第7話 黄金×王道
母娘で夕飯の準備をしながら、今は亡き父の思い出に浸っていた。
「お父さんはお母さんのご飯をなんでも美味しい、美味しいって食べていたよね。しかもお代わり付きでさ~」
「ふふ。あの人は身体が大きかったからねぇ。良く食べて、良く動く人だったわ。まぁ……だからこそ早く死んじゃったんだけど」
ドカ食いをする、190cm近い熊みたいな男だったからね。
ウチのおじいちゃんが経営する建設会社で仕事をしていて、よく食べ、よく働く重機みたいな人間だった。
でも仕事で無茶し過ぎちゃったんだろうな……。
私がまだ小学生の頃。
雪の降る、寒い日だったとおもう。
お父さんは仕事帰りに脳出血で倒れて、そのまま帰らぬ人になってしまった。
幸い私が成人するまでの蓄えはあったし、当時現役バリバリだったおじいちゃんがいてくれたから、家族がそれほど生活に困ることはなかったんだけどね。
「やめやめ! 今は暗い話は無しにしよう! どうせお父さんなんて仏壇にから揚げでも供えておけば、草葉の陰からひょっこりやってくるでしょ」
「そうね、から揚げはあの人の好物だったし。きっとノコノコと匂いに誘われて来るわよ」
ぷぷぷぷ、クスクスクスと2人で笑いながら、から揚げに衣をつけていく。
手をお化粧みたいに白く染めながら、丁寧に手際よく。
やっぱり自分で食べる料理は楽しく作らないと、ちゃんと美味しさが込められないもんね。
明るさが戻ったキッチンに、揚げ物油がリズム良くパチパチと音を奏でている。
どうやらお肉を迎える準備ができたみたい。
お母さんは余った衣を油に落とし、揚げるのに適した温度か確かめた。
「うん、大丈夫みたいね。炊飯器はどう?」
「こっちも準備万端! あと5分もしない内に炊けるよー。さぁ、行っちゃってください!」
ご飯が炊きあがる時間も考えれば、今こそ揚げるチャンスタイム!
私のゴーサインでお母さんは180℃付近まで熱せられた油の中に鶏モモ肉を次々と投入していく。
ジュアアアというそれだけでもうご飯がイケそうな調理音を聴きながら、私はお皿に野菜とレモンを盛り付けていく。
軽快なスイングジャズのように、じゅあっじゅあっとテンポ良く上がっていくから揚げ達。
揚げる前は白かった衣も、こんがりと薄きつね色に染まっていてとても可愛らしい。
だけどここから、我が家のから揚げはもう一段階変化する――!!
「紫愛隊員! 温度確認ー!」
「いえっさーマム! 温度確認! 現在190℃であります!」
「温度ヨシ! 再度突入! いけいけいけー!!」
「っさー、マム!! 全弾撃てーぇ!」
ちょっとした寸劇を演じながら、から揚げを再度加熱した油の中へと投入していく。
そう、我が家のから揚げは二度揚げ方式なのだ。
衣の揚げ色、鶏肉の芯までの熱の入り具合、油の温度管理、揚げ時間といった細かい技術が求められるが、これをやることによってザックザクなから揚げちゃんにレベルアップしてくれるのだ。
「言葉にすると難しいけれど、実際はなんとな~くやってるだけなんだけどね?」
「そうは言うけどさ、それって結局はお母さんみたいに料理ができる人だからこそ言えるんだよなぁ」
私もそれなりに家庭料理ができると自負しているけれど、独り暮らしじゃ滅多に揚げ物なんて作らないから、主婦の皆さんみたいに上手にできる自信はない。
そんなことを考えている内にも、お母さんは揚げ物鍋から黄金色に輝くから揚げ様(レベルアップ済み)をヒョイヒョイと取り出していく。
そういえばお父さんったら、お母さんがこうやって作ったから揚げをいつもコッソリとつまみ食いをしていたな~。
その度にお母さんからガミガミ叱られていたんだよね。
私はそれを指さしてケラケラ笑ってたっけ。
油を切るためのキッチンペーパーに置かれたから揚げ様を菜箸で摘まみ上げて、さっき盛り付けた千切りキャベツの絨毯に載せていく。
丸くてゴツゴツした形も、どことなくお父さんみたいでちょっと可愛らしい。
「じゃあ折角だし、揚げたてをお父さんに食べて貰いましょうかね」
小さな取り皿にから揚げを3つ載せて、私は和室にある仏壇へ。
あ、そうそう。冷蔵庫にあったあの飲み物もお供えしてあげよう。
ちなみにお父さんはから揚げにレモンを絶対にかけない派。
でもから揚げのお供はレモンハイボール。
そんなヘンテコなところも含めて、私はお父さんが大好きだった。
本日のから揚げセットを置いて、遺影に向かって手を合わせて黙とうする。
目を開ければ誰かさんに似た優しい笑顔が視界に入った。
……うん、もしかしたら私があの人を好きになったのは、居なくなったお父さんに重ね合わせていたところがあるのかも。
十数年越しに今更気付いた自分の趣味にちょっとおかしくなって、つい口角がニヤリと上がる。
「わふぅうん……」
「あっ、シュト君ごめんね! 直ぐにご飯用意するからね~♪」
すっかりご飯をあげるのを忘れちゃっていたから、和室まで迎えに来てくれたみたい。
早く、早くと前足でアピールするシュトーレンに急かされながら、私はキッチンへと早足でパタパタと戻るのであった。