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愛らしい主と突然の王命

「リネット。わたくしの嫁ぎ先が決まりました。」


リネット・シュルーズベリーは胸に手を当て騎士の礼をもって主に応えた。


「ノーザンバレル王国です。」


告げられた国名に、リネットが灰色の瞳を軽く見開いた。オーラリア王国から北に位置するその国は、間に国を一つ挟んでいる。今代の国王には子が多いが、王は王妃を愛し、子どもたちも愛している。リネットの主人はそんな現国王の第三子であるキャサリン・グレース王女である。兄弟のなかで、王太子以外決まった婚約者はいなかったが、数年前に降嫁した姉王女と同じくキャサリンの嫁ぎ先も情勢を見て決められたようだった。


「おめでとうございます。わたくしもお供いたします。」


「だめよ。」


お供致します、と続けようとしたリネットの言葉は他ならぬ彼女の主によって遮られた。


「他国に嫁ぐのだから人員は最小限。それも、国内の貴族のバランスを見た上で連れて行くものたちを選ぶわ。あなたは連れていかない。」

リネットは視線を落とす。

「あなたもわかっているでしょう。これはどうしようもないことなの。」


キャサリンは口答えを許さぬようにリネットの目を見てきっぱりといった。普段はその身分を感じさせない主は珍しく、リネットに対して断定的でその本来の身分にふさわしい言い方を使った。


「輿入れは半年後よ。それまではよろしくね。」


そういうと、キャサリンは今までの話などなかったかのように、いつもの気安い雰囲気で晩餐のために侍女を連れて着替えに出て行った。


リネット・シュルーズベリーは由緒ある侯爵家の長子だ。兄は幼い頃に亡くなり、弟は出産の際に命を落とした。もともと力が上の家から嫁いできた妻に気を使い、父は妾を持たなかったため、リネットは後継となるべく15になるまで男性のように教育された。剣の才能があり、子の多い国王が女性の近衛騎士に門戸を開いていたこともあり、運良く王女付きの近衛騎士となったその年、妾を持っていなかったはずの父に息子が産まれた。


どうやら下級貴族の妾に産ませたようだ。

プライドの高い母は半狂乱だったようだが、すでに近衛騎士として家を出ていたリネットにはわからない。母から何やら手紙が来ていたようではあるが、忙しさを理由に目を通していなかった。父の行動の裏には、母の実家が力を落としたのも関係しているのだろう。


待望の男児の誕生に、すぐに家に戻されどこかへ嫁がされると覚悟したが、兄や弟のこともあったのだろう、スペアの意味も兼ね、20になる年まで未だ独身である。当然、男勝りに剣を振り回す女に婚約者などなく、かといっていまさら淑女にもなれず、宙ぶらりんで愛も恋も知らぬままにここまできた。


明るい亜麻色の髪と銀色に見える大きな灰色の瞳とはっきりした顔立ちは十分美しい部類ではあるが、騎士であるリネットにとって、あまり目立つのは仕事に差し支えがあるため、普段はそばかすの化粧をし、訓練以外では丸眼鏡をかけている。できる限り目立たぬように、女を感じさせないようにと気配をけすことに今ではすっかり慣れた。


最初は第一王女の近衛として、彼女が嫁いでからは第二王女キャサリンの近衛となったが、キャサリンが他国に嫁ぐならば次は王妃付きか、キャサリンより下の王女付きか。この国では20歳は女では適齢期中盤になる。異母弟がある程度成長するまでは嫁ぐことも婿を取ることもできない。その頃にはもはや自分は結婚することもできない年齢だが、近衛騎士として国に生涯仕えるのであれば後ろ指をさされることもないだろう。


自分の行く末を思い、溢れそうになるため息を奥歯で噛み殺した。





 





「シュルーズベリー、陛下がお呼びだ。執務室にすぐに行きなさい。」


「はっ。」


キャサリンの嫁ぎ先が決まった次の日、出勤と同時にリネットの所属する隊の隊長から声をかけられた。リネットは早足で国王の執務室に向かう。王女付きであるリネットが国王と関わる機会はほとんどない。


(もう次の配属先の内示かしら)


「リネット!」

自分を呼びかける、よく知った声にリネットは立ち止まって声のほうへ顔を向けた。こちらにやってくるのは、透けるような金とも銀ともつかない色の長めの髪をひとまとめにして耳の横から流した騎士服姿の青年だ。

「ウリエル。」

「陛下に呼ばれたと聞いた。何かあったのか?」

数少ない、気安い友人のウリエルは心配してくれたようだ。侯爵家の長男だというウリエルは、跡取りであるのに近衛兵として勤めている。侯爵家嫡男と侯爵令嬢ではあるが、同じ年に騎士団に入った数少ない仲間として、お互いに切磋琢磨してきた仲だ。何かにつけてリネットを心配し、気にかけてくれる。

「わからない。でも、キャサリン殿下のこともあるから、次の配属先の話かとは思っている。」

「そうか。だが、陛下から直々に?」

当たり前のウリエルの疑問に、リネットも顎を引いて肯定を示した。

「だけど、他に心当たりがない。」

「そうか。」

呼ばれた本人よりも、ウリエルのほうが不安げだ。

「まあ、最近のことを振り返っても特に何も叱責されるようなこともないから。大丈夫だと思う。仮に何かあってもまあ、死ぬわけではないだろう。」

「また君はそうやって…」

煮え切らない反応を返すウリエルだが、主を待たせていることもあり、ひとまず納得したようで、リネットは彼と別れて執務室に向かった。


すぐに執務室前につき、軽く服装を整える。執務室前にある同僚達に軽く挨拶し、同僚が室内に声をかけるとすぐに扉が開いた。


「失礼します。リネット・シュルーズベリー参上いたしました。」


室内には国王と王妃、そして国内で知らないものはいないほどに有名な宰相親子がいた。


軽く頭を下げながら、失礼にならない程度にさっと室内を見る。国王そろそろ40に手が届こうかというところで、執務室の中央にある机に座っていた。手前の応接用のソファには王妃が優雅に座り、宰相親子は国王の後ろに控えている。


「朝から慌ただしくてすまない。リネット・シュルーズベリー侯爵令嬢。」


国王からかけられた呼び名に違和感を覚えた。

(侯爵令嬢…?)

リネットは近衛騎士だ。基本的には王族からは爵位をつけては呼ばれない。


「本来ならば正式に謁見の間でやらねばならないのだが、その前に本人には知らせておこう。」


そういわれ、これが王命であることを悟ったリネットは胸に手を当て深く頭を下げる。


「そんなにかしこまらなくてもよい。顔をあげなさい。」


国王からそういわれ、リネットはゆっくりと頭を上げた。しかし、姿勢は伸ばしたままだ。


「リネット・シュルーズベリー侯爵令嬢、君には半年後にロブウェル公爵家キース公子に嫁いでもらう。」


「はっ。」


反射的に敬礼したあとで、遅れて意味を反芻する。


嫁ぐ?ロブウェル公爵家の公子?


国王の後ろに控える公子の顔を見る。目が合うと、公子が小さく笑った。近隣諸国にまで知られる宰相家の嫡子は、彼の母に似た、彼女より薄い赤の髪に父親譲りの美貌だ。よくできた人形のようなその顔にほんの少し感情が乗るだけで、空気に色がついたように周囲が華やぐ気がした。


「詳細は後ほど宰相から聞くといい。シュルーズベリー侯爵にも先程通達を出した。」


王命であれば父も逆らうことはできない。とすればリネットも頭を垂れて肯定するしか道はない。


「なんの疑問も驚きも顔に出ないのだな。さすが優秀な近衛兵だ。ロブウェル、説明を。」


王は感心したようにリネットを見ている。


「オーラリアは現在、隣国のリンダブルクとの交易活性化のための事業として、陸路を整備しているのは知っているか?」

宰相であるロブウェル公爵が、温度を感じさせない事務的な口調でリネットに尋ねた。リネットは顔を上げずに「はい。」とだけ返事をした。

「それにあたって、国内の貴族の力関係を見たうえで、ロブウェル家とシュルーズベリー家のつながりができるのが有益と判断した。キャサリン殿下の出立ののち、半年後をめどにできるだけ速やかに婚姻を行うよう。」

リネットはそのまま再び「はい。」とだけ返事を返した。

「この婚姻は王命によって整ったものだが、せっかく夫婦になるのだから、婚姻まで交流を深めるといい。騎士団にも指示しておく。」

室内のすべての視線がリネットに集中していて、とにかく一刻も早くこの場から出たいと心の中で願った。

混乱したまま、それでも顔には全く出さず、リネットは執務室をでた。ほとんど無意識に近衛の待機所へ続く回廊へむかった。

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