第13話 脳筋×忠犬
地元にある海岸線でストレス発散の為に私のダークサイドをさらけ出していたら、知り合いに遭遇してしまった。
片方は程よく全身に筋肉がついた長身の茶髪イケメン。
このクソ暑いのに黒のカッターシャツなんて着て、その中身の軽そうな頭は大丈夫なのかな?
豊かな大胸筋が無駄に胸チラしていて、なんだか無性に腹が立つ。
もう1人は、年下好きなら思わず愛でたくなりそうな仔犬系男子。
Tシャツにモスグリーンの短パンという小学生みたいなファッション。
本人はニコニコしながら釣り竿をブンブン振って、無邪気に自分の存在をアピールしている。
正直言ってうっとおしい……。
「な、なんで望月さんと獅童がここに居るのよ!?」
2人とも日常的に会っている人物だが、それは私が独り暮らしをしている街での話だ。
少なくとも、こんな何もない田舎町にいるような人物ではない。
「つれないなぁ、しーちゃん。いつも通り俺のことはモッチーって呼んでって言ってるじゃん」
そう軽い感じでモッチーと名乗った方が望月さん。
たしか年齢は32歳で、私よりも3つ年上だ。
職業は私が通っているスポーツジムのインストラクターで、もちろん彼自身も良質の筋肉を持っている。
それに関しては私も認めるほどのナイスマッスル。ビューティフォー。
望月さん目的でジムに通う女性たちなんて、ハートの浮かんだ目で彼のお尻を常に追いかけている。
その現場を見た時は……うん。
引き締まったお尻って、男女関係なく好きなんだなぁって冷めた頭で思ったかな。
「ちょ、ちょっとモッチーさん!? なんでシア先輩の事を知ってるんスか!?」
「ねぇねぇ。私は獅童に下の名前で呼ぶことを許した覚えはないんだけど?」
「えっ? シ……飯野先輩。す、すみません」
怒られた犬のように分かりやすくシュンとしているのは、私の職場の後輩である獅童潤風君。
性格は悪くないと思うんだけど……。
何故か先輩である私に馴れ馴れしいし、仕事中にもかかわらずずぅっと付きまとってくる。
最初は私が飼ってる犬のシュト君みたいで可愛がっていたんだけど、いつの間にか距離感をグイグイと詰めてくるようになった。
首輪をつけてハァハァ言われても、モテない私には男性の扱い方なんて分からないし……。
コイツのリードを持つ気も無いから、最近は敢えて冷たく接しているんだよね~。
正直に言っちゃうと、ちょっと扱いに困っている後輩君だ。
「なに? 2人は知り合いだったの? 見た感じ、一緒に仲良く釣りをしていたみたいだけど」
「え? あぁ、うん。ウル君とは地元のフットサルチームで知り合ってな。それが縁で、休みの日にはこうして釣りとかで遊んでるんだよ」
「なんとなく僕のお兄ちゃんみたいな存在ッスね。……で、モッチーさんと先輩の関係はいったい何なんですか?」
子どもみたいに小麦色に焼けたこの24歳児は、縋るように上目遣いで私に迫ってくる。
うわぁ、うぜぇ。男が可愛い仕草をしたって、私には需要がないよ。
ていうかコイツ、無駄に睫毛長いなチクショウ。
「なにをそんなに必死になっているのよ。望月さんとはジムで知り合っただけ。あとは……メシ仲間かな?」
「だからモッチーだって~。しーちゃんが言った通り、俺がパートナーとしてボディのコントロールをしてるワケよ。つまり体重からスリーサイズまで何でも知ってるんだぜ?」
おいおいおい、この脳筋男は唐突に何を言い出すのよ……!?
これ以上変なことを言われる前に反論しようとして、私は口を開く。
……だけど、私よりも一瞬先に反応したアホ犬がいた。
「す、スリーサイズッ!? モッチーさん、ちょっと教え「貴方に教えるわけがないでしょっ!? 貴方、デリカシーってモノは無いワケ!?」……す、すみません! ついッ!!」
「モッチーもモッチーで、コイツに余計な事言わないでよ。職務上の守秘義務があるでしょう! っていうか、パートナーとか誤解を生むような発言はしないでください!」
ちょっと怒りを込めて、モッチーに個人情報を漏らすなと釘を刺す。
だけど当の本人はそんなことは気にも留めていなさそうな涼しい顔で、「おぉ怖い怖い」と大げさなそぶりを見せている。
一方でもう一人のアホ犬は感情を隠すことが出来ないのか、驚いたり興奮したりと次から次へとコロコロと表情を変えているし……。
ていうか獅童、「つい」ってなんだ、ついって。
第一、こんなまな板ストレートな太刀魚女のスリーサイズなんて知っても別につまらんだろうに。
まぁ……さっきまで私がやっていた奇行《魂の叫び》はすっかり忘れてくれたようだし、その点は結果オーライかな?
「お互い休みが不定期だからさ、こうやって突発的に遊ぶことが多いんだよ。今回の釣りだって、昨日の夜にウル君が『僕、夜が寂しくて眠れないッス~』とか言ってLIMEしてきてさ~?」
「ちょっ、やめてくださいよモッチーさん!? 守秘義務! それこそ守秘義務っすよ!!」
「うるせぇ! こっちは愛しのあの人に連絡しようとしたのに、変なタイミングで邪魔してきやがって!」
「誰っすかソレ! どうせ恋人なんて数年居ない癖に、無駄にカッコつけないでくださいよ!!」
もう二十歳も超えた良い大人であるヤロー2人が、ギャーギャー言いながらイチャついている風景を見せられている私。
無駄に2人とも顔もスタイルもいいから、絵にはなるんだけどさぁ。
そういうのは乙女ゲーとかでスクリーン越しに見るから良いんだよねぇ。
しかも現実ではこっちまで2人の汗が飛んでくるし、本当に勘弁してほしい。
「……私、もう帰っていいかなぁ?」
◇
5分後、さすがにこの暑さに耐えられなくなったのか。
汗まみれになったバカとアホが荒い息を吐きながら、お互いの健闘を称えながら冷感スプレーをかけあっている。
しかも何で熱く握手してんだよ。グッドゲームじゃねぇ。
「で、しーちゃんはどうしてこの止風土市の海に?」
「そうッスよ。家族に不幸があったって話は聞きましたけど、こんなところで一人って……ま、まさか!?」
「あーあー、ちゃんと説明するから。ちょっと獅童は黙ってステイ。オーケー?」
確かに変なことをしていた自覚はあるけれど、何も身投げをするほど悩んじゃいない。
ていうか、まだこの世の食を味わい尽くしてないのに死んでたまるかっつーの。
素敵なマリアージュを探し出して幸せになるのよ、私は。
獅童が不穏なことを言った所為で心配そうな表情になってしまった2人に、私はこの数日の顛末を簡単に説明した。
もちろん、大路先生のことは省略だ。
勝手に恋して失恋したなんて口が裂けたって言えるもんか。
「そっか、しーちゃんのお婆様が亡くなったのか。今月はほとんどジムに顔を出さなかったから、どうしたのか心配はしていたが……」
「先輩、この度はご愁傷さまでした……。でも、この港町がシア先輩の故郷だったなんて……」
あぁ、もう獅童の名前呼びに対してのツッコミは面倒だからいいや。
でも二人とも普段はふざけてるけれど、こういう時は真面目に心配してくれるからちょっと嬉しい。
なんだかんだ言っても、あの街での数少ない友達だしね。
「それで葬儀が一通り終わったから、この海で気分転換をしていたと」
「そうよ。昔からこの海には良く来ていたから」
「僕たちも結構この海には夜釣りに来てたっすよ! 今日もこれだけ釣れました!」
獅童はまるでご主人様に褒めて欲しい犬のように興奮しながら、クーラーボックスに入った魚を見せてきた。
相変わらず「なんとか~っす」が敬語だと勘違いしてそうだな獅童は……。
とはいえ曲がりなりにも薬剤師の国家試験は受かっているし、それなりに頭は良いはずなんだけど……なんだかちょっと残念な後輩だ。
それでもまぁ――。
「おぉっ、結構釣れてるじゃん! これはアジに小サバかな? シロギスにタコまでいるじゃない! あっ、太刀魚も……」
「な、凄いだろ? あぁそうだ、しーちゃん。今日のこれからって、暇はある?」
「えっ? うーん。いちおう母に断りを入れれば、ある程度は」
私そっくりの細長い太刀魚を見つめていたら、モッチーに今夜の予定を尋ねられた。
明日は仕事だから遅くまでは居られないけれど、まぁちょっとだけなら。
もしかして……釣りに誘ってくれるとか!? 久しぶりで嬉しい!!
「な、なんでそんなに喜んでいるんですかシア先輩……?」
「普段はデートに誘っても断るし、メシにしか興味を示さないしーちゃんが!? これはもしかしてイケるか……?」
「え? 釣りだよね? 私、ちっちゃい頃にお父さんと釣りしたことあるんだよ~。いやぁ、懐かしいなぁ!!」
……え? なに? なんで2人とも苦い顔をして見つめ合ってるのよ。
2人とも美形だけど、もしかしてそういう関係だったの?
「そうだった、シア先輩はこういう人でした……」
「うぅむ、これは前途多難だ。まぁ、俺はゆっくりじっくりと攻めるからいいけどな」
「えっ? 2人とも、どういうことです?」
「いいんだ、しーちゃん。キミはそのままで美しい」
「そうっすよ! 先輩は今のままで十分可愛いんですから!」
なんだよもー、2人して褒めだして気持ち悪いなぁ。
……どうせ私がまた変な解釈をしたから呆れてるんだろうな、まったく。
「俺が誘いたかったのは、違う理由だよ。それも、とっておきの」
「モッチーさん、最初に釣りに誘ったのは僕っすよ!? 一人の手柄じゃ無いですからね!?」
「……なに? とっておき?」
私に普通のお誘いしてもあんまり乗らないよ?
こちとら29年間も鉄壁のディフェンスを誇っているのだ!
「大丈夫。しーちゃんのことは何でも知ってるって言っただろ? 俺が言いたかったのは――」




