第8話 女王×常套
「さぁ、本日のから揚げ定食ができたわよ~。もちろん飯野食堂はご飯とキャベツのお代わりは自由! たんとお食べ~?」
「ふふふ。ありがと、お母さん。いただきまーす!」
小さい頃から変わらないテーブルの上に、山盛りのから揚げ様たちが広がっている。
まるで古代の王が建てさせたピラミッドのようだ。
……まぁこうやって盛り付けたのは私なんだけど。
から揚げ王になった気分で、まずは何もつけないプレーンから揚げをいざ、実食。
――ザクザクッ! じゅわわわぁ……。
「うにゅうう~!! アツい! 美味しい!! じゅわっじゅわだぁ~!!」
「ホラホラ、口元から肉汁がこぼれてるわよ? ……まったく。がっつき過ぎて火傷しないようにね?」
おっと。から揚げ王国の女王として、みっともない姿を晒してしまったようだ。
でもこの揚げたてアツアツを味わわないなんて、から揚げ神への冒涜だ。
から揚げ神の眷属、忠実なるシモベとして、私はこのから揚げ様を最高の状態で頂くのだっ!
「はふっはふっ。むぐむぐむぐ。あぁ~、このガツンとニンニクの効いた醤油の味がホカホカのご飯に堪らなく合うんじゃぁ~」
「なんちゅう喋り方してるのよ、もう。紫愛ちゃん……まさか、外でもそんなアホなことを言ってるんじゃないでしょうね!?」
「むぐっ!? ごほっ、ごほごほっ!! にゃ、にゃにお言ってるのお母さん。さすがの私だって、羞恥心ぐらい持ち合わせてるよぉ!?」
さすがにまだそこまで女を捨ててはいないって!
せいぜい、周りに聴こえない程度に抑えているはずだ。
……たぶん、おそらく。
「そんなことより次だよ、次。まずはレモン令嬢をかけまして~♪」
「レモン令嬢!?」
「揚げ物ダンス会場にマヨネーズ男爵がやってきて~」
「男爵!? 誰それ!?」
「そこにペッパー一味が襲撃よ~♪」
「それってただの一味唐辛子よね!? りっちゃん、世間で本当に変なことやってないわよね?!」
……失礼な。
これは実家だからやっているのであって、普段は脳内かお酒の席でしかやってない……はず。
あぁ、だから飲み会で一緒になった男の子達にいつも生暖かい笑顔を向けられてるのかぁ。
そりゃあ、から揚げで寸劇を始めるオンナなんて恋愛対象にはならないよね……。
「あぁ、美味しいなぁ……今日の一味は凄く効いてる気がするけど、とっても美味しいよぉ」
「紫愛ちゃん……お母さんがどこかで良い人見つけてこようか?」
「えー? 良い人ぉ?」
そんな簡単に良い人なんて見つからないでしょうよ~。
お見合いサイトでも紹介するつもり??
「例えば、ホラ……オジサン先生とか」
「ぐふっ!!」
やばい、急にお母さんが変なことを言うから一味唐辛子が気道に入っちゃったよ!
まさか……私がオジサン先生を好きだったってお母さんにバレてたの!?
「いや、まさか我が娘が~、とは思っていたけど……本当なの? そりゃあ彼は優秀な医者だし、男らしいけど優しくて、職場でも大人気よ? だけどねぇ……」
私のお母さんはオジサン先生と同じ病院で勤めている、現役の看護師だ。
だからその辺りの事情は私よりも詳しく知っているんだよね。
そしてオジサン先生の話をお母さんから長年に渡り聞いてきた私には、いったい何を心配しているのかは分かっている。
「オジサン先生、いや大路ドクターに奥さんが居たことは知ってるよ。……それに、年齢だってお母さんとそんなに変わらないってことも」
「そう……。ちゃんと分かってるならいいけれど」
当時中学生だった私が、大路先生に手術して貰って、入院していた時。
その頃には結婚したばかりの可愛いらしいお嫁さんが居たはずだ。
……紆余曲折があって独り身になったらしいけど、その後も誰かと交際しているという噂は立っていない。
だからなぁ……たとえ私が先生に告白したとしても、その恋が実る可能性は限りなく低いんだよね。
「そもそもさぁ。ちっちゃい時から診て貰っているし、私を見る目が娘みたいなカンジなんだよね。眼中にないよ、きっと」
もぐもぐもぐ、と若干ヤケになりながら、から揚げ様を口に詰めていく。
あぁ、しょっぱ旨い。
おばあちゃんの容体が急変したら困るから、今日はビールじゃなくて麦茶で流し込む。
「まぁ……先生は看護師が告白されても全然相手にもしていないからねぇ。まだまだ男盛りなのに勿体ないよ」
私にゃ興味ないけどね、といった風な顔をしながら、BBQソースをダパダパとかけてバクバクと大量のから揚げをかきこむお母さん。
こんな豪快母ちゃんだけど、30代と言っても分からないほどに若い見た目をしている。
スタイルだって、私と違ってボンキュッボンなスタイルの良い美人さん。
母娘で買い物に行ったときなんて、店員さんに姉妹に勘違いされたぐらいだ。
そんな感じだから、若い頃はすっごいモテていたらしい。
お父さんは相当苦労して交際に漕ぎつけたって懐かしそうに言ってたっけ。
とは言っても、お母さんはお母さんでお父さんに惚れていたみたいだけど。
「あーぁ、私もお母さんみたいな大人になりたかったなぁ」
「何を言ってるのよ? パパの遺伝子を継いだお陰でこんなにおっきく育ったし、顔だって私に似て美人じゃない!」
最後は冗談気味にウインクをしてきたお母さん。
もしそれが本当なら、私は今頃愛しい旦那様に美味しいご飯を振る舞っているはずだよ。
何が悲しくて毎晩のように薄暗い部屋で独り深夜番組を見ながら、おつとめ品半額の卵そぼろ飯を食べなきゃならんのだ……。
――ってダメダメ!
せっかくの実家メシなんだから目の前の御馳走を堪能しなきゃね!
「お母さんがBBQソースなら私はタルタルでいかせてもらいましょうかね!」
ソース系のコッテリも大好きだけど、量があるときはサッパリ系も挟みたくなるのだ。
魚の白身フライやサラダにも使える市販のタルタルソースをブチュッと勢いよくぶっかける。
もうこうなったらカロリーなんて無視ムシ!!
アブラにアブラをマシマシのアブラカタブラな背徳感を満喫してやるんだから!
「おぉっ! 出たわね、紫愛奥義アブラミルフィーユ!」
「そうよっ! から揚げ、マヨ、卵、ご飯という四重奏はこの世の全ての独身者を至福のメロディーで救うのよ!!」
ふわっ、じゅわっ、もにっ、じわぁ。
それぞれが各々の味を活かし、調和することで美しい和音を作り出す。
主張し過ぎることなく、お互いをフォローし合う優しさ。
それでいて自己を失うことなく、尊重し合うことでより一層の高みを目指すのだ!!
「まさに、から揚げ様はこの世をお救いになられる! 至高の存在なのだ!!」
「わー、すごいすごい。ほら、冷めない内にこっちのお味噌汁も飲みなさい」
おっと、から揚げに限らずご飯は平等に尊いのだ。
汝、メシを平等に愛せよ。されば与えれれん、だ。
私が大好きなジャガイモと玉ねぎの自然な甘みを味わえるお味噌汁を楽しみながら、平和な我が家の金曜の夜は更けていった。