第25話『賭』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所跡地周辺】
<AM12:46>
着用者とは違ってその背中はいつ見ても猛々しい。リオはそう思いながら赤いBEに接近すると、その背後で停止した。目の前のBEはリオの存在に気付いているはずなのにこちらに振り向きもしない。彼は巨大なランスの調子を確かめるように柄を絞ってその感触を確かめている。そした視線を遠くで戦う熾天式とツギハギに向けてから話しかけてきた。
『遅かったですねフェスタさん。いえ、今はフェスタ中尉とお呼びすべきかな?』
「やめてくださいよ」
リオはそう言って頭を下げる。赤いBEの中にいるであろうレオナルドははまだ振り返ることなく、ランスの剣先を撫でながら話を続けた。
『カンムさんに頼まれました。これより僕はあのツギハギなるBEを破壊します。貴女は仲間の彼に退避するようお伝え願えますか?』
「その事でお願いがあります。あのクジャ・ホワイトは私たちで処理させてください」
『随分と思い切ったお願いですね。ハッキリ言いますが、クジャ・ホワイトは貴女達に手に負える人間ではありません。海陽系でもあの男を処理できる人間の数は片手で数えられるかどうか』
「大丈夫です。私と彼の二人で戦いますから」
腹に決まっている言葉をリオは告げる。そう言いながらも彼女の手は僅かに震えていた。それはクジャに対する恐怖心だけではなく、遥か雲の上にいる八賢者の一人にモノ申している事実や彼に対する負い目もあったからだろう。
そんな彼女に対してレオナルドは小さく溜息のような……いや、どことなく嬉しそうな苦笑の吐息を漏らすと地面にランスを突き刺した。
『分かりました。いいでしょう』
「ありがとうございます!」
その返答にリオはすぐに移動を開始しようとするが、それを制止するようにレオナルドはゆっくりと振り返ってきた。
『条件があります』
レオナルドはそう前置きをすると、戦闘状態にある熾天式とツギハギの方に親指を向けて再び口を開いた。
『報告で聞きましたが、あのBEは二人で着用できるそうですね? 貴女と彼の二人でBEを着用する。それがこの場を譲る条件です』
「はぁ!? いや、状況的に私が着る時間ないと思うんですけど」
リオは戸惑いの声を上げるが、レオナルドは至って冷静な口調のまま話し続けた。
『それは貴女が考えるんです。昔教えしたでしょう? 考えることをやめてはいけません』
彼の言葉にリオは小さく項垂れながらも懐かしい士官学校時代を思い出す。そしてその頃の感情になりながら、どうあがいても逆らえない時に使っていた言葉を口にした。
「はい、レオ教官」
『良い返事です。では僕はここで貴女の成長を拝見させていただきましょう。……楽しみにしていますよ?』
BEを着用しているのでその顔は見えない。しかしリオの脳裏には明らかに小柄に似つかわしい優しい笑顔が過った。
レオナルドはそう言って向き直ると突き刺したランスの柄に両手を置いて直立不動状態になると、リオは小さく一礼してから彼を飛び越えた! レオナルドが出した条件を達成するには、一先ずアークに近づかなければ意味がない。それと同時に彼女は頭の中で如何にしてアークの熾天式の中に入るのかを考えていた。
「(地形や環境……あと使える仲間は……)」
目の前に広がる光景、そして眼前のモニター下部に映る情報を確かめる。
戦闘中の地点は雪や水たまり交じりの地面
ぬかるみはそれほどない
十四時の方向に重力が軽い箇所あり
風速は三m/s
海陽の光はやや強め
上空四百mにエルディンの乗る小型船の影あり
これらの条件を頭の中に入れてリオは算段を組み立てる。
――その間わずかに数秒だった。リオは足を止めずに通信回線を開くと上空にいるエルディンたちに向けて叫んだ。
「エル君! ミヤビさん! 早速だけど手を貸して!」
彼女の言葉に僅かなノイズが混じった返答が返ってくる。クジャに傍受されないように周波数を自動調整したためだろう。
『待ってたわよ~?』
『用件を聞こうか』
二人の声にリオは緊張の面持ちを僅かに緩ませる。しかしゆっくりする時間も作戦を奇麗に説明する時間もない。彼女はただ簡潔にやってほしい事だけを伝えた。
「説明はあと! それぞれに座標を送るからミヤビさんはそこに移動を! エル君はそこで得意って言う爆薬を仕掛けておいて!」
『発破のタイミングは?』
エルディンの言葉にリオは頭の中で計算する。しかしそんな演算をするほどの余裕が彼女に無かった。
「(こんな時に何でメーちゃんいないのよ!)んーーーーっ……ええい! 十三時ちょうど! その時間に指定ポイントで爆発させるように設定して!」
『了解~エッ君準備しておいてね~』
『説明不足が気になるが従っておこう』
二人の言葉を聞き終えたリオは小さく口角を上げてから熾天式の方に視線を集中させた。
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<AM12:52>
一撃一撃の重さはただの一兵卒とは比にならない。しかしアークにとってそれは耐えられないものではない。それは当然この熾天式なるBEの性能もあるがその理由は明白だった。
「あのクソ親父に比べれば! こんなもん!」
『フェフェフェ! いいねぇ~? さぁもっとだぁ~この喉元を食いちぎる勢いで来てくれよぉ~?』
不気味な笑い声に震えることも怯えることもない。動きを見定めながらアークはツギハギが振りかざす棍棒を捌き、隙を見て攻撃を仕掛ける!
「(根比べだ! こっちの銃剣の方は液体金属だから修復すっけど、この野郎の棍棒はそうじゃねぇ!)」
『フェフェフェ! 忘れるなよぉ~? こぉんな棒っ切れなくても遊びは続くからなぁ~?』
まるでこちらの心の声と会話するような言葉にアークは嫌気がさしながら何度も銃剣を振り回し続ける。しかし彼には焦りが無かった。流れを変える存在が居ると確信していたからだ。そしてその流れを変える存在の声は正にその瞬間に届いた。
『アーク!』
「おぉリオ! その声だけでイッちゃいそう!」
目線はツギハギに合わせたままアークはBEの中で笑みを浮かべる。そんな彼の軽口など聞き流すようにリオの言葉は続いた。
『一回しか言わないからよく聞いて! アンタはこれから送る座標まで移動してできる限り高く跳躍!』
「上ぇ!? 待ってよ! 超電磁砲打たれたら狙い撃ちよ?」
『大丈夫! サーモグラフィで確認したけど右腕の熱がメガ上がったままだから撃てやしないわ。その熾天式の重量ならツギハギより高く飛べる。最高点に到達したら背部ハッチ開いて!』
「はぁ!? いやいや戦闘中に背中出すって絶対やっちゃダメじゃん!」
『はい聞こえませーん! それと最高点に到達するのは今から百二十八秒後くらいね!』
「指定が多すぎるでしょ!! 仮にやるとしてもリオのスカート丈と一緒でクジャにそんな隙ないよ!」
『隙は見つからないんなら自分で作ればいいのよ! ちょっと待て、最後の一文ってどうい』
ツギハギの棍棒を受け止めた衝撃で通信が途絶える。それと同時にアークはようやく集中力を目の前のクジャに戻した。
ツギハギの攻撃は激しさを増していき、アークが銃剣で捌くたびに遂に棍棒の破片が飛び散り始めていた。
『作戦会議は終わったかぁ~? えぇ~?』
「納得してねーけど終わったよ!」
アークはそう言って銃剣を通常のリボルバーのように両手で構えると同時に引鉄を引く! 破裂剣の発動による衝撃で熾天式とツギハギはまるで同じ極の磁石のように逆方向へとはじけ飛んだ!
「もうちょっとマシなやり方を聞いとくべきだったかも」
アークはそう呟くとまるで短刀のように短くなった銃剣を見てから走り出した。
上空に浮かぶ小型艦の情報を見ながらアークはリオの指定したポイントに到達する。それと同時にこちらに向かってくるリオであろうCSの姿を捕えるとアークは身を小さく屈めてから大きく飛び上がった!
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<AM12:59>
予定通りの時間にリオは目標地点を見つける。ここまでは計算通りであり予定通り。あとは運に掛けるしかない。今までの彼女は規範通りに綿密に考えた計画の元で行動することを第一としてきたが、ここまで無茶なやり方をするようになった原因は一つしかなかった。
「ここの連中にメガ染まっちゃったね。私も」
思わず小さく自嘲してから、リオはCSの脱出モードにしてから目標地点に入ると空を見上げた。
飛び上がっていく熾天式、その更に上空には小型戦艦が浮かんでいる。リオは熾天式ではなく小型戦艦に焦点を当てると、そこから爆薬が投下されるのを確認した。
「女は度胸ッ!」
彼女はそう叫ぶと同時に大きく屈んで飛び上がると同時に背部スラスターを起動させる! すると通常では考えられないほどの跳躍を見せた!
「(よし! やっぱりこの重力が狂ってるポイントならここまでは行ける!)」
熾天式の背中が小さく見えると同時に限界高度に達したことで耳には警告のアラートが響き渡る。それと同時にリオはCSを脱ぎ捨て生身で跳躍した!
高度に吹き荒れる風で目を開けることも儘ならない。うっすら開ける視線の先には熾天式を追って飛び上がるツギハギの姿があった。しかし、リオは更に上の落下物に視線を投げていた!
「やるじゃんエル君!」
リオはそう告げると同時に電子パラシュートを起動させた!
ナノ粒子で出来たパラシュートが光ると同時に彼女の後方で落下してきた爆薬が起爆すると先程の台風以上の爆風と衝撃波によってリオはまるで糸の切れた凧のように振り回される!
「んぐぐぐぐぐぐ!!」
暴風によってさらに上昇したリオは下を見下ろすと、吹き荒れる風に振り回されながらも小さく笑う。そして電子パラシュートを解除すると、真っ逆さまに落下していった!
「アァァァァーーーーーークゥゥゥーーーーーーッッッ!!!!!!」
熾天式との距離が縮んでいく! すると熾天式の背部ハッチが開きアークが這い出るように上半身を反らせて見上げてきた!
「何でスカートじゃねぇんだぁァァァァァァ!!!!」
こんな時まで見せる彼の軽口を聞きながらリオは呼びパラシュートを再度展開させて落下速度を落とす。そしてすぐさま切り離すとアークの後頭部に膝蹴りを入れ、彼の上段にある穴に四肢を差し込んだ!
「ハッチ閉鎖! 起動!!」
リオの叫び声と同時に熾天式が再び目を覚ます。そのデュアルアイの色は先程までの青から黄色に切り替わっていた。
『なんちゅー無茶な乗り方すんのキミは!!』
心の中でもそう叫んでいるであろうアークの声がリオの脳ナインに響き渡る。しかし、彼女はその無駄な感情を掻き分けて彼が知り得たこの熾天式の情報を読み取った。内容を理解したリオは熾天式を追ってきたツギハギにいつもアークに食らわせている踵落としを振り下ろす! ツギハギは巨大な右腕でそれを受け止め、二着のBEは地面に落下した!
土煙が巻き起こりリオは後方へと飛んでツギハギとの距離を取る。あの程度の踵落としで仕留められるなら既にアークがやつを倒していると理解していたからだ。そして彼女の予想通り土煙の中でツギハギはゆっくりと動き出した。
『フェフェフェ! イイねぇ~! 何とも狂ったやり方だぁ~! 嫌いじゃないぜぇ~?』
不気味な笑い声にもリオは動じない。何故なら心を共有するアークの心も乱れていなかったからだ。
――二人なら負けない。
リオとアークの中には何故かその共通認識がいつの間にか出来上がっていた。
「いやー通い合ってる。俺たちベストカップルじゃね?」
既に恋愛関係のつもりでいるアークの気持ちがリオの中に入ってくる。その感情に喜びを感じないかと言えば嘘になる自分に嫌気がさしながらも彼女は小さく息をついてから告げた。
「私と付き合うんなら条件があんの」
「なぁんなりと。あ、夜の予習はバッチリよ?」
「まず一つ、クレアの事をちゃんと守ってあげる事」
「余裕ですな」
「寝すぎない事」
「でも睡眠不足はお肌の敵よ?」
「ちゃんとお店のメニュー考える事」
「え? 俺いたって真面目に考えてるんだけど……」
「仕事に時間とルールは守る事」
「守ってんじゃん! ……半分くらいだけど」
「部屋の中にあるいかがわしい物は全部捨てる事」
「待って。それは酷だ。せめて「ルーフ街の人妻」シリーズだけは……」
「あとこれは先に言っておくことだけど……」
リオは言葉を一時止める。脅しをかけたつもりだったが、アークの心の中はすでに夜の情事の事だらけだった。これだけ卑猥な事を考えているのだから、きっと今の彼に自分の心を感じ取る暇はないだろうと思いながらリオは言葉を続けた。
「もし浮気したら、アンタのチンコちょん切るから」
リオはそう告げた瞬間――アークの中にあった卑猥な感情が消え去り、考えられない恐怖心と痛みの予想が彼女の頭に流れ込んできた!
「「ひぃっ!!」」
アークと一緒にリオも思わず小さな悲鳴を上げる。リオはその想像を絶する恐怖に思わず声を震わせた。
「え? 噓でしょ? 今の言葉ってこんなに怖いわけ!?」
怯えるリオの感情を感じ取ったのか、アークは狼狽と同時に恐怖心を滲ませた声で告げてきた。
「当り前じゃん! 指は五本ずつ、手足は二本ずつ、でもコイツは一本しか無いんだからねっ?」
「……あーこれは言っちゃダメだわ。さすがにギガゴメン。じゃあ浮気したら九割殺しね」
「それほぼ死んでね?」
アークがそう告げると土煙と一緒に小石や瓦礫が舞い上がった。
ツギハギ……クジャが再び動き出したと二人は一瞬で感じ取る。まるで草食動物を突け狙う肉食動物のような殺気が届いたからだ。もしかすると二人で感じる分、そういった感覚も二倍になるのかもしれない。
「お喋りはここまでね。さ、コイツぶっ飛ばすわよ!」
「ん! 初夜の為に!!」
そう言葉では言いながらもアークも彼女と同じ感情にあることにリオはまた少し喜びを感じる。
――負ける気がしない
この感覚は間違いなく今二人が共有しているものに違いなかった。




