第1話 ツルツル×テカテカ?
――蝉が忙しく夏を鳴いている、7月のとある昼下がり……とは打って変わり。
ここは太陽も差し込まない、薄暗くヒンヤリとした病院の地下駐車場。
そんな薄気味悪い場所で、不審な長身女が独りで佇んでいた。
「んああああぁぁあぁぁぁあああ!! くったばれやあの狸ジジイぃいいい!!!!」
長い黒髪はボサボサ、曇った眼鏡にヨレヨレの白衣。
懐かしの箱テレビがそこにあれば「きちゃった☆」と這い出てきそうな、見るからに怪しげな容貌をしている。
大人の男でも悲鳴を上げてしまいそうなこの光景は、ここがお日様の下だったらすぐさま警察に通報されるレベルだっただろう。
「んなぁにが『飯野さん、もうちょっと残業減らせないの? 他の人はキッチリこなしているよ?』だバァアカ!! 他の奴がサボってっから私に余計な仕事まわって来てんだボケカスが!! ○○○引き千切るぞ! この×××が!!」
ハァハァと荒げながら、壁に思い描いたクソ上司に暴言のデンプシーロールを叩き付ける。
思いつく限りの汚い言葉で打つべし、打つべし。
そしてあらゆる悪口を言い尽くし、あのニヤついた皮肉顔がボッコボコの泣き顔になったところでその妄想を止めた。
……ここに他の人が居たら、どっちが泣き顔になってるか分かっちゃうだろうなぁ。
私だって分かってるよ。
こんなところで独り愚痴っても、なぁんにも状況は変わらないって。
でも女の私にだって、ちっぽけでも流儀っちゅうモンがあるんだよぅ。
「仕事の恨みは仕事で晴らしてやるからな!! 見てろよハゲ狸!!」
いつかその焼け野原に残った雑草をむしり尽くして、その臭い口にブチ込んでやるんだから!
ふふふ。せいぜいそのご立派な役職に胡坐をかいて、その足の潰れかけたイスにでっぷりと座って待っておるがよい!
濡れた顔を白衣の袖で擦りながら、不敵な笑みをこぼす。
「……ご飯食べよう」
よし、切り替えは終了だ。
本日のルーティーンをこなしてスッキリしたら、なんだか急にお腹が空いてきた。
もう食堂がやっている時間もとっくに過ぎちゃったし、今回はお気に入りの定食屋さんに行こうかな。
駐車場の階段を、少し軽くなった足取りでトントンと上っていく。
非常口のドアを開けて外に出ると、夏の日差しが日陰者である私の肌をジリジリと照りつける。
「うーん、やっぱりコンビニ飯にしよう。定食屋さんはまた今度だ」
この暑さでこれ以上無駄に体力を消耗したくはない。
午後の仕事もまだまだ沢山あるしね。
あっさりと方向転換した私は、その足で病院の向かいにあるコンビニに向かう。
白衣姿の女が屋外に居たら普通は浮いちゃうんだけど、生憎ここは病院の敷地内。
看護師の若い女の子達なんかも居るし、薬剤師の私が居ても大丈夫。……なはず。
「あー。やっぱり室内は涼しいなぁ。って、もうお昼のピーク過ぎたらロクなお弁当が残ってないや……」
コンビニのお弁当コーナーの棚に残っていたのは、人気のない具のおにぎりや形の崩れたサンドイッチ達。
まるで誰にも見向きもされないアラサーな私を見ているようで、なんだか切なくなってくる。
……とはいえ、だ。
「すまんな、私の同志たちよ。今日は君たちの気分ではないのだ……」
そんな独り言をブツブツと言いながら私が手に取ったのは、プラスチックの容器に入った掛け蕎麦(おつとめ品)だ。
やっぱりこんな暑い日にはツルツルっとイケる麺類がいいよね。
本当はいろんなトッピングがついている方が私の好みなんだけど、無いものは致し方ない。
「っと。それなら別で買えばいいよね。これは頑張る私へのご褒美、ってことで」
店内をぐるっと周り、目についた商品をヒョイヒョイっと買い物カゴに入れていく。
ちょっと豪華すぎる気がするけれど、この際構うもんか♪
「1240円になります。お箸は何膳お付けしますか?」
「2膳お願いします。あ、あと……」
「贅沢チキンですね? 飯野さん……前回来店した時にダイエットするから注文するのはこれで最後にするって仰ってませんでした?」
「うぐっ。い、いいのよー! 今日は仕事で動きまくったからさ。ねっ??」
今日はどうしても贅沢をしたい気分なのだ。
多少のカロリー調整はどうとでもなる……はず。
個人的に仲良くしてくれている店員さんは「仕方がないですね。あとで一緒に反省会ですよ?」と苦笑いしながら出してくれたけど、ストレス社会に生きる私にとっては食事はなによりも大事なリフレッシュ方法なのだ。
「ありがとう、セブンちゃん。この恩はいつか、必ず!」
「もうっ、その呼び方は恥ずかしいから仕事中はやめてよ! ……またご飯一緒に食べに行ってくれればそれでいいですから」
少し明るめの茶髪のボブカットをしたセブンちゃんは、少し顔を赤くしてそう微笑んだ。
ちなみに本名は七士でセブンちゃんだ。いやぁ、本当に可愛くて癒される。
背が少しちっちゃいけれど胸は大きいし、庇護欲を掻き立てる感じで、こんな私よりも何倍も良い子だと思う。
何故か今は彼氏さんが居ないらしくって、休日が合えば私と偶に遊んでくれる貴重な友人の一人だ。
「それは私へのご褒美かな? なんならウチに来てくれれば、愛情たっぷりのお手製ご飯を御馳走してしんぜよう」
「……またそんなことを言って。私が男だったらコロっと落とされてるかもしてませんよ?」
こうやってセブンちゃんは、さり気なく私を褒めてくれる。
うーん、こんないい子に育ててくれたセブンちゃんのご両親に感謝したくなるね。
会計をしてくれた彼女に再度お礼を言ってから、私は買い物袋を片手に病院内の調剤室に戻る。
調剤室には職員用の休憩室があるので、そこで遅めのお昼ご飯をいただくのだ。
「さて、私のお蕎麦ちゃん。いざ、オープン!」
プラスチックのフタをパカっと開けると、天井のライトに照らされた艶やかな灰緑色の麺が顔を出した。
適度な細さにカットされた一本一本の麺が織り交ざり、私に食べて貰うのを今か今かと待っている。
「まぁまぁ、そう焦らずに。今回はキミをもっと美味しく食べるためにプレゼントを用意したんだからね?」
若干気持ち悪い口調で語りながら、ビニールの買い物袋からガサガサと商品を取り出す。
出てきたのは温泉卵と納豆、そしておつまみ用のカニカマだ。
「あとは休憩室の冷蔵庫にストックしてある練りワサビと……あ、そうそう。あの麺つゆも使っちゃおう」
ほぼ私物と化した冷蔵庫の中には、ボトルやタッパーがずらり。
その中には自宅でとった出し汁をオリジナルでブレンドした麺つゆや、ネットで取り寄せたコーヒー豆、それに調味料の数々がギッシリと詰まっている。
いちおう職員の共用という名目で置かせてもらっているし、美味しいご飯が食べられれば皆も幸せだから……いいよね?
下準備が終わったらテーブルの上にトッピングを広げ、マイルールに従って順番に乗せていく。
「半熟卵と納豆は麺つゆでグチャグチャにならないように最後に飾り付けて~っと、よし!」
美しく華やかにメイクされたお蕎麦ちゃんを、舐めるように目で一通り楽しむ。
うむうむ。見事に仕上がったではないか。
そして視覚で満足した後は、いよいよ実食だ!
――ずるっ、ずるずるずるっ!!
「んん~っ、美味しい!! 鰹ダシとカニカマの魚介の風味がぎゅっと詰まっているこの感じがいいよね! それをワサビの辛みがピリっと締めて、その後に卵のまろやかさが包み込む。最後に納豆の食感と旨味が押し寄せて……うん、最高!」
仕事の疲れと夏の暑さでちょっとバテ気味だったけど、冷たいお蕎麦は食欲があんまりない時でもつるっと食べられちゃうね!
そりゃまぁお店で食べるお蕎麦に比べたらクオリティは下がるけど、お手軽で自分の好きなように食べられるのがコンビニ飯のいいところ。
そして最後の〆は贅沢チキン!!
ひと噛みすれば、衣がザクザクと小気味のいい音を立ててくる。
そして中から溢れだす鶏の旨味を凝縮した贅沢ジューシーな肉汁!!
コンビニ会社の食品開発部が汗水垂らして作り上げたこの逸品は、贅沢の名に負けることなく見事な完成度を見せている。
なにより、これが蕎麦に合うのだ。
サッパリとした麺つゆはチキンの肉汁で更に旨味を増すし、チキンのしつこさは蕎麦が爽やかに流してくれる。
そばに天ぷら、ではなく揚げ物っていうのもある種のマリアージュ。
食べごたえも相反するこの両者だけど、お互いの長所を高め合ってくれている。
女子がそんなはしたない食べ方するなって一部の人は言うかもしれないけれど(ウチの職場の看護婦長とか)、誰にも迷惑かけずに美味しく食べる工夫は、もはや社畜な私にとって貴重な生き甲斐。メシ道なのだ。
「はぁ~、ごちそうさまでした。うん、お腹いっぱい。これで残りの仕事も頑張れるよ!」
スマホを取り出して画面を見てみれば、時刻はもう夕方の4時に近い。
残りの仕事量的にも本日の残業は確定しちゃったけど、お昼ご飯も食べたし何より――。
「はぁ……やっぱりカッコいいなぁ」
スマホの壁紙には白衣を着た男女が映っている。
1人は私で、もう1人は髭の生えたダンディなオジサマ。
「ふふ……ふふふふっ♪」
うん、エネルギー充電完了!
あの部長の所為で溜まっていたストレスも、満腹感でスッキリだ!
よぉ~っし、美味しい夕飯を食べるためにも元気いっぱい張り切って働きますか!!
――そしてその15分後、私は件の薬剤部長に呼び出されていた。
お読みくださりありがとうございます!!
この物語は既に完結まで執筆済みです。
なのでラストまで安心してお付き合いいただけますm(_ _)m
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