第68話 Save×Brave
「龍鳳寺副部長……特別防犯業務措置って、いったい何ですか?」
なにやら薬剤部の部長でさえ知らない、院内独自のシステムがあるらしい……?
私がおずおずと質問すると、副部長は待ってましたとばかりに語り始めた。
「特別防犯業務措置っていうのはね。コードブラックを始めとした、病院内で生じる様々な危険に対応するための規則よ。……部長。部門長である貴方も当然、知っているはずですよね?」
「えっ。――あっ、もちろんだとも。部長だからね、当然知っているとも」
あぁ……これたぶん、部長も知らされていないか、通達があっても覚えていなかったパターンだ。
副部長も、頭痛を耐えるかの様に片手で額を抑えている。
「数年前、部長がこちらに赴任された際、当時部長代理だった私がマニュアルを確かにお渡ししたはずですが……その様子では、やはり読んでいらっしゃらなかったようですね。まったく。役員会議も私に任せっきりで、ご自分で出席しないからそうなるんですよ……」
必ず定時で帰宅する部長は、業務外で行われる会議には一切参加していなかったからね……。
とはいえ、報告書ぐらいはいっていたと思うんだけど……きっとそれさえも読まなかったんだろうなぁ。
「ちょ、ちょっと待てって。だからその特別防犯業務措置ってのは、いったい何だっていうんだよ……」
「あぁ、そうだったわね。さっきも言ったけど、院内で犯罪行為が起きた時、警察と協力して捜査をするために院内に防犯カメラが設置されているのよ。当然、医薬品の盗難も想定されているからこの薬剤部にも設置されているってワケ」
「――なっ!?」
「お、おい龍鳳寺君!! そんな勝手なこと……!!」
「ですから、これは各所属部長以上の承認済みなんです。そもそも職場ですよ? それとも、何か見られては困ることでもあるんですか?」
「ぐぐっ……そ、そんなことは……!!」
思わず立ち上がって抗議する田貫部長だったけど、副部長の鋭いツッコミにたじろいでそのままデスクのイスに座り込んでしまった。
そして『防犯カメラ』という言葉に、過剰過ぎる反応を示した人物がもうひとり。
「ば、馬鹿な!! なんでそんなモンが病院にあるんだよ! プライバシーだってあんだろ!」
「だから、防犯目的だって言ってるでしょう? 第一、その録画だって責任者の承認が無ければ誰も観れないんだから」
話の流れから推測するに、先ほどまで副部長はその録画を見るための許可を、一番上の役職である院長へ申請しに行っていたみたいだ。
そして『証拠がある』ということは、恐らく私以外にミスの原因となった人物がカメラに映っていたに違いない。
……少し冷静になってみれば、いい加減私にも何となくこの状況が掴めてきた。
この先輩の慌て具合を見るに、裏でコソコソと何かをしていたことは間違いなさそう……!!
「先輩……もしかして私を騙していたんですか? 患者さんのこと、貴方はいったい、なんだと思っているんですかッッ!?」
「うるせぇ!! 俺は何もやってねぇぞ! 副部長の言うその証拠だって、俺は絶対に認めねぇからな! ――クソッ、どいつもこいつも勝手なことしやがって!」
「きゃあっ!?」
完全に理性を失くしてしまった先輩。
形振り構わなくなったのか、私は先輩に肩を押されて突き飛ばされてしまった。
受け身を取ろうとしたけど、背後にあった部長のデスクに腰を打ち付けてしまう。
「そもそもテメェが余計なこと言うからこんなことになったんだろうが! 大人しく俺に従ってりゃ良かったのに……!」
「いやっ、やめて!!」
それだけじゃ腹の虫が収まらなかったのか、腕を振りかぶって体勢を崩している私に襲い掛かろうと――
周りは突然の事に身体が固まってしまっているのか、先輩以外誰も動けない。
私の後ろに居る部長も動揺していて、助けてくれそうにない……!
――ドゴッ!!
「っつぅう……!!」
「――し、獅童ッッ!!」
激昂した男性に襲われる恐怖で、逃げることも出来ずに硬直してしまっていた私を咄嗟に庇ってくれたのは、後輩の獅童だった。
彼は私の代わりに、左頬を思いっきり殴られてしまった。
打たれた衝撃でヨロヨロとたたらを踏んでいたけれど、倒れることなく未だ興奮している先輩から私を護ってくれている。
「てめっ、そこをどけっ!!」
「どくワケが無いでしょう……!? アンタみたいなクズにこれ以上、紫愛さんを傷つけさせてたまるかよッ!!」
「――ッ!? なんだよっ、下っ端の癖に……クソがっ!!」
5人が密集している狭い部長室で、取っ組み合う獅童と猪田先輩。
ちょっと、どうしようっ!?
助けを呼ばなきゃなのに、私と龍鳳寺副部長は悲鳴を上げながら逃げることしかできない。
部長は……デスクの下に蹲っている。
どうにか部屋から出て誰かを呼びに行こうと隙を狙っている間に、私を逃がそうとした獅童に猪田先輩が再び襲い掛かった。
やはり小柄な獅童は体格的に不利だよっ……どうにかして助けないと!!
「獅童ッ、逃げてっ!!」
「お前も俺のことを……俺の事を馬鹿にしやがって……!!」
「先輩っ、俺はいいから貴女が逃げてッ!!」
部長のデスクにあったボールペンを見つけると、躊躇なくそれをガシッと掴んだ猪田先輩。
ま、まさか……それで獅童をどうするつもりなの……!?
先輩をどうにか抑えようと思っても、獅童はその小さな身体で後ろに庇って私を決して前に行かせようとしてくれない。
うっ、私じゃ盾にもならないの!?
先輩が凶器を持った腕を振りかぶった瞬間、私は思わず目を瞑ってしまった。
誰か、誰でもいいから、獅童を助けてッ!!!!
「――おい、もうその辺にしとけ」
「はァい、ストーップよォ?」
「さすがにこれ以上の暴力は見逃せねぇなぁ?」
獅童が刺されてしまう――どうやらそれは回避されたらしい。
それも、神饌病院の頼れるマッチョたちによって。
「根津課長!? それに猿谷主任と院長まで……!」
「くはぁっ、た、助かったぁ~」
「あっ、ちょっ! 大丈夫、獅童!?」
安堵の溜息を吐いて、崩れ落ちていく獅童。
それをどうにか私が全身を使って抱き支える。
ぐっ、案外重いな獅童……!
「み、みなさん……助けに来てくれたんですか?」
「おいっ、離せよっ!! ふざけんじゃねぇぞ!! こんなことをしてタダで済むと「おい、お前さんはちょっと黙れ」……ヒグッ!?」
相変わらず黒光りしたモリモリゴリマッチョな院長は、白い歯をキラリと見せながら猪田先輩の首根っこを片手でヒョイっと猫のように掴んでいる。
そしてその両サイドでは根津課長と猿谷主任が先輩の両腕を掴んでいるので、完全に身動きがとれなくなった。
唯一彼が出来たのは何かを大声で喚くことだったんだけど、院長の一喝でビビったのかすんなりと沈黙した。
「あぁ、薬剤部の副部長から防犯カメラの視聴申請が来て、さっきまで一緒に確認していたからな。その後コッチがどうなったのか確認しにきたんだが……まさかまたコレとはな。」
「院長のことは調剤室に居た俺が応対していたんだが……急に部長室から大声がしたもんだから、3人で飛んできたんだ」
「アタシは院長が居たから来たヮ」
猿谷主任……貴方って人は……!
でも理由はともあれ、3人が来てくれて良かった。
獅童も頬を殴られたこと以外は、特に傷も無いみたいだし……。
「あ、あの……先輩? そろそろ離してくれませんか? もう大丈夫なんで」
「えっ? あっ、ゴメン!」
「いえ……ありがとうございます……」
大丈夫かな、獅童の頬っぺたがどんどん赤くなっている気がする。
腫れてくる前に、早く処置しなくっちゃ!!
「……あらあら。随分ベタな展開ねェ?」
「羨ましがってないで、主任もこの状況をどうにかするのを手伝ってちょうだい? はぁ……今日は残業確定ね。ツイてないわ……」
よかった、ひとまずこれ以上の流血沙汰は避けられたようだ。
あとはもう、今回のことが無事に片付きますように願うしかないね……。
「部長! 今回はさすがに逃がしませんからね!?」
「ふ、副部長~!!」