第16話『襲』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所】
<AM07:51>
熾天式と専用武器のリンク、赤いヤシマタイトの組み込み、そしてクレアを運ぶための小型シェルターの準備。
すべての準備がようやく整ったところでアークはホッと一息をついた。
「さ、休んでる暇ないよ。すぐに出発するからね」
座り込むアークと違い、爽やかな汗を流すリオが笑顔でそう告げる。そんな彼女にアークはあからさまに不満気な表情を浮かべた。
「えー? ちょっと休憩しようよ。ほら、いつもみたいに太腿……膝枕してよ」
「ツッコミどころが多すぎるからスルーするわ」
「えぇ!? 何かそっちの方が寂しい……」
悲しみの表情を浮かべるアークをよそにリオは熾天式の背後でシェルターの最終チェックをするクレアの方に走り寄った。
「クレアー準備いい?」
「はい! 私、外に出るの初めてなんです。楽しみだなぁ……」
希望に満ちた目を輝かせるクレアを見てアークはゆっくり立ち上がると渋い表情で水を差した。
「あんま期待しない方がいいよ? ロクなもんじゃねーから」
「え? そうなんですか? ……もしかして、お兄ちゃんみたいな人として終わっている変態ばっかりなんですか?」
「そういうんじゃ無いんだけどね……待って。俺って人として終わってるの?」
「うん。さ、じゃあそろそろ行こうか」
リオは適当な返事と一緒にクレアに向かって笑顔を向けた。
クレアは「はい!」と元気よく返事をすると、筒状のシェルターの中に寝転んだ。シェルター内はクッションに覆われており、蓋が閉じると同時に睡眠用のガスが流れる仕組みになっている。おかげで蓋が閉じると同時にシェルターの外に付けられている生体反応装置が起動し、中のクレアが睡眠状態である事が映し出された。
「シェルターの方は問題ないね。さ、私たちも」
「ん、分かった。……ん~」
アークは唇を突き出すが、そこに柔らかな感触が届くことは当然なく、リオの拳がぶつかって来た。
「バカはここまで。とりあえず一階にいるメーちゃんやエル君と合流しなきゃ。ミヤビさんももう戻ってるだろうし」
連れないリオは解放されている熾天式の背部の前に立つと、八つある穴の上部にある四つに四肢を通した。
「ほら、アークも早く」
そう言われてアークはリオを肩車するような体勢になって下部の穴に四肢を通した。
「でもさぁあの変態が来てんでしょ? アイツ等大丈夫かな? というか頬に感じる内腿の感触が堪らんのです。うぐっう!」
アークの言葉にリオの足に力が入る。顔を絞めつけながらリオは平然と言葉を返してきた。
「大丈夫でしょ。その事は私よりもアークの方が分かってるんじゃないの?」
「あむむ! あむむむむ!」
「何言ってるかさっぱりだねー。じゃ、ハッチ閉鎖」
リオの言葉と同時にハッチが閉ざされる。それと同時にアークの頬から柔らかで張りのある感触が消え去っていくと同時にまるで浮遊状態のような感覚に包まれた。
「おぉナニコレ。今までにない感覚だわ」
「寝ようとしてんじゃねーわよ」
「え? 何で分かったの?」
「何でって……え?」
肉体と違い心の中には妙な感覚が走る。
今身体の主導権を握っているのはリオであり、彼女が熾天式で立ち上がろうとすると、アークの中に立ち上がるという感覚が過ったのだ。
「おぉ……何かリオがやろうとしてることが分かるわ」
「これ……感覚や行動心理も共有されるんだ。きっと」
リオはそう言って専用武器である銃剣を手に取る。それがどんなものかアークは理解していなかったが、リオが理解している情報が彼の頭に入ってきた。
「へぇ……結構便利なんだねコレ」
「アンタ……マニュアル読んどけって言ったでしょ」
「あ、いや読んでましたよ?」
「読んでねーのが分かんのよメガボケ!」
「ギャーッ! ごめんなさーい!!」
アークは思わず鉄拳制裁を恐れて防御態勢に入る。するとその防御態勢に見合った轟音が室内に響き渡った!
「あれ? 何で叩いてくんないの? あ、いや、叩いて欲しいわけではないけど」
「……さいっあく」
リオの言葉の意味が手に取るように理解できる。そして彼女の前に何が現れたのかもである。
『おんやぁ~? 面白いもんがあるねぇ~? フェフェフェ!』
視覚を共有しているおかげでリオが何を見たのかがアークにも理解できる。そして何よりも耳に届いた不気味な笑い声にアークは思わず身震いしてから小さく微笑んだ。
「……来たか」
「……クジャ・ホワイト」
二人は思い思いに口を開くと同時にツギハギの中に居るであろうクジャは再び不気味な笑い声をあげた。
『フェフェフェ! 一つのBEから二人の声……へぇ~そうかそうかぁ~クレアの考えたモンが完成してたって訳だぁ~』
「クレア?」
リオがその名称の存在を推測しようとするのをアークはすぐに遮った。
「そういうの考えんのはやめよ。今はもうやるしかねーし」
「まずはクレア!」
リオはそう言って銃剣を床に突き刺すとシェルターを背負いこんだ。両腰と肩甲骨辺りに装着されているスラスターの間にクレアの入ったシェルターが収まると、リオは再び銃剣を引き抜いて構えた!
「エル吉たち大丈夫かね?」
「大丈夫って信じてるんでしょ。アンタが信じるなら私もそうする」
リオの言葉にアークは小さく我に返る。だがそれでも彼の昂りは抑えきれていなかった。
「ん、つーか変わって。近距離戦なら俺の方がいいでしょ」
「え? う、うん」
アークは珍しく真面目な声でそう告げると、リオが主導権を譲ったのか身体を動かす感覚が彼の中に入ってきた。
アークは手にしている銃剣に目を落とす。それは長筒のリボルバーと刃が一体化した形状をしており、彼が普段から使用しているククリ刀と形状が酷似していた。
「(随分都合がいいな……そういやククリ刀使えって言ってきたのボスだっけ? ……うっわまたあの親父に踊らされてる気がしてきた)」
『おぉ~い? 何だぁ~? やんのかぁ~い?』
目の前に立つツギハギを見てアークは両手で銃剣を構える。するとクジャは嬉しそうに笑った。
『フェフェフェ! いいねぇ~本当は別の目当てがあったんだがねぇ~コイツは面白そうだぁ~?』
そう言ってツギハギは巨大な右腕ではなく左腕で棍棒を構えてきた。
「ま、実はお前はぶっ殺すリストに入れてたからね」
『ほぉ~? そんな恨まれるような事したかなぁ~?』
「うん。オメーは俺の童貞を奪った子と……母ちゃんを殺した奴だから」
「え……」
リオの戸惑う感情が流れ込んでくる。しかし、今はその事はどうでもよかった。
もうこの男に恐怖心はない。あるのは自分の大事な人間を奪ったという事実だけなのだ。
『へぇ~? よく分からんがねぇ~面白がらせてくれよぉ~?』
「殺した人間くらい覚えとけやメガボケーッ!」
背部スラスターを起動させて突っ込むと、アークは銃剣を勢いよく振り下ろす! が、その斬撃をツギハギは左手一本で握る棍棒であっさりと受け止めた!
『おぉっとぉ~? こりゃあ暇つぶしにもならねぇかねぇ~?』
ツギハギの中から聞こえる声にアークは歯を食いしばる。しかし、横に薙ぎ払う棍棒に押されて熾天式は後方へと吹き飛ばされた!
「あぐぐ」
「ちょっと! 背中にクレアがいるんだからしっかりしてよ!」
「分かってんよ!」
アークはすぐさま立ち上がる。そして左右にフェイントを入れながら突貫すると、左脚を軸に体を大きく回転させた!
「うらっ! 廻閃!」
遠心力を活かして銃剣を左から横薙ぎに一閃する! しかしその斬撃も巨大な右腕によって防がれた。
「ぐ!」
『なぁるほどぉ~? 一応技は習ってるみたいだねぇ~? ……しかもこれはぁ~ん~? 虎殺流かなぁ~? でもねぇ~? あの銀髪のナイスミドルとは比べもんにならないねぇ~? フェフェフェ! これも実力の差ってやつかねぇ~?』
「うっせぇ!」
鍔迫り合いの中でアークはツギハギの腹部に向けて蹴りを放つ! しかしその蹴りも棍棒で防ぎ留められた。
『ほぉほぉ~いいねぇ~? でも通じるのはその辺の人間くらいだろうなぁ~?』
「くっ!」
蹴りを放った右足に力を込める。そして棍棒を踏み台にして熾天式は飛び上がると銃剣を突き下ろす!
「堕突!」
『分かりやすいねぇ~?』
ツギハギは瞬時に後方に下がると同時に銃剣を躱すと、棍棒を真横に振り払った!
「ぐっ!」
地面に突き刺さった銃剣を引き抜いて熾天式は棍棒を受け止める! しかし片手で振り払うツギハギに対して熾天式は両手と身体でその攻撃を受け止めていた。それは両者の間に明確な実力差がある事を証明しているようなものだった。
『コイツを振り下ろしていたら終わってたなぁ~? えぇ~? おいぃ~?』
「舐め腐りやがって!」
「アーク! 一回変わって! コイツにムカついてんのはアンタだけじゃないんだから!」
「ダメだ! コイツは俺が殺る! つーか近距離は俺の方が得意だろ!」
「だからってこのままじゃ!」
「殺す! コイツは殺す! 絶対にだ!」
「アーク……?」
アークの中で苛立ちが募っていく……その怒りの力を込めて銃剣を振りかざしてツギハギを跳ね飛ばした!
『まだやるかぁ~? えぇ~? どうするぅ~? まぁ逃げようとしても後ろから殺っちゃうけどねぇ~? フェフェフェ!』
「お前を殺す。お前を殺す」
『いいねぇ~? 久し振りだぁ~こんな興奮するのはぁ~一年位前かなぁ~? 遠隔でやり合った神栄教徒以来だねぇ~』
「そうだ……テメェが殺したハンナ以来だろうなぁッ!」
熾天式は下段に構えて再び突貫する! そして左足を床にめり込ませるほどに踏ん張ると、フルスイングするように斜めに切り上げた!
「打壊ッ!」
『見え透いてるねぇ~ッ!』
ツギハギはその攻撃を読み切ったように棍棒を縦に構える。
「だらぁーーーーーーッ!!!!」
フルスイングした銃剣と防御体制の棍棒が交差する……それはこれまでの攻撃を受け続けた状況と何ら変わりない。しかし、その瞬間に熾天式の中にあるヤシマタイトが赤く輝き、緑色に輝いていたデュアルアイが赤色に切り替わる。そしてその斬撃は棍棒ごとツギハギを吹き飛ばした!
ツギハギから『おぉ?』という驚いたような声と同時に壁を突き抜けていった! 熾天式は銃剣を強く握りしめながら一歩ずつ……その足にも力を込めながらツギハギに近寄っていく。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
「アークッ!」
血走ったような眼をするアークはリオの制止にも止まらない。そんな彼の感情を感じ取ったのだろう。リオは更に怒鳴り声をあげた。
「変わって! 今はここから出るのが先決でしょ!」
「ダメだ……アイツは! ここで! 殺す!」
「エル君、メーちゃん、ミヤビさんの無事を確かめないといけないでしょ!」
「……!」
その言葉でアークはようやく我に返る。その事さえも感じ取ったリオは口調を落ち着かせて再び声を発した。
「今はみんなの無事と脱出が優先しないと。背中にはクレアだっているんだから」
「……ああ、うん、そうね」
アークはそう言って主導権をリオに譲った。
リオのホッとしたような感情がアークの中に入ってくる。それは彼にようやく本来の意味での落ち着きを取り戻させた。
「リオ、その、ごめん」
「うん、大丈夫。さ、行くよ」
リオはそう言って背部スラスターを起動させると足裏のローラーを回転させてようやく室内を脱出した。
勾配のある廊下を凄まじい速さで駆け上がっていく。やがて大きな扉に差し掛かると同時に、通信機能が復活した。
「アーク。メーちゃんに連絡!」
「あいよ!」
アークは脳内で通信システムを起動させると、チーム内での回線を開いて声をあげた。
「メー子! 聞こえる!?」
僅かにノイズが走る。まだ通信状態は完調ではないのだろう。それでもアークは声をかけ続けた。
「メー子! 出て! 今度美味しいもん作ってあげるから! あ、あと俺の秘蔵のAV貸したげる!」
『アッちょン! そい本当ネ!?』
現金な理由で返答が返ってくることにアークは思わず苦笑する。それは移動に専念するリオも同じようだった。
明らかに元気な声でメアリーの言葉が返ってくる。
『アッちょン! リッちょんも無事!?』
「大丈夫! 二人ともピンピンしてるよ!」
「え? ピンピン? 何それ? ちょっとエッチじゃない?」
普段の調子を取り戻したアークは鼻の下を伸ばす。しかしリオは怒る様子もなく寧ろ笑顔を浮かべたように話を続けた。
「メーちゃん。そっちもみんな無事?」
『当ったり前じャ! ばってン、ボスの命令でインドラまで戻らされたんじャ』
「何それ! あのくそオヤジ俺たちの事見捨てたの?」
『狙いがあるみたいじゃけド、ウチらには教えてくれんやっタ。ばってン、アッちょんたちが無事なら話は別ばイ! すぐに救援に向かうから待っちょっテ!』
「超特急でね!」
『まかせんしゃイ!』
メアリーの声を最後に通信を切るとアークは後方を振り返った。
人の気配はない。ただ、あの程度の攻撃でクジャを倒せるならあの男がここまで戦場で有名になる筈もないのだ。
「リオ」
「分かってる。救援まではまだ時間が掛る筈……ここからは鬼ごっこだね」
二人の意見は心の底から合致する。
ようやく海陽の光が見えて来る。それは外へと繋がる道が開かれたという証明だった。
「リオ!」
「うん!」
二人は遂に地上階に辿り着く。海陽の光をこれほど眩しいと感じたのは久し振りだった。しかし、驚くべきことに地上階に広がっていたのは、天井はおろか壁もない瓦礫の廃墟になっていたのだ。
「ありゃまぁ……こりゃエル吉の仕業だね」
「さすがにやり過ぎじゃない?」
「いんや? アイツなら地下だって埋め尽くすくらいのこと出来たはずよ。それにほら」
アークは後方の方に視線を向けると、リオもその状況を理解したのだろう。地下でアークたちを襲ってきた防衛兵器が無数に生き埋め状態になっていたのだ。
「なるほどね。それに私たちがいるからここまでで抑えてくれたって訳か」
「そうゆうこと。よく出来た男だこと」
「だからモテるんだよ。アンタもちょっと……じゃなくてギガ見習った方がいいね」
「え……ギガになっちゃうくらい俺ってモテないタイプ?」
アークは引き攣った笑みを浮かべながらもリオと一緒にエルディンへの感心と感謝の気持ちを共有する。そんな感傷的な気持ちもすぐさま打ち消すような声が二人の耳に届いた。
『貴様たち……何者だ?』
その声の先に二人は同時に振り返る。
そこに立っていたのはローズマリー共和国の国旗が刻まれたBEだった。




