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第20話 鉄人×鬼人

 ただ今私は、職場である神饌しんせん病院に向かうため、シャトルバスに乗ってドナドナ(出荷)の真っ最中であります……。


「シア先輩、別に看護師長は先輩に対してキレてたワケじゃ……」

「どうせ薬の事で不備があったってクレームでしょ? 何故かは知らないけど、あの師長は全部私に言ってくるのよ。はあぁ、憂鬱ゆううつだわ……」


 他の職員もこのバスに乗って通勤しているので、話が漏れないように後輩の獅童とヒソヒソ話をする。

 私が忌引きびきで数日居なかっただけで、そんなトラブルが起こるなんて本当にツイてないわ……。


「そもそも、猪田いのだ先輩が居たはずでしょう?」


 私は同じ病棟の猪田先輩に、前もってキチンと引き継ぎをしていたハズだ。

 常日頃つねひごろから報連相ほうれんそうはしっかりとするように心掛けていたつもりなんだけど?


「猪田さん……寝違えたとかで早退しちゃったらしくて……」

「はい……? ね、寝違えたから早退っ!?」

「僕もちょっと何言ってるか分からなかったんですけど、そうみたいです」


 いや、病院勤めなんだから診察受けろよ……。

 ていうか部長もその理由で早退許しちゃったの……!?


「いや、そもそも辰巳たつみ師長は新人の看護師が薬のことでポカやらかしただけであって、薬剤部にはとばっちりっていうか……」


 あぁ、もう。二日酔いでもないのに頭が痛くなってきた。

 思わず座席の背もたれに体重を預けて脱力してしまう。

 獅童は全く悪くないのに、申し訳なさそうな顔しちゃってるし。


「何となく事情は察したよ。あとは現場に行ってから対処するわ。ありがとね、事前に教えてくれて」

「い、いえ! 先輩のお役に少しでも立てたのであれば嬉しいです……」


 普段は抜けているところもあるけれど、この子は素直で仕事にもひたむきだから先輩としてその辺りはちゃんと信用している。

 意外に周りの事も見ているし、患者さんのちょっとしたことにも気付いて教えてくれるから、どっかの先輩よりもずっと薬剤師に向いていると思う。



「先輩、着きましたよ。ほら、元気出してくださいって……」

「うん……頑張る……」


 トボトボとバスのステップを降りて、病院の職員用通路に向かう。

 入り口に備え付けてあるタイムカードを押して、女子更衣室へ。


「……よし、覚悟を決めますか」


 ロングコートの白衣は私の勝負服だ。

 これを着たからには、患者さんの前で弱音なんか言っていられない。

 こうなったらもう、ババっと仕事を終えて、今日はちょっと美味しいご飯でも食べよう。


 気合を入れた私は着替え終わった獅童と合流し、まずは薬剤部に向かう。


「おはようございま~す。先日は急にお休みをいただいてしまい、申し訳ありませんでした」

「おはようございます!」


 病院の地下にある、壁一面が白い空間。

 ある種の神聖な雰囲気がただよっている薬剤部に入り、そこの住人達に挨拶を交わす。


「……お疲れ」

「あ、根津ねづ課長。夜間当直(とうちょく)ですか? お疲れさまです」

「お疲れさまです~。何か変わったことあったっすか?」


 根津課長は「いや、何も……」と一言だけ返すと、ボサボサの髪をかきながら彼の部屋である医薬品情報室に戻っていった。

 彼は薬品関連の情報エキスパートで、通称『寝ずの番人』と呼ばれている大先輩だ。

 見た目はもう50代を越えたオジサンだが、当直中も一切寝ることなく仕事をし続ける鉄人である。


「相変わらず根津さんは凄いっすね……普段ちゃんと寝てるんでしょうか?」

「アレがもう根津課長のライフスタイルなんでしょうね。それでいてキッチリ仕事はするし、私たちが質問したことは大抵知っているし……本当尊敬するわ……」


 薬剤師にはいろんなタイプがいる。

 根津課長のように、何歳になっても知識を追い求める旅人のような人。

 常に超ハイテンションで、強面の患者さんだろうと誰であろうと、一切の物怖じもせずに突撃していく楽観思考な人。

 普段は大人しいのに、なにか特定のワードを聞くと突然豹変して、何時間でも喋り続ける変人。


「私みたいな一般人は少数派だわ……」

「あははは! シア先輩、面白い冗談っすねー」

「ん……? どういうこと?」

「さぁって、僕は業務始める準備してきますね~」

「え? ちょ、ちょっと? 獅童く~ん?」


 悪意の無い爽やかな笑顔を振りきながら、私の言葉を完全に無視してスタスタと歩いていく獅童。

 何事も無かったかのように、テキパキと掃除や機器チェックを始めてしまった。


「……私も仕事するか」


 数日休んだ分、恐ろしい量の仕事が溜まっているはず。

 さっさと進めないと田貫たぬき薬剤部長と辰巳たつみ看護師長からまた怒られちゃう。

 果たして私はどの分類の薬剤師に入るのだろう……と首を傾げながら、さっそく自分の仕事に取り掛かるのであった。



 ◇


「ちょっと、飯野いいのさん!? 貴女あなた、アレはいったいどういうことですか!」


 薬剤部での仕事にキリをつけて、専属になっている病棟にやってきたのはいいんだけど……私は早々に例の辰巳看護師長に捕まってしまった。


 あぁもう、アレは見るからにキレッキレだわ。

 そんなにしょっちゅう怒っていたら、そのうち高血圧で脳の血管が切れちゃうと思うんだけどなぁ。


「はい、どうしましたか辰巳師長さん。あと、先日は不在にしてすみませんでした」


 取り敢えず私は先手を打って謝罪を入れておく。

 社会人たるもの、たとえ自分が悪くなくても謝らなくちゃいけない時もあるのだ。


「そんなことより、病棟ストックの点滴がもう無いのよ! それに入院患者の蟹岡かにおかさん! いつもと飲む薬が違うってクレーム入っていたわよ。これってインシデント(事前に判明したミス)なんじゃないの!?」


 うわぁ。相変わらずこっちの都合とか話を聞く気がないよぉ……。

 ていうか「そんなこと」って言われたんですけど。

 そもそも今来たばっかりなのに、そんなクレームのマシンガンぶっ放さないでください。


「ストックは確認して補充します。蟹岡さんは入院時にお薬が変更になったと医師と薬剤師、担当看護師から説明があったはずですが……念の為にもう一度説明に伺います」

「もう! しっかりしてちょうだい!! インシデントレポートも今日中に書いておいて!」

「いや、ですから……ってもう行っちゃったし」


 しっかりして欲しいのはこっちの方だよ!!

 まったく、すぐ一言目、二言目には『インシデントよ~!』なんだから……。


 辰巳師長自身が安全対策委員会っていう立場も兼任しているから、そういう医療事故に繋がることに関して敏感になっているのは分かるけれど、何でもかんでもインシデントにされていたらこっちは仕事にならないんだよねぇ。


「……そもそも、点滴のストック補充は看護師さんの仕事になっていたはずなんだけどなぁ」


 ちなみにこれは猪田先輩が原因だったりする。

 看護師さんに良い格好をしたくて他の職種の仕事をしょっちゅう肩代わりにする所為せいで、本来はしなくてもいい業務がどんどん増えちゃってるんだ……。

 上司に相談しても「看護師を敵に回すな」とか「キミが頑張れば円滑に業務が回るんじゃないの?」とか言ってくるし、猪田先輩自体も私に業務を押し付けていつもどこかに消えてしまう。


「あぁ、もういいですよ。私がやればいいんでしょうよ、私が……」


 本当につらくなったら転職しよう。そうしよう。

 自分をそうなぐさめて、ナースステーションに入っていく。


 病棟の一角に位置しているステーションはいつも通りの戦場と化していて、そこではせわしなく働いているスタッフ達の熱気に包まれていた。


「点滴、ダブルチェックお願いします!!」

「バイタルチェック行ってきます~」

「タバコ吸いに行きたい……」

三虎みどら先生来ました! IC(病状説明)入ります!!」

「もう、食べられねぇよぅ……」

秤屋はかりやさん頑張って! あと一口! はい、あ~ん!」


 うん、今日は平和だね~。良かった良かった。

 この程度の喧騒けんそうレベルなら、むしろ平常運転だ。

 みんな元気があって良きですね~。


 さぁて。私も参戦、参戦~♪


 ……と思ったんだけど。

 自分の作業スペースに移動しようと思ったら、新人の看護師さんが私に近付いてきた。何かあったのかな?


「飯野さん、すみません。ちょっといいですか?」

「お疲れさまです……どうかしましたか?」


 まだ他の部署の人に話しかけるのが慣れていないのか、この新人ちゃんはちょっと遠慮がちでオドオドしている。


 もしかしたらミスでもしちゃったのかな?

 別に取り返しのつく問題だったら、寛大かんだいな私は怒らないよ~?


「あ、あの……猪田さんにお願いしてた勉強会の資料ってどうなったか知ってます? もう期限間近なのに貰えてないんですけど、何処どこにいるか見つからなくて……」


 ――薬剤部《身内》のミスじゃないかぁぁあああぁぁ!!!

 あ、あのイノブタ野郎~!! また仕事サボって何処に行きやがった!?




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