第41話 失恋×失言
「あぁぁああぁ芋焼酎が五臓六腑に染み渡りゅうぅう~!!」
普段はロックかお湯割りでちびちび飲んでいる焼酎を、私はひと思いにグイッと胃に流し込む。
じわぁ~というアルコール独特の熱さが、体中の血管を通して広がっていくようだ。
口の中には芋特有の甘さとキツめのアルコールの後味が残り、脳を痺れさせる。
「紫愛っちがオヤジになっちゃった……」
「これは荒れてますねぇ。しかし、まさか猪田さんが宇佐美さんを捨てて紫愛さんを狙っていたとは……」
「ううぅ、すみません! まさか私も飯野さんの事だとは思わなくって!」
まさか私もそんなチョロい女だと見られていたとは全く思わなかったよ!!
ていうか教育してやるとかって、絶対変な意味で言っているでしょ!!
それが許されるのは、漫画の中に出てくるイケメンな王子様だけだっての。
「でも宇佐美さんの話で、彼の過去と本性が分かって良かったよ。……まぁ知ったところで別にこれ以上あの人と関わりたいとも思わないけど」
「紫愛っちも結構残念な人に好かれるんだねー」
「私は紫愛さんがあんな方の毒牙に掛からなくて、本当に良かったです」
「ははは~。あんな思いをするのは、私だけでいいですよね……」
なんだかどんよりと暗い雰囲気が私たちのテーブルを囲ってしまった。
そういえばここにいる4人は、今のところ全員が彼氏無し。
このままじゃ今年の夏だってきっと女だけで花火大会に行ったり、今みたいに女子会をしたりするだけで呆気なく終わってしまうんだろうなぁ……。
みんな同じようなことを考えていたのか、ほぼ同時に全員が深い溜息を吐いた。
「そういえば紫愛さんはこの前に言っていた方とは進展は無いのですか?」
この前言っていた人……? そんな人、私言ったっけ?
男性の話って、紹介された飲み屋の大将や社長のことしか言ってなくない??
「あぁ、もしかして望月さんかなー? それともシドー君のことだと思ってたよー」
「うえぇ……またその話ぃ~? ないない。っていうか私、今失恋中って言ったでしょ」
「ええっ、飯野さんも失恋していたんですか!? やったぁ~! それじゃあ私とお仲間ですね!!」
嬉しそうに目をキラキラさせながら、私の手を両手で包むように握って来た宇佐美さん。
人が失恋してやったぁ、って……そんなに仲間が欲しかったのかな?
っていうか、宇佐美さんって失恋から全く立ち直れていなくない!?
取り敢えず3人からリクエストされてしまったので、私はこの前の事も交えつつ初恋だったオジサン先生との話を語った。
その間にもまた私たちは芋焼酎から始まり、コークハイボールや麦焼酎、日本酒など様々なお酒を楽しんだ。
いやぁ、恋愛話をツマミにして飲むお酒の旨い事、うまいこと。
料理やお酒のお代わりをテーブルに持って来てくれた社長も、彼氏ができない話題でひたすら喋り続ける私たちを生暖かい目で見ると「嫁には内緒だよ」と言って枝豆をサービスしてくれた。
うーん、相変わらずのイケオジである。
辰巳師長が羨ましい。
緑色に光るプリプリの豆を、莢を押し込んで口の中にプチプチと飛び込ませながら、辛めの日本酒でチビりと口を湿らせる。
塩気を強めに効かせているお陰で、豆の甘さが際立って感じられるようだ。
それを日本酒がキリッと味を締めてくれるので、すぐにまた次の豆を食べたくなる衝動に駆られてしまう。
次々と空になった莢が山となって皿に積まれていく間に、私の十数年間の片思い話はほぼ語り終えてしまった。
「シーさん……なんて尊い……」
「宇佐美ちゃん、ありがとう。でも、結局は実の母親に負けたワケだから私なんて……」
「そんなことありません!! シーさんの恋心は美しく、花のように儚く素敵なものですよ!! 誇ってください!!」
「あ、ありがとう……取り敢えず、宇佐美ちゃんは座ろうか」
焼酎のボトルを片手に仁王立ちしていた彼女の服を引っ張って、無理矢理座らせる。
うわ、やっぱり周りの席の客たちがこっちを見てクスクスと笑っているよ……恥ずかしい!
ちなみに昔話をしていた間に、私たちはもっと砕けた言葉で話すようになった。
彼氏いない同士、盃を交わし合った同志として仲良くなったからだ。
……冷静に考えるとなんだか悲しい同志だな!?
ていうか、お母さんは結局大路先生とどうするつもりなんだろう。
2人とも連絡を取っていないし、あれから進展があったかどうかも分からない。
――コクッ。
なんとなく、胃や心臓じゃないどこかに、重くて嫌な何かが広がりそうだったので私は日本酒を呷って誤魔化した。
ははは、まさか。ここまで家族仲良く頑張って来たんじゃない。それなのに、私はお母さんに嫉妬なんてしたくないよ。
気を紛らわすかのように、私はさっき社長が持って来てくれた厚焼き玉子を食べることにする。
これは風情のある焼き物のお皿に乗った、社長謹製のジャコが入った厚焼き玉子だ。
それを箸で丁寧に一口大に切る。
さらに醤油をさらりと垂らした大根おろしを乗せてから、口を大きく開けてパクり。
――うぅううぅん、美味しい。
どうやらこれはお母さんの甘い厚焼き玉子と違って、ダシが強めに効いた大人のテイストみたいだ。
これも日本酒によく合っていて、醤油の塩気が逆に日本酒の甘さを感じさせてくれる。
……こう考えると、食べるモノの相性によって感じ方を変えてくれるって、なんだかちょっと不思議だ。
私はことある毎にマリアージュっていうけれど、ぶっちゃけ絶対にコレだ~っていう決まりはないし、組み合わせ方なんてものは無限大にある。
だから大路先生も私やお母さんじゃなくたって、これから他の人と素敵なお付き合いをするのかもしれない。
そもそも分からないことを分かろうとしても、大体は解決はしないから考えても仕方がない。
なにより、こんなグジグジといつまでも悩むなんて私らしくないよね!
「私、決めた! オジサン先生の事は諦めて、新しい恋を見つけることにする!」
「「「おおっ!?」」」
私の発言に、3人は驚きの声を上げた。
新しい恋ってワードに反応しただけかもしれないけれど。
「でも元々の私の目標は変わらないよ。それを達成できそうになるまでは、結婚もしないって決めてるから」
「シーさんの目標……ですか?」
「うん。私が生きる意味であり、人生の目標だよ!!」
そう、私には小さい頃からの夢がある。
恋心を抱いた大路先生、そして病弱な私を支え続けてきてくれた家族に誓った大切な夢が。
「私は自分を苦しめた腎臓病を克服するための強靭な身体を手に入れる! それで腎臓病の勉強をして、同じ苦しみを持った患者さんを癒す専門薬剤師になるの!!」
そして大好きな人と結婚して、美味しいご飯とお酒を一緒に楽しむのだ!!




