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第51話 モダン×決断

 鉄板焼きの名店『今生こんじょう焼き』での晩餐ばんさんは豚玉お好み焼きから始まり、次の料理へと進もうとしていた。


「お待たせしました~。こちら、広島風お好み焼きになります!」


 店員さんがそう言ってテーブル上の鉄板に置いてくれたのは、先ほど食べたお好み焼きとは異なった見た目をしていた。


「ねぇ、紫愛。広島風って普通のお好み焼きと何が違うんだっけ?」

「んーっとねぇ、たしか具を混ぜてから焼くのがお好み焼きでー、生地きじを鉄板で焼きながら具をのせていくのが広島風……だったかな?」


 めでたく名字呼びから呼び捨てになったセブンちゃんが、お好み焼きの違いについて尋ねてきた。

 私は本場の生まれではないので詳しくは知らないけれど、確か焼き方の違いだった気がする。


「あれ? モダン焼きっていうのも無かったっけー? 麺が入ってるやつ」

「あぁ、また違った焼き方ですね。そちら方面に住んでいる私の祖母がそのように言っていた気がします」

「へぇー、宇佐美ちゃんのおばあちゃんは西の方なんだねぇ」


 兎月ちゃんはモダン焼きという名前を知っていたようだけど、正直私には違いは分からなかった。

 ……うん、美味しければ呼び方はどうでもいい人間なんだ、私は。


「あと、広島の方は『広島焼き』と呼ぶとブチ切れるのでそこは注意が必要ですね」

「え? そうなの??」

「はい。ぜったいにダメ、です」


 そ、そうなんだ……。

 まぁ私はお好み焼きの呼び方で通すからいいんだけどさ。


 それよりも、このお好み焼きが冷める前にいただこう!!



 さっきのお好み焼きと違って、薄く焼き色のついた中華麺と目玉焼きがドーンと重なっているから、見た目も凄いボリュームだ。

 ヘラを使って上手くそれらを人数分に切り分ける。


 まるで誕生日のケーキのようなワクワク感が私たちを心躍こころおどらせる。

 蝋燭ろうそくや可愛いデコレーションは無いけれど、それらは今は不要。

 ふぅふぅと蝋燭の灯を消すように息を吹いて食べられる温度まで冷ますと、形が崩れないように一気にガブリ。


 ふわっ、ザクザクッ、もちっ、もきゅっ……。


 たったのひと噛みで、何種類もの食感が舌を、耳を、脳を喜ばせる。

 そしてそれらの素材の旨さが爆弾の様に一気に口の中ではじけ飛ぶ。

 この現象自体はさっきの豚玉でも起きていたが、決定的に違うのはやはり焼き方によるものだろう。

 生地に混ぜないで焼くことで、歯ごたえもしっかり残っているし、素材それぞれの味を強く味わえる。

 もちろん、ノーマルのお好み焼きのふわとろ感も捨てがたい。

 捨てがたいが……。


「この麺が入っているお陰で、ガッツリ感が増していますね……!」

「牛尾ちゃんの言う通りだね。それに丁度いいクッションみたいに、それぞれを繋ぎ止めてくれている感もあるよ」


 炭水化物で出来た生地に炭水化物の麺を追加するというカロリー的な罪悪感はあるが、そんなことを気にしてお好み焼き屋に来るべきではない。

 後悔するなら家に帰って体重計に乗った時で十分だ。


「紫愛!! この目玉焼きもメッチャ美味しいよ~! ボリュームがたっぷり!」


 再び興奮しだしたセブンちゃんは私の肩をバンバンと叩きながらモキュモキュと嬉しそうに食べている。

 うん、気持ちは分かるんだけど痛いから止めてほしい。

 他の人みたいに大人しく食べてくれないかな……。


 兎月ちゃんは猛スピードで食べまくっているし、宇佐美ちゃんはまた飲み物をお代わりしてマイペースに食べている。

 牛尾ちゃんは……いつの間にか頼んでいたチヂミを完食していた。


 この中では一番小柄なのが牛尾ちゃんなんだけど……ぶっちゃけ、一番食べる。

 しれっとお代わりしていたり、別メニューを食べていたりする。

 やはり食べた分はあのお胸に行くのだろうか……?



 そして次々と運ばれてくる様々な鉄板焼きたち。

 粉モノ以外にも、イカゴロ(内臓)のバター醤油炒めや、ホタテ焼き、牛肉のステーキなどなど。

 どれも絶品で、お酒も進む。

 程よく酔っ払った私たちは仕事の愚痴や恋バナ、昔話や来月の運動会の話などで盛り上がった。


 そしてシメにもんじゃを食べていた頃。

 話のネタは私の失恋話になっていた。


「結局はさー、紫愛っちはそのオジサン先生との恋に未練があるから次に進めないんじゃない~?」

「そうそう。小さい頃から想ってたって言っても、結局紫愛さんは何のアプローチもしてこなかったんですよね?」


 うぐぅ、それは痛い所を突かれてしまった。


「だって、その時私は中学生ぐらいだったんだよ? 向こうは医者で成人もしてる。しかも結婚までしてたんだからさ……」


 私が大路先生の手術を受けたのは中学一年生ぐらいのころ。

 その時すでに先生の左手には指輪がまっていた。

 だからあの時にはもう、一度諦めていたハズなのだ。


「でもそのオジサンは奥さんと死別しちゃったんでしょ? しかも若くして」

「オジサンって言わないでよ! ……うん、事故で亡くされたみたい」


 もんじゃ用のヘラをくわえながら、遠慮気味に聞いてくるセブンちゃん。

 彼女が言ってきたように、今の先生は独り身なんだよね……。



 お互い医師だった大路夫妻。

 結婚してまだ5年ほどの夫婦に悲劇が襲った。


 朝、車で病院に向かう途中の事故だったらしい。

 幸か不幸か、偶々夜勤で病院に居た先生は救急搬送されてきた奥さんを看取みとることになってしまったのだとか。


 同じ病院に働いていたお母さんはその時のことを知っていて、当時既に私の父でもある夫を失っていたこともあって、親身になぐさめていたらしい。


「あー、じゃあオジサン先生はその時に紫愛っちのお母さんに恋しちゃったのかもねー」

つらい時に優しくされると好意を持つ……分かります、その気持ち……」


 そうなんだよなぁ。

 私も結局、病気で辛い時に親身に治療して貰った上に、命まで救われちゃったもんだから惚れたようなもんだし。

 ていうか、宇佐美ちゃんはいい加減……猪田いのだ先輩のことは忘れた方がいいと思うの……。


 って、それはまた私もそうか。



「――よし、決めた! 私、先生のところに行ってくる。会って、告白して振られてくるよ!!」








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