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汝は人狼なりや。  作者: 独斗咲夜
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弍日目ー後半戦

***



数十分後――



「この間の工房よりは圧倒的に近かったな、ここ。」

「お父さんの工房と比べないでくれる?……にしても、何よこのボロボロな建物。」


宮葉がすかさずツッコミを入れつつ、3人で並んで目の前に立つ建物を見上げる。辺りはすっかり日が沈んで薄暗くなっており、一番近いはずの街灯の明かりも殆ど届いていない。夜が深くなればこの辺りも真っ暗になるだろうと、宇佐美が周囲を見渡しながらそう考えた。

件のメールに示された地図を元に狗井達が向かったのは、町の外れにある少し大きな一軒家だった。長年手入れがされず放置されていたのか、家の壁はボロボロでそこらじゅうに穴が空いている。元はそこそこ豪華な家だっただろうに、重たそうな玄関の扉もネジや止め具が外れて今にも倒れそうだ。窓ガラスはどれもヒビが入っており、一部完全に割れているものもある。長い雑草の波をかき分けてその窓の前に立つと、狗井は不意に指をパチンッと鳴らした。その瞬間、狗井の顔の前にひとつの火の玉が浮かび上がった。煌々と眩い灯りを放つ火の玉はすぐに3つに分かれ、それぞれの身体の周りにふよふよと漂った。


「え?何これ?ちょっと、凄いついてくるんだけど!?」

「周りが暗いから、明かり用にな。大丈夫だよ、なんの害もないから。」

「もう、何よ!驚かさないで頂戴……これも、あんたの能力のお陰なのね。」


自身の周りを漂う火の玉と軽い追いかけっこをしつつ、宮葉がホッと安堵の吐息をつく。狗井はそれぞれに火の玉が漂ってるのを確認すると、ガラスの欠片がない箇所を掴み窓枠をヒョイッと乗り越えた。宇佐美がその後に続いて中に入り、まだ外にいる宮葉に向かって手を差し出す。宮葉がその手を取り、ガラスの欠片に触れないようおずおずと中に入った。全員が無事に室内に――外の壁に穴が空きすぎていてもはや区別がつきにくいが――入れたところで、狗井が警戒気味に周囲を見渡す。

スプリングが剥き出しなベッドがあることから、3人が侵入したのは寝室と思しき場所だった。空っぽの棚には蜘蛛の巣が所狭しと貼られており、床も壁も外観同様ボロボロに廃れていた。足を踏み外さない様、宇佐美が宮葉の手を引きながら狗井と共に部屋から出た。立て付けの悪い扉を開けて無理やり外に出る。廊下の方は部屋の中と比べて比較的歩きやすい廃れ具合だった。が、埃まみれなのには変わり無く、暗すぎるのもあってあまり長居はしたくなかった。埃っぽさを覚えた宮葉が咄嗟に口を手で覆う。狗井は己の火の玉を顔の前に浮かばせ、宇佐美達と共に廊下を静かに歩いた。メールで宮葉をここに呼び出した張本人の姿がまだ見当たらないのだ。いつ来て襲われても大丈夫なように、宇佐美だけでなく狗井も警戒気味に周囲を見渡した。

しばらくすると、3人は少し広々とした部屋にたどり着いた。完全に壊れている様子の家具に、床には土やガラス片が散らばっている。ここはリビングルームだろうか。流石に怖くなってきたのか、宮葉がギュッと宇佐美の手を強く握りしめた。宇佐美もその手を離さない様に握り返す。


「……なんかこの部屋、妙な感じがするな。もしかして、この部屋のどっかに奴が居んのか?」

「ちょ、ちょっとおチビ!!急に怖い事言わないでくれる!?の、のの、ノッポ!お願いだから1人にしないで頂戴!?」

「分かった分かった。分かったから、そんなにがっしり腕を掴むな。」


狗井の発言で怖さが頂点に達したのだろう、宮葉が途端に慌てた様子で宇佐美の腕にしがみついた。それにより宇佐美の身体の動きが、若干にだが制限されてしまう。これでは流石に緊急時に対応できないと考えた宇佐美が、宮葉を優しく宥めつつ手で引き剥がそうとした。そんな2人のやり取りを前に狗井が呆れた様子でため息を吐く。やはり置いてくるべきだったか、等と狗井が考えていると、不意に狗井の足元から何やら固い感触が伝わってきた。咄嗟に狗井が足元に視線を向ける。そこには、フローリングの床とは異なる、鉄製の蓋らしきものがあった。マンホールの蓋よりは少し小さく、錆びてはいるが開けやすい様に手すりもついている。しかし、この室内にあるものとしてはかなり異常な存在だ。


「……?なんだこりゃ。」


狗井は蓋の前にしゃがみこむと、手すりを掴み躊躇いなく蓋を開けた。蓋は思ったりより軽く、狗井1人の腕力でも容易に開くことができた。火の玉による明かりを利用して穴の中を確認してみる。よく見ると、手前側に梯子があるようだ。こちらもかなり錆び付いており、下手に力を込めればボロッと取れてしまいそうなほどだ。深さもそこそこあるようで、下手に足を滑らせて落下すれば怪我をする可能性もあった。何のために作られたものかは知らないが、先程から感じていた妙な気配は、蓋を開けた事でより強くなっていた。狗井の額に薄らと冷や汗が浮かび上がる。


「おい、ウサギ!ちょっと、こっちに来てくれ。」

「!あぁ、今行く……ほら行くぞ、宮葉。」


単独で降りるのは危険だと判断した狗井が、ガバッと顔を上げて宇佐美の方に声をかけた。宮葉と一悶着あったのだろう、宇佐美がハッと目を開き宮葉の手をぐいっと引っ張る。完全に怯えきった様子の宮葉はイヤイヤと被りをふったが、宇佐美が頑なに手を離さなかったので仕方なく彼に続いて狗井の元に向かうことにした。宮葉の様子を確認した狗井が、途端に呆れきった様子で彼女を揶揄する。


「なんだよ、ここまで来て急にビビり出したのかよ宮葉。最初はあんなに意気込んでたのによぉ。」

「だ、だって!思ったより中ボロボロだし、あんたが気配感じるとか言うから……!」

「はいはい、それに関しては悪かったよ。まぁとりあえず、こっち来てくれ。ここに――……あ?」


宮葉の文句に対し、狗井があまり悪びれる様子もなく応える。が、2人に地下室に通ずる穴の存在を伝えようとした瞬間、狗井の表情がサァッと青ざめた。火の玉の光が届かない闇の中から、宮葉達とは異なる気配を感じたからだ。狗井が咄嗟に後ろを振り向こうとする。が、それよりも早く、狗井の背中から何やら押される(・・・・)ような感覚が伝わってきた。


「何してるの?さっさと入っちゃえば?」


狗井にしか聞こえないほどの音量で、若い青年の声が聞こえた。と同時に、背中を押された狗井の視界がぐらりと大きく揺れた。後ろを振り向こうとしていた狗井の身体がバランスを崩し、穴の中に頭から滑り落ちてしまう。


「な、に――どわぁああああっ!!!??」

「!?ハル!!!」


瞬時に異変を察した宇佐美が慌てて狗井のいた場所に駆け寄った。それに釣られる形で宮葉もその場所に無理やり向かわされる。火の玉の明かりの範囲が少し手狭だったせいで、宇佐美達から見ると狗井が急に姿をくらましたようにしか見えなかったのだ。宇佐美が慌てた様子でしきりに周囲を見渡す。すると、動揺する彼よりも先に宮葉が例の穴の存在に気づいた。宇佐美の手を引っ張り、2人の足元にある穴を指さす。


「の、ノッポ!ここになんか穴あるんだけど!?なによこれ……もしかして、おチビここに落ちたんじゃないの?」

「なんだと……!?おいハル!聞こえるか!?ハルっ!!」


宇佐美が咄嗟に宮葉の隣にしゃがみこみ、暗すぎて先の見えない穴の中に向かって何度も狗井の名前を呼んだ。すると、数秒も経たない内に狗井のくぐもった声が聞こえてきた。


「いってて……あーウサギー、宮葉ー、聞こえるかー?」

「!!ハル、無事か!?何でそんな所にいるんだ!?」

「知るかよ!急に誰かに背中押されたんだよ!……くそっ、めんどくせぇ。危うく地面に脳天ぶちまける所だったぜ。」

「背中を押された?俺たちの方からだとよく見えなかったが……まぁいい。とりあえず、登って来れそうか?一旦引き上げるぞ。何だか、嫌な予感がする。」


宇佐美の言葉に対し、すぐ隣で聞いていた宮葉がヒッと悲鳴をあげる。狗井と言い宇佐美と言い、自分と違って危険察知能力が高過ぎる。それが逆に宮葉の不安を煽りに煽りまくっていたのだ。宮葉が穴の端をバシバシと叩きながら、闇の広がる穴の方に向かって必死に叫んだ。


「お、おチビ!!無事なのは分かったから、早く戻ってきて!!私もうここに居たくないわ!!早くっ!!」

「分かった分かった!!ちゃちゃっと戻るから待ってろって!!」


狗井は大声でそう返すと、ため息をつきつつ梯子に手をかけた。錆びた鉄特有のにおいが鼻をつくが、仕方がないと諦めて梯子を登ろうとする。

しかし、その行く手は影から伸びた手によって遮られた。その手は狗井が梯子に足をかけた瞬間、彼女を梯子から強引に引き離した。両手両足を梯子に乗せて掴んでいたため、狗井の身体が何者かに抱き寄せられ、そのまま暗闇の中に引きずり込まれる。


「!?ちょ、今度はなんだ、よ……むぐっ!?んー!んー!!」


狗井が声をあげようとした瞬間、何者かの手が狗井の口元をガッと塞いだ。狗井を拘束した何者かはそこそこ身長が高いらしい。平均と比べても小柄な狗井の身体を容易に抱き上げ、そのまま光のほとんど無い地下室の奥へズルズルと引きずっていく。


「ハル!?ハル!!おい、ハル!!!くそっ……下で何が起きてるんだ……!!」

「あ……え!?ノッポ、待って!置いていかないでよ!!」


狗井の声から異変を察した宇佐美が、宮葉から手を離し咄嗟に穴の中へ侵入した。完全に置いてかれた宮葉が、為す術もなくアワアワと視線を泳がせる。宇佐美の姿はあっという間に穴の中に消え、火の玉の明かりの届かない深さにまで降りたのが目に見えて分かった。ふよふよと漂う己の火の玉を一瞥した宮葉が、苦しげにグッと唇を噛み締める。こんな暗い室内に1人で残されるのは嫌だし、かと言って宇佐美に続いてここを降りるのも嫌だ。しかし、2人を巻き込んでしまった以上、このまま1人で勝手に帰ることも許されない。故に、宮葉に残された選択肢は、ここに残るか下に降りるかの実質二択しか無かった。


「……あぁもう!!行けばいいんでしょ、私も!!」


宮葉は誰に言うでもなくそう声を荒らげると、辛うじて見えていた梯子に手をかけゆっくりと下に降り始めた。梯子を下る度に、手に錆と鉄のにおいがくっついて不愉快極まりない。が、もはや背に腹はかえられないと覚悟を決めた宮葉は黙々と下へ降り続けた。そして、数分ほどで降りきった後、火の玉の明かりを使い、壁伝いに一本道の地下通路を歩き始めた。

――3人が入って行った地下室への扉。その扉をパタンッと足で閉める誰か。群青色の短髪をかきあげながら、狗井を中へ押し込んだ張本人は呟いた。


「なんだか無駄に役者は増えちゃったけど、まぁとりあえず頑張ってね……藤原与一くん。」



***



地下通路 某所――



「……ぅ……」


後頭部からジンジンと痺れるような痛みが伝わってくる。ぶつかったり転んだりして得た痛みにしては、やけに重たく鈍い気がする。どうやら何者かに頭を殴られた様だ。先程、暗いせいで相手を確認出来なかった狗井がゆっくりと目を開ける。その時、狗井は自分の両手両足が殆ど動かせないことに気づいた。手のひらと足首に、虫の標本の如く何かが打ち付けられているような感覚。意識が戻ったことで、打ち付けられた痛みがそれぞれの箇所から伝わってきた。幸いにも残っていた明かり用の火の玉で狗井は自分の手元を確認した。彼女の両手両足には、それぞれ深深と"釘"が1本刺さっていた。


「……!?おい、嘘だろ……これ、まさか……」

「嘘なんかじゃ、ないよ……全部、現実……クソみたいな現実だ……」


狗井の向かい側、明かりの届かない暗闇から誰かの声が聞こえてきた。全てに絶望し、生きながら死んでいるかのような冷たい声だ。狗井が慌ててそちらの方に視線を向ける。声の主がゆっくりとこちらに近づいて来ているのが気配だけで分かった。狗井の背筋が本能的に危険を察してゾワッと粟立った。無理やり釘を抜こうと狗井がもがくと、声の主は変わらず冷たい声で独り言(・・・)を呟いた。


「無駄だよ、全部無駄なんだ……何もかも無駄だった……やっぱり僕は自由になれなかった……皆もなれなかった……誰も、自由に、なれないんだ……」

「な、なんだよてめぇ……てめぇが、藤原与一か?てめぇが、釘付け事件の犯人なのか?なぁ……答えろよ!!」


自分の手足に打たれた釘を一瞥しながら、険しい表情を見せた狗井がそう尋ねた。ここに至るまで及び現在の状況を鑑みても、声の主が例の藤原与一であり、かつ釘付け事件の真犯人であると狗井は確信していたのだ。が、男――藤原はその問いに答える事無く、火の玉の明かりが届く場所まで近づいてきた。

狗井よりも背の高い、いかにも真面目そうな雰囲気の見た目。しかし、丸眼鏡の奥に見えるのは、闇よりも深く沈んだ虚ろな瞳だった。表情はやつれきっており、片方の手元には釘を数本、指の間に挟む様にして持っている。だが、狗井が注目したのはそちらではない。もう片方の手――その手には、どこから持ち出したのか、小型のチェーンソー(・・・・・・)が握られていたのだ。途端に狗井の身体が緊張で強ばった。相変わらず四肢は動かない。打ち付けられていると言うよりは、もはや壁に固定されていると言うのが正しい気がした。心臓がどくどくと高鳴る。冷や汗が全身にぶわっと滲み出た。


「お、お前……何を企んでやがる……!?」

「もう、いいんだ。もう誰でもいいんだ。皆、どうせ裏切るから。裏切るから、消すんだ、みんなを……あぁ暗い、暗いなぁ。明かり、あかりを。くらいのは、嫌……ぁ、は、ははっ……あはは、あはははっ。あははははははっ!!」


細々と独り言を呟いた後、狂ったように藤原が大声で笑い始めた。そのまま彼の手が、チェーンソーに付随している紐をグイッと引っ張る。それによりチェーンソーに電源が入り、バイクのエンジンのごとくけたたましい音が鳴り響いた。錆びてはいるが鋭さの失われていないチェーンソーの刃が、火の玉の明かりに照らされて生々しく光る。どうしてこんなものがここにあるのかは知らないが、そんなことを考える暇もないほど狗井の表情が一気にさぁっと青ざめた。藤原は焦点の定まっていない目で狗井を見つめると、フラフラとした足取りで彼女の元にゆっくりと近づいた。もしも手足が拘束されていなければ、狗井はすぐさま彼を殴ったり蹴り飛ばしたりして抵抗した事だろう。しかし、狗井の体は釘1本で壁に固定されている。皮膚をちぎらん勢いで力を込めても、そもそも動かす事さえできない。そうこうする内にチェーンソーの刃と音がどんどん近づいてくる。


「ふっざけんな!!おい、待てって……マジでやめろ!!藤原!!」

「あひ、ひひ、ひははははははっ!!!」


藤原は完全に錯乱状態にあるらしく、狗井の声は全く聞こえていない様だった。ただひたすらに笑いながら、チェーンソーの手持ちを両手で掴んで高く振り上げる。

本当はこの狭い空間で、狗井は自身の能力を使うのを恐れていた。この暗い地下室だ、可燃性の物が近くにあれば狗井諸共吹き飛ぶ可能性だってあった。が――もはや躊躇っている余裕はない。彼の身に何があったのかは知らないが、これ以上彼の好きにさせる訳にもいかなかった。


「いい加減に……しやがれ!!!」


狗井がそう叫ぶと同時に、藤原の目の前が真っ赤な()に包まれた。ぶわっと眩い光と熱がすぐ目の前に現れ、流石に驚いた様子の藤原が咄嗟に後ずさりをする。炎が狗井の周りを取り囲む様に佇んだ。まるで防護壁の様な留まり方に、藤原がひくっと口角を引き攣らせた。その目は、いつの間にか狗井の足元にいた真っ赤な毛の狼に向けられていた。


「あぁ、あぁ……明るい、明るい……やっと、明かりが、明かりが来た……お前が、持ってきて、くれたのか?あ、あはは……明るい。明るいなぁ……」

「……俺の狼が見えるって事は、お前()やっぱり人狼なんだな。」


炎の中で険しい表情を崩さないまま狗井がそう呟いた。すると、チェーンソーを抱えたまま棒立ちになっている藤原の肩に、1匹の“狼”がのし上がってきた。少し小柄なその狼は国防色の身体を持っており、毛の代わりと言わんばかりに無数の釘が全身に突き刺さっている。藤原の従える狼がぐるる…と唸り声を上げた。と同時に、狼の身体から釘が数本空中に(・・・)引き抜かれた。国防色のオーラを携えた釘はしばらく宙を漂った後、その先端をまっすぐ狗井の方に向けた。藤原だけでなく、彼の狼ですら完全に明確な殺意をこちらに向けていた。狗井がギクリと身体を強ばらせる。


「マジ、かよ!?シャレになんねぇって、それは……!!」


狗井がそう呟くや否や、宙を浮いていた釘が凄まじいスピードで狗井めがけて突撃してきた。もはや釘の形をした弾丸だ。全弾が発射されると、すぐに新たな釘が宙を舞いこちらに飛んでくる。しかし、狗井の方も無抵抗という訳ではなかった。炎の防護壁がユラユラと蠢き、こちらに飛んでくる釘を残さず高温で焼き尽くしたのだ。焼かれた釘は熱に耐えかねてぐにゃりとねじ曲がり、勢いを失って地面に落ちていった。釘の本数が増えるほど、燃え尽きる釘の数もどんどんと増えていく。

次第に狗井の身体が、少しずつ目眩を覚え始めた。狗井の狼の使う能力は炎を操る。それ故か、使い過ぎると狗井の身体に負荷がかかり立っていられなくなってしまうのだ。とめどない釘の雨を前に、狗井が悔し気にチッと舌打ちをした。宇佐美達はどこにいるのだろうか。彼らが来てくれれば、まだ打開のチャンスはあるというのに――


「……あぁ。あぁ、あぁ!もういい!この明かりはダメだ!僕を受け入れてくれない!!僕を救ってくれない!!要らない要らない要らない!!!」


しばらくした後、不意に藤原が駄々をこねる子供のようにそう叫んだ。同時に釘の動きがピタッと止まり補充されることも無くなった。身体が熱すぎて視界の定まらない狗井が苦しげに息を吐く。酷く喉が渇いている。正直、釘の拘束がなければその場で倒れていただろう。短いようで長い攻防戦は、チェーンソーの稼働音と共にあっけなく終焉を迎えた。


「……!て、めぇ……まだ、諦めて、ねぇのかよ……」


狗井が途切れ途切れにそう呟くと、彼女の周りにあった炎の防護壁が跡形もなく消えてしまった。狗井の身体が限界を迎えたのだ。荒い呼吸を必死に整えながら弱々しく狗井が顔を上げる。明かり用の炎も消えてしまったので、周囲は一気に真っ暗な闇に包まれてしまった。が、藤原が再びチェーンソーを振り上げたのは気配だけで分かった。今度は炎で遮る余裕がない。身動きの取れない小柄な少女が目をギュッと閉じた。チェーンソーの刃の音と共に、藤原の怒号とも笑い声とも、泣き声とも分からない声が地下に響き渡る。

――その時、不意に誰かの足音が聞こえてきた。それに気づいた藤原がハッと目を見開き手の動きを止めた。暗い空間の中、自身の眼前でチェーンソーが止められたのが分かった。そして、間髪入れずに狗井達の元に小さく人工的な光が届いた。それがスマートフォンに搭載されたライトであると狗井はすぐに気づいた。火の玉の明かりよりも広範囲で眩しい光が、すぐに狗井と藤原の姿を捉えた。狗井が声を上げるよりも先に、彼女にとって聞き慣れた声が響き渡る。


「ハル!大丈夫か、ハル!!」

「おチビ、やっと見つけたわ!なにやってんのよ、こんな所で!!」

「……!はっ……来んの遅せぇよ、馬鹿……!」


宇佐美の声を聞いた瞬間、疲労困憊の状態にある狗井が安堵した様子で苦笑いを浮かべた。掠れた声ではあったが、宇佐美と宮葉の耳にはちゃんと聞こえたらしい。2人がこちらに駆け寄ってくる音が聞こえた。すると、藤原がチッと舌打ちをしてチェーンソーを下ろした。その直後、狗井の両手両足から釘が自然と引き抜かれる。突然の解放に対応しきれず、狗井の身体がバランスを崩してその場に倒れてしまう。


「い゛っで……!!」

「ハル!くそっ……宮葉、ハルを頼む!」

「え!?また唐突過ぎない!?……もう!!」


宇佐美が咄嗟に自身のスマートフォンを宮葉に投げ渡した。そのまま藤原の元めがけて宇佐美が飛びかかる。宮葉はスマートフォンを握りしめると、アワアワしつつも狗井の元に近づき彼女の肩に手を回した。狗井もそれに応えてよろよろと立ち上がる。

一方、宇佐美は藤原に飛びかかると、そのまま彼の身体を後方へ勢いよく突き飛ばした。どうやら後ろに金属製のものが置かれていたらしい。藤原が吹っ飛ぶと同時に、ガシャンッと鈍い金属音が鳴り響いた。チェーンソーはまだ稼働しつつも、衝撃に耐えかねて藤原の手から滑り落ちた。藤原が慌ててチェーンソーを拾おうとするが、それよりも先に宇佐美が藤原の身体を壁に押し付ける。


「……!!なん、だよ……どいつもこいつも!僕の邪魔ばっかりしやがって!!」

「お前が、藤原与一だな?ハルに、何をしたんだ……!?」


宇佐美が酷く怒り狂った様子で、片手で藤原の手を掴みもう片方の手で首を掴んだ。喉から伝わる圧迫感に、藤原がカハッと掠れた息をこぼす。流石の藤原でも、体格差もあって宇佐美の腕力に勝つ事は出来なかった。じたばたと苦しげにもがくが、宇佐美は頑なに藤原から手を離さなかった。藤原がぎゃんぎゃんと子供のように泣き喚く。


「やめろ……やめろやめろやめろやめろ!!僕を縛り付けるな!!僕を自由にさせろ!!僕を、僕を……ああああっ!!」

「大人しく、しろ!これ以上、お前の好きにはさせない!」


藤原の必死過ぎる抵抗を前に、宇佐美が暗闇の中懸命に彼の体を押さえ続けた。本当は今すぐにでも彼を連れて警察に突き出したい所だった。が、ここまで暴れられてしまうとここから外へ連れていくことすら難しい。強い衝撃を与えて気絶させようかと宇佐美が考えていると、宮葉に肩で抱えられていた狗井が突然叫んだ。


「ウサギ、横だ!狼が、横にいる!」

「……!?」


その声でハッと目を見開いた宇佐美が、慌てて自身の左右を見渡した。その瞬間、宇佐美の視界にあの国防色の狼の姿が映りこんだ。棚の上にたたずむ狼は先程よりも低い声でぐるると唸ると、自身の体から釘を何十本も浮かばせ、全ての先端を宇佐美に向けた。宇佐美が咄嗟に藤原から身を離し後退する。その直後、全ての釘が宇佐美の元いた場所に降り注いだ。狼の姿は見えずとも、釘自体は見えていた宮葉が悲鳴をあげる。


「っ!宮葉、ハルを連れて先に戻れ!!後で合流する!!」

「で、でも……!」

「いいから、早く!!」


宇佐美が宮葉の方を振り返りながらそう叫んだ。しかし、藤原から視線が離れたその一瞬の隙が、宇佐美にとって大きな痛手となってしまった。

釘の雨が終わるや否や、藤原が素早くチェーンソーを拾い上げる。そのまま紐を引っ張ると、稼働音でチェーンソーに気づいた宇佐美がこちらを振り向いた。それは、宇佐美の目の前に新たな釘が向かってくるのとほぼ同時だった。チェーンソーを拾う際に新しく投げたものだろう。反射的に宇佐美が顔を守るように腕でガードする。釘はそのまま宇佐美の手と腕に尽く突き刺さった。宇佐美がすぐに手を戻そうとするが、釘の刺さった手と腕は全く動かなかった。まるでその箇所だけ時間が止まったかのように動かせなくなる。それを見た瞬間、宇佐美は藤原の持つ人狼の能力を察した。

――彼の能力は、釘を刺した箇所を固定させて、相手の動きを文字通り封じるのだ、と。


「死んじまえぇええええっ!!!」


暗い地下室の中で藤原がそう叫んだ。チェーンソーが宇佐美の動かない腕めがけて振り下ろされる。宮葉が悲鳴をあげ、狗井が宇佐美の名前を叫んだ。しかし、宇佐美は逃げられなかった。腕を動かせないまま、彼はチェーンソーの刃がこちらに向かってくるのを黙って見ることしか出来なかった。

そして――遂にチェーンソーのなまくらな刃が宇佐美の腕に突き刺さった。血飛沫が飛び散り、肉の削がれる歪な音が鳴り響く。チェーンソーの刃はどんどん深く沈められ、骨にまで到達した。骨の抉れる音も同時に聞こえ始める。宮葉の顔が完全に絶望した様子で青ざめた。彼女の手からスマートフォンが滑り落ちてしまう。悲鳴をあげる余裕さえなかった。ただただ、宇佐美の腕がチェーンソーの刃でちぎられていく様を、宮葉と狗井は呆然と見続けることしか出来なかった。


「や、めろ……やめろって言ってんだろ、このクソ野郎っ!!!」


狗井がそう叫び、愕然とする宮葉から体を離した。そのまま宇佐美達の元に駆け寄り、藤原の身体を突き飛ばす。チェーンソーを固く握りしめていた藤原の身体が、再び後方に勢いよく吹っ飛んだ。その弾みでチェーンソーの刃が宇佐美の右手首付近を完全に切り落とした。宇佐美が右手を上に左手を下にしていなければ、そして狗井の制止がもう少し遅ければ、宇佐美は一発で両方の手首をちぎられていたことだろう。なまくらな刃のお陰で切るのにも時間がかかったのだ。いずれにせよ、片方の手首を切断された宇佐美は痛みで顔を顰めながらその場に倒れた。腕や手に刺さっていた釘は、藤原が吹き飛ばされると共に外れていた。

怒り狂った表情の狗井が藤原に殴りかかろうとする。が、藤原は咄嗟に彼女の腹めがけて蹴りを入れた。少しは落ち着いたものの、まだ完全には回復しきれていない狗井の身体が、勢いに負けて横に吹っ飛んでしまう。狗井の身体が地面に倒れたのを確認すると、藤原はチェーンソーを抱えたまま急ぎ足でその場から走り去った。為す術もなく棒立ちになる宮葉の横を、藤原がドタバタと駆け抜けていく。狗井はギリッと歯ぎしりをすると、怒りで拳を硬く握りしめながら立ち上がった。そのまま藤原の後を追いかけて暗闇の中に消えてしまう。


「待ちやがれ、てめぇ!!!」

「……ぁ……ちょっと、おチビ!待ってよ、ノッポが……ノッポが……!」


ようやく我に返った宮葉がハッと目を見開き、狗井の消えた方向に慌てて手を伸ばす。しかし、あっという間に消えてしまった狗井にその手が届くわけもなかった。宮葉がカタカタと小刻みに身体を震わせながら宇佐美の方を振り返る。宇佐美は仰向けに倒れたまま苦しげに吐息をこぼしていた。死んではいないようだが、彼の身体からどくどくと赤黒い血溜まりができ始めている。片側には、切り離された右手首が放置されており、宮葉のいる角度からでは骨の切断面までもがよく見えてしまった。胸の奥からこの上ない吐き気がこみ上がってくる。梯子を降りた時とは異なる生々しい鉄のにおいに、宮葉は思わず口を手で覆い隠した。


「う、ぁ……あ……!!」

「……宮葉……見る、な……俺は、大丈夫、だから……」


不意に宇佐美がそう呟きながらゆっくりと起き上がった。辛うじて切られなかった左手で、血の吹き出る右手首周辺を押さえている。止血剤や包帯などがなければ、失血死しかねないほどの血の量だ。嘔吐しかけていた宮葉は深呼吸で無理やり誤魔化すと、苦しげに壁に寄りかかる宇佐美の元に近づき今にも泣きそうな声で言った。


「ね、ねぇ……ノッポ、あんた、本当に大丈夫なの……!?わ、私……手当の仕方なんて、分からないわよ……ねぇ、一体、どうしたら……!」

「落ち着け、宮葉……治療の必要は、無い(・・)……しばらくしたら(・・・・・・・)治る(・・)から……」

「……はぁ?あんた、何言って――」


宇佐美の意味深な言葉に対し、気でも狂ったかと言わんばかりに宮葉が眉をしかめる。が、怯えきっていた彼女の表情はすぐに別の意味で怯えることとなった。

ちぎれてしまった宇佐美の右手首。その切断面が、突然複数の真っ白な光に覆われたのだ。電球の様に丸いその光は、まるで蛍の如く宇佐美の右手首周辺にまとわりついた。光のおかげで、スマートフォンのライトが無くても周辺がほのかな明かりに包まれる。


「な、何よ、これ……何が、起きてるの……!?」

「……これが俺の能力(・・)……俺の狼が持つ、治癒の能力だ。」


宮葉の問いに答える様に、宇佐美が深く息を吐きながらそう呟いた。狼と言われて、宮葉がハッと目を丸くした。思えば宇佐美も狗井と同じく人狼なのだ。突如として彼の持つ能力を知らされ、宮葉が唖然とした様子で宇佐美の右手首を見つめた。生憎宮葉の目には見えなかったが――彼の肩の上には、子犬サイズの小さな狼が乗っかっていた。首周りにフラフープの如く2つの円がかかっており、その円の線に沿うように白い球体が複数浮かんでいる。どこまでも真っ白な毛を持つ宇佐美の狼は、苦しげな表情の宇佐美を宥めるように己の顔を擦り付けた。同じく頬をすり付ける形でそれに応えると、宇佐美は再度深く息を吐き出しながら宮葉に言った。


「ただ……傷の度合いによっては、治る時間も変わってくる……今回は、少し深過ぎたみたいだ……から、休ませてくれ……」

「……わ、分かったわ。でも、おチビはどうするの?あの子、アイツを追いかけてどっか行っちゃったわよ!?」

「ハルは、大丈夫だ……必ず……あいつを、捕まえて、くれ、る……」


宇佐美の言葉が次第に途切れ途切れになり、遂にガクンッと頭が下に垂れた。驚いた宮葉が慌てて宇佐美の身体を揺さぶるが、宇佐美が起きる気配は無かった。呼吸の音は聞こえるので、単純に気を失っているだけのようだ。宮葉がホッと安堵の息を吐きつつ、落としてしまった宇佐美のスマートフォンを拾い上げる。狗井の後を追いかけたいところだが、気を失った宇佐美を置いていく訳には行かなかった。それに、狗井について行った所で自分に何が出来るのだろうか。狗井や宇佐美が藤原に襲われた時も、自分はその場に立つことしか出来なかったというのに。


「……ごめんノッポ。ちょっと携帯、借りるわよ。」


宮葉は宇佐美に聞こえていないと分かっていながらそう言うと、少しもたつきつつも彼のスマートフォンを操作した。アドレス帳のアプリを立ち上げ、目的の電話番号を探そうとする。彼の携帯にならあるはずだからだ、()の名前が。

そして案の定、リストの中に彼の名前と電話番号があった。夜もすっかり遅い時間帯ではあるが、今は緊急事態でもあるのだ。場所が遠かろうとも、すぐに彼に来てもらわなければ。


「……お願い……ちゃんと繋がって頂戴……!」


宮葉はそう呟くと、宇佐美の身体に身を寄せたままその電話番号に電話をかけた。少し明るいとはいえ、地下室故の暗闇は不気味な恐ろしさを持っている。宇佐美は何も言わないが、すぐ傍に居てくれるだけでも十分だった。

数回のコール音の後、プツッと相手に電話の繋がる音が聞こえた。そして、電話の相手が声を発するよりも先にーー宮葉はスマートフォンを握りしめながら必死に彼の名前を呼んだのだった。



「さ、笹木さん!?笹木さんよね!?私よ、宮葉よ!!お願い……今すぐ、来て欲しいの……!!」



***



地下通路ーー



「クソが……どこ行きやがった、あの野郎……!!」


ほぼ真っ暗な通路を壁つたいに歩きながら、狗井がギリッと歯を食いしばった。地面をそのまま切り抜いただけの壁を触る度に、ボロボロと細かな土煙が舞い上がった。それを誤って吸い込んでしまった狗井がゴホゴホと軽く咳き込む。

狗井達の迷い込んだ地下通路は、想像よりもはるかに広く入り組んでいた。通路がアリの巣の様にどこまでも伸びており、明かりも無いため容易に迷子になってしまう。宇佐美達が自身の元に来るのが遅れたのも納得できた。狗井が元々いたのは、丁度端にある行き止まりの部屋だったらしい。金属製の棚があったことから物置部屋の様な役割の部屋だろうか。勢い任せに飛び出したので、今となっては戻ることすら出来ないのだが。

狗井は能力の無駄遣いを避けるために、今度は自分のスマートフォンのライトで周囲を照らしていた。本当は万が一に備えてバッテリーを溜めておきたかったが、ここまで来たら躊躇っている暇が無い。脳裏に手首を切られた宇佐美の姿が過ぎる。狗井の心の奥底がマグマのようにフツフツと煮え返った。殺す気は毛頭無いが、1度は藤原を殴らないと気が済まなかった。

宇佐美の人狼の能力を、長年の付き合いにある狗井は勿論知っている。そのため、あの部屋で安静にしていればいずれは手が元に戻る事も分かっていた。その上で狗井は藤原を探す為に走り出したのだ。が、それでもやはり彼が激しい痛みを感じた事に変わりはない。肝心な時に動けなかった当時の自分を思い出しながら、狗井が悔しそうにチッと舌打ちをした。

すると、突然狗井の背後からヒュンッと小さな音が聞こえてきた。音の方向を素早く判断し、一旦ライトを消した狗井がさっと近くの小道に隠れる。彼女の頬のすぐ横を何かが通り抜ける音がした。おそらく、藤原が、あるいは藤原の狼が投げた釘だろう。という事は、すぐ近くに藤原本人がいるはずだ。位置がバレないよう、ライトの明かりを消した狗井が深く息を吐き出す。釘は変わらず狗井の横を弓矢の如く何本も通り過ぎていく。藤原の元に続くであろう道をまっすぐ進ませないつもりのようだ。宇佐美が藤原の釘の攻撃を受けた時を思い出す。あの時の宇佐美は狗井同様全く身動きが取れていなかった。が、釘が外れた瞬間にはすぐに動けるようになっていた。つまるところ、この釘が1本でも突き刺さったら、それだけで体がその場に固定されてしまうのだ。避ければ良いだけだと最初狗井は考えていたが、ここまで間髪入れずに投げられると全てを避けるのはほぼ不可能だ。

通路の奥にいる藤原は何も言わない。が、頻繁に飛び交う釘の雨から、彼が完全にこちらを殺す気でいるのは分かった。話し合いでは絶対に解決しそうにない状況に、狗井が苛立たしげに再度舌打ちをする。このまま直接殴った所で再び返り討ちに遭うだろう。ならば、ここで完全に彼の動きを封じるしか逃れる方法は無い。


(……もう、これ(・・)しか手は無ぇのか。)


狗井が内心そう呟くと、タイミングを見計らったように真っ赤な毛の狼が足元に現れた。ほのかな熱さを湛える狼の頭を、躊躇う様に顔を俯かせた狗井が軽く撫でた。その後、覚悟を決めるように目を細めると、狗井は素早く小道から通路へと飛び出た。それに付随する形で狼も共に飛び出る。その狼のまとう赤い光で狗井が飛び出したと察したのだろう、真っ暗な通路の奥から大量の釘が狗井めがけて一斉に降り注がれた。しかし、狗井は逃げることなくそのままその場に仁王立ちになった。彼女の足元に狼の体が滑り込む。まるで狗井を守るように、彼女の前に躍り出て唸り声を上げた。


「覚悟しろよ、藤原……今から通路ごと(・・・・)、全部燃やす……!!」


狗井がそう呟き、手を大きくパンッと叩いた。それを合図に、狗井の従える狼が大きく口を開ける。狼の口から巨大な炎が台風の如く湧き出た。通路の奥でそれを視認した藤原がギョッと目を丸くした。狗井との距離はそこそこ離れているが、それでも狼の吐き出した炎はあまりにも大きすぎた。炎はそのまま渦を巻き、通路全体を覆い尽くす様に燃え広がった。驚いた藤原が慌てて後退する。不幸なことに、狗井のいた場所とは違って、藤原のいる場所に脇に逸れる様な小道はなかった。このままでは、炎に巻き込まれて全身が燃やされてしまう。釘に刺さった所を襲うために持っていたチェーンソーも藤原の手から滑り落ちた。それを拾う余裕もなく、藤原が一心不乱に通路の奥へ逃げて行く。


「ひっ……く、来るな!!来るな来るな来るな……来るなぁあああああああ!!!!!」


藤原の悲痛な叫び声が響いた。が、その声ですら、燃え盛る炎の轟音に全て掻き消された。間髪入れずに藤原の視界が真っ赤に染まる。全身を襲うのは、感じたことの無い熱と激しい痛み。あっという間に呼吸ができなくなる。皮膚が焼ける。痛い。とにかく痛い。体の外も中も同時に焼かれる様な感覚が藤原を襲った。

炎に巻き込まれた瞬間、藤原の脳裏にふと、今は亡き母親の顔が浮かび上がった。

勉学に厳しい父親に反論し、その度に叱られていた母親。

幼い頃は父親の意見に頼りっきりで、自身を勉強詰めの毎日に追い込んだ母親。

父親が亡くなった後は、自分を養う為に朝から晩まで働き詰めだった母親。

ある時、自分に対して突然“自由に生きていい”と言ってきた母親。

だから殺した。いつの間にか自分のそばに居た謎の狼を利用して、初めて人を殺した。

最初からそのつもりなら、もう少し父親に逆らって欲しかったのに。毎日勉強ばかりの自分を、もう少し労って欲しかったのに。

――最初から、救って欲しかったのに。


「あ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁああ゛ぁあぁああ゛ぁっ!!!!!!」


炎に包まれた藤原が本能的に悲鳴をあげた。暗闇に閉じ込められ先の見えない道をさまよっていた藤原。そんな彼を救うはずの眩い光は、絶望的な痛みと苦しみを与えながら容赦なく藤原に襲いかかったのだった。

――次第に炎の勢いが弱まり、数分と経たない内にほぼ全て消え失せた。補強用に壁に貼られたであろう木の板には、炎によって引火した火がまだ残っている。狗井が炎の消えた通路をゆっくりと歩いた。パチパチと乾いた音が頭に響く。しばらくした後、狗井の足は藤原の焼け焦げた身体の前で止まった。服も皮膚もボロボロだが奇跡的に生きているらしい。彼の口から微かに呼吸音が聞こえた。


「……やっぱ、結局こうなるんだよな……」


狗井が藤原の身体を見下ろしながらそう呟いた。己の拳を固く握りしめながら、ギリッと歯を食いしばる。狗井の狼が不安そうに狗井の顔を見上げた。その時、狼は彼女の目から一雫の涙が零れていることに気がついた。それを見た瞬間、狼は何も言わないまま、その場からフッと消えた。

硝煙のにおいが鼻につく。

火はまだ、完全にはおさまらない。




***




……情けないところ見せちまったな、おい。


連れが捕まってたのに結局返り討ちに遭うとか、だらしねぇんじゃねぇのか?ン?


なぁ……いい加減、()の事思い出せよ。


俺の事を思い出したら、少しはまともに戦えるンだぜ?きっと、さっきみてぇに無駄に手ぇ千切られる事も無かっただろうよ。


だから、さっさと思い出せよ。


そンで、俺に(ころ)させろよ。


(ころ)させろ。


(ころ)させろ。


この世界の全てを、俺に、(ころ)させろ――――








「……!!!」

「きゃあああ!!?ちょっと、急に起きないでくれる!?やめなさいよ、びっくりしたじゃない!!」


ハッと目を見開いた宇佐美がガバッと起き上がった。と同時に、すぐ隣にいた宮葉が悲鳴をあげて飛び上がった。余程唐突に目を覚ましたのだろう、宇佐美が預けたスマートフォンが彼女の手から床の上に滑り落ちた。しかし、すぐにギロッと宇佐美を睨むと、宮葉は捲し立てる様に彼を怒鳴りつけた。そんな宮葉の方を振り向かないまま、宇佐美はゆっくりと辺りを見渡して深く息を吐いた。

全身の冷や汗が止まらない。頭がズキズキと疼くような痛みを訴えた。心臓の鼓動もどくどくと高鳴り続けている。

さっきまで自分に話しかけていたのは誰だ?酷く、自分の声に似ていた(・・・・・・・・・)気がする。顔はよく見えず、声しか聞こえなかった。が、あの声や言い方には、異常なまでの圧力と恐怖感があった。あれは一体何だったのか?夢なのか?こんなこと、今まで1度も起きた事が無かったのに――


「……それにしてもノッポ、あんた……本当に手、戻ったのね。血も止まってるし、傷跡も無いわ……凄い能力ね。もう、それしか言えないわ。」


怒りが収まったのか、落としたスマートフォンを持ち直し、明かりを宇佐美の方に向けながら宮葉がそう言った。その言葉で現状を思い出した宇佐美が、バッと自身の手に視線を向ける。あの時チェーンソーで切られたはずの右手は、まるで切られた事実が最初から無かったかのように元通りに再生していた。指を動かしたり、軽く捻ったりして感覚を確認する。まだ少し鈍い気はするが、完全に動かせない訳ではなかった。

宇佐美は小さく息を吐くと、よろよろと立ち上がりながら宮葉に言った。


「……そろそろ、ハルの所に行こう。これ以上ハル1人に、奴の相手を任せるわけにはいかない。」

「ちょっと!あんたまだ顔色悪いじゃない!もう少し休んだ方が……」

「良いんだ。これぐらいなら、問題無い。」


心配そうな宮葉の言葉を冷たく跳ね除けると、宇佐美は額に浮かんだ冷や汗を拭ってゆっくり歩き始めた。宮葉が不服そうに頬を膨らませるが、宇佐美が明かりも無しに行こうとするので慌てて彼の後について行った。

するとその時、突然どこからかゴゴゴと奇妙な音が聞こえてきた。一瞬地響きかと思ったが、それにしては振動が少な過ぎる。それに、妙な焦げ臭さが遅れて宇佐美達の鼻腔を刺激した。宇佐美と宮葉が同時にお互いの顔を見合わせる。どうやら2人揃って同じことを考えているようだ。


「ノッポ……これ、おチビが何かしでかしたんじゃないでしょうね!?」

「しでかしたと言うより、遂にやったな(・・・・・・)と言う方が正しいかもな……急ぐぞ、宮葉。多分この先だ。」


宇佐美は眉をひそめながらそう言うと、宮葉の手を引いて通路の先を進んだ。ライトを頼りに、宇佐美に連れられるがまま入り組んだ道をどんどん駆け抜けていく。次第に硝煙のにおいが強くなり、パチパチと何かが燃えるような音も聞こえ始める。そして、宇佐美達がとある通路の分岐点に到着すると、片側の道がほのかに明るく照らされているのが見えた。

ライトによる明かりではない――これは、炎の火による明かりだ。


「!!ハル!!」


宇佐美が宮葉と共に走りながら狗井の名前を叫んだ。通路の先を進むにつれ、火の明かりと硝煙のにおいが強くなる。壁に貼られた木の板に少しだけ引火しているのだ。パチパチと未だに明るく燃える通路の奥に、宇佐美達の予想通り狗井は立っていた。宇佐美が宮葉から手を離し、咄嗟に狗井の元に駆け寄る。彼女の足元には、全身の服がボロボロになった男の身体があった。皮膚が焼け爛れており、傍らには黒焦げになったチェーンソーの残骸が落ちていた。完全にショートしているらしく、時折機械からバチッと火花が散っていた。焼け焦げた男は辛うじて生きているらしく、彼の口からヒューヒューと掠れた呼吸音が微かに聞こえてきた。


「ハル、お前……」

「……こうするしか、無かったんだよ。」


狗井がそう呟いた瞬間、彼女の身体がぐらりと後方に揺れ動いた。慌てて宇佐美が体を支えた為、倒れるまでには至らなかった。しかし、熱く火照る狗井の身体を支えた瞬間、宇佐美は彼女の頬に涙の跡が残っていることに気がついた。


「こいつは確かに人を殺した。人を傷つけもしたし、俺もウサギも危うく殺されかけた……でも、俺だって人殺しにはなりたくねぇんだよ。1発殴って黙らせて、警察(サツ)に突き出す……それが一番マシだし穏便だろ?なのに、俺は、また……」


狗井が唇を震わせながらそう呟く。宇佐美は何かを悟ったように目を伏せ、小刻みに震える狗井の身体を優しく抱きしめた。状況を飲み込めない宮葉が宇佐美達の姿を呆然と見つめる。


「ハルは、悪くない。最初から、こうなる定めだったんだ。こうすることでしか、こいつを止められなかった……だから、お前が悩む必要はない。お前は正しい事をしたんだよ、ハル。」

「……」


宇佐美の言葉に対し、彼の胸に顔を埋めた狗井が静かに首を左右に振った。彼の服の裾を握る手が震えている。宇佐美が狗井の頭を優しく撫でながら再び目を伏せた。

人を殺さず、可能な限り犠牲を少なくしたいと考える狗井。そんな彼女の思いに気づかず、彼女を殺さん勢いで抵抗を繰り返した藤原。狗井が腹を立て過ぎて相手を傷つける機会は幾度となくある。が、それは怒りが理性を上回った結果起きる不可抗力のようなものだった。狗井自身は、好き好んで人を傷つける様な人間ではない。宇佐美もその事はちゃんと分かっていた。故に、何故ここで狗井が泣いていたのかもすぐに分かった。その上で彼女を宥めるように言葉を紡いだが、今の狗井にはそれさえもあまり届かないらしい。炎の熱が収まりつつある空間で、宇佐美が小さく息を吐き出す。

すると、2人の姿を黙って見ていた宮葉が突然ダンッと地面を強く踏んだ。驚いた宇佐美と狗井が、慌てて身体を離して宮葉の方に顔を向ける。どこか怒っている様子の宮葉は、狗井の顔を睨みながらけたたましく言葉をまくしたてた。


「あぁもう!こんなヤバい殺人鬼相手に何悔やんでんのよ、おチビ!!あんたは町の人達を脅かしてた奴を1人でやっつけた、それだけでもう十分凄いじゃない!こいつは人を殺したし、ノッポの手も容赦なくちぎったわ!それに、私も危うくあんた達もろとも殺されかけたのよ?それでもまだこいつに情けとかかけるつもり!?正気の沙汰じゃないわ!!」

「み、宮葉……」

「ほら、こんな真っ暗な地下にもう用はないわ!あのお巡り(・・・・・)を呼んでおいたから、さっさと外に脱出するわよ!」

「!?笹木さんのことか?いつの間に……」


宮葉から突然笹木の話がなされ、思わず宇佐美がギョッと目を丸くする。宮葉はまだ持っていた宇佐美のスマートフォンを掲げた後にふんっと鼻を鳴らした。その様子で全てを察したのだろう、宇佐美が呆れた様に頭を抱えた。宮葉の言葉に圧倒されたのか、宇佐美に抱きしめられたまま狗井がポカンとした表情を見せる。

――その後、3人はスマートフォンのライトを利用して長い地下通路を歩き回った。その間、宇佐美は動かない藤原の身体を背負いながら歩いていた。藤原をこのまま放置するのは嫌だと狗井が話したので、とりあえず入口の前までは運ぼうと言う話になったのだ。数分間さまよった後、3人は奇跡的に入口に繋がるあの梯子を発見した。そこを登って外に出た頃には、すっかり夜も更けて周囲は真っ暗な闇に覆われていた。そして、あばら家の前には、宮葉の電話を受けてやって来た笹木の姿もあった。例の地下室への入口を探そうとした矢先に狗井達と合流したらしい。その頃には流石の狗井も気持ちが落ち着いたらしく、笹木相手にいつもの強めな口調で話しかけていた。おまけに笹木は今日たまたま非番だったらしく、いつもの警官服ではなくタンクトップにコートと言ったラフな(?)格好をしていた。よほど慌てていたのだろう、いつもは結んでいる髪が少しボサボサに乱れている。そんな彼に地下で起きた諸々の説明をすると、笹木は困った様に苦笑を見せつつも、一旦狗井達をこの場から離す為に近くにある自身の車へと招いた。ベージュ色に染められた4人乗りのコンパクトカーだ。狗井達が全員中に入ったのを確認すると、笹木は1人だけ外に出てどこかに電話をし始めた。この間のストーカー事件同様、取り急ぎの通報をするようだ。もうちょっと何かいい方法は無いものか、と言いたそうに宮葉が窓の外を見つめる。すると、彼女の隣に座った狗井がポツリと呟いた。


「……宮葉、ありがとうな。」

「ん?なによ急に……ってかあんたからお礼言われるとかなに!?気持ち悪っ!!」

「お前なぁ……あんなに堂々と凄いとかって言われたの、初めてなんだよ。ウサギとか笹木とかからはやり過ぎだって言われるのがオチだし、俺が暴走したせいで大怪我負った奴の話をニュースとかで聞く度に頭痛くなるんだよ。」

「おチビ……」

「俺はまだまだ、俺の狼の能力に振り回されてる……でも、それでも凄いって言ってくれて、ありがとうな。ちょっと、気が楽になったわ。」

「……あっそ。」


狗井が安堵しきった様子で小さく微笑む。久しぶりに見たその笑顔を前に、宮葉はフイッと顔を背けながら頬杖をついた。彼女の頬が微かに赤くなっていたのは気のせいだろうか。助手席に座った宇佐美も、バックミラー越しに2人の顔を見て、安心した様子でふぅと息を吐く。

数分後、諸々の対処を終えたらしい笹木が車に戻ってきた。笹木はそのまま車を発進させ、すぐにあばら家から離れた。藤原も連れていくとなると夜遅くに病院を経由しなければ行けない上、病院の関係者に色々と事情を説明しなければならなくなる。人狼という存在があまり認知されていないこの町で、普通の人間に諸々の説明をしても素直に受け入れられないのが常だ。そのため、藤原の身は後から来るであろう警察や救急隊の者達に任せて、笹木達はひとまずその場から離れることにしたのだった。

大神町の夜空に満月が昇る。釘付け事件にまつわる一連の騒動は、名も無きあばら家の地下で密かに幕を下ろしたのであった。




***




「つまんない。」


青年の口から放たれたのは、たった一言だった。よくある形のワゴン車、2列目シートにあたる座席に横になりながら、青年の指がタブレットの液晶画面上を滑る。どこかに設置された監視カメラの映像のようで、暗視装置により暗闇の中でも鮮明に映像が映し出されていた。映像の中では、暗闇の中で藤原の身体を運び出す消防隊員達の姿が見えた。救急車のランプの光が点滅してるのも見える。夜中ではあるが、誰かの通報を受けて警察等が緊急で向かったのだろう。そして、捜査の果てに地下にいた藤原が発見されたのだろう。この様子だと、藤原は宮葉を殺せなかったようだ――諸々の考察をしながら、青年が心底つまらなさそうにため息を吐いた。そんな彼の姿をバックミラー越しに確認しながら、運転席に座る女性が淡々と呟く。


「坊っちゃま、そろそろ車を発進致します。ちゃんと正しい姿勢で座って、シートベルトを装着してください。」

「えーやだー。もうちょっと見たいんだけどー。」

「……今坊っちゃまが見てる映像に、あなたの興味をそそるような物はありませんよ。」


長いポニーテールが特徴的な女性はそう言うと、手元にある小さな機械のボタンをカチッと押した。それにより、青年の持っていたタブレットの映像が勝手に(・・・)高速で逆再生される。それに驚いた青年がガバッと起き上がり声を荒らげた。


「あー!ちょっと、何すんの!?僕今見てたのにー!」

「……坊っちゃまが本当に見たいのは、こちらの映像でしょう?」


運転席の方に前のめりになった青年を手で制しながら、女性が再び機械のスイッチをカチッと押した。それにより映像が再び通常の速度で再生される。そこに映っていたのは、あのあばら家の前に立つ3人の人影だった。それを見た青年が途端にニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。タブレット片手に後部座席に戻り、ご機嫌な様子で液晶画面に映る映像を見ている。


「あぁ、そうだね……羽純(はすみ)の言う通りだ。僕が見る(・・)べきなのは、この子達だ……特に、この子は。」


青年がそう呟きながら画面上に指を滑らせ、流れる映像を一時停止する。2本指で画面を拡大すると、近くに謎の光を携えた二つ結びの少女の顔がアップで映された。言われた通りにシートベルトを装着し、足を組みながら青年が言った。


「羽純、この黒髪の子の情報を可能な限り全部集めて。名前も、生年月日も、身長も体重も……この子の持つ能力(・・)についても、ね。」

「白髪の青年の方は如何致しますか?」

「とりあえず暇があったら集めといて……あくまで、黒髪の子優先で。」

「かしこまりました。諸々の処分(・・)が終わり次第、直ちに作業に入ります。」


女性――羽純がそう呟きながらバックミラーの位置を傾けた。それにより、青年のいる席の更に後ろ側がよく見えるようになる。

彼の座る後部座席。その更に後ろの、三列目のシートを全て倒されて平たくなった空間――そこには、全身に(・・・)包帯を巻いて(・・・・・・)患者衣を着た男(・・・・・・・)が寝転がっていた。包帯の隙間から見える目は恐怖と絶望の色に染まっており、その手には革製のベルトがきつく縛られている。男は怯える様に身体を震わせ、喉からヒューヒューと掠れた息をこぼした。


「あー……君!今からちょっと山道入るから、揺れるかもしれないけど我慢してね!麻酔もないから身体中痛くて仕方がないだろうけど、大丈夫……すぐに痛くなくなるから!」


青年が、今気づきましたと言わんばかりに後ろを振り向いてニコッと笑った。包帯まみれの男がヒュッと悲鳴をあげる。逃げるかのように男が身悶えるが、それを封じる様に車が突然発進した。ガタガタと揺れ動く車の中、身動きも取れず痛みに悶える男の悲痛な声が響き渡る。


「んー……こいつやっぱりうるさいな。我慢してねって言ったのにさぁ。もう今黙らせておく?」

「車の中が汚れてしまいますので、お控え下さい。」


他愛も無い会話をする様に、青年と羽純が淡々と言葉を交わし合う。2人、否3人を乗せた車は、大神町の裏にある山の上へと消えて行った。

車の行く末を知る者はいない。そして、無理やり車に乗せられた男――藤原与一の行く末を知る者もいない。

少なくとも、今のところは。




***




――続いては本日の天気予報で……失礼致しました。先程速報が入りました。


先日、通称『釘付け事件』の実行犯として逮捕された藤原与一容疑者が、何者かにより入院先の病院から誘拐された事件について……警察が調査を進めたところ、藤原容疑者が山奥で死亡しているのが発見されました。警察では他殺と見て調査を進めています。

当初、藤原容疑者は郊外にあるあばら家で、全身に火傷を負った状態で発見されていました。直ちに緊急搬送された藤原容疑者は、容態が回復した後に警察の取り調べを受け、容疑を認めていました。当時の藤原容疑者は突発的な暗所恐怖症に罹っており、精神的にも不安定になっていたことから、警察は治療が進み次第藤原容疑者の精神鑑定も行う予定でした。

事件が起きたのは、藤原容疑者が搬送されてから翌日未明とされており、担当の看護師が藤原容疑者の容態を確認する為に部屋を訪れた際に発覚しました。また、藤原容疑者が誘拐されたと見られる時間帯に、病院施設全体では大規模な電波障害が発生していた事が分かっており、警察は藤原容疑者を誘拐し殺害した者と関連性があると見て捜査を進めています……







弍日目 終幕

*人物及び役職名紹介*


※本作では各人狼の能力を『役職名』という形で称しています


※一部動画内やコメントに載せているキャラ紹介より引用→https://www.youtube.com/watch?v=CR4uFIt_paI&t=2s



♂宇佐美翔-うさみ しょう-(16)


齢16。大神学園高等部1年。高身長で大柄な体格。大人しく冷静な性格。狗井とは10年来の付き合いで彼女の宥め役でもある。狗井の事を『ハル』と呼び、彼女からは『ウサギ』と呼ばれている。最近は自身の体内から聞こえてくる謎の声に悩まされているらしいが・・・。


役職名:治癒の人狼-自身の体の傷を癒す人狼。傷を受けた箇所に狼が顔を近づけるか、白い光を放つ球体が複数固まることで治すことができる。治癒の速度は傷の程度が深ければ深いほど遅くなる。宇佐美本人の体の傷しか癒せないが、彼の血液を体内に注入することで他者の傷も治すことができる。が、殆どは激しい拒絶反応に耐え切れず死に至る。


♂藤原与一‐ふじはら よいち‐(16)


釘付け事件の真犯人。かねてより勉学に厳しい父親のもとで生まれ育ち、閉塞感のある生活を送っていた。父親が病死したのちに母親と2人暮らしを始めたが、ある時をきっかけに母親を殺害。その後同じ大神学園の生徒たちを『自由』にさせるために釘付け事件を行い始めた。

自分流の考えに縛られる一面があり、時折情緒不安定な状態になってしまう。性格は非常に真面目だが頑固。その性格故か学園内ではかなり孤立していた。


役職名:束縛の人狼-釘を相手の体に打ち付けることでその場に拘束させる能力。釘は狼の体に無数に生えており、藤原本人が投げるだけでなく狼自身が放ったりもする。釘を打たれた箇所はいかなる手段を用いても動かすことができず、釘自体も基本的には藤原本人の意思でしか外すことができない(※藤原の集中力が途切れると意思に関係なく外れることがある)。

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