第5話 家族×オカズ婆
今更ながら、私の自己紹介をしておこう。
性は飯野、名を紫愛。あだ名は飯野《飯の》紫愛で〆《シメ》のしーちゃん。
実家から離れた街で独り暮らしをしながら、病院の薬剤師をしている29歳だ。
まぁ家族は普通にしーちゃんって呼ぶんだけどね。
そして今、私の目の前のベッドで横になっているのが飯野 加寿子。
今年95歳になった私のおばあちゃんだ。
通称、オカズ婆。
「おばあちゃんね、夕方辺りまで普通に縁側でのんびりお茶を飲んでいたのよ。でも、私が夕飯の買い物から帰ってきた時には倒れてて……」
オカズ婆のそばで涙ながらにそう教えてくれたのが、私の母である友子。
あだ名は……もういいか。
派遣された仕事場からの帰宅中、私のスマホに実家の母から電話があった。
普段はメールで済ます母からの連絡に、なんとなく嫌な予感がしたんだよね。
そしてその予感は的中してしまった。
「それで急いで救急車を呼んで病院で診て貰ったんだけど、まだ意識が戻らなくて。おばあちゃん、死んじゃうのかなぁ……」
持っていたティッシュが無くなる勢いで涙と鼻水を拭いていく我が母。
お母さんも私もおばあちゃん子だったからね、心配なのは分かる。
こうして慌ててこの病院に駆け付けたぐらいだし。
とはいえ、オカズ婆には前から心臓の病気や血圧といった持病があったし、もう百歳手前のご老体だから何があってもおかしくはないんだけど。
この前帰省した時は元気にお煎餅をバリボリ、ピザをモリモリ食べていたからまだまだ現役だと思っていたんだけどなぁ。
私自身は病院に勤めているだけあって沢山の患者さんを見てきたし、急変してそのまま……ってこともあったから、大抵のことは覚悟できる。
できるんだけど……。
「先生、祖母の容体ってどうなんでしょうか……」
タイミング良く病室に入って来た担当の先生にオカズ婆の状態を聞いてみる。
私を含めて家族全員が昔からお世話になっている先生なので、最初から遠慮なく聞いてしまおう。
「あぁ、紫愛ちゃんも来ていたんだね。そうか、仕事帰りか……」
チラ、と私の姿を見てそう言葉をこぼす40代のダンディなイケオジ先生。
視線の先には私が持っていた仕事カバンと、そこからはみ出していた白いモノ。
急いでここまで来たので、仕事カバンから白衣がはみ出していたことに気付かなかった。
「相変わらずしょうがない子だなぁ」といったような優しい笑みをふっ、と私に向けられた。
うぅ……こんな時に不謹慎だけど、久々の感覚にちょっとだけドキっとくる。
同じ医療職だし、このオジさん先生は二人目のお父さんってカンジで私が薬剤師になった時も嬉しそうに応援してくれた人。
そして私の命を救ってくれた恩人でもある。
「加寿子さんのバイタルはだいぶ落ち着いているよ。ただ、難しい検査はまだ出来ていないから、詳しいことは明日ぐらいには分かってくると思う」
「そうですか。あの……」
「うん、紫愛ちゃんには出来る限り検査結果も見せるし、友子さん達にもちゃんと説明するから」
……まぁこのオジさん先生、改め大路先生は優しい医師で有名だからちゃんと診てくれるって安心感がある。
あとは任せてしまっていいだろう。
「お母さん、あとはオジさん先生に任せよう。私たちがここに残ってもやれることはないし。長期的な戦いだったら今消耗しちゃうのは良くないよ」
「そう、ね。ご飯の支度もしなくちゃだし。入院の手続きは終わってるから一度、帰りましょうか」
「うん。じゃあ先生、後のことはお願いします」
「任せて。二人とも、気を付けて帰ってね」
最後におばあちゃんの手を優しく握って「またくるね」と声を掛けてから病室を後にした。
しわくちゃな手だけど、いつも通りちゃんと暖かくて涙が出るほどホッとする。
「紫愛ちゃん、夕飯どうする? 今日はウチで食べていくでしょ?」
「もちろん。元々土曜日には帰るつもりだったしね。それに久々にアイツにも会いたいし」
「ふふっ、きっと大喜びするわよ~。じゃあ今日はから揚げにでもしようかしら」
「ホントに? やったぁ!!」
母の運転する軽自動車に乗って、数か月ぶりの家族の団欒だ。
いつもより1人足りない分を寂しくならないように、2人の娘が代わりにワイワイと賑やかしていく。
お盆休みを前にした暑い時期なのに、心はちょっとだけ冷たい。
そんな8月の、真夏の夜だった。