第13話『義』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所近辺 東側雪原】
<AM05:50>
被害甚大。その言葉は今まさにこの状況のためにあるとベロニカ・ウィストンは思っていた。唯一の救いともいえるのは、このヴェーエス星の異常気象が好転していることくらいだろう。その証拠に普段は極寒の吹雪に覆われている土地にも関わらず、寒さはあるものの生身で過ごせる程の気候状態にあったからだ。
「(不幸中の幸いだな。ったく……でも状況は芳しくねぇな……レイラ、おめぇ無事なのか……)」
ベロニカはそう思いながら半壊して陸に座礁する戦艦アンナマリー号を見上げる。
全乗組員二百名のうち死者は三十六名、負傷者は九十一名。半数以上が既に失われていると言っても過言ではない。
「ウィストン班長。この気候ですが恐らく明日中は何とか保つようですわ」
そんな彼女に気候予報士が告げると、ベロニカは水が入ったボトルのストローを吸いながら彼女の方に振り返る。そこにいた整備班長、通信班長らに向けてベロニカは口を開いた。
「恐らくってのはどういうことだい?」
「このような異常気象の星ですから、普通の星と同じ動きをするとは言い切れません」
「そりゃそうだな。脱出船のほうはどうっすか?」
ベロニカの問いに整備班長である壮年の女性は小さく頷いた。
「本当はマスドライバーが欲しいところだが、アンナマリー号に残っているエネルギーを流用すれば大気圏から出ることは出来るだろう」
「因みに、負傷者はすでに収容済みですわ。亡くなった隊員たちの亡骸もね……」
通信班長である女性が続けてそう告げると、ベロニカは再び尋ねた。
「脱出船の数に余裕はあんのか?」
「余裕ってほどの物じゃないわ。ただ一隻くらいなら何かに利用できるかもしれないけど」
「充分だ。んじゃその一隻を残してみんなは撤退の準備に入ってくれ。オレはハリトーノフ隊長と生存者を待つ」
ベロニカはある種の覚悟を決めるように指示を出すと、彼女たちは小さく頷いてから各々の担当場所に向かって走っていた。
これは訓練ではない。そしてこの状況を思えば撤退は致し方ない事だった。彼女はそのことを飲み込みながら再びデセンブル研究所の方に視線を向けた。
「……! レイラ!」
遠くに見えた影にベロニカは叫ぶ。その声に待機していた隊員たちは振り返るが、ベロニカは気にも留めずに影の方に向かって走り出していた。
歩いてくるCSから放たれる発光信号は女傑軍の救難信号である。それと同時に幼い頃に大きな館の別棟に暮らしていたレイラが夜に放つ発信信号が混ざっていたのだ。影が近づいてくると同時にベロニカはある事に気付いていた。CSを着用しているレイラは何かを引き摺っていたのだ。
「レイラ! 無事か!?」
「……助かったわ。私は体力にそれほど自信がある人間じゃないから」
「おめぇはタダで死ぬとは思ってなかったよ。しかもこんなデカい手柄打ちたてやがって」
レイラが引き摺ってきていたのはBEだった。それも右肩にローズマリー共和国の国旗、左肩に隊長の印である星が刻まれたBEである。それは見紛うことなくミランダのBEだったのだ。
ベロニカに遅れて救護班と整備班、いや様々な隊員たちが「隊長!」と叫びながら走り寄ってくる。彼らがミランダごとBEを運び始める時にベロニカはそのBEに刻まれた傷を見て眉間に皺を寄せる。そしてレイラの方に振り返ると彼女の方にボトルを投げた。
「……何があった?」
レイラはボトルを受け取ると水を飲み干してから答えた。
「最初は隊長とツギハギ……クジャ・ホワイトの一騎打ち状態。その後に研究所の防衛用の起動兵器が出てきてね。ヤバかったわ。見境なしに攻撃しまくり。隊長もその一体を何とか仕留めたけど、それでその場はお流れよ」
「クジャ・ホワイトと帝国の連中は?」
「帝国の連中は脱出したわ。船が飛んでいくところを見たから。クジャ・ホワイトは防衛兵器五体に取り囲まれていたからね。無事では済んでないんじゃないかしら。こっちはもっとヤバそうね……撤退準備は?」
「出来てんよ。……というか今回の件はキナ臭ぇ。そう思わねぇか?」
ベロニカがそう告げるとレイラは小さく頷いた。
「フマーオス軍があの研究所内にあるのはオリジナルフレームを狙うのは分かる。でもそれほどの物を回収するのに帝国軍ではなく委託された民間組織が回収に向かわせているのがおかしい」
「そうだ。だからあの研究所にはオリジナルフレーム以外の何かがある。帝国軍内に少しも知られたくないような何かがな……」
二人が怪訝な表情を浮かべる中、待機している部隊の方から叫び声が響き渡った!
それまで神妙な面持ちだった二人は慌てて部隊の方に走り出すと、BEから這い出たミランダの姿があった。
「諸君らは撤退準備を続けろ! 私は落とし前を付ける!」
今まで気絶していたとは思えない様子のミランダはそう叫ぶと、隊員たちはキビキビと動き出していた。
ベロニカとレイラは慌ててミランダの方に向かって走り出す。そんな二人に気付いたミランダは彼女たちの方に体を向けた。
「ウィストン班長。ご苦労だったな。お前は隊員たちを連れて撤退しろ」
「隊長、しかしですね」
「このままでは終われん……死んでいった女たちの為にも……私自身の為にもな。整備班長! 代わりのBEを頼む!」
決意に満ちた目を見せるミランダは再び叫びながら隊員たちに指示を出し始めた。
ベロニカは小さく息を鳴らす。そしてレイラの方に視線を投げた。
「レイラ。隊員たちを頼む。オレは隊長に付き合う」
「ベロニカ!」
「あの隊長。バカだけどな。ああいう一直線なところは嫌いじゃねぇんだ。……ま、何より警備隊で暴行捜査しすぎたオレを拾い上げてくれた恩人でもあるからな」
ベロニカはそう告げると自身の面倒な性格に溜息をついた。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所近辺 西側雪原】
<AM05:53>
ツギハギのBEの整備を任せたクジャ・ホワイトは丘の上からデセンブル研究所と待機しているであろうローズマリー共和国の女傑軍が待機している陣地を眺めていた。丘の上という地の利を取っている以上、女傑軍が襲ってくる可能性は少ない。いや、その被害状況から考えれば攻撃行動などできないだろう。
「クジャ隊長! 本隊の出撃準備は完了しております!」
整備が完了したツギハギのBEの上で寝転んでいたクジャにフマーオス軍の隊員が声をかけて来る。
惰眠を邪魔されることはクジャの嫌うところだった。そうなれば彼を殺すのもやぶさかではないのだが、今日の彼は機嫌が良かった。
猪武者のような女傑軍の女との戦闘
その後現れた研究所の防衛兵器である五体のスコルピオス
これらの戦闘は彼にとって中々刺激的なものだったのだ。
クジャはゆっくりと状態を引き起こすと、報告に来た隊員に不気味な笑みを向けた。
「フェフェフェ! 随分と元気がいいねぇ~?」
「女傑軍を退けましたから! 我が軍の士気も高まっております! 隊長もご一緒にいかがですか!?」
その言葉にクジャは寝返りを打つように横になると、隊員が待機している陣営に目をやった。女傑軍を撤退させたのは事実である。しかし、それは初手で戦艦を潰したからに過ぎない。その戦艦の撃破も研究所の防衛兵器を破壊したのも全てクジャ一人で行ったことである。
「よぉー兄ちゃん」
「はっ! レングラン・ベルカッソであります!」
「今は気分がいいから殺さないでやるよ~。だから大人しくしとけって言っといてくれぇ~」
「は?」
笑顔から戸惑いの表情に変わる隊員に向けてクジャは再び寝返りを打って研究所の方に視線を向けながら告げた。
「一個戦力が強いからって自分まで強いと思ってる奴はぁ~長生きできないぜぇ~? フェフェフェ!」
戸惑いを隠せない隊員は少し不満気な表情になるが「はっ! 失礼いたします!」と敬礼して陣営に戻っていった。
彼らは自分たちの立場が分かっていない。敵地へ送られた勇敢な兵士たちと思っているだろうが、所詮は彼らは捨て駒なのだ。そうでなければクジャの下に付けられることもない。
「フェフェフェ! あの王様も中々切れるねぇ~……まぁしょうがねぇのさぁ~あすこにはオイの本当の目的があるからなぁ~」
そう言って彼は立ち上がる。そして再び丘の上から爆発の影響で所々が倒壊している研究所を見下ろした。
「……さぁてぇ~? ホントにいるのかなぁ~? オイが無条件に殺していい人間がぁ~?」
人間は殺してはいけない。クジャもそれくらいの一般的倫理感は知っている。ただ彼にはその自制心が無いだけなのだ。そんな彼でも無条件に殺していい人間がいる。それもあの研究所の地下……目前に居る筈なのだ。その事実が彼を興奮させ、股間に山を造りジットリと湿らせていた。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所敷地内】
<AM06:02>
この世に生を受けてから八年。その間に何があったかと聞かれればクレアは胸を張って「何もなかった」と答える自信があった。
決められた時間に起床し、決められた時間に朝食を食べ、決められた時間まで一般教養を学習し、決められた時間に昼食を食べ、決められた時間まで脳波における妙な修練を行い、決められた時間まで館内の設備チェックをし、決められた時間に身体チェックを行い、決められた時間に夕食を食べ、決められた時間まで運動し、決められた時間に入浴し、決められた時間に眠る。
それがこの八年間に彼女が行ってきたことである。いや、それだけがというべきだろうか。
しかし今日この日、初めて彼女の行動が崩れた。今までより一時間近く早く起き、目覚めてから摂取する合成の朝食もない。初めての非日常という状態が彼女の心をどこか躍らせていた。
「クレア。このBEってどうやって作られたか知ってる?」
そして今回の一番の目玉である初めて出会った有機生命体にクレアは目を輝かせる。しかもその内の一人であるリオはどこか親近感を抱かずにはいられない雰囲気を持っていたのだ。そんな彼女の問いにクレアは満面の笑顔で答えた。
「いいえ。私が生まれる前から機械だけが動いててずっとこれを作ってたんです。その変化だけが私のささやかな楽しみだったんですよね」
「これって動くの?」
続いてどこか警戒しなくてはならない……いや、何か気に入らないアークが問いかけて来ると、クレアは仏頂面になって告げた。
「知らないです」
「やっぱ俺には塩対応……でも美少女にそんな扱いされるのっては・じ・め・て……」
何故か恍惚の表情を浮かべるアークにクレアは益々の嫌悪感を露にする。
BEの配線や設備周りを確認するリオと、八本ある手足を通す穴に腕を突っ込んだりしているアークを尻目に、クレアはそのままBEと有線でつながる機器を操作してようやくマニュアルと思しきデータを見つけた。
「ありました。多分これですね」
クレアがそう告げるとリオとアークが振り返る。それと同時に空中に二次元ディスプレイが浮かび上がった。
リオは「ありがとー」と笑顔を向けてから二次元ディスプレイを眺める。そしてそこに記されている文字を読み上げていった。
「ええぇと……このBEの名称は熾天式? 基本設計は通常のBEと同じだね。一番の特性が2on1システム……着用者が二人になることで随時、着用者を変換することが出来る。え?」
リオは驚いた様子で熾天式と呼ばれるBEを見上げる。
彼女が読み上げた内容をクレアは理解していたが、アークは頭の上に「?」を浮かべながら口を開いた。
「何それ? もっとバカな俺にも分かるように言ってくんない?」
「アンタねー今の説明で何で分かんないわけ?」
「しょーがないじゃん? もしアレなら今夜ベットの中でゆっくりと教えてくれる?」
「聞くきねーだろメガボケ!」
リオはアークの頭にチョップを振り下ろすと、呆れと同時にどこか慣れた……いや少し嬉しそうに話すようにクレアの目に映った。
「つまり、これは二人で着用するBEってわけ。そして都度都度動く人間を切り替えるってわけ」
「ふーん。あれ? 動いてない方はその間何してんの?」
「さぁ? そこまでは載ってないけど……」
「んじゃ着てみるしかない訳ね。じゃあリオ。二人で一枚の中に包まれようか……」
「ヘンな言い回ししてんじゃねーわよ」
「あの」
二人のやり取りの中で初めて疎外感を感じていたクレアがそっと手を挙げると、二人はクレアの方に振り返る。
この二人には自分では入れない関係がある。今しがた感じていた疎外感と同時に妙な悔しさを感じていたクレアはゆっくりと口を開いた。
「申し訳ないんですけど……これ動かないですよ」
「え?」
「どうして?」
二人のきょとん顔にクレアは冷静に新たな二次元ディスプレイを表示した。
「そもそも論なんですが、これを動かすためにはヤシマタイト? っていう石が必要らしいんですよね。でも残念なことに今研究所にはそういった鉱石はないようで」
その説明にリオは「忘れていた!」という表情を浮かべ、アークは少し気まずそうな表情を浮かべる。
黙っているアークをよそにリオは頭を抱えた。
「そうだったわ。何でそんな当たり前のこと忘れてたんだろ。……あ! アーク!」
「は、はひっ!?」
明らかに動揺した返事をするアークをよそにリオは満面の笑みで言葉を続けた。
「アンタがさっき乗り捨てたデュナメスがあるじゃん! そのヤシマタイト使ってさ!」
「あ、そうね! そうしようか!」
一転して明るい表情になるアークを見ながら、クレアは更に二次元ディスプレイにあるマニュアルを見て尋ねた。
「あ、因みにそのヤシマタイトって何色ですか? ここにあるマニュアルだと色付きのヤシマタイトのみ搭載可能ってなってるんですけど」
「色付き? 待って、ヤシマタイトの色付きって何のエネルギーも発生させないのに何で?」
リオが戸惑いながらそう告げるがクレアも何故かは分からず、思わず「さぁ?」と首を傾げる。
そんな二人を見ていたアークは引き攣った笑みを浮かべながら腰のポシェットを何故か隠すようなしぐさで明るい声をあげた。
「いやーしょうがないね。さ、ではあれですよ。運搬用の機械探そ。あ、クレアちゃん? そういうのある所知ってる?」
「知ってますけど……何ですかその顔? イヤらしいだけじゃなくて何か隠してるっていうか……というか単に私が嫌いなだけでしょうか?」
「おっふ。可愛い顔してズバッと言うね」
クレアの毒舌にアークはまたしても引き攣った笑みを浮かべるが、その様子を見ていたリオが怪訝な表情を浮かべてアークに歩み寄った。
「なんか変じゃない?」
「な、何が?」
「上は戦闘状態。そんな状況で何で運搬すんの?」
「え、いや、だって運搬が目的じゃないすか?」
「違うよ。いつものアンタなら「え~。今来た道をこれ持って登るの? 面倒くさいよ~」って言うじゃん」
リオは普段のアークと思しき声真似でそう告げる。それが似ているのかは分からないが、クレアにはそう言っているアークの姿が頭の中に浮かんだ。
そんなアークは顔に妙な汗をかきながら視線を明らかにリオから逸らしていた。
「いや、でも、まぁその、時と場合によるんじゃないですかね?」
「ギガ面倒くさがりのアンタにそんな配慮できるわけないじゃん。それとさ。さっきからそのポシェット何入れてんの?」
「へふぅ?」
訳の分からないリアクションでアークの表情は遂に青褪める。そんな彼を見たリオは若干目を吊り上げてアークの腰元に付いているポシェットに手を伸ばそうとすると、アークは当然のように反発した!
「ちょちょちょっとリオ。だ、大胆だね? こんな子が見てる前で」
「何勘違いしてんのよメガエロ。そのポシェット見せて」
「え、いや、やめて? もう寝てる時に太腿の匂い嗅いだりしないから!」
「言われなくてもするな! っていうかさっき舐めてるって聞いたからその情報テラ弱いのよ!」
もつれ合う二人の勝敗はあっさり着いた。
リオはアークの股間に膝蹴りを入れると彼は「それはダメでしょ!」と悲痛の叫びをあげて前屈みに蹲る。その隙にリオはアークの腰に付いているポシェットを開けて中身を取り出した。
「え……これ」
リオの驚愕の表情にクレアも立ち上がって歩み寄る。彼女が手にしていたのは瓶の中に入った赤く輝く鉱石だった。
「何ですかそれ?」
クレアが尋ねるとリオは「ヤシマタイト……」と呟いてからキッと蹲るアークを睨みつけて首元を掴むと起こし上げた!
「アンタ! これどうしたの!!」
「いや、あの、その……この前のアイゴティヤ星の仕事で落ちてるの見つけまして……」
「こんのエクサテラギガメガボケカス!!」
「ぎゃあーッ! ごめんなさぁーい!!」
リオは有無も言わさずにアークにボストンクラブを決めるとさらに怒号をあげた!
「現場から物持ち帰るなってあれほど言ったでしょーッ!! しかもこんな危ないもん持ち出してーーッ!!」
「イヤァーッ!!」
アークの背中の上で身体を反転させたリオは背面式ボストンクラブでさらにアークを締めあげる! その光景にクレアは恐怖心から慌ててリオに走り寄った。
「あ、あの、多分このままだとこの人死ぬと思います!」
アークの呻き声が室内に響き渡る。クレアは人間とは全てこういうものなのだろうと肌で学び感じ取っていた。




