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第54話 長身×挑戦


 夏の暑さでかいた汗を流すため、私は地元にある温泉施設(スパ)に来ていた。


 さっきまでここの天然温泉に浸かっていたお陰で、疲れや悩みもキレイさっぱりだ。

 そして今、施設の中にあるマッサージ店のベッドに横になっていた。

 ちょっと贅沢をして更にリフレッシュを図っているところなの。



「お姉さん……すっごい肩凝ってますね。ここなんてガッチガチですよ?」

「やっぱりそうですかぁ? うーん、最近は1日中デスクワークをしていた所為せいかも……」


 ジムでトレーニングとかヨガをやっているから、結構身体は柔らかいはずなんだけど……どうやら仕事の疲れが溜まっていたみたい。


「あぁぁあぁ……そこっ、きもちいいですぅう。もっと強くってイタタタタッ!?」

「はい、大人しく黙って寝ててくださいね~」

「あっ、ちょおっ!? ギブッ! にゃああっ!?」



 ◇


「ふんっふふ~ん♪ あぁ~気持ち良かったぁ! 途中から絶叫しちゃったけど、終わってみれば身体が浮いちゃうくらいにフワッフワだわ~」


 60分コリほぐし全身コースを堪能たんのうした後、体が軽くなった私はスキップ交じりにスパの施設内を歩いていた。


 マッサージをしてくれたお姉さんはどこかの国の整体マッサージも学んでいたらしく、姿勢の矯正きょうせいもしてくれたお陰で背筋もピンと伸びた気がする。


 お姉さんいわく、骨格のゆがみが直れば自然とスタイルも良くなって、この控えめだった胸も大きくなるらしい。


 ふふふ……遂に私も長年の夢だったバストアップが叶う!!

 ようやくこれで、中学生時代から下着のサイズが変わらないという、女としての深い悲しみから解放されるのだ……。


「ふふっ、ふへへへへ。よし、それじゃあ次は栄養をしっかりと取らないとね! 私の二次()長のためにもね!」


 ニヤニヤとくらい笑みを浮かべながら、私は畳の床にテーブルがいくつも並べられている開放的なフロアにやってきた。


 そう、私が次にやって来たのは、様々なご飯を提供してくれる食事処だ。

 食事をしなくても、温泉で火照ほてった身体を休ませたり、寝転んだりと思い思いに過ごせるゆったり空間になっている。

 昼食にはまだ早い時間だから人も少なく、どのテーブルも空いていた。



 私は迷わず窓から外が見える、一番端っこの角にある席へと移動する。


 昔から身長の所為で目立っていた所為か、私は視界に入りにくい隅っこや角っこが好き。

 自分は見られることなく、一方的にいろんな人が行ったり来たりするのを眺めるのが楽しいのだ。



「さぁって、何を食べようかなぁ」


 畳の上にクッションを敷いてくつろぎながら、テーブルの上を物色し始める。

 メニュー立てにあった冊子さっしをパラパラとめくりながら、写真付きのお品書きを端から端までくまなくチェックだ。


 こういう食堂とか街の定食屋さんのメニューって、ビックリ箱みたいにいろんなものがあるから楽しいんだよね。

 ラーメン屋さんなのに丼モノがあったり、定食屋さんの和・洋・中ごちゃ混ぜのバーリトゥード(何でもアリ)だったり。


 もちろん当たりはずれは絶対にあるけれど、たまに大当たりなメニューもあるから、そういう隠れた絶品を探す楽しみもあったりするんだ。


「一時期、お寿司屋さんが出してる和スイーツにハマってたなぁ。あの白玉ぜんざい、また食べたいなぁ……」


 お寿司屋さんの天ぷらとか焼き魚定食ならまだ分かるんだけど、スイーツ極振りの和食屋さんっていうちょっと変わったお店だったんだよね。

 でも味は絶品で、OLや奥様たちの女性客で大盛況でいつ行っても凄かった。


 そういえばあのお店のイチゴ練乳かき氷も美味しかったなぁとか思い出しながら、私は注文を決めていく。


「あっ、コレいいなぁ! んんっ、こんなのもあるの? へぇ……どうなんだろう~」


 スパの食事処だからってちょっとあなどっていたけど、思っていた以上に面白そうなラインナップだった。

 別にそこまで上等なご飯を期待しているワケじゃないし、味はそれなりでいいんだけど……。


「写真を見ちゃうと、ついついアレもコレもって食べたくなっちゃうんだよねー。ラーメンとかカレーなんかも美味しそうに見えちゃう!」


 だけど今の私は、こう……チマチマと食べたいのだ。


「すみませーん。注文お願いします!」



 ◇


「お待たせしました~!」

「わわっ、きたきた!!」


 作務衣さむえ姿の店員さんがお盆に載せて持って来てくれたのは、ジョッキのふちにまで氷が着くほどにキンキンに冷えたビール。

 そして……


「こちら、ビールセットのオツマミアラカルトになります」

「ありがとうございます!!」


 コトリ、とテーブルに置かれる小鉢こばちの数々。

 ありとあらゆるオツマミのメニューに迷ってしまった私は、悩んだ挙句に少しずつまめる欲張りなセットにしちゃった。


 瑞々《みずみず》しいキュウリと肉味噌、塩がザラメ雪のようにかかった枝豆、そして紅白のコントラストが綺麗なチャンジャのクリームチーズ乗せ。

 これらが少しずつ盛り合わせになっている。


 まさにビールに特化したメニュー。

 これを考案した人は、飲兵衛のんべえのことを実に理解していると思う!


「風呂上がりのビールは最初にゴクゴクと飲みたい。だからガッツリと食事をるのは、ちょっとタイミングが早い。お腹に溜まらせたくないけどビールは飲みたいという、我がままさんの舌を満足させる為の贅沢メニュー! さっすがだわ……」


 誰とも知らない、この食事処の料理人さんに心の中で「いいね!」のグッドサインを送る。

 ありがとう、そしていただきます!


「では、さっそく……」


 冷たすぎて蒸気が出そうなジョッキをかかげて、独りで乾杯をささげた。

 もちろん、空いている左手は腰に当てている。


 そして身体が求めるままに、ビールをグイッとあおる!!


「……ゴクッ。ゴクゴキュッ!! くふゅ~っ!! うみゃい!!」


 さ、最高だぁ~!! これだよコレ!!

 この爽快感は、風呂上がりの一杯じゃないと味わえないよね!!


 乾いた喉と心を、シュワシュワとしたキレのある麦のお酒がうるおしてくれる。

 まるで砂漠で遭難し、やっとの思いで辿り着いたオアシスで飲めた待望の水のようだ。


「くうぅううっ!! 冷たすぎて頭がキーンってしてきた! でも美味いっ!」


 ジョッキの半分ほどまで飲んだビールを一旦テーブルに戻し、今のうちにお代わりのビールを頼んでおく。

 もうこの美味しさにハマってしまったら、ビールが少しでも途切れるのが惜しい。

 若干苦笑いを浮かべている女の店員さんを見送り、私はオツマミに手を伸ばす。



「まずは……そうだなぁ。シンプルな枝豆にしておこうか」


 ちょっとかけ過ぎじゃないかな、ってぐらいに塩が大量にまぶしてある枝豆。

 量が心配だけどお風呂で流した塩分を考えれば、この程度は丁度いいのかもしれない。


 ……ということにしておこう。

 なにより、身体が塩分を求めているんだから仕方ない。


 実がパンパンに詰まった枝豆を1つ摘まみ、さやを押して中身を口内に飛び込ませる。


「むぐむぐむぐっ。……うまぁ!? 枝豆ってこんなに美味しかったっけ!?」


 数回噛んだだけなのに、豆の優しい甘さと、グッとくる塩の旨味が口の中に広がった。

 私はすかさず、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干してしまった。


 あぁ~、美味しい。幸せだ……。

 身体が欲しがっていたものが、スッと満たされていく感じがする。



 ――いや、まだ私が欲しているものはあった。


「次はキュウリだよね。夏と言えばやっぱりコレを食べなきゃ!」


 スティック状にカットされたばかりなのだろう。

 キュウリの切断面からは水分があふれだしている。

 そして隣りにはこんもりと盛られた、オレンジ色の肉入りお味噌。



 左手に持ったキュウリスティックに、箸を使ってお味噌をチョイと乗せる。

 そのお味噌が落ちないように、そぉっと顔を近づけて、ぱくり。


 カリッ。シャクシャクシャクッ!


 小気味の良い咀嚼そしゃく音が口内でかなでられていく。

 肉味噌は……なんて言えばいいのだろう?


 なんでこんなに美味しいのか分からないけれど、甘辛い味噌とキュウリを合わせるだけで立派な一品料理と成り立たせている。

 シンプルな組み合わせなんだけど、いつまでもシャクシャクと食べ続けられるような不思議な魔力がある。



 ってムシャムシャしている間に、もう無くなってしまいそう……。

 そう思っていたところに、作務衣のお姉さんが2杯目のビールを持って来てくれた。


「待ってました!!」

「ふっ、ふふふ! お待たせっ……しまっ……くふふふ!」


 目をキラキラさせながらお姉さんから直接ビールを受け取っていたら、何故か笑われてしまった。

 ……さすがに1人ではしゃぎ過ぎたか!?


「す、すみません。ここの食事をそこまで楽しんでおられる方を見たのは、ちょっと初めてで……」


 手に持っていたお盆で笑っていた口元を隠しながら、申し訳なさそうに謝るお姉さん。


 ――やっぱり、そうですよねぇ!?

 日曜の昼間っからキュウリかじりながら、グビグビとビールをあおっている女……私でも笑うわこんなの。


「は、恥ずかしい……!!」

「本当にすみません! でも、コレ……私が考えたメニューだったので、お客様みたいなリアクションは嬉しくて気になっちゃって」


 おおっ!? まさかの考案者ご本人が目の前に。

 あれ? それじゃあ……?


「私もここのお風呂に入った後に、おつまみを食べながらビールを飲むのが大好きで……だから女性でもウケが良いような、お酒に合わせたメニューを提案させていただいているんです」

「なるほど……素敵です!!」


 こういう女性目線……というより飲兵衛目線かな?

 実際に食べる人の欲しいシチュエーションや気分を代弁してくれるスタッフって、利用者側としてはかなり貴重だよね。

 おかげさまで今日は美味しいビールをいただけております!


「あの……それでですね。もし次のメニューがお決まりで無いようでしたら、他にも私が提案したオススメのメニューがあったりするんですが……」


 ――ほう!?

 いいでしょう、お姉さん。

 貴女のその挑戦状、この食いしん坊なアラサー独身女がお受けいたしましょう!!


「是非、そのメニューをお願いします!!」








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