第26話 鶏×○○上戸
私、前に言ってあったと思うんだけど。
『人生における素敵なマリアージュを見つけ出す。そしてパートナーとしても最高のマリアージュを』
それが私のモットーだ。そう、だったはずだ。
……それがこの現状は、なんだ?
「アナタ、私が可愛い子を連れてきたからって浮気しないでよ?」
「するワケねぇだろうがよい! 俺たちゃこの串焼きと同じくアツアツよぉ!」
「うまい! 串焼きだけにね!! じゃあ、さっそくお代わりしなきゃだわ!?」
あ、私ですかぁ? 今ネギま串の肉を歯で引き抜きながらビール飲んでます。
ははは、うめぇ。
「ちょっと、飯野さん。貴女、ちゃんと味わって食べてる? せっかく私の旦那が丹精込めて、愛情も……愛情は私にだけでいいけど、一生懸命作ってくれたのよ? ねぇ、ちゃんと味わってる??」
「あーはいはい。っていうか師長って酔うとメチャクチャ面倒臭いっすねー。別の席で食べていいっすかねー」
「ははは! すまねぇな。コイツは酒が弱くてよぅ。普段は串モノしか食わねぇんだが、今日は珍しく飲んでるんだよな。……なんでだ?」
そんなの、私は知らないよぅ。
社長、職場の先輩がパワハラするから助けてよぅ。
私が悲しい目で社長を見つめていたら、お詫びのしるしに鶏つくねを無言で出してくれた。
練り込まれた軟骨のコリコリと、卵の黄身を塗った照り焼きがなんともビールに合う。
塩のつくねも美味しいんだけど、私はタレの方が好き。
「ふぅ。お酒でも飲まないと、私だって言いにくいことがあるのよ……」
「いったい、どうしたっていうんですか。今日の師長さん、なんか変ですよ?」
何か理由があるみたいだけど、いつものヒステリーはどこへ行った?
いや、無くていいんだけどさ。特に今やられたら確実に私は帰る。
仕事中の理不尽ならある程度は耐えられるが、プライベートで食事中だったら私は断固として戦うぞ!?
「ちょっと、そんなに身構えないでよ。えーっと、その……わ、私ね? 飯野さんに謝りたかったのよ」
「え……。あ、謝るですか……?」
てっきり、いつもの調子で愚痴を言われるのかと思ったんだけど。
でも怒ったり不機嫌っていうよりも、なんだか恥ずかしがっている乙女みたいにモジモジしている。
……どういうこと? 泣き上戸とか笑い上戸じゃなくて、乙女上戸??
クネクネと変な態度を示す師長を胡乱げな目で見ていたら、今度は思い詰めたような泣きそうな顔をし始めてしまった。
いや、可愛いんだけどさ……。
いい歳した母親ぐらいの年の人にウジウジされても困るんですけど?
どうしたらいいものかと悩んだ挙句、取り敢えず私は持っていた鶏つくねを彼女に1本差し出した。
これ喰って元気《《取り》》戻してくれ。鶏だけに。
「もぐもぐもぐ。やっぱり美味しいわね。さすが私の旦那様」
「あぁ、はいはい。もうそういうの良いんで。社長ー! 砂肝と鶏皮の塩とハツをそれぞれ2本お願いします。あとビール追加で。……で? 師長、何の話でしたっけ?」
「あのさ、私……職種は違っても一応、貴女より先輩なんだけど……」
あぁ、もう。ごちゃごちゃ五月蠅いなぁ。
そもそもがプライベートな食事中に上も下も無いでしょ。
それともまさか、同じ皿の上の料理に優劣つけるつもりなんですか?
良いからもう、早く言え。ビールがぬるくなるわ。
食事を邪魔されるのが一番私はイライラするんだから。
私は恨みのこもった目つきで師長を睨む。
「怖っ!? ……ま、まぁいいわ。とにかくね、私。今まで飯野さんに対して、仕事中も結構厳しく当たってたじゃない?」
「ん? そうですか? 辰巳師長は別に誰にでも厳しかったと思いますけど。棍棒の代わりに聴診器を鬼のように振り回してるイメージで」
「そ、そうかもしれないけど。っていうか、私って周りにそんな風に思われてたんだぁ……」
あ、カウンターテーブルで頭抱え始めちゃった。
でも私を始め、看護師の牛尾ちゃん達や他の職種の人達のほぼ全員が辰巳師長を『規律が絶対の鬼の師長』だと思っているはず。
「だけどそれは、辰巳師長さんが院内の安全管理全般のトップだから、敢えて厳しくしているんだって皆分かってますよ? なにより、師長が自分に対して一番厳しくしているじゃないですか」
「うっ……それもそうなんだけどさぁ。でもやっぱり嫌われてると思うと辛いこともあったりで……」
「そりゃあ別に厳しくしていなくたって、上司ってモンは嫌われるものでしょう? 信頼されてるだけ誇っていいと思いますよ?」
実際、辰巳師長が担当して目を光らせている病棟は事故件数が少ない。
それだけ彼女の存在は大きいのだ。
……現場のスタッフのストレスも大きいけど。
「人の命を預かってる責任ある仕事なんですから。それを一番に考えて実行されている師長は褒められることはあっても、責められる謂われは無いんじゃないんですか?」
「そんなこと言ってくれるのは看護部長と旦那と貴女ぐらいよぉ~!!」
あっ、顔を真っ赤にした鬼が泣いた。
周りの客が何事かと見てくるけれど、私はし~らないっと。
旦那さんである社長をチラっと見ると、ニッコリと頷いてぼんじり串を差し出してくれた。
ふっ、チョロいぜこの夫婦。
このまま褒め殺しておけば、タダで飲み食い出来るんじゃないかな?
「で? それで看護師じゃないのに厳しく当たり散らした私に謝りたかったと。それでわざわざこの店に連れてきてくれたってことですか? まぁ、そういう事なら美味しいご飯が食べられたことですし、許してあげなくもないですけど」
私もどうせチョロいからねー。
美味しいご飯とお酒があれば大抵のことは水に流しますよ?
「えっとね、それとはちょっと違くて」
「はぁ、なんでしょう。あ、このレバー串おいしい」
「あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「はい。社長~、今度は冷酒ください。あと鶏軟骨追加で」
この際だから、全部ハッキリと言ってくださいよ。
私は美味しいご飯さえあれば許せる懐の大きなオンナなんですから~。
「私ね……貴女のお母さんとお父さんの幼馴染なの」
――ぶふっうぅうう!? ど、どういうこと~!?




