第55話 休暇×中華
スパにある食事処で美味しいおつまみを食べながらビールを飲んでいたら、お酒好きな店員のお姉さんがオススメ料理を提案してくれた。
「オツマミチョイスのセンスが抜群なお姉さんなら安心できます! 私は好き嫌いも無いので、是非オススメをお願いします!」
別に食事がメインの施設じゃないから、別にそこまでクオリティは求めていないんだけど、オススメってどんな料理が出てくるのかが楽しみだ!
「えへへ。ありがとうございます! では、少々お待ちください!」
先ほどに引き続き、自分で考案したメニューが採用されて嬉しかったのだろう。
お姉さんはスキップでもしそうな軽い足取りで調理スペースの方へと戻っていった。
いいなぁ、ああいう女性。
ただ上司の指示に従って労働するだけじゃなくって、自分の好きなことを活かして仕事が出来るなんて。
私もやりたくて今の仕事をやっているけれど、あんなに楽しそうな顔なんてしたことがあったかな……?
私はまだ手付かずだったクリームチーズ入りのチャンジャをツマミながら、己の仕事ぶりを振り返る。
チャンジャは魚のタラの内臓をキムチの素で漬けた韓国風の塩辛だ。
キムチと同じくマグマのような赤をしていて、見るからに辛そう。
タラのコリコリとした食感と唐辛子の辛味、ニンニクなどの香味が食欲を刺激してくる。
「枝豆とかキュウリとはまた違った美味しさがあるよねぇ~! この旨味の濃厚な辛味がまたビールに合うわぁ……」
グビグビとビールを飲みながら、チビチビと大事にチャンジャをいただく。
濃い目の味付けだから、少しの量でもスイスイとビールが進むね。
そして気になっていたのは、チャンジャの一緒に添えられていたクリームチーズ。
ネットリとした白いチーズを箸で少し摘まんで、チャンジャの上に乗せる。
この2つが落ちないように丁寧に掬い取って口の中へ。
「んんんん!! うん! なるほど!! いやぁ、お姉さん。いいセンスをしてますねぇ~!」
これ、ただのクリームチーズじゃなかった!
「チーズの中に何かあると思ったけど、コレってたぶん……アボカドかな?」
ただでさえ濃厚なクリームチーズに、さらにトロっとした食感と甘さがあった。
……それだけじゃないかも。これはいったい……?
「う~ん。ひょっとしたらレモンかな?」
「おおっ、お客さん凄いですね! ビンゴです!」
予想を口に出していたら、いつの間にかさっきのお姉さんが戻ってきていた。
どうやら私の舌は正しかったみたい。
何となくチャンジャの生臭さを打ち消すような、爽やかなレモンの酸味があった気がしたんだよね。
「チャンジャも気に入っていただけたようで嬉しいです。じゃぁ、コレはどうでしょうか……」
ちょっとだけ不安げな顔でテーブルに置いたのは、1つの大皿。
見た目は茶色の肉や緑色の野菜が多い料理みたいだけど……。
「こ、これは……!!」
「はい。私がオススメするのは、特製ホイコーローです!」
そう、お姉さんが持ってきたのは中華のホイコーローだったのだ!
出来立てでアッツアツなのは、目の前にもうもうと立ち上る湯気ですぐ分かる。
刺激的な匂いを乗せた湯気を吸い込む度、少し満足気味だった私の食欲は復活……いや、最高潮にまで引き上げられていく。
「どうぞ、召し上がってみてください」
「はい……いただきますっ!」
この食欲をそそる匂いを前に、我慢なんてできない!!
炒められて柔らかくなったキャベツと、タレと絡まった豚バラ肉を同時に箸でつまむ。
やばい、絶対に食べる前から美味しいって分かる奴だ。
「ぐ……ままよ!」
このまま見つめているだけじゃ、折角の料理も冷めてしまう。
私は意を決して、ひと思いにそれをムシャり。
「んんっ!! んんん!! ムシャムシャムシャ!!」
シャクッ、ムグムグムグッ!!
これは……箸が止まらないよっ!!
いやっ、食べるだけじゃない!
――ぐびっ、ぐびぐびぐびっ!!
「……っぷはぁ!! お姉さんっ!!」
「はい、お代わりですね。えへへ、ありがとうございます」
コッテリとしている豆板醤や甜麺醤といった中華系の調味料が、野菜や肉に絡まり、それを逃がさないように油が綺麗にコーティングしている。
この中華料理ならではの非常に強い旨味が、暴力的なまでに私の胃袋を攻め立ててくるのだ。
そしてテカテカになった口の中を、冷えたビールがスッキリと洗い流してくれる。
――こうなったら無限のループの始まりである。
食欲に負けた私なんかが、こんなに美味しい料理に抗えるワケがないよ……!!
それにこのホイコーローにはもう一つのメインがある。
「このピーマンが良い仕事をしてますねぇ!!」
子どもが大嫌いな野菜のトップに君臨するこの野菜。
確かに苦みはあるけれど、コレがまたクセになるのだ。
私も幼い頃は苦手だったんだけど、お酒を嗜むようになってから味覚が変わったのか、この苦みが大好きになってしまった。
「それにやっぱりこのネギも美味しいんだ~」
ネギ大好きなネギラーとしては、ホイコーローには欠かせない食材のひとつ。
熱を加えることでトロッとした長ネギの甘みはこの料理の重要なファクターだと思う。
「本当に美味しそうに召し上がりますね! 良かったぁ……」
「むぐむぐっ!? ああっ、すみません、感想も言わずに!」
そういえばお姉さんが考案したって理由でオススメされたから注文したんだった。
隣に居るのも忘れて無我夢中で貪っちゃったよ……!
「いえいえ。お客さんを見ていれば、気に入ってくださったかなんて、よぉく分かりましたから……」
「大変お恥ずかしいところをお見せしました……」
完全に女として終わっている言動をしてしまっているが、私を見るお姉さんはニコニコと嬉しそうな顔をしている。
本当に美味しいし、ビールにも合うからお姉さん的にしてやったりなんだろうけれど……恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい!!
「実は私の父が町の中華料理屋をやっていまして……止風土市で取れた魚介のダシを使った中華が人気なんですけど……」
お姉さんがなぜこんなにもここの料理にこだわっているのかを聞いてみると、実はこのスパの経営者はお姉さんの母方の実家らしい。
その縁もあり、実家の中華料理店を幼いころから手伝っていたお姉さんがスパの食事処のメニューを提案していたんだそうな。
「実家は兄が継ぐので、私は外で料理関係の勉強がしたくてココに来たんです。なので少しずつでもお客様のニーズや、健康に合わせたメニュー作りが出来たら嬉しいなぁって」
「そうだったんですか……」
そのお陰で美味しい料理が食べられたのなら、私はラッキーだったな~。
小さい頃からずっと料理人と食事を食べに来る人たちを見続けてきた彼女は、フードアドバイザーとしてのセンスが磨かれてきたのだろう。
この後もお姉さんチョイスの料理を何品か注文させて貰ったが、どれも当たりで私は大満足だった。
テーブルには大量の綺麗になったお皿と、空のジョッキ。
もう何も食べられない、飲めないと思うまで存分に満喫させていただきました……。
私はお姉さんに感謝を伝え、マッサージと飲食で恐ろしい金額になってしまったお会計を払ってスパを後にした。
「いやぁ、お姉さんのオススメは最高だったなぁ。中華料理屋さんの名前も教えて貰ったし、今度行ってみようっと」
すっかりくちくなったお腹を摩りつつ、まだ中天を過ぎたばかりの太陽の日差しを浴びながら家への帰り道を歩く。
はぁ、こういうことがあるから食べ歩きって止められないんだよねぇ……!
私はもうエアコンの効いた家に帰ってゆっくり昼寝でもしようと考えていた。
そう――この頃にはもう、完全に家を飛び出した理由なんてすっかり忘れていたのである。




