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第23話 借り×仮面


 さて、今日も今日とてお仕事ですよー。

 ピシッとした白衣を身にまとい、黒淵眼鏡をバシっとかける。

 4色ボールペンとマーカーをポケットに入れて、オマケに気合も入れた。



「せんぱぁい……どうして僕の電話切ったんですかぁ」

「そんなの、本気でどうでもいい話だったからに決まってるじゃない。まったく」


 薬剤部に入って早々、当直明けだった獅童に愚痴を言われた。

 どうしてもなにも、職場の先輩にわざわざ電話で「朝ごはん買ってきて」なんて言ってくる後輩がいる!?


 ――とはいえだ。

 コイツには昨晩、一飯の恩義があった訳で。


「ホラ、あげるわよ。ありがたく食べなさい?」

「えっ? ほ、本当に買って来てくれたんですか!?」


 半ば押し付けるようにして、小さな紙袋を獅童に手渡す。

 流石にあのやり取りで私が持ってくるとは思わなかったのだろう。

 渡された本人はポカーンと立ち尽くしている。


 ふふふ。私はご飯の借りは必ず返すのだよ。


「しかも……これって手作り!? シア先輩の……手作り……」

「ふははは、恐れ多かろう!? この私が朝から握った特製おにぎりよ。感動でむせび泣くがよい~」

「はは~、ありがたき幸せ~。って、えっ? ま、マジですか!? ホントに!?」


 獅童は紙袋を胸に抱いて、ウルウルと目をうるませながら私を見つめてくる。

 ちょっ、本当におにぎりごときで涙目になるヤツが居るか!?

 しかも中身の具なんて、昨日私が食べたお茶漬けの余りとかなんですけど……。


「え、えっとぉ。具はホタテとツナマヨ、梅なんだけど……大丈夫だった?」

「はい! 僕、シア先輩が作った料理なら生ゴミでも、消し炭だって喜んで食べますよ!」

「消し炭ッ!?」


 っていうかソレ、暗に私のことを料理下手だってディスってるよね!?

 まったく失礼な奴め。

 これでも普段からそこそこ料理はやっているのに。

 ……まぁ、昨日の晩御飯はちょっと手抜きだったけど。


「やったぁ、コレで残りの仕事も頑張れますよ!」

「うん、喜んでくれたのなら良かったよ。まぁ無理しない程度に頑張ってね」

「はいっ!」


 当直明けなのに元気だなぁ。

 その若さが私にも欲しいよ……。

 おかしいなぁ、入職直後は獅童みたいにキャピキャピしてた筈なんだけど。

 私も年をとったってことなのかな。



 可愛い後輩とそんなやり取りをしていると、視界の端で薬剤部長室のドアが開いた。

 なんだろう、と思ってジーっと見ていると、ドアの隙間から光沢のある頭部がにょきっと出てきた。


「あ、飯野君。おはよう。ちょ~っと来てくれるかな?」

「げっ。田貫たぬき部長……お、おはようございます。分かりました、今行きます……」

「先輩……態度に出過ぎですよ?」


 ――うるさいなぁ、コレはわざと出してるんだよぅ。


 部長はどうやら私に用があったようで、部屋に入るように声を掛けられた。

 なんだろう? 私なんかやっちゃったかな?


 何かあるとすぐに呼び出されることはいつものことだし、私は特に何も考えずにノコノコと部長室に向かう。

 そういえば前回呼び出されたのは、スカイツリーの見える老人ホームに派遣依頼された時だったっけ?


 ……今回は面倒事じゃないといいなぁ。

 そう祈りながら部長室のドアをトントントン、とノックする。


「部長、失礼します。飯野です」

「うん、入って入って~」


 機嫌は……この声の感じだと悪くなさそうだ。

 つまり、今回は私の言動についてのお叱りではないと。

 うーん、このパターンは私に対するお願い事(命令)確定だな、こりゃ。


「なんか飯野君、嫌そぉ~な顔してない?」

「え? そんなことないですよぅ。それより部長、どうしたんです?」


 おっと、さすがにこれ以上は上司に対して失礼だった。

 お仕事ならちゃんと聞かないとね。


「う、うん。実は飯野君にやってもらいたいことがあってねぇ」

「ほぅら、やっぱり(小声)」

「今、やっぱりとか言った? ねぇ、絶対言ったよね!?」


 気のせいですよぅ、という意味を込めてニッコリ笑う。

 ていうか天井照明の光がその頭部で散らかってて眩しいんで、どうにかしてくれません?


 ……はぁ。

 ていうか何でもかんでもすぐに私に面倒事を押し付け過ぎじゃないかな、この人。

 本当に嫌な予想も当たっちゃったしさ。


「で? やってもらいたいことってなんでしょう?」

「え? あ、そうそう。実は猪田いのだ君が担当してた安全対策の勉強会なんだけどねぇ」


 あぁ、この前病棟でも話題になってた勉強会の話かぁ。

 猪田先輩が担当って部分が何とも不安を誘ってくるんですが……?


「あぁ、院内で定期的にやってる勉強会ですよね。業務時間外に」

「なんかトゲのある言い方だね……その勉強会なんだけど、今回は飯野君にやってもらうことになったから」

「はいっ!? 私がですか??」


 たしかその勉強会って来週の火曜日だったハズじゃ!?

 今日は月曜日だから、準備する時間がもう1週間も無いじゃない。

 資料集めて、スライド作って配布プリント印刷して……ってこのクッソ忙しいのに私がやれと!?


 ていうか猪田先輩はどうしたのよ、先輩は。

 まさか、また直前で逃げ出した!?


「……飯野君ならできるよね? ちなみに前回までの資料はコレ。安全対策委員会の人には担当が変わったって話を通しておいたから、ちゃんと協力して完成させてね」


 うわぁぁあぁぁ!! またこのパターンだよぉ!!

 私の意見なんて聞きもしないで、もう最初から私がやるって決定してるやつぅ!!


 コレって毎回思うけど、もはやお願いじゃないよね?

 それってタダのただの業務命令だよね!?

 やんわり言われてるけど、部下は断れないんですって……。


「あ、あのぅ。ちなみに猪田先輩がちょっと資料作ってくれてたりとかは……」

「これも勉強だと思って、イチから頑張ってね!」

「はい……りょう、かい、しまし、た……」


 私は暴言がこの口から飛び出そうとするのを喉元で必死に抑えつつどうにか返答をすると、資料を受け取って部長室を後にした。



「ていうか猪田先輩……昨日看護師さんが資料出来てないって言っていたけど、さては結局サボったか忘れていたな……!?」


 なるほど。道理でこの変なタイミングで私に勉強会の話が回って来たわけだ。

 くそぅ。どうせ上の人達は、私なら簡単に引き受けてくれるとでも思っているな。

 いつかバシっと理由つけて断ってやるんだから! 覚えとけよタヌキどもめ!



 イライラを表に出さぬよう、無理矢理に笑顔を作って病棟へと向かう。

 患者さんに不安や不快な思いをさせないようにしないとね。

 私は優しい薬剤師。笑顔と薬で人を幸せにするのだ。

 挨拶もハキハキと元気よく、明るくしていかなくっちゃ!


「おはようございます! みなさんお疲れさまです!」


「あ、飯野さん!? ちょっと貴女あなた、勉強会の資料はまだなの!? 安全対策委員会のおさである私に相談にも来ないって、いったいどういうことですかッ!?」


 ――あ、ゴメン。もう無理。


 私の笑顔の仮面が一瞬で、音も無く崩れ落ちた。



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