第59話 弁当×面倒
「もう機嫌を直してよ、しーちゃん……」
「ふんっ」
牛尾ちゃんの揺れるお胸様に夢中になっていた男なんて知らないもんね。
獅童なんてついこの間、私に告白して来た癖に他の女の子に見惚れちゃうなんて。
「だから誤解ですってシア先輩~」
「……嘘つき」
私だって好きでこんな絶壁してるんじゃないやい。
いくら食べても、私の栄養は身長にしか使われないんだから仕方ないじゃないか。
「仕方ない、ここは最終手段だ」
「そうっすね、もうアレしかないっすね」
……ん? 最終手段?
なんだろう。土下座かな??
コソコソと相談を始めた2人は同時にコクリと頷くと、小走りでどこかに行ってしまった。
「なに? 逃げたワケ? 上等じゃない。追いかけっこなら私だって負けないんだから」
さっきリレーを走ったばかりだけど、もう回復したからイケるぞ私は。
こうなったら、まな板の良さを骨の髄まで理解させてあげようじゃないの。
と、思っていたら、2人は別々の方向から戻ってきた。
しかも獅童もモッチーも両手に大荷物を持って。
「おまたせ、しーちゃん」
「ふぃ~、結構重かった……ってどうしたっすか? そんな顔をして」
「いや、どうしたのはこっちのセリフよ。どうしたの、その大量の立派な箱は」
2人は大きな袋に入った大量の箱たちを、地面に敷いてあるビニールシートの上にドサリと置いた。
いや、見た目はお弁当って分かるけど、去年までの安っぽいプラスチックの容器に入った日の丸弁当とは趣が違う。
普通のコンビニとかで売っているやつじゃなくて、専門のお弁当屋さんで作っているようなそこそこお高いやつだ。
獅童はその一つを取ると、箸とお茶のペットボトルを添えて私に手渡してくれた。
なぜ、今年はお弁当が豪華に……?
って疑問に思っていてもしょうがないので、さっそく箱を開けてみる。
「おおぉ~、今年は随分と奮発したなぁ」
「すごいっすよね、コレ。なんでも理事長に孫が生まれたらしくって、それに喜んだ理事長がお祝いを兼ねて豪華なお弁当を提供してくれたらしいっす。それも、ポケットマネーで!」
マジか。どれだけ金持ちなのよ理事長……。
是非とも来年も宜しくお願いします。
「で? その豪華になったお弁当より贅沢なものを食べている人間が私の目の前に居るわけですが」
「んっ? あぁ、俺のことか? もちろん、みんなでシェアするよ。今回は部外者なのに無理言って招待して貰ったんだしな。お礼も兼ねて、俺のオススメのお店にテイクアウトをお願いして持ってきたんだよ」
そうは言っても、コレはちょっと……。
地面に敷いてあるシートの上には、重箱に入った料理の数々。
それもどれも手の込んだ煮物や揚げ物、和風から洋風、果ては中華まで盛りだくさんだ。
……季節外れのおせちかっての。
「しーちゃんはどれでも好きなのを食っていいぜ?」
「う、うん。でもなんだか、サバンナに放り込まれたシマウマになった気分なんだけど」
ここは院内のスタッフが集まるスペースだ。
つまり、他の同僚たちがいるわけで……
「飯野ちゃん! 当然私にもお裾分けしてくれるわよね!?」
「あらァ? 副部長! この筑前煮、ビールにとってもあうわァ~!」
「エビフライは私がいただく」
「美味しそうね、烏丸ちゃん! 私も院内の安全管理を代表する者として、味見しなくっちゃ♪」
こ、この人《上司》たちは……!!
「あ、あの……? しーちゃん、俺はどうしたら……?」
「ダメですぅ~!! これはモッチーが私にって買ってきたんだから、ぜぇんぶ私のですぅ~!!」
ハイエナなんかに私の豪華お弁当を譲ってたまるか!!
貴様らにサバンナの掟を叩きこんでやろう!!
「おい……俺の分も……ってダメだこりゃ」
「モッチー先輩、僕のお弁当分けてあげますから……」
「んん~っ、他人が買ったご飯っておいしいよね~!!」
ひと際豪華そうなお弁当箱の中には、手のひら大の煮込みハンバーグが入っていた。
私はそれを誰にも奪われないように腕の中に抱きながら、ハイエナ共から離れる。
ちなみに病院支給のお弁当には2色そぼろ飯が入っていたから、ご飯の確保もオッケーだ。
「熱々じゃないハンバーグって絶対美味しくない筈なのに、なぜかお弁当のハンバーグは冷めていても美味しいんだよね~!」
我が飯野家では、小さい頃のお弁当にハンバーグは定番だった。
お父さんやお爺ちゃんはお母さんたちが作ったお弁当にハンバーグが入っていると、いつもニコニコ顔で出勤して行っていたぐらいだ。
ちなみに私は食事制限があったので、ミートボールみたいな小さなやつだったけど、それでも御馳走だった思い出がある。
「今はたくさん食べられる幸せ……ふふふ、最高じゃあないですかぁ」
箸でも自然に切れるくらいのしっとりと柔らかい煮込みハンバーグ。
マッシュルーム入りのブラウンのデミグラスソースがしっかりと染み込んでいる。
それをひと口含み、もぐもぐもぐと咀嚼していく。
「んんん~。美味しっ! 冷めてると味が濃く感じる気がする! ってかお肉の美味しさが凄いな!?」
たぶん、凄く良い挽き肉を使っているではなかろうか。
臭みなんかもないし、肉の甘みすら感じられる気がする。
デミグラスソースも赤ワインで風味づけられていて、上品な味わいだ。
「そしてこのそぼろご飯も丁度いい味付け!!」
モッチーが持参したのとは別に病院で用意したものなので、別にこのハンバーグに合わせたご飯ではないけれど、不思議と合う。
卵のシンプルな甘さとも合うし、同じ挽き肉をつかった肉そぼろも味を邪魔することも無い。
むしろ味の濃淡で丁度いいバランスを取ってくれている。
思わぬマリアージュに舌鼓を打っていると、視界の先で変なものが高速で移動しているのが目に入った。
「なぁ」
「ぶふぉっ!? ゴホッゴホッ!!」
唐突に来て話し掛けられたもんだから、そぼろが気管に入ってむせてしまった。
「……大丈夫か?」
「ごふっ、ごほっ……だ、大丈夫です根津課長。ど、どうしたんです? 急に……」
根津課長は苦しそうにしている私を見て申し訳なさそうにしながらも、「靴下……」と言った。
「えっ? 靴下……?」
「貸してくれ」
「ええっ!?」
要領を掴めず、戸惑う私に根津課長は私に文字が書かれた小さな紙を手渡した。
「『異性の靴下を片方』……って、あぁ。借り物競争だったんですね。そういえば課長が出場するって言ってたな」
「すまん、一番声を掛けやすかったのが飯野だった」
たしかに、他の部署の女性にいきなり靴下が欲しいって言うのは無理難題だ。
薬剤部の女性陣は今、モッチーの持ってきたご飯をツマミにお酒をガブガブ飲んでいる。
だからアチラには声を掛けづらかったのだろうね……。
ていうか、誰だよ課長を借り物競争なんかに出場させたの。
「はい……ばっちいですけど……どうぞ」
「重ね重ね、すまん……」
いや、根津課長は全く悪くない。
ていうか運営側もこんなセクハラ紛いなお題を出すなよ……。
会釈をするようにお礼を言ったジャージ姿の根津課長は、見事な走りのフォームを見せて競技場へと帰っていった。
っていうか足早いな!?
いつも部屋にこもって仕事をしているとは思えないほどのアスリートっぷりだった。
「本当に謎に包まれているな、根津課長……」
薬剤部で一番ミステリアスなのは彼かもしれない。
双璧となる烏丸課長とどっちがより変人なんだろうと考えながら、私は食べ終わったハンバーグの容器を片付ける。
そして次なる獲物を捕獲するために、己の戦場へ意気揚々と戻るのであった。




