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第4話 天むす×母娘

 急遽きゅうきょ派遣させられた先の老人ホーム。

 山積みになったお仕事を必死で頑張ったのに、ここでもお昼を食べ損ねた私。

 そんな私を見かねた番場オババさんに連れられてやってきたのは――。



「うわぁ……!!」

「ね? すごいでしょ!?」


 眼前に広がっていたのは、天に向かって悠然ゆうぜんと建つ一つのタワー。

 そう、今日は何度も観たスカイツリーだ。

 だけど、これほど綺麗に観ることが出来たのは初めて!!


 そしてどうやらここは、施設にある屋上のフロアだったようだ。

 下からではビル群が景色を邪魔していたけれど、ある程度の高さがあるこの老人ホームからならスカイツリーを一望いちぼう出来るみたい。


「すごい……キレイ……」

「良く見えるわよね。さっきまで天気が悪かったんだけど、ちょうど晴れてきてたのよ」


 私が外に居た時には今にも雨が降りそうだったのに、今は雲の合間からタワーに日が差していて、なんだか幻想的な雰囲気をかもし出している。


「こんなにスカイツリーが綺麗に見えるのも珍しいのよ? ほら、せっかくだからココでご飯食べちゃいなさい」


 あっ、そうだった。

 もうお昼時間も残り少なくなってきたし、どうせならこの景色と一緒にご飯を味わいたい!!

 よし、そうと決まればさっそく頂こう♪


 真正面にタワーが見える位置にあるベンチに座って、持って来たビニール袋の中から本日のお昼ご飯であるおにぎりを取り出す。

 竹の皮でできたちょっと凝った包装を剥がして、まだほんのりと温かいままの天むすとご対面。


 ……うん、凄いボリュームだ!!


 海老が大胆にデデーンとはみ出しているこの天むすは、目の前のスカイツリーと比べても遜色ないくらいに大迫力にみえる。

 ちょっとその大きさにドキドキしてきた。

 大丈夫かな、お口に入るかな?


「……それでは。いただきます!!」


 ――はむっ。はむはむはむっ!!


 まず最初に海老天の先っちょをハムハム。

 そしてサイドにあるおにぎりのお米をパクパク。


「もぐもぐもぐっ! うっ!? ううぅ~ん!! お、い、し、い~!!」


 まず口の中を蹂躙じゅうりんしたのは衣にじっくりと染み渡った甘辛いタレ!

 甘すぎず、かと言ってしょっぱすぎない、このベストバランスなタレがエビ本来の甘さをとても良く引き立てている。

 そしてタレ自身にもいろんな魚介のダシが詰まっていて、複雑な深みを加えているみたい。

 それを更におにぎりのお米がタレをしつこくさせないように、一粒一粒にホロホロと崩れてそっと優しくカバー。


 これはもう単純にご飯でエビ天を包んだ、という簡単な話じゃなかった。

 きっとあのおにぎり屋さんは全てを計算づくでこれを……って流石にこれ以上は考え過ぎかな?


 もぐもぐ、とゆっくりと天むすを堪能たんのうする。

 味わったら、更に一緒に買っておいたほうじ茶を飲むことでお口の中をスッキリさせる。

 タレが口に残ることなく、これで完全にリセットだ。

 あぁ~!! なんて見事なマリアージュ(組み合わせ)なんだろう!?

 うん、これで次の一口のスタンバイもオーケーだ!


「うふふふ。本当に飯野ちゃんは美味しそうに食べるわねぇ」

「もぐもぐもぐ。はい! めっちゃ美味しいです!!」


 まるでリスかハムスターのように夢中で貪っている私を見ながら、番場さんはニコニコしている。

 いやぁこんなシチュエーションで食べられるなんてなんて幸せなんだろう?


「スカイツリーを見ながら食べる天むすって、こんなにオツなものなんですね!」

「う、うん? そう……ね?」


 いやぁ、おババも中々にツウな食事の趣味しているなぁ!

 この場所はまさに天むすを食べるために存在していると言っても過言かごんじゃないよね。

 この街のお偉いさん、是非この天むすスポットを新名所に!!

 いや待て待て。ここは私とおババの思い出の地に……。


「むぐむぐむぐ、ごっくん。ふはぁ……ごちそうさまでした!」

「うふ。元気になってくれたようで良かったわ」

「あっ……。はい、おかげさまで! えへへへ」


 可愛らしいおばちゃんらしい笑顔でニッコリと微笑んでくれるおババさん。

 なんだかお母さんみたいで心がポカポカとあったかくなるよ。

 ……久々に実家でお母さんの手作りご飯が食べたくなってきた。


「ふあぁぁあ……」


 なんだかお腹もいっぱいで、天気もいいから眠くなってきちゃった……。

 ベンチの背もたれに寄りかかって、夏の暖かな日差しを浴びながらウトウトし始める。

 はぁ、幸せってこういうことを言うんだなぁ……。


「うふふふ。じゃぁ、飯野ちゃん」

「はい……なんでしょう……?」

「――午後のお仕事も頑張りましょうねぇ♪」

「……っ!? あっ、はいぃぃい!!」


 しまったぁぁあ、すっかり忘れてた!!

 もうすっかりスリープモードだったぜ私……。


 再び地下の薬局に戻り、残りの段ボール箱タワーをひたすら崩していく。

 でも今日は素敵なシチュエーションで美味しいご飯が食べられたから幸せだ。

 やっぱり楽しみがあると仕事にも熱が入るってモンだね♪




「はい、お疲れさまでした」

「お、終わったぁああ……」


 なんとあれだけ大量の作業をしていたのに、定時である18時前に業務が終わった。

 こんな時間に仕事が終わるなんて……何年振りだろう?


「普通って素晴らしいなぁ……」

「な、なんだか妙に深いことを言い出したわね。とにかく、おババもとても助かったわ。飯野ちゃん、本当にありがとう」


 おババ……番場さんは丁寧なお辞儀でお礼を言ってくれた。

 そんな、私は私の仕事を全うしただけなのに。


「番場さん、こちらこそありがとうございました。なんだか、久々に無心むしんで仕事が出来た気がします。……また来週も宜しくお願いしますね!」

「飯野ちゃん……!」


 私とおババはまるで運命の再会をした恋人のようにヒシッと抱き合う。

 ふくよかな体格をしたおババは、天むすのお米のようなふっくらとした包容力だ。

 この身体でこの老人ホームに入所している人たちのお薬を守ってきたと考えるとジーンとくる。

 どっしりと構えて色んなことを受け止めて、沢山のお仕事をこなしてきたんだから……本当に尊敬するなぁ。


「今度飯野ちゃんが来るときは私も海老天丼を食べるから、次は一緒に食べに行きましょうね」

「はい! お昼を楽しみにして、また来週来ますね!」


 また来週に会うことを約束し、私は後片付けをして帰宅する。

 おババは老人ホームの入り口に立ち、帰っていく私が見えなくなるまで手を振りながら見送ってくれた。

 ……なんだか社会人になるために実家を出た時を思い出しちゃったよ。


「やっぱり週末は久々に実家に帰ろうかなぁ。お盆に帰れるか分からないし。ん……電話? って噂をすればなんとやら。お母さんじゃん」


 仕事中だったので電源を切っていたスマホを起動させると、お母さんから数件電話があったことを知らせる通知が出ていた。

 丁度今も、電話がかかって来ていたところだった。


 ――ピッ。


「はい、紫愛しあだけど。どうしたのー? 今さっき仕事終わったところで、明日はそっち帰ろうかなって思ってたんだけど~」

「ああっ。良かった、繋がった!! 紫愛ちゃん、あのね――」

「うん~? どした?」


 また仕事の愚痴かな? いつも酔っ払って唐突に電話して来るんだから。

 良い歳なんだから身体はいたわって欲しいよね~。


「今日の夕方、おばあちゃんが……倒れたの……」


 ――えっ?


 昼間の晴空は、再びドス黒い夏の雨曇へと変わる。

 母からの突然の知らせに固まる私の身体に、大きな雨粒がバタバタと容赦なく降り注いでいた。






お読みくださりありがとうございます!!

この物語は既に完結まで執筆済みです。

なのでラストまで安心してお付き合いいただけますm(_ _)m


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オススメのレシピもあったら教えてくださーい(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾

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