第15話『望』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所近辺 西側雪原】
<AM06:50>
親指と人差し指で輪を作り、それを覗き込むように点を見上げる。傍から見れば奇怪な行動だろう。しかし、クジャにとってそれは明確な力の一つだった。
神通力……生まれ持った特殊な脳波を出す人間であり、その脳波量によっては特殊な力を持つという。それはBEを動かすために必要な力であり、海陽系最大の宗教である神栄教では女神メーアを滅ぼした忌むべき力として知られている。
「ん~? フェフェフェ! インドラが動いているねェ~……」
彼は神通力による力は視力強化である。地上であれば裸眼で宇宙まで見ることは容易いのだ。
「あ、あの、隊長」
隣に立っているフマーオス兵が恐る恐る声をかけて来る。彼は上空を見上げたまま答えずにいるが、フマーオス兵はそのまま話し始めた。
「せ、戦艦の索敵班よりインドラの矢が動いているとから連絡が……」
「あ~……そうねぇ~……フェフェフェ! そうか! 戦艦で調べさせれば済む話だったねぇ~?」
クジャはそう言って笑いながらも上空を見上げることをやめない。機械で見るよりも実際の目で見た方が良く見える。これほどの力を持てばそのような感情を抱くのは当然だろう。
そんな彼にフマーオス兵は再び恐る恐る口を開いてきた。
「あ、あの、隊長、よろしいでしょうか?」
「あーん? 何かなぁ~?」
「そ、その、隊長は千里眼をお持ちになると聞いています。それは神通力によるものだと」
「それが~?」
「じ、自分もBEを動かせる以上、神通力を持っていることは証明されています。そ、その、じぶんにもそおのような力があるのでしょうか?」
「フェフェフェ! 無いだろうねェ~?」
クジャはそう言ってようやく視線を上空を見上げるのをやめて、フマーオス兵の方に振り返った。
彼は緊張の面持ちで背筋を正すフマーオス兵を見つめる。
「こういう力は濃い脳波じゃないと出来ないもんさぁ~お前さんにはないねぇ~」
「そ、そうですか」
「それより、そろそろ動こうかねぇ~」
「はっ! 陣営に伝えてまいります!」
そう言ってフマーオス兵は敬礼すると、回れ右をして走り出す。そんな彼の背中を笑顔で見ながら、クジャは懐のブラスター銃を引き抜くとその背中に向かって引き金を引いた。
バシュ――という音と同時に背中のど真ん中を貫かれたフマーオス兵は倒れ込む。
クジャはニコニコと微笑みながら倒れたフマーオス兵の髪を掴むと、既に息のないフマーオス兵の身体を仰け反らせるように起こし上げた。
「フェフェフェ! だぁれがみんなで行くって言ったんだぁ~? キミたちは留守番だよぉ~? ここでねぇ~?」
クジャはそう言って起こし上げたフマーオス兵の顔面を地面に叩きつける! そのまま地面に頭をグリグリと擦りつけると同時に肉が引きちぎれるようなグチャグチャという生々しい音が手を通してクジャの身体に伝わってきた。
「いいねぇ~? 人の身体が崩れていく音はぁ~……でもねぇ~もぉっと痛い事していい人間があそこに入るんだなぁ~?」
クジャはそう言って恍惚の笑みを浮かべながら股間を大きく膨らませる。
彼は研究所に視線を向けると同時に原形をとどめないほどに擦り下ろされた頭を掴んでいた手が血まみれになっている事に気付いた。
「おぉ~駄目だなぁ~……奴に会うのに手を汚してちゃあ~なぁ~フェフェフェ!」
クジャはケラケラと笑いながら頭を投げ捨てると、倒れているフマーオス兵の背中に自らの手を擦りつけて血を拭いとる。
ようやく……ようやく自身の望みが叶う。その事実が彼を益々興奮させるのだ。クジャはその現象に吹き出しそうになりながらツギハギのBEの背中に飛び乗る。そして丘の下で待機するフマーオス軍の陣営を見おろしてから西の空を眺めてニヤリと微笑んだ。
「あと三十分くらいかぁ~? 残り時間をせいぜい楽しむんだなぁ~?」
クジャはそう言ってツギハギの背部にある穴に四肢を通すとBEを起動させる。そしてゆっくり立ち上がると、研究所に向かって飛び立っていった。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所近辺 東側雪原】
<AM07:00>
一筋の光が空に浮かぶ。雪原の中に迷彩で身を隠しながら電子双眼鏡でフマーオス陣営を監視していたベロニカは立ち上がる。それと同時に薙刀を磨いていたミランダに向かって叫んだ。
「動きました! ツギハギのみです」
彼女の言葉にミランダは動きを止める。そして薙刀を磨いていた布切れを地面に放り投げた。
「……出るぞ」
「ウス」
ベロニカは薙刀を握るBEの隣に鎮座するもう一着のBEの上に飛び上がる。そして穴に四肢を通すとBEを起動させた。
「うし、行くか」
『ウィストン班長。ここまでよくやってくれた』
急な言葉にベロニカは少し戸惑うが、ミランダは彼女のそんな心情に気付くことなく話を続けた。
『今回の任務は完全に失敗だ。それもこれも私の責任と言える』
「そんなことは……無い? ……かと」
『気休めはいい。それもこれもフマーオスにいるあのイカれた男の力量を見抜けなかった私のせいだ』
「(いや、猪突猛進すぎっからだろ……)」
ベロニカは言葉を飲み込みながらそのままミランダの言葉に耳を傾け続ける。
『私は今回の件で降格は間逃れんだろう。次の隊長候補にはお前を推薦するつもりだ』
「ゲ……マジっすか?」
『ゲとはなんだ』
「あぁいや、言葉の綾って言いますかね? う、うははは……」
誤魔化すようにベロニカは笑う。
BEを着用したミランダはゆっくりと立ち上がると同時に擬態の為に積もらせていた雪が地面に落ちていく。そして彼女は薙刀の柄を地面に突き刺した。
『ベロニカ。お前は援護を主に行え、そして決着が付いたらすぐにここから脱出だ。上の方でも妙な動きをしているようだしな』
「インドラの矢ッスか」
ベロニカもまた立ち上がり空を見上げる。
ここからでは見えないが、ヴェーエス星から無事脱出したレイラからあった通信ではインドラの矢が起動しているという連絡があった。
「じゃあさっさと終わらせて帰りましょう。ちゃんと生きてね」
『当然だ。ビスマルク・ナヤブリを倒して海陽系最強の名を得るまで私は死ぬ気はない』
BE越しにミランダの口角が上がっているのが分かる。
ベロニカは知性は別としてミランダが武力に関してはどこまでも真っすぐでローズマリーでも屈指であると思っている。だからこそ、彼女がそうやすやすとクジャ・ホワイトに敗れるとも思っていない。
それがローズマリー共和国という小さな世界での話であると、ベロニカはこの後気付くことになるのだった。




