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第48話 反撃×感激

 焼肉屋『れっつみーてぃんぐ』での宴会もワイワイと楽しんだ後。

 満腹になったみんなは、笑顔のまま駅で解散した。



 ――だけど私は家には帰らず、神饌しんせん町の大通りを独りで歩いていた。

 向かっている先は、高層ビルの中にある小さなBARだ。


 右手に持ったスマホを再び見ると、そこには宴会中に受信した獅童からのLIME(ライム)メッセージ。

 内容は『ひとりで来てくれませんか』という一言と、BARの詳細が書かれたWEBページが表示されていた。



 ――ついにこの時が来てしまったか。


 入り口のドアを開けると、カランカランというかろやかなのベルが歓迎してくれた。


 薄暗い照明と、ゆったりとしたBGMがかかっている落ち着いた雰囲気のお店。

 小さなテーブル席と、バーテンダーさんがいるカウンターがある。

 獅童は……カウンターテーブルにある背の高いバーチェアーに座っていた。

 今日は珍しくフォーマルに近い格好をしていると思ったけど……まさか最初からココに来る予定だったのかな?


 私の入店に気付いた獅童は、私の所に来てエスコートしてくれた。

 てっきりまたお酒に酔っているのかと思いきや、私を見つめる彼の表情は本気だった。

 勧められるままに獅童の隣に座ったけど、このムードの中で何かを話す雰囲気にはなれなくて、お互いに無言の時間が流れてしまう。


 ……そして覚悟を決めたのか、彼はおもむろに口を開いた。


「このタイミングで言おうか迷ったんですが……」

「う、うん」

「紫愛さん。俺と……恋人として付き合ってはくれませんか?」



 ――あぁ、やっぱり告白……だよね。


 ついこの間まで、ふわふわの髪をした可愛らしい男の子だったのに。

 それこそ入職したての頃は、私に懐いてくれている弟みたいだと思っていた。


 ……それがいつの間にか、ピンチだった私を助けてくれるほどの頼り甲斐がいがある男性になっていた。


 だいたいこんなオシャレなBARだって、社会人になったばかりの彼が知るはずもないのに。

 だけどさっきの彼は、私を自然にエスコートをするくらいに女性の扱いに慣れていた。

 まったく、そんなことをどこで覚えてきたのやら。


 ……待って待って!?

 もしかして、獅童は私より恋愛経験が豊富……だったりするの?



「俺が今の病院に就活で見学した時、紫愛先輩に一目惚れしたんです。先輩がひた向きに仕事に取り組む姿。何となくで薬剤師になろうとボケっと生きていた俺に、衝撃を与えてくれました。そっからはもう、先輩みたいになりたくて。少しでもいいから、近付きたくて……」


 うん、なんとなく獅童のキモチは薄々だけど感じていたよ。

 だからかな? ワザと冷たく接しちゃっていたところも、正直に言えばあったんだと思う。


 だって私は職場の先輩で、キミは後輩。

 ただ、それだけの関係だったはずなんだもん。


「先輩が、目標の為にずっと昔から頑張ってるってことは知ってます。それは俺も応援してますし、だからこの前だって……」

「うん、あの時は本当に嬉しかったよ? たぶん、あのままだったら同じことが繰り返されて……いつか私、壊れていたと思うもん。みんなが……ううん、獅童が守ってくれたお陰で、私はまだ夢を追いかけられる」


 猪田いのだ先輩からの無茶ぶりによる負担は、勤務年数に比例して増えていた。


 始業時間より早く来るのは当然、残業するのも当たり前。

 そんな社畜生活が日常になっていて、その為のストレス発散も中々することが出来なくなってたからね。


 自分の身体と心が、だんだんと麻痺していっていることにすら気付けずにいた。

 それを気付かせてくれた人物たちのひとりは、間違いなくこの獅童だ。


「俺なら、職場で何かあっても守れます。紫愛さんの夢も、一緒に叶えたいんです。俺も……貴女あなたの隣に居たいんです」


 隣りのイスに座っていた獅童が私の手を握り、真剣な目で私の瞳の奥をのぞく。

 バーの黄金色の照明が、彼のんだ瞳をシャンデリアの様にキラキラと輝かせた。

 そのきらめきの中に映るのは、真っ赤な顔をした女。



「だから、俺と付き合ってください。紫愛さん」


 ――グラスの中のロックアイスが、静寂せいじゃくの中でコロン、と切ない音をたてる。


 ちがう。私の心がうるさくて、ちっとも静寂なんかじゃなかった。

 私の身体の中心が、いまかつてないほどにバクバクと主張している。


「あ、あの……さ。私は「俺も今、貴女に答えを貰おうとは思ってはいません」……え?」


 彼は真面目だった顔をクシャリと崩し、いつもの優しい顔でふわっと笑った。


「先輩に誰かと交際しない事情があるっていうのは知ってます。だから、今ここで先輩を困らせてまで告白の答えを聞こうとは思っていません」


 獅童は焼肉食べた後じゃ情緒じょうちょも何もありませんからね、とクスクス笑う。

 そして汗のかいたグラスを手に取ると、残っていたアルコールをクイッと飲み干した。


 一方の私はと言えば、寂しくなった右手の熱が全然冷めてくれなくて、とても困っていた。



「ゆっくりでいいので、ちょっと考えてみてください。俺は、俺が貴女を愛しているってことを知って欲しかっただけなので」


 お時間を取らせてすみませんでした、と一言だけ告げて彼は席から立ち上がる。

 それ以上私には何も要求することもなく、BARのマスターと思しきバーテンダーさんに会釈をしてそのまま店から去ってしまった。


 残された私はどうしたらいいのか分からず、その場に固まったままでしばらくボーっとしていた。

 すると、BARのマスターが琥珀色の液体が入ったカクテルグラスを目の間に差し出してきた。


「これは……?」

「こちらは『キャロル』というカクテルでございます。……お代は、先ほどの方に頂いておりますので」


 キャロルと言われたそのお酒は、戸惑いや焦り、不安や嬉しさといった自分自身でさえ分からないような感情を全て溶かし込んだみたいに、とても複雑な色をしていた。


 恐る恐るそれをひと口飲んでみると、まずはその酒精しゅせいの強さに驚かされた。

 どうやら深みのあるブランデーをベースに、甘口のリキュールがカクテルされているようだ。


 ふむふむふむ。なかなかに美味しいじゃない。


 私はこのカクテルを楽しみつつマスターから更にこのカクテルの解説を聞くと、思わず口角こうかくを上げた。


 ――あの私が居なきゃダメダメだった子が、いきな真似をしてくれちゃって。



『キャロル』というカクテルに込められた言葉。それは……。


「――この想いを捧げる、ね。ふふふ、やるじゃん」



 甘さの中に感じる重みのある深さを一口、一口と味わいながら、このカクテルの意味について想いをせるのであった。






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