第63話 代理×配慮
一波乱があった運動会も無事に終わり、私は次の日からいつもの仕事漬けな日常に戻っていた。
運動会の優勝は逃したものの、参加したチアリーディングでは審査員賞を貰うことが出来た。
みんなができることをやりきった成果が出てくれたから、頑張って本当に良かったと思う。
兎月ちゃんの指導、宇佐美ちゃんのメイクによる獅童のチアコスプレ、牛尾ちゃんの……いや、これ以上はやめておこう。
ともかくチアで出番が終わった私はビール缶を片手に、他の競技に出ている人の応援に励んだ。
いやぁ、最初は「なんで休日に運動会になんて参加しなきゃいけないんだ~」とは思っていたんだけど、途中から夢中になっていたし案外楽しかった。
また来年のこの時期になったら、絶対に参加するのは嫌だって嘆いているんだろうけどね。
朝イチで薬剤部にある自分のデスクに座りながら、昨日のことをしみじみと思い出す。
あの人気の様子じゃ獅童は来年も何かしらで駆り出されるだろうし、モッチーもカメラ片手に遊びに来そうだ。
そうそう、今年は都合がつかなくて来れなかったセブンちゃんもまた誘ってみよう。
「あ、シア先輩。おはようございます~」
「んん……獅童、おはよ。疲れは残ってない?」
心の中で噂をしていたら、その本人が眠そうな顔でやってきた。
運動会が終わった後は打ち上げで居酒屋に行ったから、余計に疲れているのかもしれない。
「いちおう、大丈夫っす。なんかダンスの練習をしていたお陰か、変に体力ついちゃったみたいで……」
「あぁ~、宇佐美ちゃんも同じようなことを言っていたかも。たしかに昔に比べたら獅童はちょっとガッシリしてきた気もするし、やって良かったんじゃない!?」
「えっ……マジっすか!? 良かったぁ……」
数秒前まで陰のある顔をしていたのに、ぱあぁあっと花が咲くような笑顔に変わる単純な獅童。
そういうところが何となく乙女チックなんだよなぁ。
むしろ私にその乙女力を分けて欲しい。
「あ、2人ともおはよう! 丁度いいところに居たわね!!」
照れる可愛い後輩をニヤニヤと眺めていたら、調剤室のボスである龍鳳寺薬剤副部長に声を掛けられた。
昨日は競技に出場もしないで朝から飲んだくれていた副部長だけれど、こと仕事場ではバリバリに働く憧れの上司だ。
……部長室に閉じこもりっきりの誰かさんと違ってね。
ところで私と獅童に用があるみたいだけれど、何かあったのかな?
「今日、烏丸ちゃんがお休みでさー、人出が少ないから調剤室のヘルプに入って欲しいのよ」
「烏丸課長が?」
「いつもいる課長が居ないって珍しいっすね」
烏丸課長は、この薬剤部の中でも3大巨頭に数えられている私の先輩だ。
どれだけ煩雑な処方でも、まるで機械神のように精密な仕事をしてくれるから、いつもみんなから頼りにされている。
この地下にある薬剤部の調剤室で、誰よりもキビキビと作業をしているイメージなんだけど……そういえば今日はまだ見掛けていなかったような?
どうりで他の皆が必死の形相で薬と処方箋をにらめっこしていると思ったよ。
「烏丸ちゃん、昨日から有給使って夏休みなのよ~。総務から休まなさ過ぎてこれじゃ行政から目を付けられかねないって注意が入っちゃってね。半ば無理矢理に休んでもらったってワケ」
「「あぁ~、なるほど……」」
そういうわけなら……っていうか、上司が進んで休暇を取ってくれないと部下の私たちが休みにくくなるし、寧ろ積極的にどんどん休んでほしいね。
まぁ今日みたいに他の調剤室担当の人は大変かもしれないけど、そもそも烏丸課長1人に負担を強いるわけにもいかないから、こればっかりは仕方がない。
「ということで、今日は私が烏丸ちゃんの代わりに調剤のシフトに入るわ。だから2人は点滴を作って欲しいんだけど……大丈夫かしら?」
「そういうことなら分かりました。――獅童もいいよね?」
「はい、午前中は調整してそっちに回ります」
「ありがとう、それじゃあ頼むわね」と言って副部長は忙しそうに仕事に戻っていった。
私も病棟の仕事を空けなきゃいけない。
昨日の休みの分の仕事もあるので、今日は慌ただしくなりそうだ……。
「はぁ、今日も今日とて残業か……気合入れて頑張ろっと」
昨日の疲れが残ってるなんて言っていられないもんね。
私も仕事の調整に入るため、足早に病棟へと向かうのであった。
◇
「これでラストですね」
「あいよー。ラベルを貼ったら、一緒にダブルチェックをお願いね」
よし、頼まれた点滴の調剤はなんとか終わったかな。
数時間にも及ぶ作業で強張った肩を解しながら、獅童に作り終わった点滴を渡す。
副部長にヘルプを依頼された私と獅童は、点滴ルームという点滴袋に薬剤を混ぜ込む作業をするための部屋に来ていた。
この部屋は調剤室の隣りにある特殊な部屋で、ちょっとしたクリーンルームみたいに隔離されている。
ここには作業を行う台と様々な注射器や針などといった道具が所狭しと置いてあって、ちょっとした研究室か理科室みたいだ。
そして職員の出入り口の他に、壁には物専用の運搬口が設置されている。
基本的に感染や汚染を防止するために隔離された状態になっているから、調剤室とのやり取りは電話かこの運搬口を使うようになっているわけだね。
もちろん入室している薬剤師も清潔にしなきゃいけない。
今ここに居る私たちも防護服やマスクなどで完全防備な状態だから、見た目がかなり滑稽な姿になっている。
「獅童も最初の頃よりかなり上達していたじゃん。指導していた師匠としては、弟子の成長が見られて安心したよ」
「えへへへ。嬉しいっす。先輩のご指導ご鞭撻のお陰っすね~」
普通の人は点滴を調製する作業って、注射器で薬剤を吸い取って点滴の袋に入れるだけじゃないのって思うかもしれない。
だけど針を通して直接血管に入れるお薬だし、僅かなゴミひとつ混入しただけでも最悪は命にかかわっちゃう。
だから、かなり神経を使う作業なんだよね。
現に今もこうやって、2人で1つずつ正確にチェックをしながら丁寧に作っている。
「ふぅ。こっちはオッケー。それじゃあ、病棟に持って行って貰えるように運搬口に入れてくれる?」
「分かりました。あとは調剤室に居る人に連絡もしておきますね」
専用の配達ボックスに作ったばかりの点滴袋を入れて、運搬口を使って調剤室に送る。
獅童が内線を使った電話で連絡すると、さっそく誰かが来た気配があった。
運搬口の向こうで白衣姿の誰かが受け取ったのを確認すると、私たちはほうっと安堵の息を吐いた。
部屋に備え付けられている時計を見ると、時刻はもう午後に入っていた。
普段やらない作業だったし、休日明けで作る量も多かったから今回は大変だったな~。
「じゃあ私は着替えたら病棟に戻るから。手伝ってくれてありがとね?」
「了解です。お疲れさまでした」
さぁ、これで午前の業務は終わりだ。
ご飯を食べて、この調子で午後も仕事を頑張ろう!!




