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第3話 天丼×天空


 前日に急遽きゅうきょ決まった薬剤師の派遣。

 その先の老人ホームの片隅にある薬局で、私はハイテンションなおババと一緒にタワーのように積まれた仕事を涙目でこなしていた。


「お疲れさま、飯野ちゃん。もうお昼だからご飯休憩にしましょうか」

「は、はい……やったぁ、ご飯だぁ~!!」


 私より何倍もの速さで仕事をこなす番場ばんばさんは、ただのおばちゃんでは無かった。

 この歳まで一人でこの施設の薬局を守護してきただけあって、その知識と仕事(さば)きが尋常ではなかったのだ。

 残像が見えそうなくらいの高速で調剤をしていたと思えば、合間に来る看護師さんとの応対をしたり、それが終わったかと思えば薬を届けに来た問屋とんやさんとの納品作業をこなしたり。

 上から目線のドクターからかかって来た電話にも物怖じ一つしないその安定感は、まさに老人ホームの守護神だった。


「うぅ、守護神おババしゅごい……」

「うふふふ。飯野ちゃんも30年位ここで仕事していれば、自然と私みたいになれるわよ?」


 にっこりとした笑顔で何かを誘ってくるおババ。


 ……うーん、なんでだろう。

 どうしてか身体が全力で即刻ここから退避しようとしている。

 仕事のできる女には憧れるけど、それはなんとなく違う。


「あぁ、そうだわ! せっかく浅草まで来たんだし、オススメのご飯屋さんがあるから行ってみたらどう?」

「オススメのご飯屋さんですかっ!?」


 さっきまで疲れ果ててすぐにでもお布団に滑り込みたい気持ちだったのに、ご飯の話を聞いた私は思わずイスから飛び上がってしまった。

 うぅっ、今日知り会ったばかりの人の前で、なんて恥ずかしい真似を。


「うふふふ。可愛いわねぇ、飯野ちゃんは~。そんなにご飯が好きなのかしら?」

「え、えへへ。大好きです……」

「それなら是非とも行ってみるといいわ! えっとね、この辺りに美味しい天丼てんどん屋さんがあるの。そこのエビ天なんて、まるでタワーみたいにおっきいんだから!」


 え、エビ天……!!

 それも特大の!!

 ぼわわん、と脳内で想像してしまった私は、思わずよだれが出そうになってしまう。

 嗚呼……タレの染み込んだアツアツのご飯に、湯気と共にサクサクジューシーなエビ天が威風堂々とそそり立つお姿……!


「と、尊い……」

「えっ?」

「あっ、いや、なんでもないです! 凄くおいしそうですね! 私も是非食べてみたいです!」


 つい妄想の中で極太のエビ天をお口にくわえだすところだった。危ない危ない。

 それよりもそのお店の場所をおババから聞き出し……もとい、ご教授願わねば。


「はい、これがその場所よ。手書きで悪いんだけど、この地図の通りに行けばあると思うから。是非行ってみるといいわ」

「おババ様……ありがとう……ありがとうございます!!」


 まるで王様から褒美を貰うかのように、おババが段ボールの切れ端に描いた地図をうやうやしく受け取る。

 地図のその店があると思しき場所には、可愛らしいデフォルメのされたエビ天タワーが描かれている。

 この場所に、私が望む桃源郷はあるのね!!


 そうと決まれば善は急げだ。

 時間も有限だし、さっさとこのおババを連れてエビ天タワーを踏破とうはしようではないか!


「さぁ、おババさん。共に行きましょう! そのはるかなる頂きに!!」

「あ、私はお弁当があるから。飯野ちゃん一人でいってらっしゃい」


 ……あ、さいですか。


 ◇


 持参した仕事用の白衣から普段着に着替えた私は、意気揚々《いきようよう》と外へと飛び出した。


 ――うふ、うふふふ。

 エビ天も食べたいけれど、かき揚げや茄子なす、かぼちゃとかの天ぷらも美味しいんだよなぁ。

 あっ、マイタケもいいかも?


「サツマイモ~マイタケきのこっこ~♪ イカイカ、しっしとぉ~♪」


 即興で考えた天丼のマーチを唄いながら、地図に描かれた道に沿ってご機嫌に進んでいく。

 すれ違ったスーツ姿のおっちゃん連中に変な目で見られたけれど、そんなことは気にしない。

 なんといっても、私のエビ天タワーが尻尾を長くして待っているのだ。

 有象無象うぞうむぞうの人達の目なんて、天丼の具にもならないもーん。

 今日は曇り空だけど気分は晴れやかだ!

 あのスカイツリーだってきっと応援してくれている。

 それにしても都内の方って、こんなにも人が多いんだなぁ。


「新玉ねぎコーンコン♪ ……って、あれぇ?」


 地図とスマホのマップアプリを連動させてチェックしていたのに、ちょっと目を離してキョロキョロしていただけで自分がどこにいるのか分からなくなってきた。


「ここ……どこぉ?」


 唯一の判断材料はスカイツリーのみ。

 ていうか私、エビ天タワーに気を取られ過ぎて番場さんに店名を聞き忘れてるじゃない!

 地図にも描いていないし、なんという致命的なミス!

 これはインシデント(異変)ではなくアクシデント(事故)だっ! レポート(始末書)書かなきゃ……。


「……じゃなくって、本当にどうしよう。スマホのマップを使えば現在位置と老人ホームの場所は分かるけど」


 試しにエビ天タワーでネット検索してみるけれど、どの店も真似をしているのか似たような料理がいくつもヒットしていて、一つのお店に絞り切ることができない。

 気付けばお昼休憩って言われていた時間も、既に残り30分を切っていた。


「ううぅ……東京、怖いよぉ~!! ママぁ……」


 普段ママなんて絶対に言わないけれど、こんな独りぼっちで限界まで空腹の状況じゃそんな弱音も吐きたくなるって、こんなの!

 あぁもう。初めて来る場所を曖昧あいまいな情報で探索するべきじゃなかったな……。


「天丼……私の天丼タワー……」


 残念だけど、どうやらここでタイムアップのようだ。

 知らないお店を30分で見つけて天丼を食べきる自信は無い。


 私は何度も何度もエビ天に見立てたスカイツリーを振り返りながら、後ろ髪を引かれるようにして来た道を戻る。


 くそぅ、せめてもの足掻きだ。

 帰る途中で見つけたおにぎり屋さんで天むすを買うと、ブルーな気分でおババの待つ老人ホームへと帰還した。


「ただいま戻りましたぁ……」


 明らかにしょんぼりとしたテンションで薬局の中に入る。

 おババは既にお弁当を食べ終わっていたようで、食後のコーヒーをズズズッと飲みながら楽しんでいた。


「あら、飯野ちゃん……どうしたの、そんな悲しそうな顔をして」

「おババさぁん……!! じ、実はぁ……」


 かくかく、しかじか。えびてんてん、えーんえん。

 私は涙目になりながら、おババに先ほどあった事の次第を説明する。

 おババに貰った段ボールの地図はもう、私の手汗でグッチャグチャだ。


「あら。あらあら、まぁまぁ」

「というワケで、何の天ぷらも食べられませんでした……」


 目を瞑り、イスに崩れ落ちながら唯一の成果だった天むすとお茶の入った袋をテーブルにクシャリ、と置いた。


「うーん、さすがにコレはちょっと可哀想ね……」

「私も心が折れるかと思いました」

「あ、あはは。ごめんね? 私もちゃんと教えれば良かったわ」


 いえ、エビ天タワーで頭がいっぱいだった私が阿呆だったのでございます……。


「何か励ませるようなことは……あっ、アレがあったわね」

「アレ……?」

「うん、ちょっと待っててね?」


 さすがに私の惨状さんじょうに同情したのか、ちょっと困った笑顔になった番場さんは薬局から出てどこかに行ってしまった。

 え……もしかして私、おババに見捨てられちゃったの……??


 ――バタン。


 もう駄目だ。もう、帰りたい。

 そう呟いて、ガバっとテーブルに伏せておでこをグリグリする。

 ははは。黒縁の眼鏡と一緒に、私の頭も真っ白になっていく……。



「ただいまぁ……って。飯野ちゃん、何してるの?」

「あっ、番場しゃん……帰って来てくれたんですね!」


 数分後に帰ってきた番場さんが、さっきの苦笑いに若干の引きが加わったような笑顔になっている。

 あれ? もしかして痛い子だと思われちゃってる?


「ま、まぁいいわ。飯野ちゃん、ちょっとついて来てくれる?」

「えっ? えっ??」


 ちょ、ちょっと待って。

 もしかして医者ドクターのところに連れていかれるとか?

 いや、生憎あいにくと病院なら毎日のように行ってますけど……!?


 売りに出される仔牛のドナドナを脳内BGMにしながら、私は先導するおババについていく。

 もはや考えることを放棄して、言われるがままに職員用の階段をトントンと上っていく。そしてその先にあったセキュリティの入ったドアを抜けてみると――。


「ほら、飯野ちゃん。見てみて」

「え……」


 おババさんは私に声を掛け、ドアの先に広がる光景を指さした。

 その先に見えたのは――。



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