第61話 醜態×ショウタイム
「食べ過ぎた……」
「そりゃあ、あれだけ食えば腹も膨れるに決まってるだろう……?」
「シア先輩……? この後のチアダンス、そんな身体でどうするんですか……」
お昼のお弁当をたらふく食べた私は今、ビニールシートの上で大の字になって転がっていた。
やばい、いくら豪華な昼食だったからとはいえ、動けなくなるまで食べるんじゃなかった!
「紫愛さん、もうすぐ召集ですよ……って、そんなはしたない格好で何やってるんですか?」
「あー、やっぱりだー。紫愛っちなら食べ過ぎてると思ったよー」
「あらあら。これじゃあ、お腹ぽっこりでダンスですね! ぷっ、くすくすくす」
私の顔に影が差したと思ったら、既にチアのコスチュームに着替えた牛尾ちゃん達が私を迎えに来てくれたようだ。
宇佐美ちゃんの言う通り、お腹が出ている衣装なのにこのままでは観衆の前で醜態を晒すことになりそうだ!
――っていうか、このアングル凄いな。
可愛い女の子3人の生足ローアングルじゃん。
男の子だったら眼福ってレベルじゃないぞ。
ぐへへへへ……。
「うりうりー! このポンポコ狸女は何をこんなになるまで食べたんだー?」
「や、やめて兎月ちゃん! お腹グリグリされたらパスタが出ちゃう!」
せっかく美味しいお昼を食べたのに、リバースだけは絶対にイヤ!
「パスタ……? 紫愛さん、お弁当にパスタなんてありましたっけ?」
「それは……モッチー先輩がお土産に持ってきてくれたんですよ。シア先輩はそれに加えて、支給されたお弁当も完食してたから……」
「「「お土産っ!?」」」
あっ、獅童め……余計なことを口走りやがって!!
私たちを誘わず、自分だけ美味しいものを……といったような恨めしい視線を送ってくる双眸が3対。
そんなこと言ったって、部署が違うんだから仕方がないじゃない!!
「そういうことでしたら、これは完全に自業自得ですね。さぁ、2人とも。この食いしん坊は放って置いて、私たちは会場に行きましょうか」
「そんな!? 酷いよ牛尾ちゃん! 親友である私を見捨てるの!?」
「ふーん? 親友なら、美味しいものだって分かち合うはずだよねー? アンもパスタ食べたかったなー」
「えへへ。カニクリームだったんだけど、トリュフの特製オイルを掛けたらそれまた絶品で……あっ」
「シーさんのこと、見損ないました! 牛尾さん、兎月さん。さっさと行きましょう!」
「ま、待ってよ宇佐美ちゃぁあん!」
私を置いてゾロゾロと歩いて行ってしまう3人を追うように、慌てて地面から起き上がる。
待ってよ、スイーツの杏仁豆腐まで食べちゃったのは謝るからぁ~!!
「うぷっ。ぐ、ぐるじい~!!」
◇
「――ふぅ。この日の為に必死にシェイプアップしたのに、衣装が入らなかったらどうしようかと思った」
鮮やかな青の布地に黄色と白のラインが入った、チアリーディング用のコスチューム。
普段はこんな短いスカートとか派手なトップスなんて着ないから、何度着てみてもやっぱり恥ずかしい。
「んんん~。やっぱりこの衣装……みんなの前で見せるには恥ずかしくない?」
「紫愛さんは長身でスタイルがいいんだから、問題無いじゃないですか。私なんて……」
ふわふわのボンボンを両手に持った、私と同じコスチューム姿の牛尾ちゃんが悲しそうな声で呟いた。
いやいや……牛尾ちゃんはそんなことを言っているけど、彼女のスタイルの良さは誰から見ても抜群だ。
唯一問題があるとすれば、あの胸部にボンボンが詰まっていることだ!!
「シーさんも牛尾さんも、私からしたら羨ましいんですけれど……」
「そーかなー? ウサミーも可愛いじゃん? 背はちっちゃいけどー」
「うっ、身長の事は言わないでくださいよ~」
この中で一番小さい宇佐美ちゃんは、自分の身長が気になるらしい。
身長が高いのもコンプレックスだけど、小さいは小さいで悩むモノなんだね。
嗚呼、私の身長を宇佐美ちゃんに分けてあげたい。
『これより、各病院によるチアリーディングが行われます。出演される方は指定の場所にお集まりください。観賞は各自のブースでしていただきますようご協力を……』
おっと、遂に呼ばれてしまったね。
20程あるグループ病院で働く人たちで行われる、一大イベントのチアリーディング。
ウチの病院が踊る順番は8番目だから、まだ時間には余裕がある。
「はーい、今のうちに最終確認するよー。ほらほら、シドー君もおいで!」
……普通の人なら聞き間違いだと思うかもしれないけど、冗談とかじゃないんだよなぁ。
兎月ちゃんの号令で呼ばれてきたのは、私たちと同じヒラヒラの衣装を着た――
「うう……やっぱり恥ずかしいですよ~!? 今からでも僕、辞退できないっすか……?」
そう、我らが薬剤部のエース、獅童潤風君その人である。
「なんで僕が……こんなチアのコスプレなんて……」
「もぉー、シドー君はまだウダウダ言ってるのー?」
「諦めなよ獅童。新人男性職員の中で、1人は必ず女装して出るのが今回のルールらしいんだから」
女の私から見てもなんの罰ゲームだよってカンジだよね。
だけど目の前で項垂れているこの男は、私たちと全く同じコスチュームを完全に着こなしている。
だって元々が中性的で可愛いし、身体つきも華奢で見た目は普通にショートカットの美少女だ。
……うん、やっぱり似合ってると思う。
「ほらほら。せっかく頑張ってメイクしたんですから、泣かないでくださいねー?」
「牛尾さんの言う通りですよ! 私だって時間と手間をかけて、全力で監修したんですから」
宇佐美ちゃんはどうやらコスプレ経験があったらしく、獅童の変身に大いに貢献してくれた。
胸部の詰め物や女性らしい演技指導、メイクの方針とかいろいろ。
表情やポージングなんて、獅童がトラウマになりそうなほど厳しかったのだ。
「もう……早く終わって欲しい」
うふふふ。死にそうな顔で震える獅童は可愛いなぁ。
他のメンバーもそんな彼の姿を見てハァハァと悶えている。
何人かは熱心に写真を撮っていた。
ちなみに私も後でソレを送ってもらう約束をしてあるから楽しみだ。
「まぁまぁ、これが終わったら打ち上げで美味しいもの食べに行こう?」
「はい……」
「お、もう次はアンたちみたいだっ! よっし、みんなで円陣組むよー!!」
どんどん元気をなくしていく後輩を慰めていたら、とうとう私たちの出番となった。
「よし! じゃあバッチリ決めに行きましょうか」
「そうだねー! みんなー、気合入れていっくよー!」
「「「おおーっ」」」
「お~ぅ……」




