第42話 ジム×義務
勉強会でのトラブルも乗り越え、新しく友達も増えた。
いろいろ辛いこともあったけれど、結果だけ見れば収支はプラスになったと思う。
「そこー! 手が揃ってなーい!! しっかり指先もピーンしてー」
人の仕事の成果を横取りしたことが職場にバレた猪田先輩は、あれだけ自己顕示欲の塊だったのが嘘みたいに大人しくしている。
うーん、それがなんだか不気味なんだよね……。
「はい、笑顔は絶やさない! 疲れていても顔に出さない! これは仕事中も同じだよー」
田貫部長はといえば、馬場院長をはじめとした院内のお偉い方々に注意を受けてからは部長室に閉じこもるようになってしまった。
いい歳したオッサンが仕事中に引き篭もって拗ねているのは如何なものなのか。
「紫愛っちー、振り付けが全然違ってるよー! やーりーなーおーしー!」
「あっ、ごめーん!!」
さて、この騒動の関係者でもある私はいったいどうしているかというと……絶賛ダンス中でございます。
それもまた、サービス残業という扱いで。
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫ですかシーさん」
「あ、宇佐美ちゃんお疲れ~。うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだよ~」
「ふぅ、ふぅ……よ、余裕なんですね……シーさんって意外に体力あって……凄いですぅ」
そしてこの場には私の他にも、検査科の宇佐美ちゃん、看護部の牛尾ちゃんたちが居る。
ちなみにホイッスルを吹きながらダンス指導をしているのは兎月ちゃんだ。
……なんで医療職の私たちが、仕事終わりにダンスなんてしているのかって?
「しっかし、薬剤師になってチアダンスをやらされることになるとはねぇ」
「まさかグループ病院で運動会があるなんて……前の職場では無かったですぅ」
「割と体力のある看護部でも、チアの動きはかなりハードですねコレは……どうして飯野さんがこんなにも動けるのか本当に謎です」
ここに居るメンバーたちは、既にもう1時間以上も踊り続けている。
しかも仕事が終わってから夕飯も摂らずに体育館でひたすら練習をしているから、みんなの疲労もピークに達しているみたい。
「まぁ私はジムで結構鍛えているからね! 良く動き、良く食べるのが私のモットーなのよ」
「たしかに紫愛っちは仕事帰りにジムに行って、運動した後にめっちゃご飯食べるよねー」
う、うるさいなぁ。
兎月ちゃんだって私と一緒に食べているんだから同罪でしょ!?
無言で「お前が言うな」という念を込めて睨むと、彼女はスィ~っと目を逸らした。
「えっ? シーさんってジムに行ってるんですか? すごい! デキるキャリアウーマンみたい!! 憧れますぅ!」
「あ、アンも! アンも通ってるんだよー!! デキるオンナなんだよー!?」
よせやい、そんな大したことはないってーの。
本当に体力つけないと体調を崩すし、すぐに太るから必死なだけだ。
ちなみに兎月ちゃんは私以上の体力オバケで、毎回ジムに行く度にハードなトレーニングをしている。
彼女が今回このチアリーディングの指導役になったのも、高校の時にチアをやっていた経験者であり、ジムでも様々なダンス講座を受けているからなのだ。
「しかも紫愛さんと杏子さんが行っているジムには、望月さんという細マッチョなイケメンがいるんですよ。ズルいですよね~?」
「ほ、本当ですか2人ともッ!? いくっ! 私もそのジム! 行きたいです!!」
ふーん、といった風に聞いていた宇佐美ちゃんが、牛尾ちゃんの言ったマッチョとイケメンというワードに凄い反応を示してきた。
御淑やかなお嬢様キャラなのに、実は肉食系なのかな?
「えぇ~、そんな不純な理由で? 結構つらいし、すぐ辞めちゃうかもよ? そのイケメンだって別にそんな良いモノじゃ……」
「いいんですっ! 私は心機一転して新しい宇佐美になるんですから!! ふへへ、素敵な大腿筋や上腕二頭筋を拝めればやる気だって……えへへ」
うわっ、宇佐美ちゃんがトリップした顔になっちゃった。
彼女の元彼である猪田先輩みたいに、見た目が良い人が好みなんだろうな~とは思っていたけど、まさかの筋肉フェチだったとは。
……じゃあ黒光り筋肉の院長とかも好きなのかな?
「じゃあ今度そのジムを案内するよ……神饌町の駅前だし」
「ありがとうございます! では今日、この後に是非お願いします!!」
「「「早いなオイ」」」
「えへへへ、腹筋に挟まれたい……広背筋を撫でまわしてぇ……」
ちょっとこの筋肉馬鹿、私の紹介ってことにしたくないんだけど……?
◇
10月の運動会で何故かやることになってしまったチアリーディング。
そのためのキツい練習も終わり、私と兎月ちゃん、そして宇佐美ちゃんは駅前のビルにあるジムに来ていた。
受付の前には、ジムで行われる講座が書かれたパンフレットの他にも様々なプロテインや運動着などの商品が所狭しと並んでいる。
だけど宇佐美ちゃんはそれらに目を向けようともせず、興奮した面持ちで次々と登場するマッチョたちを熱い眼差しで見つめていた。
「宇佐美ちゃん、あんまり変なことしないでってば!」
一緒に居る私まで変な女だと思われたら困る!!
目立った挙句、ヘンタイお断りみたいなことになったらどうするのよ~。
「紫愛っちはとっくに色んな意味で目立ってると思うなー」
「そ、そんなことないよね!? それを言うなら、兎月ちゃんなんてトレーニングの合間に色んな人から声かけられてるじゃん!」
「ふ、2人とも静かに……周りの方が見ていますよ……?」
兎月ちゃんなんて、女性からはしょっちゅうアドバイスを求められているんだよ!?
それこそ、女性のインストラクターさんまで熱心に「どうやったらそんなにスタイルが良くなれるんですか!?」とか聞いていたぐらいだったし!
瑞々《みずみず》しい肢体を惜しげもなく晒しながらトレーニングをする兎月ちゃんは、このジムでモッチーと張り合うほどの大人気なのだ。
「たしかに職に困ったら、是非ともこのジムで働いてくれって言われたけど……アンはリハビリを通して患者さんに元気になって欲しいっていう夢があるんだよねー」
「ほぇ……なんだかアンちゃんがカッコイイです……」
「兎月ちゃんも意外に頑固っていうか、ときどき漢らしいところあるもんね~」
兎月ちゃんも牛尾ちゃんも、それぞれに目標や夢があって頑張っている。
だから私も2人の傍で一緒に頑張りたいって思うんだよね。
「そうなんだぁ……それなら私も、何か目標を決めて頑張ります!!」
「うん、良いと思う。宇佐美ちゃんも一緒に頑張ろうね」
「はい! まずはイケメンで~、マッチョでお金持ちで~、私の事を絶対に捨てないカレシを捕まえます!!」
フンスと鼻息荒くしながら、筋肉メンたちを獰猛なケモノの目でサーチし始める宇佐美ちゃん。
――この子、本当に大丈夫かなぁ?
ちゃんと真面目にトレーニングしてくれるだろうか。
色々注意したいことはあるけれど、取り敢えず私から言っておかなきゃいけないことは……
「いい人見つけたら私にも教えてね!!」




