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悲しみから君を解き放つ

かわいいリネット。いつだって僕の心を掴んで離さない…。


部屋で父から出された「課題」のこれからの方針に頭をひねっていると、ノックが聞こえた。キース専属の侍従が控えめに声をかけてくる。


「キース様、サミュエル様からのお取り次ぎでございますがいかがいたしますか?」


見ていた書簡から顔を上げた。


「通してください。」


「かしこまりました。」


すぐに弟のサミュエルが入ってきた。

弟のサミュエルは父によく似た美丈夫だ。氷の魔王と呼ばれた父の若い頃の生き写しらしい。その上、幼い頃から恐ろしく頭の回転が速く、天才との呼び声高い男なのだ。だが少々、いやかなりの人嫌いなので学園に通っていた時はわざわざ髪を染め、祖母の家名を名乗っていたくらいだ。


ロブウェル公爵家は、国内屈指の名家だ。父は宰相を任されており、姉は2年ほど前に隣国へ王妃として嫁いだ。姉は父と同じく政治に明るく、白銀の髪と青い瞳と傾国ともいえるほどの美貌を、弟は同じく白銀の髪と青い瞳に天使の如き顔、少々変わり者ではあるが薬学の才を持っている。末の妹は燃えるような赤い髪に、父の面差と母の愛嬌を加えた美少女で、誰からも愛される天真爛漫さ故に、社交デビューする頃には姉の時と同じく、国内外の争奪戦になること間違いない。母方の実家は国内一の経済地を要しているし、一族は代々国の中枢を担う人材を輩出している。目立つことこの上ない。


かくいうキース自身も容姿には恵まれた方なのであろう。しかし、父と姉弟たちを見るとそこまででもない。むしろ、兄弟の中では1番素朴な母の顔に近い。薄い赤銅色の髪は半端な色だし、男らしいとも美しいとも言い難い、他の兄弟たちに比べると1番平凡な顔だと思っている。頭は悪くないし、顔だって十分魅力的な部類にはいるだろうが、兄弟の中ではぱっとしない。だからこそ、最大の武器である「公爵家の嫡男」の立場を存分に利用しているのだ。そしてサミュエルは…


そんなことをつらつらと考えている間に、今しがた考えていた弟のサミュエルが入ってきた。


「どうした?そんなに慌てて。」


めんどくさがりで基本無精者の弟にしては慌ただしい。運動とは程遠い生活を送っているサミュエルはいつでものそりのそりと移動している。


「兄上。人を貸して欲しい。」


挨拶もそこそこにすぐに話題を切り出したサミュエルに、キースはは苦笑した。


「なんだ?サム。可愛い黒猫ちゃんのことか?」


学園に入ってから、サミュエルは子爵家の令嬢に夢中だ。彼の表情にはでないが。もちろんキースも把握している。


「ゾーイに婚約者ができてしまった。」


「まあ、彼女も貴族だからな。遅いくらいじゃないか?」


サミュエルを見ながら少々意地悪く言ってやる。


「まともで彼女が幸せになれるような男なら、喜んで彼女を見守る。でもそうでないなら…!」


どうやらまたサミュエルの思い人には婚約者ができたらしい。そのまま申し込んでしまえば、子爵家程度では公爵家からの縁談は断れないと思うのだが、後継でないサミュエルは、自分の力で生活できる基盤を整えるまでは求婚する気はないようだ。家でなく、あくまで己のみで勝負しようとする弟の不器用な誠実さを、キースは愛している。


「落ち着くんだ、サム。とりあえず何人かそっちに行かせるから、好きに使いなさい。」

「ありがとう兄上。感謝する。ゾーイはいつだって俺から逃げようとするからそろそろ繋いでおかないと。」

「うまくやりなさい。黒猫ちゃんの全てを手に入れるために。」

「もちろんだ。彼女の心が手に入らなければ意味がないのだから。」

来た時と同じく、珍しいほど慌ただしく出て行く弟の後ろ姿を見ながら、キースははゆっくりソファの背もたれに背を預けた。


「その『彼女が幸せになれるような男』かどうかを判定するのは本来彼女自身なんだがなぁ。あれじゃあどんな男だって彼女に相応しくない!と言うだろうに。」


呟きは天井に吸い込まれた。


「まあ、人のことは言えないかな。」


キースの頭を占める女性は、今も昔もリネットただ1人。彼女を手にするために手を回しているのだから。



ーーー伴侶と定めた相手を手に入れるために手段を選ばないのは、ロブウェル家の定めだなーーー。


リネット・シュルーズベリー

可愛い私だけの妖精だ。公爵家の子どもたちはある程度の年になると、『影』とよばれるものたちの使い方を教えられる。大抵は10歳を過ぎたあたりで引き合わされるのだが、キースはリネットと出会ってすぐに父親に交渉して影を譲り受けた。もちろん子どもなので、最初は父親に確認を取り、影たちも父親を経由していたが、比較的早い段階で直接影を動かすようになった。それもこれも、大事なリネットのためだ。


妖精のような少女は、キースの心を鷲掴みにした。控えめに、けれど慣れてくるところころと笑うリネットは、周りに出現する少女たち媚びたような様子はなく、キースの正体に気づいていないようだった。家を一歩出れば気を張って過ごさなければならないキースにはとても新鮮だった。飛び抜けた才能や美貌や家柄なんてなくていい。いつも両親のように想い会う(ただし父の愛情過多)夫婦になりたいと思っていたのだ。


当時も今も、誰がキースの結婚相手になるかは注目の的だ。姉は吟味する間もなく嫁いでいったため余計に自分に注目が集まるのだろう。幼い頃から自分の立場をよくよく理解していたキースは、こと異性とは距離をとった。キースに熱をあげる王女もいるため、とにかく当たり障りなく過ごしている。国内屈指の名家の跡取りであるキースは、少しでも異性と距離を縮めた態度をとれば、相手が困ったり、逆に調子に乗ってしまうからだ。リネットのことも、慎重にことを運んできた。父と姉以外、キースの思いを知る者はいない。


ー早くリネットを私のものにしたいのにー


焦りは禁物だと、嗜める父の顔を思い出し、必死に自分の想いを閉じ込め、誰にでも平等に人当たりのいい顔を演じてきた。そういうところは父ではなく叔父に似たのかもしれない。


ーそれもあとすこしー


キースを虜にして離さない妖精は、もうすぐキースの手に落ちてくる。


出会った後、すぐに知ったリネットの家は、典型的な貴族の家だった。革新派の現国王に対立するとは言わずとも、保守派であり、現国王に近いロブウェル公爵家とは別の派閥に属しているため、根回しが必要なことはすぐにわかった。大人の都合で捻じ曲げられていく彼女の人生を知りながら、何度横から攫っていこうかと思ったことか。豊かだった表情は動かなくなり、心を閉じて奪われるものに傷つけられないように自分を守るリネットをいつだって解き放ってやりたいと思っていた。これが恋なのか同情なのか執着なのか、もはやキースにもわからない。


キースの立場故、リネットにロブウェル公子として接近することはなく、しかしいつも遠くから見守っていた。彼女が狭き門である近衛兵の試験を突破したときは心の中で賞賛を送ったし、ピンと姿勢を正し歩く姿に何度も恋焦がれた。


彼女の父親には別れさせられた恋人がいたことは調べがついていたので、影を動かして元恋人と再会させた。運良く男児がうまれ、彼女は自由に嫁げる立場を手に入れた。母親の実家である侯爵家の縁者の不祥事を父親に報告した結果、母親の実家は大きく力を落とし、リネットとの結婚に大きく介入するだけの力を無くした。


ことを表に出せば、すぐに彼女との婚約は王命として許可された。これはシュルーズベリー侯爵家と縁を結ぶことで、リンダブルグとの陸路整備が格段に進むという渾身のプレゼンの結果である。父と国王陛下にはキースの恋心は筒抜けだったが。


王命であるから、表立ってリネットやシュルーズベリー侯爵家を批判することはできない。細かい個人的な怨恨に関してはその都度潰していくしかないが、彼女に影をつけ、逐一報告させているのでそのうち大人しくなるだろう。祖父母から譲り受けていた別邸は、調べ上げたリネットの好みを再現し、居心地の良いように整えた。外からの侵入者対策にしても、本邸より小規模な別邸の方がやりやすい。あとは彼女がここに来れば完成だ。


知らず、薄いその唇が弧を描く。親兄弟にすら見せることのないキースのその笑みは、凄絶だった。

次は水曜午後9時に更新します

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