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第30話 海ブドウ×豚面のアイツ

「えぇ~!? それってどういう事なんですか!?」

「有り得ないですね。飯野さん、これはしかるべき所に報告するべきですよ」


 ここは神饌町しんせんちょう駅から徒歩で15分ほど歩いた場所にある沖縄料理店『しぃくゎさぁ』。

 仕事帰りの会社員たちで賑わうこのお店で、私は看護師の牛尾ちゃんとリハビリテーション科の兎月ちゃんになぐさめられていた。


 ちなみに当の本人である私はといえば、飲みの席にもかかわらず放心状態でヘラヘラ笑っていた。

 あれだけ好きだった海ブドウも口にせず、この店オススメのC(シー)泡盛あわもりサワーにも手を出していない。


「駄目ですね。これは相当キテますわ」

「助けて、うっしー。紫愛っちが怖いよぉ……」


 はははは。ミミガーの豚面ぶたづらが、あのイノシシ野郎に見えてウケるぜ。

 今すぐにでもあのニヤニヤ顔を私の手で潰してやりたい……。


「ヤバいですね。あの食べ物で遊んだらブチ切れる飯野さんが、ブタの顔をつかんで笑い始めましたよ……」

「かなり猟奇的りょうきてきだよねー。あの顔を見てよ、うっしー。まるでブタ野郎を調教する女王様みたいな思考になってるよー」


 なにを失礼な。私だってしつけるなら、可愛いワンコとかの方がいい。

 豚肉のミンチだったらやってやってもいい。

 そうだなぁ、そうしたらあのムカつく顔も……。


「って、危ない。危うく食べ物を粗末にするところだった」

「あ、帰ってきましたね」

「アン、いろんな意味で紫愛っちはもう手遅れかと思ったー。あっ、おばちゃん! 泡盛ハブサワーひとつ!」

「……杏子あんこちゃ~ん、いろんな意味で手遅れってどういうことかなぁ?」


 なんか随分と酷いことを言われた気もするが、さっき上司たちに言われた言葉よりはマシだろう。

 あぁ、またアイツらの放った思いやりの欠片も無いセリフが脳裏をよぎる。


「なぁにが、『勉強になっただろう、これも経験だよ』だ! 部下をこき使ってていよく手柄を横取りしただけじゃないかー!!」

「今回はさすがに……どうフォローすればいいのか悩みますねぇ」

「リハ科にはそんな大人気おとなげないことをする人は居ないんだけどねー。あ、おばちゃん! 塩焼きそば4つ!!」


兎月うづきさん、貴女はなぐさめるのか食べるのかどっちかにしなさい?」

「おばちゃん、私はゴーヤチャンプルニンニクマシマシで!!」

「飯野さんまで!?」



 だって、私が今できるストレス発散は沖縄料理を思う存分食べることなんだもん。

 あ、海ブドウとC泡盛サワーお代わりしなきゃ。

 急に元気になった私を、呆れた表情で見つめる牛尾ちゃん。

 一方、兎月ちゃんは山盛りの塩焼きそばを豪快に食べている。



 マイペースな牛尾ちゃんと兎月ちゃんだけど、私がこうやって食欲を取り戻せたのは間違いなくこの2人のお陰。


 なんでも仕事帰りのバスの中で、私はまだ目が描かれていないダルマのような恐ろしい表情をしていたらしい。

 ダルマってそれは御利益があっていいじゃん……とか思ったけど、そんな私をたまたま同じバスで発見した牛尾ちゃんと兎月ちゃんはガチでビビったみたい。

 そういうわけで、このままこの子を放っておいたらヤバそうだ、ということで意見が一致した2人は、ぼーっとしていた私を連行し、急遽きゅうきょ事情聴取という名の食事会を開いてくれたんだって。



 2人に言われるがままにこの店に連れてこられた私は、今日起こったことを洗いざらい全て話した。

 私がお昼休憩を犠牲にしながら、せこせこと勉強会の資料を作成していたのを2人は知っていたから、その努力を横取りした田貫部長と猪田先輩に対してかなりいきどおってくれた。


 ……とは言っても、2人ともが元々小動物のように可愛らしい見た目だから、頬っぺたを膨らませてプリプリ怒っている姿がとても可愛くて。

 そんな微笑ましい様子に、私は怒りも忘れて癒されていた。


「ありがとうね、2人とも。お仕事で疲れてるのに、こんな私に付き合ってくれて」


 そこは本当に感謝をしなければならない。

 あのまま誰も居ない真っ暗な独り暮らしの部屋に帰っていたら、私はたぶんここまで平穏ではいられなかったと思う。


「何を言っているんだよー! 紫愛っちはアンのお友達なんだから、何かあったら一緒に居るのは当然だよー!?」

「まぁ兎月さんほど場を盛り上げたりすることはできませんが、貴女に寄り添うことぐらいならいくらでも……私も、しっ、紫愛さんのことを大事に想ってますし」


「――ッ!? 兎月ちゃんっ……牛尾ちゃぁんっ!!」


 やばい、仕事で起きた理不尽では泣かないようにしてたのに。

 でも。こんな嬉しいことだったら……自然に涙が出ちゃっても、しょうがないよね……。


「まったく! 可愛くて素敵な紫愛っちを泣かせるなんてサイテーですね! 絶対彼女いませんよ、あんな奴!!」

「本当に許しがたいですね……握り潰してやりたいです」

「ですですー!!」

「ちょ、表現が怖いよ牛尾ちゃん!? 2人とも、その握りこぶしはいったいナニをしているの!?」

「「物理で去勢きょせい手術!」」

「――絶対にやめようね!?」



 2人が精いっぱい盛り上げてくれたおかげで、私も食欲がグングンと戻って来た。

 おばちゃんも私たちを見て何かを察したのか、ギャーギャーと騒がしくしていたのに注意もせず、次々とホカホカの料理を持って来てくれた。


「はい、特製ゴーヤチャンプル-。あとこっちがC泡盛サワーね」

「ありがとうございます!! いただきます!」


 沖縄料理と言ったら、まずゴーヤチャンプルを思い浮かべる人も多いくらいの名物料理だ。

 家庭料理として愛されているぐらいで、割と家でも簡単に作れるんだよね。


 ゴーヤを一口大にカットして、時間をかけて塩もみ。

 熱したフライパンにごま油とニンニクを投入したら、塩もみしたゴーヤをザァッと炒める。

 追加で適当に冷蔵庫にあるお肉を入れたら、溶いた卵を流し入れてかき混ぜ、好みの固さになったら調味料で味を調えて完成だ。

 ね? 簡単でしょう?


 ちなみにこの店ではお肉としてスパムが入っている。

 スパムは成型されたほぐし肉なんだけど、これも肉の旨味が凝縮されていて私は好き。


 作り方はさておき、この『しぃくゎさぁ』特製のゴーヤチャンプル-をいただこう!

 私は深めの大皿に乗った、この料理を眺めた。

 このメンツならわざわざ誰かの為に取り分けたりなんかはしない。

 各々《おのおの》が好きなだけ勝手に取って食べるのだ。

 お互いが最低限のマナーが守れると分かっているから、その辺は暗黙の了解で自由に食事を楽しんでいる。


 よし、アツアツのうちに食べていこう。

 手元の小皿に具がバランス良くなるように盛り付けて、立ち上る湯気と一緒に匂いを楽しむ。

 ガッツリと効いたニンニクと醤油の香りが鼻を通して脳まで駆け上がり、食欲を限界まで引き上げてくれる。


「あぁ、もうたまらない! あむっ!」


 瞬間、口の中に広がるゴーヤの苦みと塩気。

 そして、噛まないのにほどけるスパムの肉の旨味。

 苦みを優しく卵の甘みが包み込み、ニンニクと醤油の香ばしさが更に次の一口と誘惑する。


「あぁ~、これは男のいる飲み会ではやれない背徳感はいとくかんがありますね」

「アンは男がいても食べるけどねー! だって美味しいんだもん!」


 2人ともこの後に襲って来るであろう口臭など一切気にすることなく、モリモリむしゃむしゃと食べていく。

 だよね!! やっぱりガッツリ効いたニンニクは美味しいよね。


 可愛い子がモキュモキュと食べるという尊い風景を見ながら、私はC泡盛サワーに手を伸ばす。


「うくっ、きたっ! きたきたっ!! くぅ~っ!!」


 泡盛のクセのある強いアルコール感が、喉や胃を熱くする。

 そしてそれをクドくさせないように、シークァーサーの柑橘かんきつ由来の爽やかな酸味が口の中に広がっていく。

 この店のCはシークァーサーのCで、あらゆる料理にも使われているのだが、私はこの泡盛サワーに入れるのが至高だと思っている。



「んぁ~、これがあればどんな濃い料理でもイケちゃうね! さて、おかわ……」


「あ、もう私たちで食べちゃいました」

「美味しかったですー!」


 ……あれぇ、おっかしいなぁ?

 これって私のための慰労会いろうかいじゃなかったの?


「私が頼んだご飯なのに……!!」







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