第19話 説教×働き蟻
急逝した祖母の葬儀のために、休暇を貰って実家のある港町に帰省していた私。
無事に葬儀も終わり、その後に偶然出会った友人の紹介で小料理屋で食事をすることに。
最初は普通に大将の料理を楽しんでいたのに、何故か常連さんを道連れにして故人を偲ぶ飲めや歌えやの大宴会にまで発展してしまった。
そうして危うく酔いつぶれてしまいそうになったところを、友人の助けを借りてなんとか逃げ帰った翌日。
――私は絶体絶命のピンチに陥っていた。
「……で、これはどういうことか説明してくれるのよね、紫愛?」
「は、はい」
「夕飯を食べてくるって連絡もなく、挙句の果てには深夜に男を連れ帰ってきて、更には家に泊めるなんて……随分といい大人になったわねぇ?」
「す、すみませんでしたー!!」
そう、絶賛叱られ中である。
いい歳したアラサー女が、母親の前で土下座である。
ちなみに連れ帰った男どもは、ダイニングのテーブルで母が淹れたお茶を優雅に飲んでいる。それも、お父さんが生前に着ていたTシャツ姿で。
ううっ、どうして私だけ土下座を……。
「紫愛ちゃんはお母さんがお客様を土下座させるとでも思ってるのかしらぁ?」
「と、とんでもございません。すべては私が悪ぅございました……」
面のような顔を私に向けて、強烈なプレッシャーをかけてくる。
怒っているのに優しい口調って、逆に怖い……!!
「あ、あの。私たちが急に紫愛さんをお誘いしてしまったのが悪いんです」
「そうですよ! 僕たちがシア先輩を遅くまで付き合わせちゃった所為で……!! 本当にごめんなさい!!」
イスから立ち上がったモッチーこと望月さんと後輩の獅童は、私の弁護をしてから綺麗に腰を折って謝罪をしてくれた。
「2人とも……」
「確かにいくら三十路前のいいトシした女だとはいえ、娘を夜遅くまで連れ回したのは母として許せません」
ジロリ、と頭を下げたままのモッチーと獅童を睨むお母さん。
お母さんの顔は見えていないはずなのに、2人の身体がビクッと跳ねた。
その怖がる様子を見て、不気味だった顔をニタァと気味の悪い笑顔に変える。
「許せませんが……貴方たちって、本当に美形なのねぇ? ふふふっ、果たして紫愛はどっちが本命なのかしら?」
「お、お母さんッ!?」
ちょっと、お母さんの言動が不穏になってきたぞ!?
っていうか、いつの間にか話が変わってない!?
「ちゃんと家まで送ってきてくれたし、言い訳もせず謝罪できるのもポイントが高いわ……」
「あ、紫愛さんとは私、普段から仲良くさせていただいておりまして……」
「ぼ、僕も!! 職場ではいつも一緒にいるんですよ~!!」
「2人とも何を言ってるのよぉ!?」
土下座をしている私を差し置いて、なんで3人で盛り上がってるの!?
私なんて足も痺れて動けないんですけどォ!?
――って、あっ!? やめてシュト君!!
脚に乗ってこないでッ、死んじゃうゥ!!
◇
その後、昨日あった出来事をモッチーと獅童に聞いたお母さんは、ホクホクした満足顔で仕事に向かって行った。
当初の怒りもすっかり収まっていたみたいで、むしろ2人が娘を元気づけてくれたことに関してとても感謝をしていた。
お爺ちゃんに世話になったっていう料理屋の大将の話も、お母さんは感動のあまり号泣していたし、何だか私は朝からどっと疲れてしまったよ……。
そして今、私はモッチーと獅童の二人と一緒に満員電車に揺られている。
「うえぇ、仕事に行きたくないよぅ……」
「僕もです~。もうちょっとシア先輩の家でゴロゴロしていたかったっす~」
「それ分かるわ……あの家って何故かすげぇ落ち着くんだよな。シュト君可愛かったし……」
やめろっ。あそこは私の城だぞ!?
昨日はもう終電も無くなっていたから仕方なく君たちを泊めたけど、基本的に自分のプライベート空間にズカズカと土足で入られるのは嫌なの。
まぁシュト君が可愛いことに関しては大いに認めてあげよう。
「まぁ昨日は本当に楽しかったよ。2人とも、誘ってくれてありがとう。また大将のご飯を食べに行こうね」
「そうだな。また魚釣って捌いて貰おうか」
「僕も頑張ってたくさん釣りますよ~!」
あの『喰心房』の大将が出す料理とお酒は本当に美味しかった。
お刺身の他にもいっぱいレパートリーがありそうだったし、次は何を食べられるのかを考えるととても楽しみだ。
「私的には大将の残りの秘蔵酒を奪ッ――キャアッ!?」
「おっと。大丈夫か?」
「先輩っ!?」
ううぅ、駅のホームに入るために減速した所為で、身体のバランスを崩しちゃった。
電車なんて久々に乗ったから、すっかり感覚が……って、やばっ!?
どうやら目の前に居た2人の胸元に、思いっきり寄りかかっちゃっていたみたい。
「ご、ごめん! 痛かった?」
「い、いや? ぜっ全然!!」
「先輩って柔らかっ……あっ、何でもないっす。平気っす」
やだ、恥ずかしい。
傍から見れば美形の男性2人に抱き着いたっていうシチュエーションだけど、それをやってしまったのが自分だと思うと……うわぁあってなる。
手のひらに感じた体温さえもまだ残っている気がして、すっごく恥ずかしい。
――って、それどころじゃなかった。
モッチーと獅童は身体を張って倒れないように支えてくれたんだから、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「ありがとうね、2人とも。つい咄嗟に寄りかかっちゃった」
「「だ、大丈夫……!」」
やっぱり男の人は身体がしっかりしていて、こういう時は頼りになるなぁ。
ジムで働いているモッチーはもちろん、仕事で動き回っている獅童も結構ガッシリしていた気がする。
「なぁ、ウル君」
「言いたいことは分かりますよ、モッチーさん。さっきのは役得でしたね……」
「俺、毎朝これで通勤したい……」
「めっちゃ分かります、それ。僕も同じこと考えてました……」
何を言うんだこのアホ共は。
満員電車は高校時代に通学で経験していたけど、本当に辛いから止めた方がいい。
雨と加齢と香水の匂いが混ざった、この世の地獄のマリアージュは冗談じゃなく災害レベルだと思う。
「ましてや、電車だと痴漢だって出ることもあるし。こんな私だって女子高生だった時は……」
「「されたの!?」」
な、なによ? ドキドキするから2人して急に顔を近づけてこないでよ。
それに痴漢って言ったって……。
「ちなみにその時は、女性に痴漢されました……」
「「じょっ!? 女性、かぁ……」」
当時既に身長が170cm近くあった私は、女性専用車両で周囲より頭一つ出ている状態で優雅に通学をしていたんだけど……。
周りは自分よりも小柄な女性ばかりだったし、安心しきっていたところにまさかの痴漢だったんだよね。
あの時は本当にビックリしたなぁ。
「って言っても今は職場の近くに独り暮らしだし、徒歩通勤だからもうそんなことも無いけどね?」
「そ、そうか。まぁ……女性は大変だよな」
「僕も痴漢やらセクハラは経験ありますけどね……」
「「あぁ……」」
獅童は中性的で可愛い系だからなぁ。
ちょっとか弱そうな子をどうにかしちゃいたいヤバイ嗜好の人達は、もしかしたら獅童みたいなタイプが好みなのかも……しれない。
『次は~、神饌町~。神饌町~』
そんなことを言っている間に、電車は私たちが住んでいる神饌町に到着した。
海のある止風土市と違って、御月姫市にある神饌町はビルが立ち並ぶビジネス街だ。
神饌町の駅から出ると、スーツ姿のサラリーマン達が働きアリの様に忙しなくアスファルトの地面を右へ左へ歩いていく。
そして私たちもこれからその中に混ざって、せっせと職場へと向かうわけだ。
「じゃあ、俺は家に帰ってから仕事行くわ。しーちゃん、またジムで会おうぜ。ウル君も仕事頑張ってな」
「モッチーも仕事頑張ってね」
「お疲れさまでしたー。また釣りに誘ってくださいね!」
駅近のマンションに住んでいるらしいモッチーと別れ、私は獅童と二人で病院行きのシャトルバスへ乗り込んだ。
さぁ、数日振りの仕事だ。張り切っていこう!!
「あ、シア先輩。そういえばお休み中に、先輩が担当している病棟の看護師長がブチギレてたみたいですよ」
――前言撤回。もう数日休んでもいいでしょうか……!?




