第14話『情』
【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 人工衛星インドラ】
<AM06:12>
時間が無い中で出来うる限りの準備はしたつもりだった。それでも不安に駆られるのは相手が相手だからだろう。隣で同じ感情を持つであろうメアリーにチラリと視線を落とす。しかし彼女は自分よりもどこか落ち着いた様子でエレベーターの扉を一点に見つめていた。
「やれることはやっタ。そうじゃロ?」
彼女は口だけを動かしてそう告げる。その言葉にエルディンは小さく鼻を鳴らす。どうやら覚悟が決まっていないのは自分の方だったようだ。
「それでも不安になるさ。この衛星の事はよく分かっていない。何より、相手はあのカンム・ユリウス・シーベルだ」
「それだけじゃなカ。ボスだけじゃのうてもう一人の八賢者も相手じャ」
「レオナルド=ジャック・アゴストか……」
「ミヤちゃんの話じゃト、ボスと渡り合える数少ない男だそうじャ。それニ……」
「それに?」
「ボスより数百倍は優しいそうじャ」
彼女がそう告げると同時に扉が開いた。二人はそれから何を言うまでもなく、エルディンは何も言わずに扉の右向かい、メアリーは左に向かう。
クッション性もなく無機質な床とボルトが剝き出しになった壁、そこはまるで囚人を収容する刑務所のように見える。そんな通路の奥にひっそりとある扉は、中の様子が見えるように丸窓が備え付けられていた。
エルディンは一度その窓から中の様子を窺う。隠しきれないオーラを放つ二人の人物の存在を確認すると、彼は小さく深呼吸してからドアノブに手を掛ける。そしてゆっくりと扉を開いた。
「……」
部屋の中に居るカンムとレオナルドはエルディンに見向きもせず盤上ゲームをしていた。そんな二人にゆっくり歩み寄りながらエルディンは口を開いた。
「説明してほしいね」
それでも二人は動かない。彼のことなど気にも留めずにジッと盤面を見下ろしながら黙考するだけだった。
エルディンは心の中にある不安感や焦りを悟られないように盤面の横に立った。
「アンタはアークやリオちゃんを残して情報と僕らにだけ上に来いと言った。なのに何故インドラの矢が動いている?」
二人は未だ動かない。その態度にエルディンの中にあった不安が消え去り、沸々と怒りが込み上げてきた。
「必要なのは情報であって二人の命ではないという事か…………答えろッ!!」
エルディンは腕を振り払うと、盤上に置かれていた駒が床に飛び散っていく。
散らばった駒を見てカンムが初めて表情を変える。それはどこか口角が上がっているように見えた。
「残念だ。勝負はお預けだな」
そんなカンムにレオナルドもまたニヤリと笑った。
「ご安心してださい。盤面は頭の中に入っていますから。何なら盤上データの記録をご覧になりますか?」
それでも二人は意に返さない。その事実にエルディンは遂に胸に仕舞っていたブラスター銃を引き抜いた!
「キサ……!!」
彼は叫ぼうとした瞬間に思わず言葉を飲み込む。彼が銃を引き抜いたその時、十数人……いや、数十人の宇宙海賊が姿を現し、彼に向けてブラスターライフルを突きつけていたのだ!
まるで幽霊のようにいきなり現れた数にエルディンは言葉を失う。その状況になってようやくレオナルドのほうが立ち上がった。
「はいはい。皆さん落ち着いてください。ね、ザズールさん」
レオナルドはそう言って長身の男に声を掛ける。いや、別にそのザズールという男が長身だったわけではない。レオナルドが小柄過ぎたのだろう。そんなレオナルドを押しのけるようにザズールはエルディンの方に躍り出てきた。
彼はエルディンの眼前にゴーグルをつけた顔を突き出す。そのゴーグル越しに分かるように睨みつけながら口を開いた。
「坊主。お前はあの研究所にあった情報を見たか?」
「歯は磨いているかい?」
エルディンは挑発するように薄い笑みを浮かべる。するとザズールは腰の銃を引き抜いた! エルディンもまた掴んでいた銃を突きつけようとする!
……が、二人の手元からブラスター銃は消えていた。
エルディンはブラスター銃の消えた右手を見てからカンムの方に視線を投げる。すると、カンムはようやく身体をこちらに向けると、いつの間にか奪い去っていたエルディンのブラスター銃を盤上にそっと置いてから口を開いた。
「……これだけか?」
「何?」
カンムの言葉の意味が分からず、エルディンはその美しい顔の眉間に皺を寄せる。しかし、カンムは眉一つ動かすことなく足を組みながら頬杖をついた。
「大方、メアリーが制御室に向かい、ミヤビが脱出の準備でもしているのだろう。貴様らの得意分野を把握している私に通用するとでも思ったか? そして……無様だな」
カンムは呆れたように溜息をつきながら信管を床に放り投げてきた。
カラカラと音を立てて床を転がる信管を見てエルディンは眉を顰める。それは事前準備でこの衛星に置いていた爆薬に使用したものだった。そして、それは今しがたこの衛星に仕掛けたものだったのだ。
全てはカンムの掌の上だった。その事実にエルディンは拭いきれなかった不安が正しかったのだと思い、糸切り歯をギリギリとすり合わせる。そんな彼を見ていたレオナルドがニコニコしながら間に入ってきた。
「まぁ落ち着いてください。恐らく、ミヤビさんもキミのパートナーの女の子も今は拘束状態でしょう。あと、何も心配することはありませんよ」
「だったら話を聞かせてもらいたい。インドラの矢が起動している理由をね」
「坊主、だったら俺の質問に答えろ。お前らはあの研究所にあったデータの中身を見たのか?」
再び割って入ってきたザズールにエルディンは目を吊り上げながら睨みつける。
「それに何の意味がある?」
「値踏みだ。返答次第じゃ叩き出す」
ザズールの言葉にエルディンは美しい顔を歪ませながら睨みつけ続ける。だが、ここで下手な嘘を言っても意味がないだろう。彼は何とか冷静さを繋ぎ留めながら答えた。
「中身など興味ない。欲しければくれてやるよ」
「だろうな。あの中身を知ってればそんな青臭ぇ事は言えねぇはずだ」
ザズールはそう言って笑うと再び尊大に……見下ろすように胸を仰け反らせながら口を開いた。
「あの研究所にゃあ粒子分解弾ていう破壊兵器のデータがある」
「粒子分解弾……?」
「ヤシマタイトを利用して指定範囲内に存在するもんをすべて粒子分解する平気だ。あのヴェーエス星では重力がおかしな場所がいくつかあっただろ? それもこれも粒子分解弾で星の核が一部なくなっちまったせいなのさ」
ザズールはそう言ってゴーグルを外す。そこには光を失った真っ白な目が痛々しく残っていた。
「コイツもそのせいで見えなくなっちまった。分かるか? そんなもんを世の中に出すわけにはいかねえ。大勢の人間の命を奪わせねぇためにもな」
「アンタの言いたいことは分かったよ。でもね、大勢を救うために人を殺していては意味がない。ましてやそれが僕の家族なら尚更だ」
「その考えが甘いって言ってんだよ」
「知らないね。第一それは貴方方みたいな年寄り連中が防ぎきれなかった汚点だろう? それを若い世代の犠牲を持って消す。クソみたいな考えだな」
エルディンは吐き捨てるようにそう告げる。
話し合いでは収まらない。そう誰もが感じ取っただろう。だが、そう思っていない人物がこの部屋には二人いた。言うまでもなくカンムとレオナルドである。
「さて、そろそろ銃を下ろしませんか?」
レオナルドがそう告げると、周囲を囲っていた宇宙海賊たちが顔を見合わせながらブラスターライフルを下ろす。するとレオナルドは朗らかな表情のまま振り返った。
「二人とも安心してください。持ち出した情報はちゃんとウチで管理しますし、君のご家族が亡くなるようなこともありません」
「「どういうこと{だ? です?}」」
エルディンとザズールの言葉が揃う。それと同時に盤上に駒を戻し終えたカンムが口を開いた。
「午後になれば分かる。インドラの矢を起動しているのは他の連中に対する牽制に過ぎん」
カンムはそう言って腰を下ろすと、同じくレオナルドも再び彼の正面に腰を下ろした。
彼らが何を考えているのかは分からない。それでも今のエルディンはとりあえずメアリーとミヤビと情報を共有するしかなかった。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 人工衛星インドラ】
<AM06:31>
顔を腫らして鼻を啜りながらアークは熾天式と呼ばれるBEの背部に四肢を通す。すると隣でノート型端末を眺めていたクレアは少しの哀れみと情けなさを感じながらジト目を向けた。
「大丈夫ですか?」
「……うん。でも顔よりも腰痛い」
「ああ……さっきのエビ反りになった奴ですね。お姉ちゃんメガ格好良かったです」
「え? 格好いい? あぁ、そ、そう。というかその単位表現真似すんのね」
表情筋をヒクヒクとさせるアークを尻目にクレアはBEの上で起動作業を行うリオを見上げた。
「お姉ちゃんは他人の気がしません。初めて会ったのにずっと一緒にいたような感じがするんです」
「あらそう。俺にはそういうの感じない?」
「感じませんね。お姉ちゃんの方も私をすぐに受け入れてくれました。でもあなたは違うでしょう?」
「そりゃあねぇ。お嬢ちゃんは知らないかもだけどデセンブル研究所って曰く付きの研究所なのよ。そこに居る人間ってなったら警戒しちゃうでしょ。ましてやそれでリオが怪我でもしたら笑えないしね~」
何気ないアークの言葉にクレアは少しキョトンとする。いや、何か違和感というべきかモヤモヤしたものが心の中を過った。
「お姉ちゃんの事……好きなんですか?」
「? そりゃあそうでしょ。俺はドスケベでド変態だけど太腿舐める女の子は選びますからね」
「ふーん。それってお姉ちゃんに言わないんですか? あ、告白って奴ですね」
そのストレートな単語にアークは「ぷふ!」と笑いを吹き出してからまるで子供をあやすような表情を向けてきた。
「リオね。何かしら目標みたいのがあるっぽいのよ。それを叶えるために動く時が来たら、俺みたいなのがいると邪魔になんの。それと、俺は結局自分が一番好きなのよ。俺が好きな以上に相手に俺のこと好きでいて欲しいタイプなの」
「まるで告白すれば成功するという口ぶりですね。あとメガ自分勝手」
「これは手厳しい。ま、そんなのと大好きなお姉ちゃんがくっついたらイヤでしょ? それともお嬢ちゃんが俺のこと好きになってくれるかい? むへへ」
「全くその気もないのに茶化さないでください。それにそれがお姉ちゃんと一緒になろうとしない理由になるとは思えません。自分のこと好きになってもらえるように努力すればいいじゃないですか」
その言葉にアークは困ったような笑みを浮かべる。それはどこか自分の過去を巡っているようにも見て取れた。
「残念なことに俺が好きになっちゃう子ってみんな死んじゃうのよ。母親も、育ててくれた近所の婆ちゃんも、俺の童貞奪った子も。……ま、メー子とミヤ姉は別扱いかな?」
「メー子とミヤ姉とは誰ですか?」
「俺の姉ちゃん代わりと腹違いの双子の兄弟ってとこかな?」
「よく分からないです。……それはそうと、それなら何故お姉ちゃんに性的虐待をするんですか?」
その言葉にアークは小ばかにしたような薄ら笑いの表情を浮かべた。
「そりゃあ俺も男の子だし? 好きな女の子があんな近くに無防備な恰好してたら辛抱溜まりませんよ」
「そうやってイヤらしい目を向けることでお姉ちゃんを遠ざけてるんですか?」
「遠ざける? なんでそうなんの?」
「性的対象で見られると嫌悪感を感じるのは普通じゃないですか」
クレアがそう告げると、アークは呆れを通り越して滑稽さを感じたように首を振り出した。
「分かってないね。エロい目で見られるって事はそれだけ魅力的って事なのよ? まぁそう言ってもお嬢ちゃんは俺の対象外かな~」
その言葉にクレアは自分でも分からないがどこかムッとする。遠回しに自分に魅力が無いと言われたようなものだからだ。
「何でですか?」
「そりゃあちょっと若すぎるよね~おっぱいはまだ期待できるけど太腿は細すぎるし? あ、でも分かんないよ。今の俺らと同い年……あと十年経ったら俺もほっとかないと思うね!」
「そんなに……どうやったら魅力的になるんですか? 私もお姉ちゃんみたいになりたいです」
その言葉にアークの表情が明らかに変わる。それは今までになく真剣な眼差しだった。
「お嬢ちゃん。魅力的になりたいのかい?」
「え? は、はい。あと生体データの読み取り完了しました」
急に変わった雰囲気にクレアは少し身構える。それと同時に彼はBEから四肢を抜き取るとクレアの前に立ちはだかった。
「リオの太腿を目指すのはやめとくんだね。あんな肉付きがあって、ハリもあって、イイ匂いがして、メチャクチャ美味しい太腿はそう簡単に出来るもんじゃない。生まれ持った天性のもんだよ」
「ではどうすれば……」
「簡単だ……太腿よりも君にはリオよりある才能が隠れている」
「才能……?」
「そう……おっぱいだ!」
「おっぱい?」
クレアは自らの胸を見下ろす。しかし、それはどう考えてもおかしい。何故ならリオが山なら自身は丘のようなものなのだ。
そんなクレアの心情を察したのかアークは特気な笑顔で肩に手を置いてきた。
「分からんかね。お嬢ちゃんまだ八歳でしょ? それでその小さな膨らみは先がある……今から鍛えればあのミヤ姉だって超えられるかもしれんぞ!!」
彼はそう言って拳を握り締める。それは正に、かつて娯楽として読まされたスポコン小説の教官のような雰囲気があった。
「な、なるほど……今から鍛えれば……」
「バストアップ運動なら俺もいくつか知っている……どうだ? やってみるか?」
「は、はい! 教えてください! 先生!」
クレアは思わず虹色の目を輝かせると、アークは「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら人差し指を振った。
「先生? それはダメだ。俺の事は……そうだね。リオに倣ってお兄ちゃんと呼ぶといい」
「……えぇ」
クレアはあからさまにイヤそうな表情を浮かべる。その目を見たアークはまたしてもスポコン教官の表情に切り替わった!
「何? 不満? あぁそう。じゃあこの話はなかったことに」
「あ、いえ! やります! お願いします! お兄ちゃん!」
「おっふ! ……お兄ちゃん……ちょ、ちょっと待って……えっとね。じゃあまずこのセリフを言ってみよう。お兄ちゃんのをクレアの中に……」
「何やってんの?」
アークの背後に立っていたリオが微笑む。その瞬間にアークの表情が再び切り替わった。
引き攣った表情にクレアはこの後の展開が想定できた。その証拠にアークは完全に言い訳じみた口調で振り返った。
「あ、い、いやその、世間一般の常識を教えてあげていると言いますかね」
「話は全然聞いてないけどさ、最後の台詞は明らかに……」
「あ! 違うんです!」
クレアは反射的に二人の間に割って入る。そしてリオの顔を見上げながら言葉を連ねた。
「えっと、私は……お姉ちゃんみたいになりたいんです。その為にお兄ちゃんから魅力を上げる方法を聞きたくて……お兄ちゃんは本当にお姉ちゃんのことを分かっています。それに大丈夫です! お兄ちゃんは十年経たないと私に魅力を感じないそうですから!」
「あ、お嬢ちゃん、十年っていうのは言葉の綾で、もしかしたら五、六年後かも」
妙な補足を入れるアークの頭にリオのゲンコツが振り下ろされる。彼は「グォウ」と言って蹲ると、リオは呆れたように溜息をついた。
「もういい! アンタはさっさと奥にある戦用武器の準備してきて!」
「いや、俺ククリ刀使ってるからあの形状なら……」
「アーク。私は準備してきてって言ったんだけど?」
「あ、はい。了解でございます」
そう言ってアークはイソイソと奥に向かって走って行く。そんな彼の後姿を見送りながらリオは「ったく」と小言を呟くが、その表情はどこか楽し気に見えた。
クレアはそんなリオの表情を見る内に思わず心の中にある疑問が口から出て行った。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きじゃないんですか?」
「え? 急にどうしたの?」
戸惑った笑顔を見せるリオにクレアは思わずぶつけるように言葉を並べた。
「お兄ちゃん。物凄くお姉ちゃんの事を大事に思っています。お姉ちゃんにイヤらしい事をするのもお姉ちゃんが自分の事を好きにならないようにするための牽制です」
「うん。知ってるよ」
あっさりと白状するリオにクレアは口をぽかんと開ける。
そんなクレアを尻目に、奥にある熾天式用の武器を見ているアークの後姿を眺めながらリオは口を開いた。
「クレアは何か隠し事できなさそうだから言っちゃうけどね。私には夢があんの。その時にアイツがいると邪魔になる」
「それはお兄ちゃんも」
言いかけたところでリオは小さく首を振る。そして彼女は残念そうな笑顔で振り返った。
「アイツがそれに気付いていてもね。そんな壁をぶっ壊して向かってくる人がいいの。というか……アイツがそうしてくれればイイのにって心のどこかで思ってるんだ」
「お姉ちゃんも……お兄ちゃんが好きなんだね」
「好きでもない奴に太腿舐めさせる女の子はいないでしょ? いいクレア。クレアはちゃんと好きな人選びなよ? それと、出来れば変態行為をしてくる人はやめなさい」
リオはそう言うと仕事モードに切り替えるように熾天式を見上げた。
「で? あのバカが持ってたヤシマタイトは使えた?」
「あ、はい。起動状態は問題ないです。お兄ちゃんの生体データも読み終わったんで次はお姉ちゃんのを」
「ん、ありがとね! クレアがいてくれて助かった!」
そう言ってリオはクレアの頭を優しく撫でてくれる。
アークとリオ……この関係性が後に自身に多大な影響を与えることになるとは、この時のクレアは知る由もなかった。




