第16話 和食×洋食
「おう、おまたせ。二品目はコレだ!」
どっかのグルメ漫画みたいに、自信満々の笑顔で大将がサーブしてくれたのは――。
「あっ、コレは……!!」
「お刺身っすか? えっ? でもこっちは……白ワイン?」
そう、ある意味定番とも言えるお刺身の盛り合わせ。
モッチーと獅童が釣ったばかりの魚をさっそく捌いてくれたのだろう。
でもコレって、ただのお刺身盛りじゃない……よね?
「ひゃー、冷てぇ! 凍った皿なんて初めて触ったわ」
「やっぱりコレって氷ッスよね!? すげぇ!」
残りの品をモッチーが手早くテーブルに置いていく。
すごいっ、色とりどりのお刺身が半透明に透き通った平皿に飾られていて、照明に反射して宝石みたいにキラキラ輝いている。
身が冷たさで焼けないように大根のツマで作ったソファークッションの上で、お刺身たちは涼しげに寛いでいるみたい。
この氷のお皿のお陰で、この暑さでも魚の脂は溶けていないんだね~。
もともと2人が釣ったばかりのお魚だし、鮮度も良いままだ!
「いやぁ、最近冷凍庫で作れる氷皿って商品を見つけてよぅ。昼の素麺を食うのに使おうと思ってたんだが、ついうっかり忘れててなぁ。丁度いいところにタイミング良くお前らが来たから、いっちょ使ってみるかって思ってな!」
ガッハッハ、と大きな声で笑っている大将。
なんだぁ~、器にまでこだわり尽くしてるのかと思ったのに、ただの偶然の思い付きだったのね。
それでも機転を利かせて他で使うのはさすがだとは思うけどさ。
「ところで白ワインですか? たしかに合いそうですけど……この店では和食がメインかと思ってました」
「ん~、まぁな。ウチは和食が多いっちゃ多いが、別に取り扱ってないワケじゃねぇぜ。それにホラ、これを見てくれ。これならどう思う?」
そう言って指さしたのは、十字の仕切りで4つに分かれた器だ。
その中にはそれぞれ色の違った液体が入っている。
……って、刺身用のタレなんだよね? どう思うって言われても。
でもこうして出してきたってことは、ただの醤油じゃないってことだよね。
「うーん、なんか酸っぱい匂いがするっす。こっちはダシの香り?」
「こっちは辛味噌とごま油かな? これは……オリーブオイル?」
「大将も食の為なら結構いろいろと挑戦するよなぁ。そのストイックさがホント大好きだわ」
「やめろぉ、男に好かれる趣味はしてねぇ!! 俺の事はいいから、もうさっさと食ってくれや~」
モッチーの冗談を聞いた大将が身震いをしながら厨房に逃げて行っちゃった。
ふふふっ。嫌がっていた割にニッコニコだったし、あれも一種の照れ隠しなんだろうな。
客である私たち3人がお互いの顔を見合ってクスクスと笑う。
「おっと、せっかくのお皿が溶ける前に食べようぜ」
「そうだった! 早く食べよう!」
えーっと、そうだなぁ。まずはコレにしよう。
私が最初に選んだのは、白銀の皮に細めに切られた白雪のような身。
元々細身で、骨を取るのも手間がかかるこの魚は、私の代名詞でもある太刀魚だ。
「まずはどのタレにつけて食べてみようかな……モッチー、オススメは?」
「うぅん、そうだな~。なら、ちょっと趣向を変えてイタリアンっぽくしてみようか」
和食屋でイタリアン……この調味料で?
私が首をかしげている間に、モッチーはテーブルの上のオリーブオイル、塩、醤油と少々の酢を調味料用の小皿にそれぞれ足していく。
見た目はドレッシングのようになったみたいだけど、これが刺身に合うのかな?
モッチーは自分用に分けたタレを味見してから一度頷くと、私に同じ分量で作ったタレを差し出してくれた。
まぁ、彼が大丈夫だっていうのなら……きっと美味しいんだろうけど……。
私は箸で太刀魚の刺身を一切れだけ掬うと、あめ色に透き通っているタレにサッとくぐらせた。
その瞬間、新鮮な太刀魚の脂がタレにトロトロと溶けて、綺麗に融和していくのが目で確認できてしまった。
ふふふ、なんでだろう。見た目だけで美味しいって分かっちゃう。
私はもう、見ているだけでは耐えきれなくなり、「ぐへへへ」と不気味な笑いを浮かべながら口の中へ飛び込ませた。
「んんんんー!! なにこれっ!! うっま! すっご!!」
「先輩、ちょっとはしゃぎすぎじゃないですか!? っていうかモッチーさん、僕にもそのタレをください!」
「え~? ウル君は自分でやりなよー。おぉ~、釣ったばかりだからマジでうめぇわ」
「あぁぁああぁ!? 2人とも酷いっす~!!」
まだ食べていない獅童には悪いが、これは本当に美味しい。
太刀魚自体は元々淡白な味わいだから、普通に醤油で食べるとタレの味で負けちゃうことがある。
それでも十分に美味しいんだけど、この食べ方だと塩と酢が太刀魚の甘みをグッと強調してくれているんじゃないかな?
オリーブ油も上品な太刀魚の脂と見事に調和しているし、少量の醤油が僅かな魚臭さを抑えてくれている気がする。
「おおぉおお!? これ本当に僕が釣ったやつッスか!? メチャメチャ旨いッスよ!?」
おねだりが通じたのか、モッチーに作り方を教えて貰えたタレで舌鼓を打つ獅童。
いつもは天然でちょっとアホそうだけど、意外にも味覚的な面では繊細……なのかな?
天真爛漫な笑顔で美味しそうにパクパク食べている様子は、傍から見ている私たちの心をホンワカさせてくれる。
「年下好きだったらこういうのにヤラレるのかしらね……」
「このキャラは俺にはもう無理だなぁ。あぁ、俺は汚れちまったんだろうか……」
悲しいかな。きっと私たちは仕事という現代社会の闇に浸かり過ぎて、獅童のような純粋無垢な心はもう失われてしまったのだ……。
「ねぇねぇ、二人とも! これ、白ワインにめっちゃ合うっすよ!?」
「「それをはやく言って!?」」
彼が持っていたワインボトルをひったくり、私とモッチーは自分のグラスに並々と注いでいく。
獅童は「なんで僕が怒られるっすか~」などと泣きごとを言っているが、それは美味しいものを分かち合わないやつが悪い。
食は与えよ。さすれば与えられん、だ。
だから私はこの白ワインを与えられてしかるべきなの!!
――ゴクッ。こくこくこく……。
「あぁ~っ。これは……アカンやつですわぁ~」
「紫愛ちゃん、ちょっと他人様に見せられないようなイケない顔になってるぜ!? でも確かにこれは、ひとつの理想的なマリアージュだね」
「えへへ~、確かにこれは理想的なカップルですねぇ~」
「ん? 先輩、マリアージュって何です? マリア様っすか?」
ワイングラスをクルクル回しながら頭をコテン、と傾けて疑問顔の獅童。
彼はアルコール度数の高いワインを飲んで酔ってきたのか、いつものベビーフェイスがちょっとピンク色に染まっていて、目もトロンとしてきている。
「マリアージュっていうのはフランス語で、日本語だと結婚って意味だよ」
「よくワインと料理の相性が良いものを指したりするのよ。ほら、赤ワインと牛肉とか、白ワインに魚介とか。簡単に言うとそんな感じね」
「ほへぇ~! じゃあ僕とシア先輩もマリアージュなんですかね!? だって、仕事場での相性だってバッチリで「はぁ~い、ウル君は少しお酒のペース落とそうな。まだまだ料理は出てくるんだから、美味しい魚が楽しめなくなるぞ?」むぐっ!? な、なに?? もごっ、やめてモッチーさん! 口にそんなおっきいの入らな、むぐぅ~!?」
なにを言ってるんだこの酔っ払いどもは……。
季節や温度、場所や食べる相手によってだって、マリアージュは多種多様に変わるのよ?
人間関係だって、そんな簡単にマリアージュの相手が見つかるわけがなかろうが!
この若造がっ! もっと経験を積んでから出直しな!!
「まったく、これだからお子ちゃまは……」
「いや、何となくだけど……しーちゃんもしーちゃんで、ちょっと感覚がズレてると思うぜ?」
――解せぬッ!?




