第58話 疾走×振動
病院対抗の運動会が始まった。
私が出場するのはリレー走とチアリーディング。
その中でも午前の部で行われるリレー走が、たった今始まろうとしていた。
スタートを知らせるパーンという発砲音が鳴り、リレーの第1走者が一斉に走り出した。
「おぉ~。毎年思うけど、どの病院もガチで勝負掛けてくるなぁ」
全員が全員、初っ端から陸上選手みたいなフォームで400mトラックを全力疾走している。
誰一人としてエンジョイ勢なんていないんだけど……。
……あの人たち、私と同じ医療職なんだよね?
「仕方ない、私も出来る限り頑張りますか」
あっという間に第2走者にバトンが渡っていく。
このリレーは全部で第6走者までおり、1人で200mを走るルールになっている。
私は第4走者だから、もうスタートラインに行かなくちゃだ。
靴紐がしっかり結んであるか再チェック。
屈伸をしてこの日の為に新調したジャージの動きやすさも確かめる。
うん、バッチリ。体調も良いし、なんだかイケそうな気がする。
そうしている間に、第3走者にバトンが渡った。
私のチームの今の順位は8チームのうち、6位。
男女交互に走ることになっていて、私にバトンを渡すのは事務課の男の子だ。
その子がラスト50mでスパートを掛け――5位で私にバトンを託した!
「――頼んだっ!」
「はいっ!!」
振り返らずに返事をした私は、右手にしっかりとバトンが来たことを確認すると、最初からトップギアで走り出す。
全身に風を感じながら、1人、2人と抜いていく。
ただの女子になら私は走りでは負けない。
視界の端で、病院の皆が応援してくれているのが映る。
「シーちゃんいけえっ!!」
「先輩ッ!!」
モッチーと獅童の熱の入った声援にちょっとだけ恥ずかしさも感じながら、残り100mをスピードを落とさず走りぬく。
ってか、他の薬剤部の人たち、ビール缶片手に楽しそうに応援しやがって!!
私だって飲みたいのにぃ!!
あと十数メートルのところで後1人抜けそうだったけど、さすがに他の病院も生え抜きの陸上エリートを投入していたようで、そのままの3位で次の走者にバトンを託した。
「はあっ、はあっ、しんどっ! やっぱり全力で走るのはきっつぅ~!」
この後のアンカーが帰ってくるときの邪魔にならないように、ガタガタ震えそうな脚を無理矢理動かしてトラックの外へと移動する。
「お疲れっす、先輩」
「んぁ? あぁ、ありがとう獅童」
膝を抑えてゼェゼェ言っていた私に、後輩の獅童がタオルを渡してくれた。
こういう気が利くところも、さすがというべきか。
「おいおい、俺もちゃんと居るって。カメラで撮ってただけじゃないんだぜ?」
「ふふ、分かってるって。ありがと。応援も聞こえてたよ」
モッチーもスポーツドリンクを持って私を労ってくれた。
傍目から見たらイケメン2人を侍らしているみたいでちょっと気分がいい。
……って、そうだ! 順位はどうなったんだろう?
「おお、すげぇ……」
「あちゃー。先輩も頑張ったんですけど、アレはちょっと」
「うん、アレはさすがに無理だわ」
バトンを渡した時点では3位だったんだけど、アンカーは4位でゴールしていた。
そして私たちのチームを抜き去ったのが……
「さすがに外人は卑怯じゃね?」
「「ですよねぇ……」」
トラックの中心で1位のトロフィーを持って歓喜のステップを踏んでいたのは、明らかに日本人ではない金髪の女の子。
しかも私よりも身長が大きい。
マジかー。どんだけ勝ちたかったんだよ、あの病院。
まさかこの日の為に採用したんじゃないよね……?
「ま、いいや。私は私で頑張ったし」
「いやいやいや……。シーちゃんは2人も抜いてたし、周りもメッチャ盛り上がってたぜ?」
「そうですよ? あの選手に上書きされましたけど、ウチの病院の人間は手放しで褒めてましたよ!」
なら良かった……かな?
結果は中途半端だったけど、最低限の役目は果たせた。
だから……
「お昼ご飯だー!!」
「先輩、食べるのは良いんですけれど」
「チアダンスのことは忘れるなよ?」
そうでしたぁあ……。
さすがにお腹がぽんぽこりんの状態で、激しいダンスは出来ないや。
この大人数の前で醜態を晒したくはないしね。
取り敢えずここにいても次の競技の邪魔だから移動しよう!
◇
というわけで、私は自分の病院のブースに戻ってきた。
それとほぼ同時に、競技場のスピーカーからアナウンスが流れてきた。
『ただ今より、病院対抗のパン食い競争が行われます』
おっ、毎年恒例のパン食い競争だ。
テレビでも有名なベーカリーで焼いたクリームパンが吊るされるので、どの職員もこぞって参加したがる人気の競技だったりする。
「たしかウチの病院の出場者は……」
これは病院対抗と言ってもボーナスイベントみたいなものなので、競技でいい成績を取っても順位には関係ないから皆が楽しそうにパンに飛びついている。
そしてその中に、私の知っている人物が居た。
「はむっ!! はむっ、はむうぅっ!!」
可愛い声を出しながらも本気の顔をしている、我が病院のアイドルの牛尾ちゃんだ。
普段は大人ぶっている牛尾ちゃんが、頭上に吊るされた絶品クリームパンに向かってピョンピョンしている。
そう、あの巨乳な牛尾ちゃんがだ。
「……すごいっす」
「あぁ……俺、来て良かったかも」
それを私の隣で血走った目で熱い視線を送っているバカが2人。
「……死ねばいいのに」
「「あっ!?」
「ふぅん、やっぱり2人ともそういう人だったのね……」
「ち、ちがっ!!」
「誤解だっ!」
なにが誤解なのよ。
あんなにタプタプ揺れているのに合わせて眼球まで動いていた癖に!!
「ぼ、僕は先輩みたいな大きさの人も大好きですよっ!?」
「うわ、マジないわー。女を胸で判断するとか、獅童サイテー」
「さっ、サイテー!?」
別に何の慰めにもなってないのよ!
私だって牛尾ちゃんみたいな大きさが大好きよ!!
「ウル君、それはフォローになってないって!!」
「望月さんもそのカメラは何です?」
「あっ……。って敬語怖っ!」
「モッチー先輩、もう僕生きていけない……」
2人とも、もう大っ嫌い……!!




