第9話『綜』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所敷地内】
<AM03:45>
久しく見る光の矢の応酬を遠目に見ながら、エルディンは無事最後の爆薬をセットした。彼にとって爆弾とは一種の芸術である。それは元々花火師の下で過ごした幼少期の思い出があるからかもしれない。
遠くに巨大な火柱と轟沈していく戦艦の光景が彼の目に入った。それを機に散開していくCSの小さな光を見ながらエルディンは怪訝な声を上げた。
「メアリー。何が起きた?」
『――マズ――じャ――――』
メアリーの音声が途切れると同時にエルディンは左腕に装着されている装置から二次元ディスプレイを浮かび上がらせると、現在の環境情報を確認した。
「(電波に異常がある……電磁兵器……超電磁砲か?)」
その考察は彼に危機感を巡らせた。現在の技術においてあれほどの火柱を上げる超電磁砲となれば、巨大な戦艦から放たれるのが一般的である。しかし、ローズマリーの戦艦以外にそれほど大きな戦艦の反応は見られないのだ。
「(……厄介な事になっているな……)」
かつての旧友の命が奪われた忌まわしき光景がエルディンの脳裏を過る。それと同時にこちらに向かってくる無数のCSの影が見て取れた。
飛んでくるCSの視界に入らないようにエルディンは身を隠しながら再び声を上げた。
「メアリー、リオちゃん。応答してくれ。撤退準備をしよう。これ以上は面倒なことになりそうだ」
彼は研究所の裏口に向かいながら待ちきれない電波の回復を促すかのようにそう告げる。しかしそんな都合の良い事が起こる筈もなく、彼の耳にはノイズ音しか響かなかった。
『居たぞ!』
メアリーではなく別の女性の声が彼の耳に届く。彼は小さく舌打ちしてから身を隠せる方へと背部スラスターを起動させると同時に、先程まで電波状況を確認していた腕の機器切り替えた。
「(厄介な防衛兵器があると言っていたな……何よりアークとミヤビさんがいる以上、研究所を攻撃するわけにもいかない……な)」
彼はそう心の中で呟くと同時にタッチパネルをいくつか操作した。
パチッという小さな音が響き渡る。――次の瞬間、研究所の敷地外の数か所で爆発が巻き起こった!
急な展開にローズマリーのCSの動きが止まる。その姿を確認したエルディンは腰から小型の爆薬を取り出すと、集団で固まっているCSの方に向かって投げつけた。
「いい位置だ」
彼はそう呟いてからブラスター銃を引き抜くと、自らが投げた爆薬を撃ち抜いた!
ブラスター銃の熱線が誘爆を引き起こす! その衝撃にローズマリーの部隊は吹き飛ばされると同時に雪が積もる地面に倒れて動かなくなった。
腕の機器から送られる映像がヘルメット内に浮かび上がり、倒れ込むローズマリー兵の熱源反応を確かめる。それと同時にエルディンは彼女たちの生体反応を確認した。
「女性を手にかけるのは趣味じゃないからね」
全員に生体反応が残っている事を確認したエルディンはCS内で小さく微笑む。しかし背後の気配を察した瞬間に表情を切り替えると、先程引き金を引いたブラスター銃を向けて振り返った!
『銃の腕に自信は無いけど……この距離なら相打ちに出来るくらいの技量はあるつもりよ』
銃口を向けて来る相手に対してエルディンは心の中で自らの不甲斐なさに悪態をつく。そしてどこかで聞いたことのある声に彼は妙な既視感を感じた。
「どこかで会ったかな?」
『ええ、お互いに間違えでなければね』
その言葉を聞いたエルディンは顔を覆っているヘルメットの正面を透過性のある状態に切り替える。
彼の表情を確認したのだろう。相手のCSも同様にヘルメットを透過させる。その顔を見たエルディンは眉を顰めた。
『貴方の事は個人的に調べさせていただいたわ。ここ以外でも派手に動いているみたいね』
「……あの遊覧船で会った時からさらに美しくなったようですね」
エルディンの言葉に目の前の美女は少し驚いたような表情を浮かべる。そんな彼女にエルディンは小さく俯いてから顔を上げた。
「何を驚くことがあるんです? 僕は一度会った女性の顔は忘れないんですよ」
昨年のフマーオス星成層圏で行った任務……そこで口づけを交わした美女にエルディンは誰もが見惚れるような微笑みを見せていた。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所 地下通路】
<AM03:50>
天井から小さな誇りが舞い落ちるのを見上げながらアークは小さく溜息をついた。地下に入った瞬間にメアリーと連絡が取れなくなり、さらに地上では何やら大きな衝撃が起きているようだったのだ。
「誰かー。おーとーしてくださーい。寂しいんですけどー」
BEを脱ぎ捨て、その上で胡坐をかいていたアークはそう告げる。その眼前には固く閉ざされた扉が立ちはだかっていた。
「メー子ちゃーん。扉開けてー。エル吉ー。扉ぶっ飛ばしてー。ミヤ姉ー。もう帰ろー。リオー。その太腿で挟んでおくれー……え? 何を挟むかって? むふふ! 言わせないでよ! やだ恥ずかしーっ!」
両手で顔を覆いながらアークはBEの上で転がりまわると、絶頂を迎えたかのように腰を持ち上げる。そんな彼の高揚を邪魔するかのように冷静な声が彼のインカムに届いた。
『お楽しみの所ゴメンね』
「……あれ? ミヤちゃん? 聞いてたの?」
ミヤビの声にアークは引き攣った表情を浮かべる。するとミヤビに続いて彼を嘲笑するかのようなメアリーの言葉が彼を更に突き落とした。
『声だけじゃなカ。監視カメラで映像もバッチリばイ』
「メー子も!? 二人して人の情事を覗くなんてヒドイ! ……でもそれもプレイの一環と考えれば嫌いじゃないかも」
何故か急に冷静になりながらアークは考え込むと、そんな彼のくだらない時間を奪うようにメアリーは言葉を続けた。
『そぎゃんこつより緊急事態ばイ。外にローズマリーの部隊が来ちょル。しかもハッちょんば殺したBEも出てきよっタ』
「ハンナを……あのイカレ野郎がいんの?」
『その可能性は高いんじゃない? ……へぇ? 怯えないんだ?』
ミヤビが関心と驚きが入り混じったような口調でそう告げる。その言葉にアークは表情を切り替えて立ち上がると、BEの中に入り込んだ。
「あん時に腹括ったかんね。リオにも発破かけられたし。そーいえば何で通信通じてんの?」
『超電磁砲が使われたせいで電波障害が起きとるんじャ。じゃけェ、今研究所ば内部通信利用して話ちょるんヨ』
「ふーん。んで? どーすんの?」
『メッちゃんのデータコピーはまだ掛かりそうだからね。私は脱出の準備をしてるわ。アッ君オリジナルフレームはどう?』
「それが目の前にデッカイ扉があってメー子がくれたパスでも開かないのよ。ミヤさんこっから先何か知ってる?」
『さぁ? 私もアッ君がいる層には入れなかったのよ。メッちゃん開ける?』
「任せんしゃイ。アッちょんばギリギリまで探してみて無理そうなら帰ったらええじゃロ」
メアリーがそう告げた瞬間、閉ざされていた扉が音を上げてゆっくりと開いた。
「お、あんがとね。……で? リオは?」
『ぬふフ! 気になるン?』
「変態が来てるんならそりゃあね。何より……俺はまだ……あの太腿に俺は挟まれていない!」
BEを着たアークは決意を決めた男のように胸元で拳を握りながら天を仰いだ。
そんなアークの姿を見ているであろうメアリーは呆れ気味に話を続けた。
『そぎゃんこつじゃから進展せんのじャ。ま、ええわイ。リッちょんばBEは反応があるけン。こっちに戻るように信号弾ば撃っちょいたから、戻ったらアッちょんば迎えに行かすけんネ』
『エッ君の方もそのうち戻ってくるだろうから急いでね』
二人の言葉を聞いたアークは「ほーい」と返事を返す。そして彼は開いた大きな扉の中に足を踏み入れると、なぜか通信にノイズが走った。
「あれ? メー子? ミヤさーん?」
呼びかけるが二人の反応は返ってこない。アークは仕方なく再び奥へと突き進んでいく。これがこの日、最後の二人との会話になろうとはこの時彼は思ってもいなかった。
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【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所 地下通路】
<AM03:59>
機械化した腕が六本に分かれる。その腕をフル稼働させながらメアリーは妙な事態に対応しようと躍起になっていた。
『メッちゃん。こっちは船に着いたわー。そっちはどうー?』
ミヤビの声にメアリーは歯がゆそうに答えた。
「データのコピーば98%は終わっちょル。ばってン、それは表面上のデータだけじャ。……しょーがなかけン。プロテクトが厳重なんはコピーじゃのうて丸ごと持ってくしかなカ」
二つの目で十数枚の二次元ディスプレイを追う。そこに表示される細かな情報を頭に叩き込みながらメアリーは研究所内の外に繋がる扉を閉鎖し、またはあえて開くことで迷路になるよう隔壁を操作して、研究所を見えないよう迷宮に作り上げていた。
『――メーちゃん、聞こ――える? メーちゃん!』
「リッちょん! 聞こえとるばイ! 無事じゃったネ!」
リオの声にメアリーはホッと胸をなでおろす。しかしリオは焦りを見せた様子で声を上げ続けてきた。
『無事じゃねーわよ! クジャ・ホワイトが出てきたの! もうメガ暴れまくってギガヤバいのっ!』
『……』
声にならな戸惑いが混じったミヤビの雰囲気をメアリーは通信越しに感じ取る。しかし、今はそれよりもリオの安全が最優先だった。
「そいで戦況ハ?」
『ローズマリーの指揮官がギガクソバカだけどBEを使えるからソイツが迎え撃ってる! メーちゃん! 私はそっちに戻って大丈夫?』
「大丈夫じャ。脱出準備はしちょるけン」
『さすがメーちゃん! アークは?』
メアリーは冷やかしたい感情をぐっとこらえる。そして口角だけを上げたままリオに現状を伝えた。
「また通信ば繋がらんくなったんヨ。潜入しちょる場所の構造もあるけド、強力なジャミングがされちょるみたいじャ」
『何で機能してない研究所でジャミングが?』
「分からン。じゃけン、リッちょんば戻ってきたラ、アッちょんば迎えに行って」
『分かった! うわっ! ちょっと話ながら動ける状況じゃないからまた後で!』
そう言ってリオの通信が途絶える。メアリーは一つの懸念点が消えたことで小さく息をつくが、休む間もなく次の作業に戻った。
「うしッ! ミヤ姉。そっちはどうじャ?」
『ええ。準備OKよー』
「……クジャと何かあったン?」
どちらにしても彼女は答えないだろう。だからこそメアリーは敢えて直球に尋ねる。しかし彼女予想に反してミヤビはその口調からも分かるようなアンニュイな雰囲気を交えて答えてきた。
『昔、彼とはここで一緒に育った仲でねー……兄妹みたいなもんかしらー』
その返答にメアリーは眉を顰める。それと同時に新たな通信が入った。
『メアリー。聞こえるかい? 面倒なことになった』
ミヤビと同類である美しい雰囲気が漂う声にメアリーはハッとする。それと同時にエルディンが面倒という事は相当な事であると判断せざる得なかった。




