第22話『奇』
【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 高度120km 海賊船モーティアス号】
<AM11:51>
この任務が始まって以来、メアリーは時折妙な錯覚に陥る事があった。
今でも個人として非合法な事をしている彼女だが、このシャドーウルフズとしての仕事は専ら帝国、ひいては皇女からの依頼がメインとなっている。今請け負っているのはそんな帝国からの合法的仕事にも関わらず、彼女を艦橋まで案内する男は明らかに堅気とは思えなかったからだ。
手の甲にタトゥーが刻まれた男は通路で涎を流しながら項垂れている乗組員を見つけると、キッとしながら表情を切り替えた。
「オラ! 仕事中にキメてんじゃねぇッ!」
「グヘッ!」
案内する宇宙海賊の男、ノーザン・クラマインはそう言って麻薬で飛んでいる乗組員を蹴り飛ばす。するとノーザンはゆっくりと振り返るとメアリーに目を吊り上げながら両ひざに手を付いた。
「お嬢さん、みっともねぇ所をお見せして申し訳ねえ」
「ええヨ。気にせんといテ」
メアリーはそう言って笑みを返すと、ノーザンはスッと体制を元に戻し「オラ! 道開けんかい!」と怒号を走らせながら再び歩を進めていく。
そんな彼の対応を見ながらもメアリーはこの宇宙海賊たちは優秀な者とそうでない者の振り幅が大きいと感じていた。前を歩くノーザン、参謀であろうザズール・ワインスタイン、そして頭目であるレオナルド=ジャック・アゴスト……これらのメンツは恐らく帝国軍内に入れば相当な地位に行けるであろう。そう推測している内にノーザンは艦橋に繋がる扉を開くと「どうぞ」と言って艦橋内に迎え入れられた。
「よく来てくれましたね。メアリー様とお呼びしてよかったですか?」
「イヤじャ。ウチのお母ちゃんの事じゃったら気にせんでよかヨ」
「そんなつもりはなかったんですが……お気に障ったなら謝罪します」
「別に気にしちょらんヨ。そっちも気ィ使わんでヤ。まぁバックに付いてくれとるお偉いさんの血筋じゃとそうもいかんのがヤクザモンの宿命かもしれんけド」
艦長席に腰を下ろしながらそう告げるレオナルドにメアリーは悪びれることなく笑顔を見せる。そして改めて彼の人となりを今一度確かめた。
まるで子供のような身長
その体と童顔に見合ったカワイイ猫耳
そしてそれらに似つかわしくない左眼を隠す眼帯
そんな姿を凝視していると、レオナルドは彼女の心の中を読み切ったかのような笑顔で話を続けた。
「そうですね。堅気とは言えない以上、バックに付いてくれているガンフォール家には足を向けられないんですよ。貴女の曽祖父であるアルバトロスの親父さんにも未だお世話になっている所があるもので。さて、そろそろ仕事の話をさせてください」
レオナルドがそう告げると、ゴーグルをつけたザズールはリモコンを片手に二次元ディスプレイを浮かび上がらせる。それはヴェーエス星内の現状況を事細かに集約したものだった。
「連絡がはいってるだろうが、今研究所周辺を回っている台風がそろそろ低気圧に変わりそうだ。台風が消え次第にこのルートから入る」
二次元ディスプレイに星に入るコースがグラフのように浮かび上がる。その状況を見ながらメアリーは小さく頷いた。
「ン、分かったばイ。あと研究所周辺にはクジャ・ホワイトがおりそうじゃけン。あんさんも出撃してくれるんじゃロ?」
「万全を期すということですか。あの星にいるお二人は余程貴女にとって大切なようだ」
「あんさんたち宇宙海賊よりかはネ」
その言葉に背後に立つノーザンから殺気が浮き出る事を察する。しかし、メアリーは彼の方に振り返ることなくレオナルドだけを見ていた。
レオナルドは表情を変えることなくそのまま口を開いた。
「でしょうね。安心してください。今回は僕も出撃させてもらいますが、僕に出来る事はもう無いでしょう。それはそうと貴女にも一つ働いていただきたいんですよ」
レオナルドはそう言って立ち上がってメアリーの前に歩み寄ると、彼女にだけ聞こえるような小さな声で告げた。
「……研究所内の地図を横流ししたのは貴女ですね?」
「ッ!」
その言葉にメアリーは目を見開いてレオナルドを見つめる。しかし彼は柔和な表情のまま言葉を続けてきた。
「エルディン君をこの場に同席させなかった理由はこの為です。貴女も知られたくない事があるでしょうから」
「……」
「安心してください。この事は僕と一部の人間しか知り得ません。勿論、カンムさんもね。お見事ですよ。カンムさんの目を欺けたというのは自慢になりますよ」
「……何が目的だ」
一転して窮地に追いやられたメアリーは珍しく握りしめる拳の中に汗が混じっている事を察していた。そんな彼女にレオナルドは右目を細めながらニッコリと微笑んだ。
「簡単な話です。僕はダンジョウさんに忠誠を誓っています。ですが、僕はダンジョウさんだけでなく、もう一人忠誠を誓う人が居ました。貴女の伯母にあたるマーガレット・ガンフォールさんです」
「……戦中に裏切った女じゃネ。シャイン=エレナ・ホーゲンば天才に対抗しようとした愚かな女じャ」
「世間的にはそうですね。ですがそうでないと僕は信じています。そしてその証明となる内容があの研究所にある」
「……なるほド。こん作戦ばあんさんが受けた理由はそレ?」
そう告げるメアリーにレオナルドはクスっと鼻を鳴らしてから首を振った。
「僕にとってダンジョウさんは絶対です。こう見えてガンフォール家の人間よりも僕はダンジョウさん個人を信頼していますから。……ただ、僕はダンジョウさんからマーガレット・ガンフォールの素性を知るための越権行為を認めてもらっています」
「ふーン……で? ウチにしてほしい事っちゅうんハ、研究所内にあったデータば欲しいっちゅうこト?」
「理解が早くて助かります。帝国に持っていくともう閲覧は僕でも厳しいですから、今のうちに見ておかないといけないんですよ。そしてそのプロテクトを解除できるのは貴女しかいない。勿論、タダでとは言いません。貴女とエルディン君には一隻船をお貸しするので、星に入ったら自由行動を認めます。ま、カンムさんの教え子ですから僕は何の心配もしていませんがね」
「……」
「この仕事が終わったら貴女はその準備をお願いします。さ、そろそろヴェーエス星に入りましょうか」
レオナルドが急に声のボリュームを元に戻してそう告げると、二次元ディスプレイが切り替わる。するとこのモーティアス号の近くに巨大な戦艦が存在していることが表示された。
「あん船バ……」
メアリーはその巨大戦艦に掲げられるエンブレムを見て思わず言葉を失う。それは帝国軍最高部隊、戦皇団の紋章だったのだ。
「まさカ……あれに乗っちょるんハ」
メアリーはレオナルドの方に振り返ると同時にその見た目と柔らかい物腰にまんまと騙されていたと感じる。
目の前にいるこのレオナルド=ジャック・アゴストはカンム以上の策士なのかもしれない。そう感じずにはいられなかった。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所跡区域】
<AM11:54>
風は強いままだ。それでも明らかに風の質が変わった。そう思いながらも彼女はクレアの安全を第一に考え、なるべく安全な場所を探す。しかし、電子双眼鏡の先に浮かぶ景色にはそんな所は見当たらなかった。
「ん~……中々どうして」
ヴェーエス星の環境は狂っている。その証拠に半径数m区間だけで雹が振る場所や、局地的に無重力になっている場所、地割れを繰り返す場所が確認できていた。
「洞窟とか無いもんかね~」
「お姉ちゃん」
「ん?」
隣で彼女のツナギの裾を掴んでいるクレアの方に振り返る。
クレアは何か考えるように空いている手を顎に添えて唸っていた。
「色々考えたんですが、何故あの時お兄ちゃんに接吻を?」
「いきなりだね」
「すいません。気になってしまったもので」
そう告げるクレアの頭にリオはニコリと微笑みながら手を置く。そしてその本心と気恥ずかしさを隠すように再び電子双眼鏡を覗きながら答えた。
「大切な奴だからかな?」
「大切……大切って何ですか?」
「んー……周りと違って少し特別ってことだね」
「じゃあ私にとっての大切はお姉ちゃんという事ですね」
「そうだね。でもそれとはちょっと違うのかも。大切にも色々種類があんの」
「ほほう! 凄い! やっぱり外の世界は知らない事だらけです!」
「そうそう。ちょっとづつ覚えてい……」
リオはそう言いかけて電子双眼鏡の先を凝視する。
局地的な無重力空間……その場所が無重力だと分かる理由は一つ。この荒野で風化した岩の破片が渦を巻いて浮遊しているからだ。
その光景をズームしてリオは益々驚愕した。
「違う……あれは無重力空間じゃない……竜、巻?」
渦を巻いて空に飛んでいく岩を見ながらリオは益々目を見張った。浮かんでいるのは岩ではない。明らかに人の形をした無数の死体だったのだ!
「竜巻に巻き込まれた……フマーオス軍……」
そう聞いてリオはハッとしながら双眼鏡を捨てて上空を見上げた。
雲の隙間から僅かに海陽の光がチラチラと覗く。そこに小さな影があるのを見てリオは慌ててクレアを抱きしめて走り出した!
「お姉ちゃん!?」
「しっかり掴まって!」
リオが走り出すと同時に空から無数の死体が落ちてくる! 人間が落ちてくるという異様な事態に冷静さを失いかけるが、彼女の中にある優先事項はクレアを守るという事に他ならない。しかし彼女のそんな思いとは裏腹に落ちて来る死体の数は増していった。
「噓でしょ!?」
「お姉ちゃん! 走り続けて!」
「え!?」
クレアの声にリオは奇妙な感覚に陥る。それと同時に落ちて来る死体や瓦礫、いや吹いている風さえ含めて世界がスローモーションになるように映った!
ハッと気付いた様にリオは目を開く。彼女の眼前にあるのは先程と変わらない荒野である。しかし、明らかに先程とは違う違和感に彼女は思わず振り返った。
「あれ……は……」
数km先の光景にリオは驚愕する。そこには先ほど彼女が走っていた死体や瓦礫が降る場所だったのだ。
「移動してる……なんで……」
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
胸に抱えていたクレアの声にリオはハッとする。それと同時に彼女は一先ずクレアを下ろしてあげると、彼女もまた死体の雨を遠目に見ながら笑みを浮かべた。
「よかったー間に合いましたね」
「どういうこと……私たち、さっきまであそこにいたよね? 何でこんな所にいるの……」
「移動しただけですよ」
何か知っているような口ぶりにリオは思わずハッとしながらクレアの身長に合わせて視線を落とした。
「クレア……あなた、何かしたの?」
「はい。速度調整を少し」
「速度……調整?」
その言葉が何を意味するのかは分からない。ただ一つハッキリしている事があった。
「神通……力」
リオはそう呟きながら確信する。クレアの持つ速度調整なる力……それはこの海陽系で生まれた一部の人間が持つ特殊な脳波から生み出される特殊な力である。世間的にはその力は今のところBEを動かすことにしか効果は無いが、その力が増している一握りの人間はクレアのような特殊な能力を持つと言う。
「(先代の神栄教法王……セイマグル・ヴァレンタインは未来を見る力があった……この子もそれと同じ……)」
帝国と敵対関係にあるとはいえ神栄教徒の数は未だに多い。そして神通力を持つ人間は神栄教の主神である女神メーアを殺した力として忌み嫌われており、この力を持つ者は異端者として迫害を受けるのだ。ましてや、クレアのように目に見える強力な力を持つ者は尚更だろう。
リオは小さく息を飲んでからクレアの肩を掴んだ。
「クレア。今の力」
「あ、はい、その、……えっと……」
クレアはまるで糸が切れたかのようにフラフラとしだすと、リオにもたれるように倒れ込む。そしてそのまま気を失ってしまった。それはまるで力を使い切ってしまったような疲労感に満ちている。もしかすると、神通力というのは使い慣れなければ体力をかなり消耗するのかもしれない。
眠ってしまったクレアを抱きかかえながらリオはそっと彼女を横にすると、死体の雨が降る場所から「ドゴォン」という爆発音が響き渡った!
「アーク!」
リオは直感的に彼の危機を察すると、背負っていたライフルを包んでいた布切れをクレアに掛けると、ライフルを地面に固定して狙いを定めた。
「考えるのはあと……」
リオはそう言ってスコープを覗き込む。その先に見える熾天式とツギハギ、そしてローズマリーのBEを見てその引鉄に指を掛けていた。




