第27話『種』
【フマーオス公国 フマーオス星 星王宮 丞相執政室】
<14:00>
フマーオス公国は独立状態とは言えない。元より自治権が完全に独立し強大な影響力から半ば黙認状態だった神栄教民主共和国と違い、フマーオス星は今でも帝国内では属星扱いである。謂わば、勝手に独立宣言をしているという形式になっていた。
そんな帝国との大きな差の中があるからこそ何よりも情報を重視しなければならない。そう考えていたフマーオス公国丞相トーマス・ティリオンは、当然と言うべきか帝国内に無数のスパイを巡らせていた。それはフマーオス星人に限らず、帝国軍時代にトーマスを慕っていた各星々に残る元部下たちで占められていた。
「今更ですがまだ任務中でしょう? 我々と連絡を取って問題ないんですか?」
トーマスはそう言ってホログラムとして浮かぶ諜報員に声を掛ける。彼女はトーマスと繋がるスパイの中でも最も潜入先が深い場所にいると言っていいだろう。何故なら彼女は今、帝国皇帝直轄である戦皇団の一員として暗躍しているからだ。
『本隊は帰還中です。私は事後処理でまだヴェーエス星に残ってんですけど今は単独で調査中でしてね』
「なるほど。しかしビスマルク・ナヤブリまでもがヴェーエス星に向かっていたとは……驚きですね」
『す、すいません』
報告が遅れたことを彼女は謝罪しているのだろうと察しながらトーマスは小さく首を振った。
「ヴェーエスに向かう戦艦に乗ってから知らされたのでしょう? 恐らく帝国内でもその情報は統制されていたのでしょう。そう考えれば船内で報告しなかったのは正しい判断です。乗船機から不審な暗号を飛ばして足を付けるわけにはいきませんから。……それで現状は?」
トーマスの問いに次は諜報員である彼女が小さく頷いた。
『今、デセンブル研究所の事後処理に来てるんですが……ここはもう無理ですね。本当に上手い事爆破されてます』
「データは殆ど?」
『ええ。抹消されています。さらに深い地下階層は無事みたいなんですが、プロテクトが固すぎては入れないですね。こっちの解析班も少なくとも四日は掛かるって言ってます』
「先発の潜入部隊は上手く潜入したようですが?」
『先発の皇女の部隊には凄腕のハッカーがいるみたいですね。さっき言った研究所の爆破した人間とデータを巻き取った人間。この二人は多分帝国の諜報員レベルを超えてますよ。ハッキリ言ってウチにスカウトしたいくらいです』
諜報員の言葉にトーマスは声を唸らせるように溜息をついた。
戦皇団とは帝国でも屈指のエリートしか所属できない海陽系でも最高峰の部隊の一つである。そんな中に潜入する彼女に「凄腕」と言わしめる人間が帝国にはいる。その事実はフマーオス公国と帝国の差を見せつけられるようなものだった。
「……こちらから別動隊を動かして後日再度潜入してみますか」
トーマスがそう告げると、諜報員は辛酸を舐めたようにまたしても首を横に振った。
『無理です。さっき気象班から連絡があったんですけど、ヴェーエス星にはまた入れなくなるっぽいです。今回は入れたのは一過性みたいで偶々偶然が重なっただけ。次には入れる状況になるのは六年後って予測です』
「ふりだしか……仕方ありません。今回の任務は失敗ですね。貴女はそのまま潜入を継続して報告をお願いします」
『承知しました』
その言葉を最後に諜報員の音声は途切れ、ホログラムがパッと消え去った。
トーマスは背もたれに体を預けながら溜息をついた。目頭に指を当てて彼は唸り声をあげる。自身口から出る吐息に、トーマスは自身も歳を取ったのだと痛感せざる得なかった。しかし、そんな彼に休息の時間を与えることもなく執政室の扉が開いた。
「トーマス」
その声にトーマスは反射的に立ち上がり背筋を正す。室内にやって来たのは彼の主君であるランジョウだったのだ。
「陛下、このような場所にわざわざご足労いただかなくとも、お呼びいただければ参りましたのに」
「面白いものが届いてな。卿にも見せてやろうと思った」
ランジョウはそう言ってツカツカ室内に足を踏み入れると、棚にお飾りで置かれている酒瓶とグラスを手にしてトクトクと注ぎ始めた。
トーマスは慌ててランジョウの背後に膝をつくが、ランジョウは注ぎ終えたグラスに口を付けながら彼を横切ると、丞相席の前に配置されている会議用の大机にある適当な椅子を引いて腰を下ろした。
「面を上げよ」
「はっ」
トーマスはようやく顔を上げると、ランジョウは首を動かして彼の正面に腰を下ろすよう促してくる。トーマスは小さく頷いてから腰を下ろすと、ランジョウはニヤリと微笑みながら口を開いた。
「ヴェーエス星の件だが……」
「はっ。此度の失敗はクジャ・ホワイトに命じた自分の責任でございます。ご処分は甘んじて……」
「何を申している? 余は卿に褒美をくれてやりに来たのだ」
頭を下げていたトーマスはランジョウの言葉に思わず「は?」と言って顔を上げる。
ランジョウは何食わぬ顔でテーブルに何やら端末を放り投げる。卓上にある何の変哲もない端末を見てトーマスは首を傾げた。
「こちらは?」
「クジャ・ホワイト……あの男を信用しておらぬは卿だけではない。故に余自らが監視のために奴を監視するための発信機に近いものを付けておった。そちの助言に従ってな」
「……」
それはかつてクジャ・ホワイトを迎え入れる際にトーマスがランジョウに告げた進言だった。ランジョウはグラスを傾けると再び口を開き始めた。
「しかし彼奴も馬鹿ではなかった。それに気付き敢えて利用する形でこちらに連絡をよこしおったわ」
「……奴から……情報が?」
トーマスは思わず目を見張りながら再び端末に目を落とす。するとランジョウは何も言わずに顎をクイッと端末に向けると、トーマスは一礼してから端末を手にしてテーブル中央にある機器の上に乗せる。すると無数の二次元ディスプレイが浮かび上がった。
「こ、これは!?」
浮かび上がる二次元ディスプレイには様々な技術の情報が映し出されている。その光景に呆然としていたトーマスだったが、ランジョウがスッと立ち上がると我に返ったように自身も立ち上がった。
ランジョウは二次元ディスプレイの中を練り歩きながら再度言葉を連ね始めた。
「我が軍を壊滅させ、オリジナルフレームの奪取には失敗した……しかし、クジャ・ホワイトは最後に上出来な手柄を残していったようだな」
「これらは……デセンブル研究所の」
「そのようだ。そして余がオリジナルフレーム以上に欲しかったものがある……これだ」
ランジョウはそう言って宙に舞う無数の二次元ディスプレイの中から一枚を選んで掴むと、トーマスの方にまるでフリスビーのように投げてきた。
トーマスはディスプレイを掴んでその中身を確かめる。そこにある情報を見て彼は眉間に皺を寄せた。そんな彼に気付きながらもランジョウは話を続けた。
「まずはヤシマタイトを確保せねばな……準備が整うまで、しばし休戦とするか。トーマス。それらの算段は全て卿に任せる。よいな?」
「はっ」
トーマスは片膝をついて項垂れると、ランジョウは飲み干したグラスをテーブルに置いて扉に向かって歩いて行く。
ランジョウが去っていった執政室内でトーマスは再び立ち上がった。渡されたデータに再び目を落としながら僅かに体を震わせる。彼はそのデータにある物の脅威を実際に見たわけではない。しかし、残された資料からその凄惨さを痛感していたのだ。
「……粒子……分解弾……」
その単語にトーマスは思わず戦慄する。
この後、フマーオス公国と神栄教民主共和国は帝国に対して休戦宣言を行う。しかしそれは、新たな戦いの火種がフマーオス星に降りた瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 海賊船モーティアス号―小型戦艦】
<15:00>
海賊船モーティアス号から小型戦艦へとドッキングルートが伸びていく。その光景を眺めていたカンムは振り返る事なく口を開いた。
「お前自らインドラからここまで送ってくれるとはな」
「こうして直に会う事も当分無いでしょうからね。粋な計らいとでも思ってください」
隣でそう告げる小柄なレオンドラ星人……レオナルドの言葉にカンムは小さく鼻を鳴らす。
ドッキングルートが小型船と連結した事を告げるアラートが流れる。するとカンムはようやく振り返ってレオナルドに手を差し出した。
「では」
「ええ。あ、そしてもう一回。……凄かったですよ。ビスマルクさん」
勝ち誇った笑みを浮かべるレオナルドが手を握り締めて来ると、カンムは一瞬表情筋をピクッと動かす。若かりし頃の懐かしい感情に襲われながらカンムは苦笑するとレオナルドはさらに続けた。
「ビスマルクさんの戦いも、もう当分見れないでしょうね」
「研究所の情報と言い、今回は貴様の取り分が多いように感じるな」
「それも運でしょう? さ、部下の方がお待ちですよ」
レオナルドがそう言って顎をクイッと動かす。
ドッキングルートの出入り口の前ではボリボリとスナック菓子を食べるメアリーがホバリングするバッグに跨っていた。
「今回の件で情報を得られず損害だけを被ったフマーオスは当分大人しくなるでしょう。神栄教……コウサ=タレーケンシ・ルネモルンがどう出るかは分かりませんがね」
「……そうだな。シャイン殿のお力が期待できない以上、我々は我々で何とかするしかあるまい。戦友よ、また会おう」
「ええ。カンムさんもご無事で」
カンムはそう言ってレオナルドの手を離して背を向けると、ドッキングルートに繋がる扉が開いた。
ドッキングルートの連結とカンムが近付いていくことに気付いたメアリーはバッグから降りると、カンムに並んでドッキングルートを歩み始めた。
「あん海賊船長はんば何じゃっテ?」
メアリーの言葉の意味をカンムは瞬時に察する。大方、余計な事を言われていないかという不安があるのだろう。
「安心しろ。お前が情報を私物化したことを言うような男ではない」
「……なんネ。ボスきづいちょったン」
「貴様たちのような無様な悪ガキを三人も見ていればな」
「……怒らんノ?」
カンムは隣を歩くメアリーの顔など見ない。いや、見ずともその表情が手に取るように分かった。これだから子どもは嫌いなのだと思いながら小さく溜息をついた。
「お前が独自のコミュニティを持つことも、エルディンが裏で動いていることも、アークが間の抜けたことをするのも全て私の管理するところではない……私がやれることは貴様らが最低限生きられるほどの技量を身に着けさせることだけだ」
「ふーン……ボス知っちょル? B.I.S検査の結果じゃト、ボスに一番合っちょる仕事は教員らしいばイ。……まぁボスは子供好きじゃけぇネ」
この娘は人の話を聞いていたのか。カンムはそう思いながら再び溜息をつくと、小型戦艦に乗り込んだ。扉が閉じると同時に繋がっていたドッキングルートの連結が解かれ、蛇腹のように伸びていたドッキングルートが海賊船モーティアス号の方に向かって縮んでいった。
二人はそのままコックピットに向かうとミヤビが操縦桿を握っていた。彼女の隣に座っていたエルディンは立ち上がると、カンムの方に歩み寄りながら口を開いた。
「いつでも出発可能だ。だがボス。その前に貴方に言っておくことがある」
「研究所から連れてきたという少女か?」
カンムがそう告げるとエルディンは小さく頷いた。
「異様に披露していてね。今は眠っている。その間にその子の生体データを確認したんだが……」
エルディンがそう告げるとカンムは操縦席に座るミヤビの方にチラリと視線を投げる。フロントガラスに映る彼の視線に気づいたのか、ミヤビはガラス越しに微笑みながら小さく首を振った。
彼女の心の中で既に決着がついているのだろう。その気概にカンムはミヤビの成長を感じながら再びエルディンに視線を戻すと彼は話を続けた。
「あの子の生体データはどこの星の種族にも属していない。つまり、未知の生命体という事だ」
「なんネ。宇宙人?」
「もしかしたらそれが正解かもしれないね。君のように手足が無数になくて良かったよ」
「そぎゃんこつあり得んちゅーんハ、エっちょんだって分かっちょるじゃロ?」
エルディンとメアリーの掛け合いを聞きながらカンムは割って入るように口を開いた。アークと違い、二人には観察眼を鍛える必要があるからだ。
「海陽系外からの生命体はまだ発見に至ってはいない。次に考えられるのは人工生命体という点だが、感情や意識を持つ生命を産み出すことは帝国はおろかローズマリー共和国ですら無理な事だ。となればこの海陽系における生命体であると考えろ」
カンムの言葉にエルディンとメアリーは顔を見合わせながら一考する。しかし、元々頭の悪くない二人は同じ回答にすぐさま辿り着いた。
「……なるほどネ。こん海陽系惑星で種族がおらん惑星」
「チャンモイ星、トソヤマ星……」
二人の導き出した答えが正解であるとも不正解であるとも答えはしない。彼にはその解答が正しいかどうかは分かり得なかったからだ。
カンムは未だ考える二人に小さく微笑みながらミヤビの方に振り返った。
「アークとリオは?」
「連れ帰った子を~見てるわ~。あ、ちなみに~オリジナルフレームは~戦皇団の方で持ち帰るって~」
「様子を見て来る。このまま帰還してくれ」
カンムはそう告げるとコックピットを後にして船の中層にある医療室に歩き始めた。
オリジナルフレームの回収。その作戦が上手くいったことは朗報だろう。元々ビスマルクが来る時点で今回の作戦における戦闘における不安要素が皆無になっていたのだが、彼にとって誤算はいくつかあった。それは報告によればアークとリオがオリジナルフレームを動かしたという事にあった。
「(……報告書には搭載したのは色付きのヤシマタイトとあった……今まで色付きで動かしたのはシャイン殿、そして……)」
カンムは心の中で思いかけて小さく首を振る。兎にも角にも今は現場にいたアークとリオから情報をじかに聞くことが優先だったからだ。
「入るぞ」
カンムはそう言って三人が居るであろう部屋の扉を開く。そこにあった光景を見て彼は眉を顰めた。
ベッドの上で眠る身元不明の少女。
椅子に腰を下ろしながらも上体は少女の横に並んで手を握りながら眠るリオ。
……そんなリオの背後にはしゃがんだ状態で、鼻息を荒げながらリオの臀部を両手で撫でまわすアークの姿があった。
「……あ」
二人の時が一瞬止まる。
口火を切ったのはアークの方だった。
「ち、違う!」
「何も違わん!」
カンムはそう言ってアークに歩み寄ると彼の襟首を掴んで片手でヒョイと持ち上げた!
「え? ボボボボボス? 何?」
「貴様の無様な性根を叩きのめさねばならん。幸い、隣の部屋は多少動いても問題ない造りだ」
カンムはそう言ってアークを持ち上げながら歩き始めると、カンムの口癖通りにアークは無様に喚きだした。
「うそでしょ? こんな所で折檻するつもり? イヤだ! 助けて! 児童虐待! 体罰!」
「喚くな。だがそうだな。一つだけ質問に答えろ」
カンムはそう言って手を離すとアークは「グエッ」と呻き声を上げながら腰から床に転げ落ちる。彼は「グエッ」と苦しそうな声を上げるが、すぐに正座してカンムの方に向き直って両手を揉みながら下衆いにやけ面を浮かべた。
「へ、へい! 何なりと!」
「クジャ・ホワイトは……死んだか?」
その言葉にアークの表情が切り替わる。どうやら一定レベルでの常識は持ち合わせているのだろう。それは数少ないアークの成長であるとカンムは感じながらアークの返答を待った。
「あの時はツギハギの起動が止まってて中でアイツの身体は粒子分解されてなかった。その状態で身体が収まってる胸部をぶち抜けば……」
「貴様の判断は相変わらず無様だ。私は死んだかと聞いている」
カンムがそう告げるとアークはジト目を浮かべながらも再び口を開いた。
「あの状況で死なねー方がおかしい。……でも世の中には異常でおかしい奴はごまんといんでしょ?」
「クジャも例外ではないという事か」
「……いや、俺アンタの事言ったつもりだったんだけど」
アークは嫌味な笑みでそう告げる。
どうもこの男だけは指導が足りない。ただでさえエルディンやメアリーと違い才能がないのにも関わらず努力する事さえ嫌う。となれば無理矢理にでもこの男を指導する必要があると判断したカンムは再び彼の襟首を掴んで持ち上げた。
「え? な、何? お話しは?」
「終わりだ。……さぁ楽しい稽古の時間だぞ」
「い、いや! いやだ! やめてぇーーーーーーッ!!」
アークの断末魔の声を遮るように部屋の扉が閉まる。
小型戦艦はまもなく超速移動宙路に差し掛かろうとしていた。




