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第28話 本音×酒癖

 座っているカウンターテーブルの向こう側で、パチパチと炭が焼ける音がする。

 串に刺さった様々な種類の食材たちが熱にあおられ、美味しそうな焦げ目を見せてくれる。

 時折ときおり、炭にポタポタと落ちる肉汁が食欲を刺激するような音をジュウジュウと立てている。


 ……片や隣の残念美人《辰巳師長》は真っ赤な顔でテーブルをバンバン叩いている。

 普段はマナーや規律に厳しい鬼の師長とか呼ばれているこの人が、だ。

 正直、美味しい料理が無かったら、この人を置いてとっくに帰っているよ私は……。


「師長~、おっしゃりたいことは分かりますけど、お酒が弱いなら程々にしましょ? ほら、社長も何とか言ってやってくださいよ~」

「飯野さんの言う通りだな。愚痴なら後で聞いてやっから、今は大人しく水でも飲んでおけ」

「アナタぁ~!! 愛してるぅうう~!!」


 社長が出したお水を一気に飲みながら、イチャつきだす師長。

 さっきまでは「幼馴染だった私のお父さんのことがずっと好きだった~」とか暴露していたけれど、今は素敵な旦那様がいるようで良かった。


 ――もし師長が今でも独り身だったら……うぅん、考えるのも恐ろしい。



「だってぇ、酷いじゃない!? 好きだった人をうしなったあと、空っぽだった私は仕事に生きるしかなかったんだもの! それに規律に厳しいのだって、誰かにとっての大切な人を亡くして欲しくないからなのよ!? 何かあってからじゃ、居なくなってしまった人はもう……絶対に、戻って来ないんだから……」

「た、辰巳たつみ師長……」

「もう……もう、あんな思いは……したくないのよぉ」


 彼女はそういってテーブルに顔を伏せ、泣き出してしまった。


 みんなが嫌厭けんえんして、避けられがちだった鬼の師長。

 本来の彼女は病院内の事故を防ぐため、心を鬼にして院内を駆け回る優しい人だった。


 それも父の死の影響で、ここまで変わってしまったなんて……。

 でもその徹底した業務のお陰で、医療事故で苦しむ人や悲しむ人が生まれるのを防いできたと思えば、父の死も無駄じゃなかったよね?。

 大きなものを背負ってきた華奢な背中を眺めながら、私はそんなことを考えていた。



「師長、今日は愛する旦那さんの美味しい焼き鳥をたくさん食べて、全部吐き出しちゃいましょう! それに父の供養くようも一緒に。今なら娘の私がお付き合いしますんで、思い出話でもなんでも聞きますよ!?」

「し、紫愛ちゃん……」

「でも明日もお仕事があるんでしたら、もうお酒は控えめにしましょうね? まぁ、師長がどうしてもおごりたいって言うのなら、仕方なく私も飲みますけど~」


 師長は私のちょっとした冗談に目を何度かパチクリさせると、その言葉の意味を理解したのか、急に笑いだした。


「ふっ、ふふふ。そう、ね。じゃあ今日はじっくりと飲みながらお話しましょうか……アナタ、お水と特製串盛りをお願いしてもいい?」

「おう、まかせとけ。……飯野さん、ありがとな」


 私の言葉で笑顔を取り戻した師長は、旦那さんである社長に優しい声で甘えた。

 そして同じくらい優しい声色こわいろで私にお礼を伝える社長さん。

 ……とても微笑ましい光景だけど、私は別に師長の為だけに言ったんじゃないよ?



「ま、美味しい料理とお酒。それに思い出話で今日のところは十分、だよね?」


 水の入ったグラスをそっと2つ重ねて、乾杯。

 流れて失った塩分を、美味しい串焼きで補充しながら。

 親と子ほどの歳がある2人の女子会は、その後もしっとりとした雰囲気で進んでいった。



 ◇


「――カッコつけていろいろ言ったけど、結局途中からお酒を飲んじゃった。うぅ、お腹がタポタポだわ……」


 あの後2杯目のハイボールで撃沈した辰巳師長を旦那様に預け、私は駅前の商店街をお腹をさすりながら独り歩いて帰っていた。

 社長が焼いてくれる串モノはどれも美味しくて、いろんな種類の焼きとりを食べることが出来た。


 中でもやっぱり、豚バラの焼とりが絶品!!

 まぁそれは私の故郷の味っていうのもあるんだろうけど。

 あの、脂が程よく焦げた香ばしい匂い。

 一口含めば外側がパリっとしていて、中からバラ肉特有の濃厚な肉汁が滝のようにあふれだす。


 豚肉本来の美味しさを炭火を使って上手に閉じ込めるのは、相当に繊細な技術が居るはずだ。

 さすがは普段から繊細な師長を上手に転がしている社長さんだ。


「今度は一人で行ってみよう。社長もまだまだメニューの隠し玉があるって言っていたし。絶対に一人で楽しもう。ひとりで、誰にも、邪魔されずに」


 お父さんとお母さんの昔話を聞くのは楽しかった。

 とっても楽しかったんだけど……半分は師長の愚痴か社長との馴れ初め話だったし、途中から酔っ払って同じ話をリピートしだしたので、気を遣って相槌を打つのがちょっと面倒だった。



「そうだ、お母さんに後で苦情を入れておこう。あの人の事だ、いつか絶対にこうなるって分かっていたに違いないッ!!」


 師長さんってあぁ見えてお母さんの事が大好きだったっぽいし、私の事も構いたくなるって予想してたんじゃないかな。

 スマホを取り出し、試しに『母へ 辰巳師長 酒癖悪い』とLIMEアプリで送ってみた。


 ――でもまぁ嫌われていたと思った辰巳師長が、実は私のことが《《好きだった》》なんてね!

 入職して数年、あの蛇のような目ににらまれてやり辛さを感じていたけれど、これからは伸び伸びと仕事が出来るのかも?

 そう考えれば、師長と飲みに行って良かったな~。


 それに、ちょっと気になることも聞けたしね……。


「ん、お母さんから返事だ。なになに……?」


ついにバレちゃった? あの子、一度懐くとヤンデレ並みにべったりだからヨロシク!』


「なんですってぇえ!? あの師長が私に!? いやああぁぁああ!?」



 29歳独身、年齢イコール彼氏いない歴。

 素敵なマリアージュが出来る男性を求めているのに、次々と変人が集まってくる女。

 そこにまた一人、面倒なヤツが追加された瞬間であった。

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