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EgoiStars:RⅡ‐3380‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3380年 <帝国標準日時 12月10日>
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第1話『そこには正義も悪もない』

【星間連合帝国 アイゴティヤ星 ????】


<AM11:58>


 アイゴティヤ星……この星はかつて皇宰戦争で宰相側に付きながら戦争末期に皇族派に寝返った星として認知されていた。

そしてもう一つ。このアイゴティヤ星は特殊な周波を浴びせることで膨大なエネルギーを発生させる特殊鉱石ヤシマタイトの最大産出量を誇り、全惑星の中でもエネルギーの源としても知られている。しかしそのせいもあってか、この惑星には黒い噂が絶えなかった。


 廃工場跡となれば悪い取引の定番である。アイゴティヤ星内のそんな定番中の定番の場所で二人の男が相対していた。


「し、しかしこんな昼間でよかったんですか?」


小太りの男は周囲を見回しながら動揺を隠せずにいる。高い天井近くにある窓からは海陽の光が降り注いでいるが、内部電源が死んでいるこの廃工場は薄暗い。とはいえ正午に不正取引をするなど妙に感じるのは当然だろう。狼狽える小太りの男を見ながらケビン・スペイサーは顧客を侮らないように丁寧に告げた。


「夜の方が逆に怪しまれますよ。では、よろしいですか?」


「え、ええ」


正面の小太りな男……小さなヤシマタイト産出企業の社長であるカプロ・フォルメンが首を上げると、彼の部下であろう者たちが大量のアタッシュケースを地面に置き開いて見せた。

 ケビンは一歩前に躍り出ながら周囲に注意を払っていた。彼の背後にも用心棒が十数人立っているが、所詮は金で雇ったチンピラなので信用ならない。何よりその佇まいから、彼らにそこまでの腕は期待できなかった。

ケビンは床に置かれたアタッシュケースの一つを適当に選ぶと、ケースの中に納まっている小さな箱を取り出した。


「……はい。確かに」


ケビンは後ろを振り返って目配せをすると、チンピラたちはヤシマタイトが詰まっているアタッシュケースを拾い上げる。

 ケビンは対価である金銭を払おうと端末を手にすると、死んでいたはずの廃工場の電源に火が入り「ブォン」という音と同時に闇に包まれていた工場内に明かりが灯った!


「おい!」


「何だ!?」


驚きの声と同時に開けっ放しだった無数の扉と窓が閉鎖されていく! 扉をこじ開けようとチンピラやカプロの部下たちが手を掛けるが、当然扉が開くことは無い。すると小太りのカプロは二重顎を揺らしながら慄くような表情で叫んだ。


「ど、どういうことです! ま、まさか裏切」


「落ち着け。裏切るならもっと早い段階で軍警察が来ている」


「し、しかし!」


恥ずかしげもなく動揺するカプロを見てケビンは彼の器を感じとる。取引相手の小物感を知ったケビンは今回自身が貧乏くじを引かされたことを痛感した。


「(……()()()()がこんな小物と本気の取引をするはずもない……チッ……ハズレを引かされたな)」


ケビンは覚悟を決めて腰のホルスターに手を掛ける。すると一つの扉が開き、その場にいる面々の視線が一斉に注がれた。

 扉から入ってきた青年は少しカールした髪の毛と、左手に手袋を装着している。青年はどこか気取ったりながらも緊張した様子で小さく咳払いをしていた。そして大きく深呼吸をして目を開くと、ケビン達の姿を見回す。すると表情筋をヒクヒクと動かしながら緊張から落胆に近い表情に切り替わっていった。


「う、う、嘘つき! 水着美女なんていないじゃん!」


インカムに向かって叫ぶ青年の声が工場内に響き渡る。何をどうすれば廃工場に水着美女がいると思うのだろうかとケビンは思わず戸惑った。


 工場内にいる面々の注目を集めながらも、青年はケビン達に全く興味がないように「また騙したの?」「だって言ってること違うじゃん!」とインカム先の相手に怒りと悲しさをぶつけている。そんな青年に向かってケビンは腰のホルスターに収まるブラスターを掴んだまま声をかけた。


「おい! 君は……何者だ」


ケビンの言葉に青年は訝しげな表情で振り返った。


「え? あ、ゴメンちょっ待ってて」


青年は全く謝る気のない明らかに面倒くさそうな態度でケビンをあしらうと、身振り手振りを織り交ぜながら再びインカムに向けて声を張り上げていた。


「俺ね。こういう騙し討ちみたいなの本当に良くないと思う。別にこの前だって現場行かなかったのには理由があったわけじゃん? 今まで俺が無断で仕事サボった事あった? うん、うん……あ、その件はカウントしないで……あー……うん……そうね……あれね……うん……いや、その、ごめんて……そんな、怒んないでよ……分かったって……はい、はい、はい、ちゃんとやります」


彼の口調と態度だけで明らかに形勢が逆転したことをケビンは察する。すると青年はようやくケビン達の方に振り返った。


「えーっと。ヤシマタイトの不正取引でアンタら全員逮捕ね。抵抗すんなら殺っちゃって良いって言われてるから」


青年は面倒くさそうに肩を回しながらこちらに歩を進めて来る。そんな彼を見てケビンは背後のチンピラたちに目配せをすると、彼らは意気揚々と青年の方に向かって歩き出した。


「舐められたもんだなぁおい」


「てめーフマーオス人だろ? 劣等野郎がこの人数に勝てると思ってんのか?」


チンピラたちが月並みの言葉を並べる。すると青年は人差し指を突き出しながらニヤリと笑った。


「バーン!」


青年の言葉と同時に閃光が走り、チンピラの「ぎゃああ!」という叫び声が響き渡る。そこには指を向けられたチンピラが足を抑えながら床でのたうち回る姿があった。


「ひぃぃ!!」


怯えるカプロを他所にケビンは閃光の飛んできた先に振り返る。しかしその先に人影はなく、それだけで彼は凄腕のスナイパーが潜んでいる事を察しながら青年に視線を戻した。

 青年は指鉄砲を両手で構えると、戸惑うチンピラに向けて再び叫んだ。


「バーン! バーン!」


彼の口から発砲音が放たれると同時に指を向けられたチンピラたちの腕や肩を閃光が貫いていく。

 ケビンは閃光の弾道を見極めると薄暗い天井の鉄柱に見え隠れする姿を見つけ、ブラスターを引き抜いて引き金を引いた!


――バシュ!


ケビンの放った閃光は影を捕えることなく天井を貫通していく。しかし彼が放った閃光によって人影があることは間違いなく確認できた。


「お前らはその男を殺れ!」


ケビンの声を合図にチンピラたちは青年に襲い掛かる! すると青年は腰に差していた柄を握り、液体金属製のククリ刀を引き抜いた!


「あーあ。撃たれる方がマシだったかもよ?」


青年は右手にククリ刀を構えると手袋を嵌めた左拳をおおきく振り上げる。そして勢いよく地面に振り下ろすと、衝撃音と同時に地響きのように床が大きく震えて土煙が舞い上がった!


「うあぁぁ!」


「ひぇぇぇぇ!」


戸惑うチンピラの声と頭を抱えて地面に蹲るカプロの声が響き渡る。そんな彼らなど目もくれず、クレーターと土煙を作り出した青年は、ククリ刀を振りかざしてチンピラたちの間を擦り抜けながら切り裂いていった!


「……ククリ刀……長距離射撃……まさか」


その光景を見ながらケビンは思わず息を飲んだ。

 ここ一年で裏社会には不穏な噂が流れていた。それは予測不可能な援護射撃とククリ刀を持つ殺人鬼が暴れ回っているというものだった。そしてその二人に出会った者に待つのは、軍警察へ連行か死だというのだ。

ケビンは取引したアタッシュケースの一つを手に取ると、突っ込んでくる青年から距離を取るように工場の端へと走り出した!


「(こんな所で死んでたまるか! 俺は! 俺は!)」


彼は心の中でそう叫ぶと閉ざされた扉に向かってブラスター銃を向ける。それと同時に背後から青年の「あ、おい! 扉撃っちゃダメ!」という声が耳に届いた。


 走馬灯とは一瞬である。幼い頃に皇宰戦争で死んだという顔も覚えていない両親。彼を引き取りながらも亡くなっていった祖父母。一人きりになっても助けてくれなかった周囲の他人。そこから裏社会に入って腕を磨き、彼は裏社会では名の知れた闇組織に身を置いた。メンバーは殆ど素性を明かしていないが、数少ない顔を合わせたメンバーは老紳士とドロイド化した大女、金髪の超絶美青年、そして優しい派手なギャル……


「(……キリコ……)」


派手なギャルの無邪気な笑顔が彼の脳裏を過る。崩れ落ちてくる天井の瓦礫を見上げながら彼の生涯はそこで閉じた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



<PM14:03>


 地面に胡坐をかきながら連行されていくチンピラや一般人を眺める。それは決して良い光景とは言い難い。いや、寧ろ連行される小太りの男の言葉がさらに後味を悪くさせた。


「この件はワシがやったことだ! 部下や会社は関係ない! 頼む! コイツ等は見逃してやってくれ!」


「話は本部で聴く。さっさと乗れ。おい! お前らも全員だ!」


「待ってくれ!」


懇願する小太りの男は軍警察に引き摺られて軍用エアカーに押し込まれていく。そんな彼らを見ながらアーカーシャ·デュラン……通称アークはどことなく妙な罪悪感に駆られていた。

 静かになった工場内では、仕事を終えた軍警察が通り過ぎざまに交わす会話が聞こえる。それがアークの気分を更に盛り下げた。


「知ってるか? 取引してた企業、結構長くやってるらしいけど業績不振でかなりヤバい状態だったみたいだ」


「なるほどなぁ。それでこんな取引やったって訳か」


「ヤシマタイトなんて取れない場所掘っても出てこないからな。いい場所はデカい企業が独占してるし」


「部下連中の話じゃあの社長、気が良くて部下思いだってよ」


「いい奴ほど馬鹿を見るもんだよな。それより取引相手ってのは……」


彼らの言葉が聞こえないようにアークはスッと立ち上がる。そして瓦礫の山の方へと歩み寄った。

 瓦礫の山に埋もれた死体の回収は済んでいる。その証拠に瓦礫の一部に掘られたような形跡があり、そこには血や小さな肉片がこべり付いていた。


「アーク。お疲れ様」


背後から掛けられた声にアークはゆっくり振り返る。それと同時にアークは走り寄ってきた美少女の肉感的太腿と程よく膨らむ胸をしっかり目に焼き付けながら小さく頷いた。


「んー。というか何で騙したの……俺今日のために昨日オナ禁したのよ?」


「こんな所に女の子いるって信じる方がテラ馬鹿じゃん。おっと」


走り寄ってきた相棒であるリオ・フェスタはアークの隣に立つと、瓦礫の山を見下ろしながら小さく目を閉じてお辞儀をした。


「死んじゃえば犯罪者でも関係ないからね」


「いやそれより水着美女……」


「それよりとは何? このメガ罰当たり」


アークの不平など一蹴するリオはジト目を作り溜息をつくと、端末を開いて二次元ディスプレイを浮かび上がらせた。


「そうそう。あの企業の人たちは取引相手がどこなのかは分かってなかったみたい。捕まえた用心棒連中もあくまでも雇われただけ。この仏さんの素性については全然知らないみたいだね」


「ふーん」


アークは興味なさげに聞き流す。しかし次のリオの一言に彼は不穏な空気を感じ取った。


「取引先もそれを手引きした面々も分からず仕舞い。これは仕事の達成率としてはギガ低いよね」


「……え? 何それ? つまり、その」


「安心してよ。取引はさせないっていうのが第一条件だからちゃんとお金は入るよ。70%になっちゃうけどね」


リオの言葉にアークはあんぐりと口を開けながら絶望の表情を浮かべた。


「出たよ! 何でそう値切られんの!? 帝国って実はお金無いの?」


「そういう契約にしたのはボスなんだからしょーがないでしょ」


「あんのくそオヤジ……というかね? コイツ死んだのは不可抗力じゃん? エル吉が扉に攻撃したら爆発するなんて物騒なモンを仕掛けるから」


「逃げられないように出口を封鎖する。メガ的確な判断じゃん。というかね。今回も事前にちゃんと仕事してたのエル君とメーちゃんだけでアンタなんもしてないでしょ」


「俺は俺で忙しいのよ? ほら、お店の仕込みとか」


「それはみんな一緒」


取り付く島もない様子でリオはアークの言い訳を一刀両断する。アークは「ぐぬぬ」という表情を浮かべながらも諦めたようにため息をつく。そして再び瓦礫に目をやると、隙間から何かが光るのを確認した。

 そんな彼に気付くことなく、リオはこれからのスケジュールを確認すると「よし」と呟いてから再びアークの方に振り返った。


「とりあえず仕事は終わりだからもう帰っても大丈夫。私はアイゴティヤ星の軍本部に行って手続きがあるからさ。……聞いてんの?」


「え? も、モチのロンですよ!」


アークは誤魔化すように笑顔を作る。そんな彼を不審に見つめながらもリオは再び口を開いた。


「じゃあ先にホテルに戻ってて。私も本部で手続き終わらせたら戻るから。あ! それと明日は朝の便でジオルフに帰るから寝坊しないでよね!」


「ホテル戻っててって……聞きようによってはエロいよね」


「その発想力をエロ以外に活かしなさいよ」


呆れたようなリオの表情にアークは何故か照れ笑いを浮かべると彼女の前に一歩躍り出てリオに向かって唇を突き出した。


「とりあえず先に戻っとくね。んじゃ行ってらっしゃいのチュー」


「するかギガボケ」


リオはそう言うと突き出したアークの唇を小さく拳で小突く。そして彼女は「じゃね」と言ってスカートを翻しながら軍警察の方へと走って行った。

 アークは少し屈みながら翻るスカートの中身を見ようと試みる。しかし女性のスカートとはなぜか絶妙に中身を隠しきるため、アークは「ケッ!」と悪態をついてから元の体制に戻った。


「ま、拳にチューさせてくれただけいっか。……さて」


そしてアークは瓦礫の方に再び視線を戻す。先程光った瓦礫の中身を確かめるため、彼は足で瓦礫をどかし始めた。


「お金減るんだし……何か金目のもんだと嬉しいよね~今月もう厳しいっぽいし……」


頭を抱える会計係のメアリーを思い浮かべながらアークはそう呟く。そして適当に瓦礫を蹴り続けると、光の正体がその姿を現した。


「ん~? アタッシュケース?」


瓦礫に巻き込まれた衝撃のせいかアタッシュケースは僅かに開いている。

 アークは辺りを見回して、軍警察がすでに撤収作業に入っているのを確認すると、見つからないようにアタッシュケースを置いたまましゃがみこんだ。


「さてさて? 箱の中身は何じゃろな~♪」


適当な鼻歌を歌いながらアークは僅かな隙間に指を入れてアタッシュケースをこじ開ける。中には筒状のケースが入っており、光の正体はそこに入っているヤシマタイトだった。


「……これ……高く売れるんじゃね?」


アークはあくどい笑みを浮かべる。

 事件現場に落ちている物を発見すれば軍警察に提出する。それがまともな人間の思考だろう。しかし当然というべきか、この男がそんなまともな行動をとる訳がないのである。

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