第18話 太陽×月
小料理屋『喰心房』にて、突発的な大宴会が行われた。
普通に地元の海鮮を楽しんでいたはずだったのに……どうしてこうなった!?
なんでも大将がこのお店を開くときに、私のお爺ちゃんが経営していた建設会社にお世話になったらしいんだよね。
それを恩義に感じて、今回の宴会を開いてくれたっていうのが事の次第なんだけど……。
「いや、これは流石に予想してなかったなぁ……」
「あぁ……これはひどい」
「ふえぇえ……シアせんぱぁい……」
「おらぁああ!! まだまだ宴会は始まったばかりじゃあ!! 全員飲め飲め!!」
「「おおぉお!!」」
この眼前に広がっている地獄絵図はいったい……なんなのよ……。
後輩の獅童は完全に酔っ払って情けない声を上げている。
どうやら私と勘違いしているのか、知らないおっちゃんに抱き着いて頬擦りしているし……。
おまけに宴会を聞きつけた近所の常連さんたちが次々と押し寄せていて、この狭いお店の中はギュウギュウになっている。
「私のご飯……私のお酒……」
「もう、こうなったら仕方ないぜ。ほら、俺たちの分はカウンターに分けておいたから、あっちで静かに食べよう」
「うん……分かった……」
もう、せっかく途中までは家族の思い出を話しながら、しっぽりと飲んでいたのに。
30分もしない内に大将が号泣しだして、隣で聞いていた獅童が何故かもらい泣き。
えぇい、どうしたと言わんばかりに次々と人が集まってきて、あっという間にこの惨状だ。
――マジで、カオス。
「でもまぁ、常連さんの中にもお爺ちゃんたちの事を知っている人が居て嬉しかったよ」
「あぁ、すげぇ仁徳があったんだな。しーちゃんのお爺ちゃん」
「今でも偶にお線香をあげに来てくれる人もいるぐらいだからねぇ。今頃あっちで、この酷い有り様を見てケタケタ笑ってるかもしれないね」
クスクスと笑いながら、私はカウンター席で大将秘蔵の純米吟醸酒をグビっと呷った。
隣ではモッチーが顎髭の生えたダンディな横顔を見せながら、カッコよくお猪口をクイっと傾けて呑んでいる。
木造の和風な店だけど、細マッチョに黒のカッターシャツが無駄に似合う。
う~ん、ちょっとムカつくけどイケメンはちょっとした動作でもサマになるなぁ。
「そうだ、しーちゃんは明日から仕事に復帰するんだろ?」
「うっ、そうだった。お酒はこれくらいにしておかないと響きそうだね。ありがとう、気遣ってくれて」
「いつものことだ、気にすんなって。それに最近は体調が良いからってあんまり暴飲暴食もすんなよな?」
「はーい、分かってますよぉ」
お猪口に残った僅かなお酒を、ペロペロと舐めるようにしながら後生大事に呑んでいく。
たしかにここ数年はジムでの運動や食事にかなり気を遣うようになったし、体調も安定していた気がする。
ただ、今月に限っては様々なことがあり過ぎて、ちょっと健康に影響が出始めていたかもしれない。
「あのオジサン先生は何だって?」
「うん……検査では異常はないって。ただ、睡眠不足と酒の飲み過ぎには注意しなさいって怒られた」
――私の言葉を聞いた瞬間。
いつもヘラヘラしているモッチーが真剣な表情に変わり、それでいてちょっと困ったように眉毛をへの字にしながら口を開いた。
「それは怒ったんじゃなくて、真剣にしーちゃんのことを心配してくれているんだよ。……俺だって音沙汰が無くてかなり心配したんだから」
「それは……うん、ごめんなさい」
ここ1か月はジムにも行けなかった所為か、モッチーはこまめに連絡をくれていた。
ただ私は余裕が無くて、申し訳なく思いつつもあまり返信が出来ていなかったんだよね。
「いいよ、お婆ちゃんが入院して大変だったんだから。でも、しーちゃん自身が体調を崩したら本末転倒だよ?」
「はい……気を付けます」
あまりの正論の嵐に、私はガックシと項垂れてしまう。
うぅ、さっきまで美味しくお酒を呑んでいたのに……。
モッチーはそんな私を見ると溜息を一つ吐いて、そのまま言葉を続けた。
「俺、恥ずかしくてあんまり人に言ったことないんだけど……小さい頃ってメチャクチャ病弱でさ」
えっ? この健康のカタマリみたいな筋肉男が!?
風邪だって筋肉で退治しそうなのに……。
「小学生の頃なんて、有り得ないほど太ってたよ。だから同級生にちょっとイジメられてたんだよね」
「えっ!? モッチーが!? うっそぉ~??」
こんな勝ち組人生、リア充街道まっしぐらなモッチーがイジメ?
ちょっと想像が出来ないんだけど。
……でも真剣モードな彼が嘘をつくとは思えない。
「まぁ運よくいい薬が開発されてさ。運動もできるようになったし、今はこうしてジムで働くこともできたってワケ。ちなみに、ここ数年はインストラクター業の傍らで栄養学の勉強中。だからしーちゃんにも色々とアドバイスが出来てるんだよね」
「そうだったんだ……」
普段はチャラチャラ、フラフラしているモッチー。
本当は根は真面目で、すごい努力家なんだってことは気付いてはいたけど……こんな過去があったとは。
もう数年来の付き合いだけど、全然知らなかった。
私たちが居るこのカウンターの一角の空間が、急にしんみりとしてしまった。
私は居た堪れなくなってしまって、手に持ったお猪口をじぃっと見つめるしかできない。
モッチーはといえば、そんな私を見て小声でボソリと呟いた。
「まぁ栄養学は誰かさんの為に勉強してるんだけどな」
「――えっ、なに?? ごめん、ちょっと周りがうるさくて聞こえないんだけど」
「……なんでもねーよ。それよりこの水飲んだら、さっさと帰るぞ。会計は先にしておいたから」
おおっ!? さっすが性格イケメンのやることは違うわ~。
まぁ私の分は自分の流儀に従って、絶対に割り勘で払うけど。
「お水飲んだよ~。はい、これは私の分のお金。いつも通りお釣りは要らないからね」
「はぁ、またかよ。相変わらず俺には奢らせてくれないんだな」
「うん、美味しいご飯とお会計は分かち合うものだからね。――よし、それじゃああのアホを起こして帰ろっか」
「……まぁ、しーちゃんのそんなところも俺は好きだけどね」
カウンターの席を立ちあがると、モッチーは独り言を呟きながら獅童の下へ向かっていった。
……テーブルに突っ伏して爆睡していた獅童が、モッチーの上腕筋ムキムキの腕に抱かれてお店の外へと出荷されていく。
私も大将に今日のお礼して、早くお家に帰ろう。
「……私の為にいつもありがとね、モッチー。それに……ごめん」
お猪口の底に僅かに残ったお酒。
水面に映る、サイテーでズルい女を消し去るように飲み干してから、私は深いため息を吐く。
そして胃ではないどこかに生まれた熱いモノを感じながら、私は帰宅のために立ち上がった。
「大将、今日はありがとうございました」
「お? おう! ……もう帰っちまうのか」
宴会用のテーブルで他のお客さんと談笑していた大将が、私の声に反応して振り返る。
すっかり出来上がった顔だけど、獅童と違って意識はしっかりとしているみたいだ。
「すみません、明日はもう仕事なので。またお邪魔しますね」
「ん、そうか。今日の詫びにサービスすっから、今度はゆっくり飲み食いしていってくれ。あぁ、そうだ。今週末にでもお前さんの家に線香をあげに行くから、お母さんにもよろしく言っておいてくれるか……?」
大将は本当にお爺ちゃんのことが好きだったんだろうなぁ。
亡くなった後もこうして思ってくれていると思うと嬉しい。
「はい、ちゃんと伝えておきます。それでは、大将も呑み過ぎないように気を付けてくださいね」
大将の「おうよ!」という機嫌のいい返事を背中で聴きながら、私は『喰心房』の入り口を開く。
そこには綺麗な真ん丸お月さまと、太陽のように明るい二人が出迎えてくれた。
「じゃぁ、我が家へと帰りましょうか!」
今日の夜は不思議と寂しくない。
夏の虫の声と、波のさざめき。
美味しいご飯と、アルコール。
そして何より、それを分かち合えるお友達が居てくれる。
ねぇお父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん。
私、これからもちゃんと頑張るから。
明るく照らしてくれる人たちが近くに居てくれるから。
――お月さまと一緒に、優しく見守っててください。
心地よい気分のまま、私はこうして帰宅の途に就くのであった。
「これは僕も……ちょっと本気で頑張らなきゃッスねぇ……」
お読みくださりありがとうございます!!
この物語は既に完結まで執筆済みです。
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