第66話 救済×及第
――もう、彼らに全てを委ねてしまおう。
私はまるで許しを請う罪人のように、目の前でニヤつく猪田先輩と田貫薬剤部長に向けてグッタリと頭を垂れた、その瞬間。
「――ちょっと、待ってください」
3人しか居なかった部長室のドアを開けて、慌てた様子で侵入して来た人物が1人。
「んん? どうしたんだね、獅童君。急に入ってきて」
「オォイ、獅童! てめぇ、何を許可なく上司の部屋に来てんだよ。マジで社会人としての常識無ぇのか?」
……私は俯いて下を見ていたから顔は見ていなかったけど、どうやら声の主は獅童だったようだ。
言い方の強さは違うけれど、2人とも彼の事を責めているみたい。
そうだよ……上司に歯向かったりなんかしちゃダメ……。
「シア先輩、大丈夫でしたか? ……あぁ、もう。相当酷い顔をしちゃって……」
「し、どう……」
先輩たちのことは無視したまま、立ち尽くしていた私の顔をフッと覗いてくる獅童。
――この状況を何となく把握したのだろう。
彼はいつもの優しい顔を、私以上にグニャリと歪めている。
なんで獅童がそんなに怒った顔をしているんだろう……?
私は大丈夫だよ? なんかね、猪田先輩たちが助けてくれるんだって。
叱られているのだって、私が悪いことをしたからなんだよ……?
「――先輩、この人たちにいったい何を言われたんですか? まさか何か強要されたんじゃ……」
「おいおい、獅童君。なにを人聞きの悪いことを「あぁ!? てめぇ、フザけたこと言ってんじゃねぇぞ? 事情も知らねぇ下っ端のクセしてよォ!」……まぁまぁ、猪田君。キミも抑えて、ねっ?」
怒りの形相になった先輩が獅童の胸元を両手で掴んで、グイッと力ずくで押し上げている。
身長差のある2人なので小柄な獅童はロクに抵抗も出来ず、締められた首から苦しげな声を出した。
「ぐうっ……。お、俺だって知らないから聞いてるんですよ! それに……こんな状況を見せられたら、どうしたってマトモな遣り取りしているなんて思えないじゃないですか!!」
「――チッ。部外者の癖に、いちいち横から口出してくんじゃねぇ。第一、俺たちはコイツの後始末をしてやるって話を、有り難いことに先輩の俺が優しく提案してやってたんだよ! ――そうだよなぁ、飯野ォ!?」
「えっ? 私はただ「だよなぁ!?」はいっ! すみません、そうです……」
やだ……大きな声、怖い。
「ほら、本人がそう言ってんだろ!? 雑魚は黙ってろよ! それとも何か? テメェが点滴にビタミン剤ブチ込んだっつーのか!? アァ? 違ぇんだろ!?」
「そ、それは……。だからと言って、先輩をこんな形で責めるのはさすがに間違っています!」
頭一つ分近く身長差がある先輩に対して、必死に噛み付いていく獅童。
私なんかを守るために、あんな怖い思いをしてくれている。
「いいの……獅童。私が間違ったんだから、私自身でちゃんと償わなくっちゃ……」
聞こえてるか分からないけれど、今出せる精いっぱいの声で獅童に伝える。
責任を取れっていうなら、私はそうしなくっちゃいけない。
例え私の夢が遠くなったとしても、患者さんに誠意を見せなくちゃ私の信条に反してしまう……。
「『患者さんの痛みを理解して、寄り添った医療を提供をする』のが私の目標だもん。今回の事をなぁなぁにしたら、私は一生その夢を果たせなくなっちゃう……」
「でも……!!」
泣きそうな顔で私を見つめる獅童。
庇ってくれるのは嬉しいけど、患者さんを危険にさらしておいて誤魔化したりなんかしたら、私は私を一生許せないの……。
「獅童君、これは薬剤部だけの問題じゃないんだよ。病院全体として……いや、医療業界としても見逃せない事案なんだ。だから我々は徹底的に調査を……」
……あぁ、やっぱりそうだよね。
だって、患者さんの命を脅かしちゃったんだもん。
ははは、もしかしたら私はもう薬剤師としてやっていけないのかも。
これまで命懸けで頑張ってきたつもりなんだけどなぁ。
ごめんね、お父さん。お婆ちゃん。
大路先生も、私なんかの命を助けてくれたのに……無駄になっちゃった。
うぅ……。これから私は、いったいどうしたらいいの……??
――ガチャリ。
「また急に入ってきて……今度はいったい誰だね……って、龍鳳寺……副部長……!?」
「……っ!? な、なんで調剤室のババァがここに!」
獅童に続いて部屋に入ってきたのは、龍鳳寺副部長だった。
いつもの背のピシっと伸びた白衣姿で、スタスタと遠慮することも無く私たちの目の前までやってくる。
ハラハラと泣いていた私をチラリと見ると、彼女は目元でニヤッと笑う。
そして《《何故か》》楽しそうに口を開いた。
「……あらあら。どうやら、みなさんお揃いのようで。飯野さん、大丈夫だったかしら? 獅童君も時間稼ぎと証拠固め、お疲れ様だったわね」
え……龍鳳寺副部長? 副部長がなぜここに?
私が起こした医療事故を院長先生に説明をしに行ったって、さっき辰巳師長が言っていたはずなのに……?
獅童の時とは違い、副部長の急な登場には猪田先輩も流石に焦ったらしく、両手で掴んでいた獅童を咄嗟に手放した。
急に解放されてしまった彼は床に尻もちをついて、ゲホゲホとえづいている。
「副部長、ちょっと遅いっすよ……」
「ごめんごめん。色々と確認するのに、時間食っちゃってさ。でもその分しっかり必要なモノはゲットして来たわ」
確認……? 必要なモノっていったい……??
「――ふぅ。龍鳳寺君、君は状況把握と院長への報告に行っていたんじゃないのかね? それとも、飯野君の処遇の結果がもう出たのか?」
「1日で2件も重大な事故起こしたんだから、謹慎? クフッ。いや、それとも獅童も同罪で……」
部長と先輩の2人はヤレヤレといった感じらしい。
どう考えても私のことなんて庇うつもりなんて無さそうな口調で、院長との話し合いについての詳細を副部長に尋ねた。
一方の獅童は、まるで鬼の様な形相で猪田先輩と田貫部長を睨みつけている。
大丈夫だよ、獅童に何かあったら私がちゃんと守るからね……?
「心配しなくていいのよ、飯野さん。……それで、部長。この件についてですが」
「うん、どうなったんだね?」
あぁ……どうか、私だけの処分で収めてください……。
「医療事故の原因を判明することが出来そうです。……もっと正確に言えば、決定的な証拠を得ることが出来るでしょう」
「「「しょう、こ……?」」」




