第56話 仲直り×宝物
「ただいまぁ……」
プチ家出をした後、気晴らしにひたすら飲み食いしていたらすっかり喧嘩していたことを忘れていた私。
かなり気まずいけれど、さすがにこのままという訳にもいかないから、そぉっと帰ってきたんだけど……。
「紫愛……! ごめんね、お母さん……紫愛のキモチちゃんと考えてあげられてなかった……」
「紫愛ちゃん。私もすまなかった。いくら長い付き合いとはいえ、配慮が足りなさ過ぎたよ」
「2人とも……私こそ、子どもみたいに事情も聞かずに飛び出してごめんなさい」
家のリビングに入ると、お母さんと大路先生は揃って椅子に座っていた。
私の姿を見ると、すぐに2人は謝罪をしてくれたので、私も素直に謝ることに。
正直、2人の姿を見てしまったら、ショックだったり嫉妬の気持ちが再燃するかもしれないって心配だった。
……だけど、昔はお父さんの席だった所に先生が自然に仲良く座っているのを見た瞬間、私の恋心は完全に冷めてしまっていた。
だって私の目に映っていた2人は、もう長年連れ添った夫婦そのものだったんだよ。
私の付け入る隙なんてもう、どこにも無かった。
ははは、なんだったんだろう。
あれだけモヤモヤして悩んでいたのに、今は純粋なキモチで2人を応援したいって思えるよ。
「それでね、紫愛。なんで大路先生がウチに来ていたのかなんだけど」
「うん……」
とはいえ、それをいざ聞くとなると……ちょっと身構えてしまった。
2人の向かいの席に座り、テーブルの下でギュッと手を握る。
目はまだ、合わせる勇気はない。
「オカズお婆ちゃんの49日が終わって、落ち着いたらの話なんだけど」
「ここ最近、2人ともいろいろと大変だったと思ってね。私の実家でやっている温泉旅館に招待しようと思って、相談に来ていたんだ……」
「……えっ!?」
――実家が温泉? 招待……??
「ほら、私たちの家庭事情もあって、今まであんまり家族で旅行とか行けなかったじゃない? この先も何があるか分からないし、今のうちに休みを取って息抜きをしようと思ったのよ」
「ある程度の計画が決まるまでは、紫愛ちゃんに内緒にしようってなっていたんだよ。それが今回たまたま見つかってしまったというか……」
何とも言えない顔をするお母さんとオジサン先生。
あちゃぁ、それはタイミング悪く勝手に帰ってきた私が悪い。
「そうだったの……ごめん、勝手に早とちりして」
「ううん、まぁ誤解されても仕方なかったわ」
「私も女性しかいない家に軽率にお邪魔してしまって、大変申し訳なかった」
3人が3人とも、テーブルに頭がつくほどにガバっと下げて謝った。
「……ぷぷっ」
「ふふっ」
「はははっ」
「「「あはははは……!」」」
真面目な雰囲気だったリビングは、3人の笑いに包まれた。
あぁ……変な誤解はあったけれど、無事に仲直りが出来て良かった……。
……旅行かぁ。そういえば今日、温泉に浸かっていた時に家族旅行に行きたいって私も思ってたんだっけ。
「私も旅行行きたいなぁ。沢山美味しいものを食べて、飲んで。それで温泉入ってゆっくりしたいね!」
「ああ。私の実家びいきになってしまうかもしれないが、家族風呂もあるし、落ち着いた雰囲気がウリだからゆっくりできるよ。地元の名物やワインもある」
「ホントにっ!?」
「あら、オジちゃんやるわね~。もう紫愛のハートを掴んじゃってるじゃない」
お母さんは肘でウリウリと大路先生のお腹を弄りだす。
先生は苦笑いを浮かべながらも、ちょっと嬉しそうだ。
「よーし、それじゃあ具体的な日程が決まったらまた計画を詰めましょう。話もまとまったことだし、今日は久々に食って飲むわよ~!」
「友子さん、お酒はほどほどにしておきましょうね?」
「なによ~。いいじゃない、たまには! それに酔っ払って私に絡んできたのは何処のどちら様だったかしらね~?」
「「「……あっ」」」
「しまった、口が滑った」
「んんっ!! んん!? 友子さん!?」
「お母さん……」
数か月前、職場の飲み会で大路先生がお母さんに告白紛いの事をしたことを、本人と娘の前で仄めかしてしまったウッカリさん。
折角みんなが仲直りしたのに、また変な空気になってしまった。
「まぁ、お酒はほどほどに、よね! あははは!」
「はい……気を付けます……」
「私もそうならないように注意しようっと……」
もうこの手の話題は当分したくないっての。
私はもう2人を応援するって決めたんだから、あとは御勝手にどうぞ!
「そ、そうだわ。この前に紫愛が言ってたお爺ちゃんのお知り合いがやっているってお店! 今夜の晩御飯、そこで食べない?」
「え……あぁ、喰心房ね?」
「そうそう。あれからお店の方がいらっしゃってね、お線香をあげてくださったのよ」
大将、本当に来てくれたんだ。
そういえば他のメニューも食べに行けてなかったし、今日行けるなら丁度いいかも!
「うん、行こう! あのね、先生。この前、友達とそのお店に行ったらね……」
美味しい料理が食べられる喜びでテンションが上がった私は、大路先生に喰心房の話をウキウキで話し始めた。
新鮮な海鮮料理の話で盛り上がった私たち3人は、まだ外が明るいにもかかわらず大将の店に訪れ、美味しい魚とお酒をおおいに楽しんだ。
特に大路先生と大将は意気投合したみたいで、秘蔵の日本酒をまた出してきて振る舞ってくれた。
大将って案外チョロいのかも……?
何はともあれ、私の十数年かけた長い片想いはこうして終わりを告げた。
――私は、私のこの想いは大路先生には伝えないことにした。
昨日の夜まではキチンと伝えて、盛大に散ってやろうって思っていたんだけど……。
「これを見せられたらねぇ……」
あれだけ飲み過ぎには気を付けようって言ったばっかりだったのに、お母さんと先生は酔っ払って帰って来て早々にリビングのソファーで潰れてしまった。
それも、お互いの肩を寄せ合うようにして。
「私が余計なことを言ってギクシャクなんてしたら、私は私を許せなくなっちゃうじゃない」
フラれれば私の気持ちの整理はつくかもしれないけれど……そんなことをしたら、その後も大路先生はお母さんと何の気兼ねも無く付き合える?
私を想い人の娘として、可愛がってくれる??
「まぁ、これだけ仲良かったら心配ないかもしれないけどね?」
これが、私のケジメだ。
私はこの大切な初恋を、墓場まで持って行く。
私をここまで育ててくれた想い出は、私だけの宝物だ。
「今までありがとう……大路先生……」
だから今、この頬を流れている涙だって、私だけの……私の……。




