋っちゅうもんじゃネ。ボス、そんそろ何か言ってくれン?」
メアリーにそう言われたカンムは溜息をつく。そしてオールバックになっている銀髪を片手で整えるように掻き上げてから皇女とジュリアンに視線を投げた。
「無様ではあるが悪知恵だけは働くようだ。提案させていただく。保護した少女は私が責任を持って預からせていただき、最低限の生活は保障する。また、月に一度の研究施設への往診、我々に任務が入った際はジュリアン殿に預かっていただく。以下でどうでしょうか?」
カンムの提案にアーリアとジュリアンは顔を合わせる。
アーリアは次にリオに視線を向けると、どう足掻いても曲げようのない強い眼差しをしたリオに完敗したのか小さく溜息をついた。
「分かりました。貴方方の監視下にあるというのであれば、私の監視下にあると同義と解釈します。今ほどユリウス将軍……失礼、ユリウス殿が仰った条件を順守して少女を保護してください」
その言葉にリオはパァっと笑顔になりつつも、すぐに真剣さを取り戻して口を開いた。
「もちろんです。ただ、もしもクレアが……少女が私たちとの生活を望まない場合は研究所内で保護してあげてください。私はあくまでも当人の意思を尊重したく思っています」
「いいでしょう。では、次の議題に移ります」
アーリアは根負けしたように微笑みながら話を続ける。
クレアの処遇はこれにて完結した。ようやくピリついた雰囲気が消えたことにしたアークだったが、この数分後にまたしても無作法な言動を行い、憤怒したジュリアンが彼にアルゼンチンバックブリーカーをかけることになろうとはこの時、彼は知る由もなかった。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 廊下】
<13:45>
「ねぇ? 俺の腰と背中くっついてる? 大丈夫だよね?」
身体をくの字に横に傾けた状態で歩くアークは不安気にそう告げる。そんな彼など見向きもせずにリオは歩くメアリーを後ろから抱きしめた。
「メーちゃんありがとねー! メーちゃんの助太刀なかったら私だと説き伏せらんなかったかも!」
「ええヨ。なんやかんやリッちょんには世話になっちょるけン。何よりミヤ姉とリッちょんに続いてかわいい子が増えるんじゃったら歓迎じャ」
「それを言うなら僕の助力にも感謝が欲しいね」
「うんうん! エル君もありがと!」
リオはそう言ってエルディンの腕にも手を廻す。背後に一人になっていたアークは不満気な表情で声を荒げた。
「待ってよ! だったら最初に気付いたの俺よ? 俺にも感謝必要じゃない? いいよ? お礼は尻コぐふッ!」
前を歩いていたリオはまるで不機嫌な競走馬のように背後に向かってノールックの後ろ蹴りをかますと、アークのみぞおちを貫く! そして振り返って蹲るアークの胸ぐらを掴んで引き起こして来た。
「アンタね! 毎度毎度何でギガヤバい発言ばっかしてんのよ! 報告書も結局アンタだけ終わんないし! 何よりまた皇女様の鎖骨がどうのこうの言いやがって! このメガエロ馬鹿野郎!」
「うん! 色々ゴメン! でも鎖骨の件は覚悟の上だ!」
「覚悟って言葉を安く使うんじゃねぇ!!」
胸ぐらを掴んで振り回すリオ達を微笑ましく見ていたエルディンだったが、時刻を確認して間に割って入った。
「さて、じゃあ僕は先に失礼するよ。この後また人に会う予定があってね。明日にはジオルフに戻る予定だ」
エルディンの言葉に続くように義手の着け心地が悪かったメアリーはポジションを整えながら同じく告げた。
「ウチもじャ。ちょっと親戚にあってくるけン。帰りは明日になるじゃろうかラ、アッちょんご飯ばよろしくネ」
「え? 二人とも俺を手伝おうって気概はないの?」
「「無い」」
笑顔で即答する二人はそう告げると、先にエルディンの方がリオの方に視線を向けた。
「ボスたちも他手続きで色々あるようだ。例の少女、クレアちゃんについては明日ミヤビさんが引き取りに行くらしい」
「そうじャ。リッちょんに言うとくばイ。明後日ケーキバイキングの予約取っちょいたけェ。ミヤ姉とそんクゥちょんと四人で女子会ばイ」
「うん、分かった。じゃあまた明日ね」
アークをガッチリとヘッドロックしているとは思えない笑顔でリオが答える。
二人を見送ったリオはようやくアークを開放すると、彼は首を回しながら叫んだ。
「痛いよ! でもおっぱいに当たって総合的には良かったよ!」
「メガブレないわねアンタは……まぁいいや。ホラ、さっさと報告書仕上げるわよ。明日にはみんなで帰れるようにしないとね」
「え? 何? 手伝ってくれんの?」
「……しょーがないでしょ」
「うほ! リオのツンデレさん! そんなところが堪らなく好き!」
「やかましい」
呆れたように前を歩くリオの後姿を見ていたアークは思い出したように彼女を追いかけながら話し続けた。
「そういえばリオ。一個お願いあんのよね」
「何? これ以上の面倒事は勘弁してよ」
「一個だけ! こっち向いてくんね?」
「なに」
リオが振り向くと同時にアークは往来する人の群れなど気にせずに彼女にそっとキスをする。そしてゆっくり離れると、そんなロマンティックな雰囲気を台無しにする下衆い笑みを浮かべた。
「やっばい。意外と柔らかいのね」
「アンタね……ギガ下手くそ」
リオはそう言って彼の胸ぐらを掴むと次は彼女の方から唇を重ねる。
今この時、ようやく二人は本当に生きて死地から帰還したのだと実感していた。




