第67話 愚策×工作
「……龍鳳寺君、証拠ってどういうことだね?」
「そ、そうですよ副部長! 今回のミスは、全てそこの飯野たちがやったことでしょう!?」
薬剤部長室に颯爽と現れた龍鳳寺副部長に詰め寄る、田貫部長と猪田先輩。
たしかに、私がやってしまったミスの原因が分かった、というなら分かる。
というより、不注意というほか無いと思うんだけど……。
「飯野さん、貴女は今日の行動についてもう一度詳しく教えてくれる?」
「え……? あ、はい。今日は出勤後に副部長からの要請で、烏丸課長不在のヘルプを……」
午前中は後輩である獅童と一緒に、点滴ルームで注射剤を作っていた。
入院患者さんの中でも、特殊な薬を投与する必要がある人には薬剤部で点滴をそうやって作っているのだ。
今回は抗がん剤の入った点滴袋の中に本来入っていない筈の薬剤と、ゴム栓の破片が入っていたことが発覚した。
患者さんに投与する前に、病棟の看護師さんが点滴の本来の中身と違う色をしていることと、塵のようなゴミがチラチラと浮いていることに気付いてくれたお陰で、患者さんの命にかかわるような最悪のケースは免れたんだけど……。
「うんうん、そうよね。私がお願いしたとおりにやってくれていたわけね。それと、今日退院したっていう蟹田さん。その方に関することについては?」
蟹田さんは腎臓病でこの夏に入院して来た患者さんだ。
薬の取り扱いに関して注意が必要な方で、数ヵ月の入院中も繰り返し説明しに行った記憶がある。
高齢なお爺ちゃんだったけど、何度もお話したお陰で私のことをよく覚えてくれていた。
無事退院が決まった時は私も嬉しかったし、帰宅後のお薬についても自分で準備をしたからかなり印象に残っている。
だから間違えてお薬が渡ってしまっていたことは、私としても相当ショックだった。
「今日の午後に退院予定から、午前に変更になったことは聞いていなかったのよね?」
「……はい。どうやら午前中にご家族がお迎えすることになったらしくて。ただ、私は点滴を作っていたので、誰かが代わりにお薬をお渡ししたみたいで……」
せめて私が直接お薬を渡して説明していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
――今更そんなことを言っても仕方がないのは、痛いほど分かってはいるんだけどね……。
「――ふん。そうやって直接渡さなかったからって理由で、お前はミスを誤魔化す気か? 調剤したのが飯野なんだから罪は「猪田くん、今は飯野さんから話を聞いているの。ちょっと黙っててくれる?」……チッ。すいませーん」
途中から口を挟んできた猪田先輩を諫める副部長。
でも先輩の言う事も尤もだ。
私が元々のチェックをしっかりとしていなかったから……。
「うん、それは看護部の方でも確認が取れているわ。そして薬剤部にちゃんと変更の旨の連絡が行っていたのも複数の職員が把握していたわ」
……もう私が悪いのは確定みたいだ。
でも、どうして私には連絡が来ていないのに薬が渡ってしまったんだろう……?
「やはり飯野君が誤った調剤をして、患者様に被害を与えてしまったようだな。あとは私が責任を持って処理をしようじゃないか」
「……はい、部長。よろしくお願いします……」
か細い声で私は田貫部長に沙汰を委ねる。
部長は余裕たっぷりの笑顔で大仰に頷いた。
「――いいえ、その必要はありません。というより、飯野さんが責任を取る必要は皆無です」
「……えっ? 私が……?」
「ど、どういうことだね、龍鳳寺君!?」
「いやいやいやっ! そりゃおかしいだろ! 俺の時はちゃんと反省しろとか言ってたじゃねぇか!」
「はぁ……どうもこうもありませんよ。だって――飯野さんは微塵も悪くないんですもの」
「「「ええっ!?」」」
いったい、どういうことだろう。
ここまで証拠があるっていうのに、なんで副部長はそんなに自信ありげに……?
……ん? 証拠……??
そういえば副部長は『証拠がある』って断言していたけど、証拠ってなんだったんだろう?
「あぁ、良かった。こちらで入手した証拠と、当事者の話を十分に聞くことができました。お陰様で、裏もしっかりと取れましたわ。――どうやら話もこれで無事にまとまったようですし、この件を看護部にも説明して参りますね。飯野さん、貴女も一緒に来てちょうだい?」
ニッコリを笑みを浮かべて「それでは失礼します」と、部長に簡単な会釈をする副部長。
そしてそのまま、来た時と同じように華麗に部屋から去ろうとしている。
他のみんなはそんな彼女の言う事の意味が掴めず、呆気に取られてしまっていた。
「ちょ、ちょっと待ちたま「納得いかねぇだろ!! なんだよ証拠って。証拠なら飯野がミスった点滴だって残ってんだろ!?」そ、そうだろう。猪田君の言うとおり、物的証拠ってものがあるじゃないか……」
自分の上司だという事も忘れ、龍鳳寺副部長に遠慮なく突っかかる猪田先輩。
なにを焦っているのか、良い人キャラを取り繕うことも出来なくなっているようだ。
「えぇ、アレは大事な証拠です。なので先ほど、そちらを私の方で回収させていただきました。それで……猪田君? 貴方さっき『間違えて点滴にビタミン剤を入れた』って言ってたけど、どうしてあの中にビタミン剤が入ってるって知っているのかしら?」
「え……?」
そ、そういえば。
点滴の中身が本来無色であるはずなのに、なぜか黄色に着色されていたから中身が違う、とは判断したけど……具体的にどんな薬剤を間違えて入れたかなんて、本来分かりっこないはずだ。
だって混ざってしまえば、それはただの色のついた水だから……見た目だけじゃ絶対に中身なんて断定することなんて出来ないんだ。
――それこそ、その点滴を作った本人でもない限り。
「あ、えっと。そ、そんなこと言った覚えはないですよ? っつーか偶々《たまたま》色で中身を予測したからって、それだけで俺の事を疑うっていうのかよ!?」
「あらそう。ところで猪田君。点滴はずっと看護部と私、そして根津君が預かっていたんだけど……貴方っていったいどこでその点滴を見たのかしら?」
「あっ……」
「ちなみに……獅童君?」
「はい。ちゃんと録音出来てます。僕が入室してから、ずっと」
そう言って獅童は白衣のポケットから、スマホを取り出した。
どうやら録音アプリを使って、今までの会話をずっと録音していたらしい。
いつの間にそんなことを……。
いやでも、先輩だって人から聞いたって可能性も……。
「あぁ、ちなみに誰かから聞いたのかもしれないわね。そういえば他にも疑問があったのを思い出したわ。……その件の点滴なんだけどね、病棟の看護師はソレを持ってきた人間を誰も見てないらしいのよ。おかしいわよねぇ、勝手に歩いて病棟に行ったのかしら?」
「そ、そんなの……!!」
「そうよねぇ。誰かさんの言葉じゃないけれど、直接渡してないからって誤魔化すわけにはいかないもの。だからね、院内の安全管理担当の辰巳師長、事務長、看護部長そして院長の承認を得て、特別防犯業務措置を取らせてもらったわ」
特別防犯業務措置……??
聞いたことが無い単語が出てきたけど……。
「な、なんだねそのナントカ措置っていうのは!! 部長である私を差し置いて何を勝手に話を進めているんだ!!」
蚊帳の外に置かれた怒りのあまり、自分のデスクをバァンと叩く田貫部長。
……どうやら、薬剤部の部長ですら知らない事態が進行していたようだ。
困惑の表情を浮かべる私たち3人とは対照的に、副部長と獅童は笑みを深めていった。




