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第33話 三大巨頭×新人狩り

「ふぅん、そんなことがあったのねぇ……」

「はい……全ては田貫たぬき部長の御命令でございます……」


 私は薬剤部の片隅にある休憩室で、3人のお姉さま(1人男性含む)に取り調べを受けていた。

 もちろん、刑事ドラマにあるようなかつ丼なんてものも無く……鬼のように怖い顔をした方達の質問に、私は一切の嘘(いつわ)りなく答えるしかなかった。


 ……ははは、お昼はかつ丼にしようかな。



「……ということにしましょう。って飯野ちゃん、貴女あなたは人の話をちゃんと聞いているの!?」

「はっ!? はいっ!! そうですね、それでいいと思います!!」

「聞いたわね、2人とも。それではさっそく、今日から始めるわよ?」

「了解よォ~」

「分かりました。私も出来る限り、すみやかに手配しておきます」


 え? なに、どういうこと?

 私がカツ丼定食のお味噌汁をノーマルか豚汁にするか悩んでいる間に、なにかが3人の間で決定してしまったらしい。

 だ、大丈夫かなコレ? 恐ろしいことにならない??


「まぁ飯野ちゃんにとって悪いようにはしないわ。むしろスッキリするかもね」

「アタシたちも仕事がやりやすくなるだろうしねェ~」

「これは身から出たさびですね。大人しくしておけば杭も打たれなかったというのに」


 名前の通りにカラスの様な艶やかな漆黒の長髪をしている烏丸からすま課長が、ボソっと恐ろしいことを言う。


 監査の|デウス・エクス・マキナ《機械仕掛けの神》と呼ばれる烏丸調剤課長。

 課長はまるで機械のように正確な調剤を行うことで有名なんだけど、たまに無感情で毒を吐くのだ。

 悪いことをしなければ決して悪口は言わないけれど、理不尽に対してはうらみや皮肉を込めてボソッと呟く。

 いつだったか、根津ねづ課長が飲みの席で『ボヤキの烏丸』って言っていたのが印象的だったなぁ……。

 ちなみに課長は年齢の話はタブーらしく、30代後半の独身という事以外はあまり知られていない。


「まぁ、取り敢えず事情は分かったわ。飯野ちゃんはお疲れさまでした。今回の沙汰さたは追って報告するわ」

「すみません、私の事でお手をわずらわせてしまって……」

「いいのよ、これは薬剤部全体の問題だから。エビデンス(証拠固め)のために部長やイノ(猪田)にも確認は取るけど……同じようなことが起きないように、こっちでも気を付けるから」

「ありがとうございます。助かります……」


 私がお礼を言ったあと、この場に居た全員が誰からともなく大きなため息を吐いた。

 まだ今日の業務は始まっていないのに、みんな疲れた顔をしている。

 私は冷蔵庫から自家製のジャスミンティーを取り出し、3人に振る舞った。



 ……実は似たようなことは、もう何年も前から起こっていたんだよね。

 そもそも、この薬剤部に新人が少ないのも理由があって、だいたいが3年も経たずに辞めてしまうんだ。


 原因はお察しの通り、あの田貫部長と猪田先輩。

 自分が大量の仕事を押し付ける癖に、忙しいだの仕事が遅いだのと言って新人をイジメる。

 新人は仕事を覚えるのに手いっぱいなのに、どんどん追い詰められちゃって……育つ前に辞めてしまう。

 以下、同じことの繰り返し。


 私たちが出来る限りフォローをしているんだけど、一番のトップと指導役がアレなので手に負えない。

 今年に入職した新人さんなんて、5人も居たのに現在まで残っているのは獅童だけだと言えば……この現状の酷さを理解して貰えるかな?


 何も考えてなさそうな田貫部長はともかく、さすがに龍鳳寺りゅうほうじ副部長はこの悪のサイクルに危機感を持っているらしい。

 近々、改革が行われるのか……はたまた粛清しゅくせいか。


 副部長の方が、何となく部長より院内やグループ内にコネを持っていそうなんだよなぁ。

 チラッと副部長を見ると、悪魔の様なニヤっと笑顔を返してきた。

 ……私は絶対に敵に回すようなことはしないようにしよう。


 三大巨頭から解放された私は、どっと疲れた身体を引きって病棟へ向かった。

 なんだか最近、薬剤部にいるより病棟に居る方が心が安らぐかもしれない。

 途中で荷物を持った獅童にすれ違いざまで笑顔も貰えたし、ナースステーションには牛尾ちゃんも居る。


 嗚呼、私のホームはここだったのかもしれない――!!


「あっ、紫愛ち……飯野さん! 待ってたわよ!? 貴女あなた、いったいどういうことなの!?」


 あぁ、そうだった。

 ここにも私の安寧あんねいを崩す人が居たんだった……。

 でも辰巳たつみ看護師長の『どういうことなのー』も、今となってはなぜだか癒しに思えてくるなぁ。

 裏事情を知ってしまえば師長も実はいい人だったし、ちょっと厳しいのも愛情の裏返しだったわけだし……うん。


「師長……どうって、勉強会の事ですか?」


 事情は説明していないけれど、私が今日の勉強会の担当から外れたことは何処からか知ったのだろう。

 勉強会の担当である師長さんとは私が相談しつつ資料を作ったので、今回の急な変更にビックリしたのかもしれない。


「そうよ! あんなに頑張っていたのに! 紫愛ちゃんは悔しくないの!?」

「いやまぁ、担当を外れるように部長に言われたときはショックでしたけど……」


 ……ビックリっていうレベルじゃなかった。めっちゃ怒ってますやん。

 なんだか私以上に怒ってくれる人ばっかりで、自分は怒ったり悲しんだりする前に冷静になっちゃってる気がするよ。

 いや、本当にありがたいんだけどね。


「まったく、紫愛ちゃんは人が良いんだから! ……まぁ、そこが良い所なんだけど」

「あの、その……ここで紫愛呼びは。控えていただけると……」

「あっ……」

「けっこう恥ずかしいので……はい」


 ステーションの職員たちが不思議そうな目で私たちを見つめている。

 普段は規律に厳しい鬼の師長を演じているのに、私にだけ猫なで声で話しかけるもんだから、周りからは相当奇妙に映っているに違いない。


「と、ともかく。この仕打ちは酷いってことを言いたかったのよ。……まぁ、いいわ。飯野さんもそこまで落ち込んでいなかったみたいだし。後は私たちに任せなさい」

「……? はい、ありがとうございます。宜しくお願いします」


 辰巳師長も勉強会の担当だから、フォローしてくれるってことかな?

 ともかく、私は自分の日常業務を頑張ろう!

 勉強会も……平和に終わるといいなぁ……。





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