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第39話 過去×過誤

 私の努力と手柄を横取りした先輩に《《ざまぁ》》をした病院内の勉強会。

 それもどうにか無事に終わり、出席していた職員は各自解散となった。


 ノリに乗った馬場ばば院長が随分とメチャクチャにした勉強会だったけど、結果だけ見れば盛り上げてフォローしてくれた訳だし、辰巳たつみ師長が退場した司会の代わりに進行してくれたおかげで、その後は特に問題も起こらなかった。



 ……はぁ。正直、今回の事はかなり疲れた。

 もう今日の仕事は終わってるし、さっさと帰りたいんだけど……。


「さっきは急にすみませんでした……」

「う、うん。びっくりしたけど、大丈夫だよ、宇佐美うさみさん」


 勉強会で使った講堂の後片付けをしていたら、さっき知り合った宇佐美さんが私のところへやって来て謝罪してきた。

 ちょっと赤みがかったフワフワのパーマとクリクリで大きな目が特徴的な宇佐美さん。

 彼女は今年の春に転職して来た検査科の技師さんなんだけど、どうやら猪田先輩とは知り合いだったみたい。

 猪田先輩が大恥をかいて運ばれていった時、凶悪な笑みを浮かべて「ざまぁ!」していたから、仲が良かったわけじゃなさそうだけど……。


「さっきのウサミーは物凄い悪い顔をしてたよねー」

「もしかして、猪田さんと何かあったんです?」


 そうそう。牛尾ちゃんの言う通り、私もちょっとそのことで気になったんだよね。

 薬剤部の中でも猪田先輩は病棟担当だったし、検査科の宇佐美さんとは今まであまり関わりが無かったように思えたんだけど……。


 宇佐美さんはどう言ったらいいのか迷っているようで、ちょっと困ったように「ええっと……」と悩んでいる。

 たしかにここ(職場)で過去の話をするのはやりにくいよね。

 この場には獅童を始めとした男性職員たちがまだ残って片づけをしているし。


「よし、勉強会も終わったことだし! 宇佐美ちゃんとの親睦しんぼくも兼ねて、二日連続で飲み会に行くぞー! 行ける人はこの指とーまれっ!」

「「はいっ!」」

「えっ? あっ。わ、私もっ!!」


 お、宇佐美ちゃんもノってくれた!

 よーし、今日は残業しちゃったけど、この後は焼きとり屋『No慚愧You(ノーザンギョウ)」で宴会だ!!



 ◇



「それでは、今日も仕事を頑張った私たちに!」

「ウサミーとの出会いに!」

イノブタの出荷に!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 私たち4人は退勤した後、私服に着替えてお目当ての居酒屋にダッシュで向かった。


 宴会の会場であるこのお店は、辰巳師長の旦那さんが経営している焼きとり屋さんだ。

 ここは炭火を使った本格的な串焼きを提供してくれる素敵なお店で、豚バラ肉を使っている一風変わった焼きとりは特に絶品!


「どう、宇佐美さん? ここの焼きとりは店主である社長さんが全国のお店を渡り歩いて研究したんらしいんだけど」

「もぐもぐもぐ。すっごく美味しいです! 誰かとこういうお店に行くのも何だか久々で……本当に美味しい……」

「宇佐美さん……今度看護部主催の食事会にも誘いますから……」

「ウサミー! こっちのセセリ焼きも美味しいから食べて食べてー!」

「皆さん……。はいっ、ありがとうございます!」


 右手にネギま、左手に焼酎の水割りを持ちながら、涙目で美味しいを繰り返す宇佐美さん。

 こんなに感動するだなんて……彼女はいったい普段はどういう生活をしているのだろう?


「ううぅ、やっぱり転職組って、新卒の新人さんたちとはちょっと壁があって……。年齢も離れてるし、話題もちょっと続かなくて。気付いたらいつの間にかグループの外に……」

「あぁ~。たしかにそうだよねぇ……」

「看護師はいつも出入りが激しいので、割とそんなことは無いのですが……」

「リハも体育会系のノリだから、すぐ仲良くなるんだよねー」


 そっかぁ……同じ医療職でも、雰囲気はまるで違うからなぁ。


 そう言われると、薬剤部の雰囲気ってなんだろう。

 よく他の部署の人からは、薬剤師は地下にある薬剤部に引きこもって終始無言でお薬を作ってるイメージだって言われるのよね。


 ――って私たちはアナグマかよっ!?

 実際は毎日のように患者さんと接するし、色んな職種の人と話したり学会発表をしたりもするので、社交的な人も多いはず。

 ……まぁ一部で本当にコミュニケーションが取れない人もいるんだけどね……誰かさんみたいに。



「そういえばあの場では聞けなかったけど、宇佐美さんって猪田先輩と知り合いなの?」


 もうお酒も十分入ったことだし、周りには私たち以外の知人は居ないから聞いてしまおう。

 牛尾ちゃんと兎月ちゃんも気になっていたようで、興味津々な目を宇佐美さんに向けている。


 猪田先輩が院長にドナドナされて運ばれていったあの時、宇佐美さんは大人しそうなキャラを一変させて、誕生日プレゼントを貰った子どものように大歓喜していたんだよね。

 そりゃあもう、過去に何かありましたーっていうのが分かるくらいに。


 質問された宇佐美さんを見ると、ほろ酔いだった顔を更に赤くさせている。

 あははは。別に意地悪な性格じゃないんだけれど、お人形みたいに可愛い子を恥ずかしがらせるってちょっとゾクっとくるね。

 そんな宇佐美さんが気になるのか、さっきから他の席に居る男性サラリーマン達もチラチラとコチラを見てくるぐらいだし。


 そもそも、この場には可愛い女の子が私を除いて3人も居るからな。

 ふふふ、良いだろう? これが私のハーレムだ!



 私がそんな妄想をしている間も宇佐美さんはあー、とかうーってうなりながら何かを迷っていたけど、手元のお酒をグビっと飲んだら喋る覚悟が出来たみたいで、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。


「えっと、ちょっとお恥ずかしい話なんですが……」

「うんうん、言えるなら言っちゃいなよ~」

「安心してください、医療従事者は守秘義務を必ず守りますから」

「アンもお口チャックするよー」


 実は……と本当に言いにくそうに出てきた話は、中々にディープな話だった。


 まず、検査技師である宇佐美さんと薬剤師の猪田先輩は学生時代の病院実習で既に知り合っていたらしい。

 確かにどっちの職業も病院での実習があるけれど、まさかそこで出会っていたとは。


「あの人は当時から色んな女性に声を掛けていたみたいなんです。私は家庭の事情で男性と交際するなんて経験も無かったので、初めてそういうお誘いを受けちゃいまして……」


 宇佐美さんの家庭の事情とやらも気になるけれど、問題は猪田先輩だ。

 あの外面そとづらだけは良さそうな男は、初対面の人に対してはめっぽう強い。

 人当たりの良さとコミュニケーション能力の高さで、友達作りは非常に上手いんだよね。


 そういえば私が新人だったころ、猪田先輩が私の教育担当になるって決まった時は嬉しかったんだよなぁ。

 その時に他の人達が凄い複雑そうな苦笑いを浮かべていた理由を知るまで、そんなに時間は掛からなかったけど。


「それでいろいろとあったんですが……数か月ある実習期間中に、彼とお付き合いを開始しまして」

「うわぁ。今だから言っちゃうけど、災難だったね」

「飯野さん、人の恋愛を災難とか言ってはいけませんよ?」

「でもアンなら記憶から抹消したくなるよー」

「はい、それで結婚のお約束を……」


「「「……えっ?」」」





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