第10話『柵』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所敷地内】
<AM03:50>
――「戦地で味方の識別コードがない場合は全てが敵と思え」
ローズマリー共和国の諜報機関……通称EEAに所属する者がまず教わる言葉がそれである。
女性にしか人権の無いこの国にとって、父親という存在は稀有だった。
しかし、そんな世情の中で彼女の家にはグラハム・コックスという父親がいた。しかも、元老院議長の直属護衛を務める国内でもっとも有名な男性である。
「(男性は出世欲と競争本能、そして性欲に溺れることにより、汚れた存在……それは今まで習ってきたこと……男性であるお父様もそう言っていた)」
学園、習い事、教員……今まで彼女の周りにいたのは女性ばかりである。唯一の異性である父も、男性という存在を否定している。だからこそ彼女は男性に対して嫌悪感を隠すつもりはない。
そんな彼女の目の前に立つエルディンという存在はレイラにとって異質だった。
他国である帝国の人間である。
味方の識別コードはない。
ブラスター銃を向けられている。
そして嫌悪対象である男性……
にも関わらず彼女の目の前に立つエルディンは女性のような美しさと気品に満ち満ちていたのだ。
『さて……あまり時間もない。戦地で相対した以上、僕は君に銃を向けなければならない訳だが……出来れば君のような女性を撃ち殺したくはないね』
「……」
通信機越しでありながら耳に届く声にレイラは悶えそうになる。しかしグッと堪えながらレイラは美しいエルディンを見つめながら銃口を向け続ける。
彼女は自身がどうして今のような行動をとっているのか自分でも分かっていない。ただ、これまでの状況証拠からエルディンがいると推測した時、彼と話したいと思ったのだ。
「……あなたは……何者なの?」
『こんな時に哲学かい?』
「茶化して話を逸らすなら戦うしかなくなるわ」
レイラが釘を刺すとエルディンは銃を下ろして近くの岩に腰を下ろす。レイラは彼に銃口を向け続けるが、彼はすでに戦意を失ったように力の抜けた様子で足を組んだ。
『……別に。ただのどこにでもいる青年さ。いや、美青年と言うべきかな? さらに付け加えるなら、爆薬の扱いや潜入捜査が得意というくらいだね』
「あなたは帝国軍なの?」
『いや、僕も友人たちも色々あって帝国は好きになれなくてね』
「それで民間軍事組織に?」
『そこまで知っているなら話は早い。シャドーウルフズ。それが僕の家だ。ま、他にもいろいろやらせてもらっているがね』
「他にもね……共和国に敵対する事かしら?」
緊張感を込めた口調でレイラはそう告げると、エルディンはニッコリと微笑んだ。
『君たちの国も嫌いだね。でも安心してくれ。大嫌いな別の国がある。何より……旧時代的な君たちに構うほど僕は暇じゃないからね』
「それは挑発? それとも誹謗かしら?」
『忠告だ。君だけに特別のね』
微笑みを保ったままエルディンはゆっくりと立ち上がると話を続けた。
『さて、そろそろ僕は行くよ。……ああ、忠告ついでにもう一つ。この施設は攻撃しない方がいい。妙な』
そう言いかけたところでエルディンの表情か切り替わる。それに気付いたレイラが振り返ると、巨大な右腕をしたBEと肩に共和国の国旗があしらわれたBEがもつれ合いながら落下してくる光景が目に入った!
「ハリトーノフ隊長……!? あちらの戦闘は!?」
レイラは研究所から離れた場所で起きている銃撃戦を拡大する。そこではローズマリー共和国の女傑軍と戦う別部隊の存在が見受けられた。
『どうやらフマーオスからも軍が来ているようだね。失礼するよ』
目を離してしまっていたエルディンの方にレイラは慌てて振り返る。しかしそこには既に彼の姿はなかった。
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<AM04:03>
迂闊だった。クジャ・ホワイトという存在を決して甘く見ていたつもりはない。しかし、その力はリオの推測を予想以上に上回っていたのだ。
「(……超電磁砲による電波障害……そのせいでフマーオスの軍が近づいてる事に気付けなかった……それも計算の内に入れた上での超電磁砲の使用……ただ暴れるだけじゃない。頭を使って戦ってるんだ……ただの獣だと思っていたのに……メガバカだね)」
リオはBEの中で自らの不甲斐なさに悔しさを滲ませる。それと同時にクジャやローズマリーの援護として付いてきた小部隊の攻撃をかわしながらブラスター銃で応戦した。
「何で私ばっかり攻撃してくんのよ! イジメじゃん! ギガ格好悪いぞ!!」
敵対していながら自分を見つかると協力体制に入ったように寄ってたかって攻撃してくる面々にリオは歯を食いしばる。
空中では分が悪いと感じたリオは地上に降りると、足裏のホイールを回転させて研究所に向かって突き進んだ。
「メーちゃん聞こえる!? 作戦変更! すぐに脱出しよ!!」
『ブツは船に積み終わったみたいじゃけン。ミヤ姉も操縦席に入ったみたいじャ』
「エル君は!?」
『戻ってきちょル。そろそろミヤ姉と合流するじゃロ』
「バカは?」
『連絡が完全に遮断されちょル。じゃけン、リッちょんに直接連れ戻してもらうしかなかヨ』
「分かった! メーちゃんも脱出準備に入って!」
リオは通信を止めると同時にホイールをバックに切り替えて身体を追手に向ける! それと同時に左右に移動しながら一基づつ確実に狙撃し続けた。
『取ったぞ!』
死角からローズマリーのCSが飛び掛かってくる! その光景はリオの目にスローモーションのように映った! CSの背後から真っ赤な光がこちらに向かってきたのだ!
「あ、メガヤバ……」
彼女がそう呟くと同時に赤い閃光が走り、リオを攻撃しようとするCSを飲み込んでいく!
リオはスラスターを全開にして横に飛ぶと地面を転がりまわると同時に立ち上がろうとするが、なぜか上手く立つことが出来なかった。
「くッ……やられた……」
放たれた超電磁砲を何とか躱したが、彼女着るBEの右足がごっそりと失われていた。
BEを着用する以上、着用者の体は粒子化されるため彼女が足を失うことは無い。その心配はないにしても、急に足を失えば立ち上がることも儘ならないのが普通の人間だった。
『おんやぁ~? あれあれあれ~? なぁんだかなぁ~? いやぁ~な匂いがするねぇ~?』
リオは何とか仰向け状態になると、上空に浮かぶ巨大な右腕を振り下ろしたツギハギのBEを見上げた。
「クジャ……ホワイト」
『これはこれはぁ~オレも随分と有名になったねぇ~』
「この世界にいればアンタの事知らない方がおかしいのよ」
『そうなのねぇ~? でもなぁ~オレも嫌いな奴に好かれるのは嫌なのよねぇ~』
クジャはそう告げると巨大な右腕を下ろして左手に金棒を握った。
『可愛い女の子なのかなぁ~? そんな子のお股にはこれをグリグリしてあげるからねぇ~?』
「そういう変態は一人で充分なのよ。ギガ気持ち悪い」
『あぁ~……そういうとこだぁ~……オレに命令する奴とねぇ~何か似てるんだ君は~……だぁかぁらムカつくんだねぇ~!!』
ツギハギのBEが突貫してくる! それと同時にリオは「くッ!」と声を絞ると同時に背部スラスターを最大出力にすると、クジャの棍棒を寸でで躱して背中を引きずりながら雪原を滑った!
「あぐぐ! 意外と振動がキツイ!」
『フェフェフェ!! 待てよぉ~? もっと遊ぼぉぜぇ~?』
クジャの不気味な笑い声がリオの聴覚に響き渡るが、彼女は視覚センサーを頭上に向け、デセンブル研究所に向けていた。
リオは心の中で脱出時にあの船で追ってくるであろうクジャやローズマリーをどう迎撃するか考えていた。それは無駄な予習であることを彼女は後に知ることとなるのだった。
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<AM04:17>
雪原に無残な破片が散らばる。それらを見下ろしながらミランダはゆっくりと地上に降り立つと、見る影もない愛した女の欠片にそっと触れた。
「……チセ、ナターシャ、スジャータ……」
超電磁砲に巻き込まれた部下を見てミランダはBEの中で涙を零した。
ミランダはその巨体による身体能力によって女傑軍の分隊長にまで上り詰めた。だが、彼女が優れているのは戦闘能力のみである。他の分隊長と比較して彼女は知力が足りていないのはB.I.S検査でも実証されていた。だからこそ、彼女は自らの部隊に所属する部下たちを大切するようにしていた。そこに肉体関係があれば尚の事である。
『隊……聞こ……すか……』
超電磁砲の影響で電波障害が起きているのか通信が途切れる。しかし、連発した影響か出力がそれほどでもなかったのだろう。その生涯は徐々に収まっていった。
『ベロニカ・ウィストンです。フマーオス軍は一時撤退しました。隊長も一度お戻りください』
「ベロニカ班長……聞こえているな?」
ミランダは怒りを飲み込みながら声を振り絞る。そしてBEの中で涙を流し、固く拳を握り締めながら立ち上がった。
「私はこのままでは終われん……残っている部隊の指揮は任せる」
『いや? 隊長? クジャ・ホワイトもいるしマズいですって。研究所は目前なんですしここは一旦整理して』
「私は! 目の前で愛する部下たちを下劣な男に殺されたのだ! この手で! この手でヤツも同じ目に合わせなければ気が済まん!!!」
ミランダはそう叫ぶと同時に上空に舞い上がった。
ベロニカの諫めようという声が耳に届く。しかしその言葉は彼女の頭にも心にも響きはしなかった。
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<AM04:27>
脱出用の船に辿り着いたメアリーは頭部にゴーグルをつけながら座席に腰を下ろしていた。
「どぉ~? データ抽出は終わったぁ~?」
操縦桿を握るミヤビの言葉にメアリーは親指を立てながら小さな嘘をついた。
「バッチリじャ。もう終わったけン」
ゴーグル内の映像には研究所内のデータコピー官僚のパーセンテージが映し出されている。しかし彼女は98%でコピーを強制終了させていた。
本来であれば許されない職務放棄である。しかし彼女にとって仕事とは暇つぶしでしかない。自身の興味のあることにしか執着を持てない彼女にとって、今ある大切なものは数少ない友人だけだった。
「……命あっての物種じゃけんネ」
「ん? 何か言った?」
「何でもなカ。エっちょんは?」
「ここだよ」
メアリーはゴーグルを取ると、座席横の通路を歩いてくるエルディンの方に振り返った。
エルディンが長い髪を振りかざすと爽やかな汗が飛び散る。大抵の女性であればそれだけで恋に落ちるのだろうが、メアリーは特別な感情を一切感じることなく隣の席に大量に置かれたスナック菓子を手に取り頬張った。
「そっちはどうネ?」
「準備は完了だ。リオちゃんは? 援護が必要じゃないかい?」
「私らが行っても邪魔になるだけねぇ~」
「信じて待つしかないじゃロ。超電磁砲も撃ち止めみたいじゃしネ」
メアリーはそう告げると電波状況が回復したであろう外の状況をモニターに映し出す。その光景を見てメアリーは眉を顰めると、エルディンが珍しく声を上げた。
「……右足が……そして何故背中で滑っているんだ?」
「これはヤバそうねぇ~」
背中を滑らせながら突貫してくるリオの姿が研究所内に突っ込んでくる。それと同時に操縦席の正面にある扉を突き破り、リオのBEが飛び込んできた!
「リッちょン!」
「リオちゃん!」
「リッちゃん!」
三人が各々叫ぶと同時にBEの強制脱出用である腹部が開く。
リオがBEから飛び出すと、研究所内にツギハギが飛び込んできて金棒を振りかざした!
――ベギャ!
という機械が潰れる生音が船の中にも響き渡る。そしてその音にかき消されそうになりながらもメアリーは自身の端末から響く警戒音と赤い点滅を見逃さなかった。
「……警戒レベル……A」
その瞬間に先程開くことが出来なかった妙な格納庫の存在を思い出す。
嫌な予感が過ったメアリーはツギハギのBEに向けて停戦するよう叫ぼうとするが、その必要はなかった。ツギハギの動きがピタリと止まっていたからだ。
『おぉーい? 聞こえるかぁ~? 一時停戦といこうじゃねぇかぁ~ん~? フェフェフェ!』
不気味な笑い声と意外な提案にメアリーは眉を顰める。こういった場での交渉役はエルディンの役目である。しかし彼ではなく操縦席に座るミヤビが口を開いた。
「久し振りだね。クジャ」
『ん~? あぁ~懐かしいなぁ~えぇ~? ミヤビィ~。久し振りに顔を見せてくれよぉ~』
「残念~。私はぁ~あ。今のアナタに会う気はないのよぉーお?」
口調が変わったミヤビにメアリーは少し違和感を感じとる。それはエルディンも同様だったようだが、ミヤビは気にする素振りもなく話し続けた。
『連れないねぇ~? 知らない仲じゃないだろぉ~?』
「そう思うんならぁーあ? 私たちの邪魔はしないでくれぇーる?」
『今はしねぇさぁ~? フェフェフェ! スコルピオンが出てきたら面倒だろぉ~?』
「スコルピオン?」
エルディンが怪訝そうな声を上げるとミヤビもまた同様に眉を顰めた。
「なぁにぃーい? それぇーえ?」
『この研究所の防衛兵器のことさぁ~フェフェフェ! あれを止めるのは手間だぜぇ~? オレなら何とかなるけどねぇ~見境がないから面倒なんだよぉ~。何より命がないものを壊してもつまらないからなぁ~……フェフェフェ!』
不快な言葉にメアリーは口に含んでいたスナック菓子を吐き捨てる。するとミヤビが振り返ってきた。
恐らく二人の考えを聞きたいのだろう。メアリーはエルディンと顔を見合わせてから小さく頷いた。
「今は受け入れるしかないじゃロ。リッちょんがアッちょんば連れてきたらとっとと脱出じャ」
「連中をここに箱詰めにしたら僕の爆薬で」
エルディンはそこまで告げると握っていた右手をパッと開く。そのハンドアクションにメアリーは小さくニヤリと微笑んでからミヤビの方に顔を向けて頷いた。
「……分かったわぁーあ。ここは一先ず休戦といきましょぉーお」
『それなら……』
クジャの返答が来そうなところで再び研究所内に衝撃音が響き渡った!
『そこに居たか!! クジャ・ホワイトォォッ!!!』
飛び込んできたローズマリー共和国のBEがブラスターマシンガンを構える!
エルディンが制止の言葉を叫ぼうとする前にローズマリー共和国のBEはブラスターマシンガンを乱射した!!
メアリーは咄嗟に手にしていた端末を操作して船のシールドを展開した。おかげでブラスターマシンガンの弾丸を防ぐことは出来たのだが、その瞬間にモニターに浮かぶ映像が彼女の目に入る。
モニターには警戒レベルはSと防衛機能作動という文字が浮かび上がっていた。




